[表紙]
PPIガイドブック
患者・市民参画(PPI)ガイドブック 〜患者と研究者の協働を目指す第一歩として〜
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
[凡例]
・国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED エーメド)は、略称として「エーメド」とカタカナで表記しています。
・図表の説明は、実際のガイドブックと異なる位置に挿入している場合があります。
・このテキストデータではページ数を表示していますが、ページ構成は実際のガイドブックと若干異なります。
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患者・市民参画(PPI)ガイドブック発行にあたって
国立研究開発法人日本医療研究開発機構 理事長 末松誠 すえまつ まこと
「患者さんに1分1秒でも早く医療研究開発の成果を届けること」をミッションとして、エーメド(日本医療研究開発機構)が発足して4年が経過しました。患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)は医療研7A76開発を推進する上で必須の概念です。患者さんや市民の方々の「声」が、エーメドが支援する研究の質を高め、ミッションを果たすために「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」を2017年夏より開始し、議論を重ねて作成したのがこのガイドブックです。「作成」といっても、真の完成のためには、エーメドが医療研究開発に携わるすべての研究者に患者・市民参画の意義を浸透させる一方、患者さん、一般の方々にも医療研究開発のルールや科学的検証の実際を知っていただく必要があると考えています。医療研究開発の進歩は日進月歩であり、社会の医療に対する期待の内容も変容してゆきます。私たちは「医学研究・臨床試験における患者・市民参画」という取り組みの第一歩をようやく踏み出したにすぎません。
 生命倫理の4原則、すなわち「自己決定の尊重、無危害、善行、正義」の考え方に基づいて、医療研究開発に参加するすべての人々が患者・市民参画の意義を理解し、医療研究開発に参加される患者さん、医療従事者、研究者、そして今は病に侵されていない方々の間で、相互の「対話」や「協働」によって新たな視点や価値を獲得してよりよいものにしてゆく不断の努力をしてゆくことが大切と考えています。よりよい医学研究・臨床試験のデザインをするために、研究者のみなさんはもちろん、研究の支援に関わる方々にもぜひ読んでいただきたいと思います。このガイドブックがその第一歩になることを願ってやみません。

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このガイドブックのねらい
臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査委員長
国立がん研究センター企画戦略局局長 藤原康弘 ふじわら やすひろ
 乳がん治療を担う小生にとって、診療における患者・市民参画の重要性は昔から診療の中では、様々実感してきました。しかし、医学・医療における患者・市民参画は、我々が「患者アドボカシー」という言葉からイメージする疾病の啓発や患者同士の支え合い活動のみではなく、多面的なものであることに、まずこのガイドブックを読まれる方には知っていただきたいと思います。
 思い返せば、1990年代終盤に、医薬品の承認審査業務に小生が携わっていた頃、既に、米国食品医薬品局(FDA)の審査に関連する各種の審議会(advisory committee)においてconsumer representativeという一般市民の方たち(といっても、市民参画のトレーニングをしっかり受けたあと就任)が投票権を持って審議に臨める体制がありました。患者代表が審議会で自らの言葉で審査対象品目に意見できる体制が構築されていることに衝撃を受けました。2003年にアメリカ臨床腫瘍学会(ASCO)国際委員会の委員をしていたとき、学会幹部が患者団体幹部との意見交換会を定期的に持ち、学会の方向性の参考にしていたことに焦ったことがつい先日のことのようです。
 その後、2010年4月に乳がんに関する国際シンポジウムを主宰した際に、米国とスウェーデンからお招きした患者団体の方たちからリサーチ・アドボケートの重要性や研究資金獲得への貢献の大きさを思い知らされ、2015年5月に国立がん研究センターで開催した患者アドボカシー・ミーティングでは、米国国立がん研究所(NCI)の幹部からOffice of Advocacy Relations(OAR)という専門の部署を置いて、がん研究の計画・実施・評価の様々な場面に患者・市民と自然体で協働していることをうらやましく思いました。
 このガイドブックは、関心をもつ患者・市民の方々にも参考となるよう工夫しています。米国の患者・市民参画の歴史と多面的な取組みを見てきた小生にとって、今回のエーメド 末松理事長のリーダーシップから生まれた、このガイドブックを皆が手に取り、我が国における「研究への患者・市民参画」の広がりの第一歩となることが最大の望みです。

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目次
患者・市民参画(PPI)ガイドブック発行にあたって  2ページ
このガイドブックのねらい  3ページ
このガイドブックについて  6ページ
第1章のポイント  8ページ
第2章のポイント  8ページ
第3章のポイント  9ページ
第1章 医学研究・臨床試験と患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)  10ページ
0 はじめに  12ページ
01-1 通常の診療と研究は違うものです  12ページ
01-2 研究対象者(候補者も含む)の権利と責務  15ページ
01-3 患者・市民の立場の委員が必要とされています  17ページ
コラム 研究参加者を研究の主体にする取組み  19ページ
02 医学研究・臨床試験に患者・市民の視点を取り入れる意義  20ページ
02-1 患者・市民参画の意義1 研究倫理の観点から  20ページ
02-2 患者・市民参画の意義2 経験知を生かす  22ページ
02-3 患者・市民参画の意義3 研究の民主化の観点から  22ページ
02-4 海外の規制当局による取り組み  23ページ
02-5 国内にも様々な事例があります  24ページ
02-6 希少難病における協働の事例  26ページ
コラム リサーチ・アドボケートの重要性  27ページ
03 患者・市民参画(PPI)の基本  28ページ
03-1 患者・市民参画は、研究者と患者・市民との対話の場です  28ページ
03-2 客観的に意見を述べられる患者・市民の協力を求めましょう  29ページ
03-3 利益相反管理と守秘義務が伴います  30ページ
03-4 患者・市民参画を伴わずに研究を進める場合、研究者はその理由を説明できるようにしましょう  32ページ
コラム 患者とともに進める医薬品開発(製薬企業の取組み)  33ページ
第2章 医学研究・臨床試験における患者・市民参画(PPI)の進め方  34ページ
01 患者・市民参画(PPI)を始める前の心構え 36ページ
01-1 交流の機会を増やして目的の設定へ  36ページ
01-2 どの研究段階でも患者・市民参画は実現できる  38ページ
02 実践前に確認したいポイント  42ページ
02-1 患者・市民の募集・選考方法  42ページ
02-2 利益相反と謝礼  44ページ
02-3 守秘義務と情報公開  44ページ
02-4 意見や視点を引き出しやすくする工夫  45ページ
コラム 患者・市民参画(PPI)に関する英文専門誌のご紹介  49ページ
第3章 よりよい患者・市民参画(PPI)のために  52ページ
01 よりよい患者・市民参画(PPI)のために  54ページ
01-1 患者・市民参画に関する人材のマッチング  54ページ
01-2 勉強不足はお互い様  56ページ
01-3 研究者と患者・市民のよりよい関係構築を目指して  58ページ
コラム 意義ある意見を述べる市民を目指して  59ページ
付録  60ページ
エーメドの研究開発課題の研究者が経験した事例 62ページ
研究者向けの患者・市民参画(PPI)10か条  64ページ
患者・市民向けの患者・市民参画(PPI)10か条  66ページ

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このガイドブックについて
 このガイドブックは、研究者の方々に患者・市民参画について知っていただくために作りました。参画する患者・市民の方にも参考になるように工夫しています。
 
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(エーメド)における患者・市民参画の背景と考え方
医療分野研究開発推進計画(平成26年7月22日 健康・医療戦略推進本部決定、平成29年2月17日 一部変更)
注 医療分野研究開発推進計画:政府が講ずべき医療分野の研究開発並びにその環境の整備及び成果の普及に関する施策の集中的かつ計画的な推進を図るため、内閣総理大臣を本部長とする健康・医療戦略推進本部が、健康・医療戦略推進法第18条に基づき、健康・医療戦略(2014年7月22日閣議決定)に即して策定する計画です。また、同法第19条に基づき、エーメドが、研究機関の能力を活用して行う医療分野の研究開発及びその環境の整備並びに研究機関における医療分野の研究開発及びその環境の整備の助成において中核的な役割を担うよう作成する計画です。 注終わり。
 医療分野研究開発推進計画には、「臨床研究及び治験の実施に当たっては、その立案段階から被験者や患者の参画を促進するとともに、患者・国民への臨床研究及び治験の意義やそれが国民にもたらすメリット等についての啓発活動を積極的に推進する必要がある。」とあります。
 この計画をふまえ、エーメドでは、患者さん一人ひとりに寄り添い、そのLIFE(生命・生活・人生)を支えながら、医療分野の研究成果を一刻も早く実用化し、患者さんやご家族のもとにお届けするという使命を果たすべく、医学研究・臨床試験における患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)の取り組みを推進します。
エーメドにおける研究への患者・市民参画(PPI)に関する基本的な考え方
 
定義
エーメドでいう、医学研究・臨床試験における患者・市民参画とは、医学研究・臨床試験プロセスの一環として、研究者が患者・市民の知見を参考にすることです。
注:患者・市民とは、患者、家族、元患者(サバイバー)、未来の患者を想定しています。 注終わり。
 
理念
1 患者等にとってより役に立つ研究成果を創出する
2 医学研究・臨床試験の円滑な実施を実現する
3 被験者保護に資する(リスクを低減する)
研究者にとっての意義
1 研究者が研究開発を進める上での新たな視点と価値を獲得することができる
2 患者の不安・疑問点を解消し、医学研究・臨床試験の理解を促進することができる
患者・市民にとっての意義
1 医学研究・臨床試験の参加者にとっての利便性を向上、理解を促進させることができる
2 患者・市民にとって医学研究・臨床試験が身近になり、医療に対する関心を高めることができる
「エーメドにおける患者・市民参画の背景と考え方」は、これで終わりです。

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患者・市民参画の位置づけ
 患者・市民参画は、医学研究・臨床試験の現場がよりよいものとなること、またその成果が社会によりよい形で普及・還元されることに寄与します。
 ここでは、ガイドブックで扱う患者・市民参画を図で表現しています。
 まず、このガイドブックで扱う内容は、研究への患者・市民参画です。患者・市民参画では、研究者が、協力してくれる患者・市民に、適切な研究に資する意見を求めます。それに対して、協力者は、患者・市民としての経験に基づく意見を述べて、研究者に伝えます。
 この図を通して伝えたい重要なポイントは、次の2点です。
 1点目は、患者・市民参画の協力者と、研究参加者は別だということです。研究参加においては、研究者が、研究対象者(候補者も含む)に研究への参加を依頼し、研究を実施します。研究対象者(候補者も含む)は、研究者から受けた説明に同意したら、研究計画に沿って協力する「研究参加者」となります。
 2点目は、患者・市民参画と、研究の適切な実施と、研究成果を社会へ迅速に素早く普及・還元することは、互いに連携しながら、よりよい研究のあり方を目指す関係にあるということです。
 図の説明は、これで終わりです。
患者・市民参画は海外でも広がっている
 ここでは、患者・市民参画と、それに似た概念との区別について、図で説明がなされています。
 上を向いた三角形が描かれており、三層構造になるよう、3つの色で塗り分けられています。一番下に参加(participation)、真ん中にエンゲージメント(Engagement)、そして一番上に参画(Involvement)という言葉が書かれています。
 一番下の参加という言葉には吹き出しが添えられており、参加とは、患者・市民が研究計画の「研究参加者」となること、と書かれています。
 真ん中のエンゲージメントという言葉の吹き出しには、研究終了後に研究者が結果の情報や知識を社会と共有すること、と書かれています。
 一番上の参画という言葉の吹き出しには、患者・市民が研究者とパートナーシップを結びながら、研究の計画、デザイン、管理、評価、結果の普及に関わること、と書かれています。
注 この図に関する説明は、英国の例です。カナダや米国では、参画(involvement) もエンゲージメント (engagement) の一部として使われています。注終わり。
出典:http://www.guysandstthomasbrc.nihr.ac.uk/researchers/patient-public-involvement-advice/ppitoolkit/what-is-patient-and-public-involvement/

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第1章のポイント
 患者・市民参画(PPI)の基本として、次の4点がポイントです。
① 患者・市民参画は、研究者と患者・市民の対話の場です。研究参加者を募集する場でも、研究を啓発・広報する場でもありません。
② 患者・市民には、客観的な意見を話してもらうように求めましょう。
③ 患者・市民参画においても、利益相反管理と守秘義務は重要です。
④ 患者・市民参画を実施する必要はないと判断した場合、その判断理由を説明できるようにしましょう。
第2章のポイント
 第2章では、患者・市民参画(PPI)を始める前の心構えや全体の流れを説明しています。
 ここでは、患者・市民参画の全体の流れを、図で説明しています。この図の内容を紹介します。
 
 まず、最初のステップとして「患者・市民に意見を聞く目的、参加してほしい人の人物像、実施方法などを決める」と書かれています。この言葉の周りには、5つの吹き出しがついており、患者・市民に聞く質問の例が載っています。良い質問例として紹介されているのが、次の3つです。
①どちらの研究を先に進めたほうがいいかな?
②いまの生活でどんなことに困っているのかな?
③この検査と通院期間の案は、患者さんに負担じゃないかな?
そして、悪い例として紹介されているのが、次の2つです。
①何かあったら言ってください。
②出席してくれればいいです。
 2番目のステップとして、「参画してもらう患者・市民を募集」と書かれています。3番目のステップは「実際に参画する人を選考」と書かれています。4番目のステップは「必要な予備知識や情報の提供」と書かれています。5番目のステップは「意見聴取(対面、ウェブ会議、書面など)」と書かれています。最後、6番目のステップは「決めた方針を、参画した患者・市民に報告」と書かれています。これら6つのステップを繰り返して患者・市民参画を進めていく旨が、矢印を用いて表現されています。
 全体を通して重要なことは、簡単な、小さい疑問を聞いてみるのも、立派な患者・市民参画だということです。意見を聞く前に、目的(患者・市民に何を聞きたいのか)を明確にすることが成功のコツです。
 これで、第2章のポイントは終わりです。
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第3章のポイント
 日本において、今後よりよい患者・市民参画(PPI)を行っていくためのヒントを3つ挙げています。
① 現在国内には、研究者と患者・市民とをマッチングさせる仕組みはありません。求める患者・市民の条件を募集要項で示し、適切なマッチングを目指しましょう。
② 患者・市民参画について、周りの研究者や患者・市民とともに、学んでいきましょう。ぜひ、興味があるウェブサイトを見てみてください。
③ 欧米では、研究者と患者・市民をつなぐコーディネーターが双方の調整を行っています。
患者・市民参画の事例
例1 患者・市民との意見交換会を実施し、そこで得た意見をもとに、自分の研究テーマの優先順位を検討する。
例2 研究計画を練る際に、患者・市民の意見を聞いて、研究対象者の負担を減らすような参加方法(通院スケジュール、検査方法など)を決める。
例3 説明・同意文書を作成する際に、患者・市民に雛形を読んでもらい、わかりにくい箇所がないか確認したり、詳しく説明してほしい箇所/詳しく説明しなくてもよい箇所を聞いたりする。参考になる意見は、説明・同意文書に反映する。
例4 研究成果を発信する前に、患者・市民に発信内容に目を通してもらい、わかりやすい表現になっているか、聴衆として知りたい情報が載っているか意見をもらう。参考になる意見をもとに、発信内容を改善する。
注 この事例は、リーフレット「医学研究・臨床試験における患者・市民参画(PPI)について」に掲載されているものです。リーフレットもぜひご覧ください。 https://www.amed.go.jp/ppi/leaflet2018.html 注終わり。
患者・市民参画を始めるのに役立つページ
・患者・市民参画の仮想事例 40ページ
・患者・市民の募集要項テンプレート(意見交換会の開催を想定) 42ページ
・付録1 AMEDの研究開発課題の研究者が経験した事例 62ページ
・付録2 研究者向けの患者・市民参画(PPI)10か条 64ページ
・付録3 患者・市民向けの患者・市民参画(PPI)10か条 66ページ
このガイドブックを読んで、できそうなことから始めてみませんか?
ガイドブックの導入は、これで終わりです。次から、本文が始まります。

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第1章 医学研究・臨床試験と患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)
医学研究・臨床試験と患者・市民参画…?漢字ばっかりな上に、どっちも縁遠いと思う方もいるかもしれません。しかし、患者・市民参画(PPI)とは、よりよい研究成果を社会に届けるために必要な取り組みです。この章では、患者・市民参画の考え方と、その意義について解説します。
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第1章01 はじめに
新しい診断法や治療法を開発したり、既に確立された方法の確かさを検証したりするためには、人の協力を得て、様々な研究を実施する必要があります。人の協力を得て実施する研究には、治験、臨床研究、医学系研究など様々な呼び方があり、法律や指針によって細かく定義が異なります(図1 参照)。そこで、このガイドブックでは、病気や健康に関する人を対象にした研究を総称して、医学研究・臨床試験と呼ぶことにします。短く呼ぶときには、研究と呼びます。患者・市民参画について述べる前に、ここであらためて、医学研究・臨床試験の意義についてまとめます。
[図1 人を対象にした研究の種類]
 図1の説明をします。大きさの異なる四角形が3つ重なっていて、人を対象にした研究の種類を説明する図があります。一番大きい四角の内側に、一回り小さい四角が配置されていて、さらにこの内側にも、もう1つ、より小さい四角が入っています。
 それぞれの四角の説明に移ります。一番広い四角に書かれているのは、医学研究・臨床試験です。これには、例として、観察研究があげられています。この四角の内側に、もう1つ四角があり、介入研究(臨床試験)と書かれています。例として、研究者主導臨床試験があげられています。さらにこの四角の内側にも、もう1つ四角があり、そこには治験と書かれています。治験の例として、医師が自ら実施する「医師主導治験」と、企業が主導して実施する「治験」があげられています。これで、図の説明は終わりです。
《この節のポイント》
① 医学研究・臨床試験は、診療とは異なります。
・診療:患者の健康を回復させるため、既に安全性や有効性が確立された医薬品・医療機器などを用いて、最適な治療を施す行為
・医学研究・臨床試験:未だ明らかになっていないことに対する答えを出すため、科学的・客観的なデータ分析を行い、予防・診断・治療をよりよいものにするための根拠(エビデンス)を集める行為
② 診療ガイドライン策定、地域医療構想などにおいて患者・市民の視点を取り入れる例が増えており、医学研究・臨床試験でも、その重要性が認識されつつあります。
01-1 通常の診療と研究は違うものです
 通常の診療では、患者の症状や生活、価値観に合わせて、主治医が患者に適した治療法を検討し、患者と相談しながら医療の内容を決定することが一般的です。患者が救急搬送された場合など、患者の意思を確認できない場合には、患者の救命が最優先され、医師の判断で最善の治療法が選択されます。つまり、診療では、目の前の患者の健康を回復することが重要視されています。そして、その目的に向けて最適な治療法が選択されますが、多くの場合、既に安全性や有効性が確立され、使用例が積み重ねられた医薬品や医療機器などが用いられます。
これに対して、医学研究・臨床試験(以下、研究)は、血液を採取したり、薬剤を服用したりといった、通常の診療でも行われる行為を含むこともありますが、その目的が違います。研究は、これまでに明らかになっていないことについて問いを立て、その答えを出すための計画を立案・決定して、厳密に実施することによって、その答えと根拠(エビデンス)を作る行為です。
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こうした行為を積み重ねることにより、将来の医療にとって有用な情報を得ることが期待されています。
 つまり、研究は、目の前の患者を助けるための行為ではなく、将来の患者に役立てるために実施される科学的な営みが優先される行為です。
 それでは、研究はどのように進められていくのでしょうか。
 まず、研究者は研究上の問いを吟味して、決める必要があります。たとえば、「地域住民のうち、病気Xを発症した人に関連する生活習慣は何か?」「病気Yになった子どもたちに共通する遺伝子やゲノムの特徴は何か?」「既存薬Aと既存薬Bでは、副作用が少ないのはどちらか?」「既存薬Cと新薬候補Dでは、どちらが効果の持続時間が長いか?」「薬物療法と手術では、どちらが患者の負担が少ないか?」といった問いです。
 そして、研究者は、この研究上の問いを明らかにするために最も適したデータと、それを取得するために最も適した研究対象者(候補者も含む)の条件、さらにそのデータを確実にかつ研究対象者への負担をかけすぎずに取得し、評価する方法を考えます。その結果が、研究計画書という形に仕上がります。
 では、どのような研究方法があるのでしょうか?
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 最も多く実施されているのは、「観察研究」です。これは人の身体から取得した血液や尿、皮膚などの試料を分析する実験や、カルテ記録や質問紙調査結果の分析などの方法で実施されています。研究参加者(実際に研究に参加する人)から得た試料・情報を分析して、その結果を観察するという特徴から、観察研究と呼ばれています。
 他方、新しい医薬品や医療機器の候補になりそうなものが絞られ、従来の方法との比較が必要になったときや、2つのグループで違う方法を試して効果を確かめる必要が生じた場合などに、実際に人に試してみるのが「介入研究(臨床試験)」です。医薬品などでは、開発中の薬剤が安全かどうかを少人数に対して確認する段階から始まります。そして、徐々に対象人数を拡大して、無作為に2つの群に分けて薬剤の有効性を比べるなどの方法を使って、本当に効果があるかどうかを調べていきます。製品化が見通せる段階になると、製造や販売に関する承認を大臣から得るための臨床試験である、治験を実施するのが一般的です。
 また、病気の予防法に関する介入研究であれば、住民を無作為に2グループに分けて、片方のグループには従来の方法を、もう片方のグループには新しい方法を試してもらうことがあります。
 もちろん、最適な研究方法が見つかったからといって、研究者はすぐに研究を実施できるわけではありません。現実的に実施可能な方法なのか? 予算をどうやって確保するのか? そして、この研究の意義に賛同し、参加してくれる人たちが見つかるのか? といったことを考え、実施に向けて具体的な体制を整備する準備期間が必要です。
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01-2 研究対象者(候補者も含む)の権利と責務
 医学研究・臨床試験(以下、研究)は、研究参加者(実際に研究に参加する人)に過度な負担をかけないように留意しながら、科学的に厳密で客観的な分析を行い、病気や健康に関する理解を深め、予防・診断・治療をよりよいものにするための根拠(エビデンス)を作ることが目的です。この目的を実現するため、研究者は、研究対象者の権利と責務を理解する必要があります。
 原則として、研究者は研究を開始する前に研究計画書を書いて、事前に研究倫理審査委員会で審査を受ける必要があります。研究倫理審査委員会とは、研究計画が開始する前に、科学的な意義がある内容かどうか、研究参加者に過度なリスクや負担を与えないかどうかといった観点から、研究計画を審査するための委員会です。実際の委員会の名称は、医療機関や研究機関によって、様々です。研究計画を変更するときも、研究者は研究倫理審査委員会の判断を仰がなければなりません。
 また、研究に参加してほしいと声をかけられた人、つまり研究対象者には、研究計画についての詳しい説明を受ける権利や、参加するかどうかを自由意思に基づいて決定する権利が保証されています。もし研究内容に疑問があったら、研究対象者はどのようなことでも率直に医療者に質問し、わかりやすく説明を受ける権利があります。研究者はそのような機会を確保できるよう、準備する必要があります。
 研究に参加することは、その人の心身や生活に、一定程度のリスクや負担をかけます。実際に始まってみて初めてわかる大変さもあるかもしれません。そのため、一度研究参加を承諾した後でも、その意思を撤回し、研究参加を辞めること(同意撤回)は、研究に参加した人の大切な権利として認められており、どんな理由であっても構いません。
[16ページ]
しかし、研究参加の中止の申し入れがあった場合、それまでに収集したデータをどうするかはその研究計画によって異なりますので、あらかじめ研究対象者に具体的に説明しておく必要があり、申し入れを受けるときにも説明することが大切です。
 以上のように、研究対象者には様々な権利があり、その権利の行使にあたって不利益を受けることはないという点を、インフォームド・コンセントでは十分に伝える必要があります。特に、主治医から研究参加の打診を受ける場合、患者は往々にして、質問してよいのかどうか戸惑い、遠慮してしまうこともあるようです。また、患者は、研究参加を断ったり、途中で同意を撤回したりすることによって、主治医との良好な関係が悪化しないかを気にかけることがあります。研究対象者が持つ権利の説明は、強調しすぎてもしすぎることはありません。「臨床研究/治験コーディネーター(CRC)」や「リサーチ・コーディネーター」と呼ばれる職種による支援を受けて研究を実施することは、研究対象者の権利擁護のためにも望ましいことです。
 他方、研究参加者となった人々には一定の義務もあり、指示された内容を守って、誠実に対応することが求められています。たとえば、定められた期間に通院・通所することのほか、日々の食事や運動の内容を記録したり、締切日までに質問紙調査に回答したり、決まった時間に試験薬を服用・投与したりすることなどです。さらに、研究期間中のソーシャルメディアへの安易な発信は、その内容によっては研究に悪影響を与えないため、慎むべきかもしれません。研究参加者にも、研究を成功させるパートナーとしての自覚を持つことが期待されており、研究者やコーディネーターから注意喚起を促して構いません。
 これらの考え方は、すべての研究に共通します。その専門分野や手法に応じた配慮やルールについては、法令・指針で細かく定められています(表1 参照)。
 
[表1 人を対象とする医学研究に関係する主な法令・政府指針(カッコ内は略称)]
 この表では、法令・政府指針を10個紹介しています。
① 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)
② ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律(クローン技術規制法)
③ 再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療等安全性確保法)
④ 臨床研究法
⑤ 特定胚の取扱いに関する指針(特定胚指針)
⑥ ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(ゲノム指針)
⑦ 遺伝子治療等臨床研究に関する指針(遺伝子治療指針)
⑧ ヒトES細胞の樹立に関する指針(ES樹立指針)
⑨ ヒトES細胞の分配及び使用に関する指針(ES分配・使用指針)
⑩ 人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(医学系指針)
表1は、これで終わりです。
[17ページ]
01-3 患者・市民の立場の委員が必要とされています
 医学研究・臨床試験(以下、研究)の領域で、最初に専門家以外の声を取り入れることになったのは、研究倫理審査委員会でしょう。日本の研究倫理審査委員会の多くは、自然科学の専門家、人文・社会科学の専門家のほかに、「一般の立場の委員」が出席していなければ、開催することが認められていません。「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」のガイダンスによれば、「一般の立場」とは、「医学系研究に関する知識を十分に有しているとは限らない研究対象者の視点から、研究の内容を踏まえた説明・同意文書等の内容が一般的に理解できる内容であるか等、客観的な意見が言える立場」(平成29年5月29日一部改訂版 80ページ)と記載されています。そのため、「一般の立場の委員」は、研究対象者の立場に立って、その研究計画の妥当性を審査することが求められていると考えられます。
 研究倫理審査委員会では、多様な専門性や関心を持った委員が、お互いの得意分野を生かして、「チーム審査」をすることが大切です。また、倫理審査委員には、研修を受ける義務や、守秘義務が課せられており、「一般の立場の委員」に向けた教材も開発されています。
 しかし、近年、欧米では、研究倫理審査委員会に研究計画が申請される以前の段階で、その研究の方向性や計画の具体的な内容について、患者・市民の知見を参考にすることが求められるようになってきました。研究計画の目指す方向性が、受益者となりうる患者・市民にとって有益でないことが見込まれる場合、そもそも研究参加者(実際に研究に参加する人)を募集する必要もないからです。
[18ページ]
そのため、たとえば英国などでは、研究助成審査、研究倫理審査、論文査読など様々な段階で、患者・市民の知見を参考にしてきたかどうか、参考にしなかった場合の理由などの説明を研究者に対して求め、その回答が審査の対象とされる場面も増えてきました。
 このように、患者・市民の声を聞こうとする動きは、研究だけにとどまりません。たとえば、様々な疾患における診療ガイドラインの策定では、患者と医療者による意思決定を支援できるガイドラインにすることが目標とされ、原案作成段階から患者・市民の視点の導入を求める動きが広がっています。また、「医療介護総合確保推進法」に基づいて都道府県が策定する「地域医療構想」という政策でも、タウンミーティングやヒアリングなど、様々な手法により、患者・住民の意見を反映する手続きをとることが求められています。
 第1章01-3の本文はこれで終わりです。ここに、第1章01-3の参考文献が3点掲載されています。
・倫理審査委員のための倫理研修用動画教材提供サイト http://www. rec-education.org/
・公益財団法人 日本医療機能評価機構.Minds診療ガイドライン作成マニュアル2017.2017. http://minds4.jcqhc.or.jp/minds/guideline/pdf/manual_all_2017.pdf
・地域医療構想策定ガイドライン.2015.https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000196935.pdf
参考文献は、以上です。
これで、第1章01-3は終わりです。
[19ページ]
コラム 研究参加者を研究の主体にする取り組み
東京大学医科学研究所 武藤香織 むとう かおり
 いま、研究参加者がデータ提供の主体となる機会が増えています。
 患者報告アウトカム(PRO, Patient-Reported Outcome)とは、FDAガイダンスによると、研究参加者の症状やQOLに関して、自分自身で判定し、その結果に医師をはじめ他のものが一切介在しないという評価方法のことです。その代表例が痛みや睡眠に関する記録です。後の厳しい評価に耐えられるよう、データの正確性や信頼性も考慮した尺度開発が必要であり、国際的に統一された尺度の日本語版が用いられることもあります。
 また、研究参加者中心のイニシアチブ(PCI, Participant-Centric Initiatives)と呼ばれる取り組みもあります。これはICT環境の整備により、研究参加の意思表明や調査票への回答をしやすくする研究基盤で、疾患レジストリとしての機能を有するものが主流です。その目的は、①将来、臨床試験・治験が円滑に開始できるよう、あらかじめ、患者の診療記録や日常生活の記録を登録するもの、②将来、研究者が興味を持てるよう、あらかじめ患者が日常生活の記録を登録するものなどがあります。
 研究実施者が求める水準のデータを提供することは、研究参加者にとって不便で面倒なこともあります。研究参加者が質の高いデータを提供しやすくするために、計画段階から患者・市民の意見を聞いて進めることが不可欠だと考えます。
 コラム本文はこれで終わりですが、コラムの最後に、参考資料が4つ掲載されているので、紹介します。
・日本製薬工業協会「治験におけるPatient Reported Outcomes 〜臨床開発担当者のためのPRO利用の手引き〜」(2016)
http://www.jpma.or.jp/medicine/shinyaku/tiken/allotment/pro.html
・J-RARE https://j-rare.net/
・Remudy レムディ http://www.remudy.jp/index.html
・RUDY JAPAN ルディ ジャパン https://rudy.hosp.med.osaka-u.ac.jp/
[20ページ]
第1章02 医学研究・臨床試験に患者・市民の視点を取り入れる意義
 研究者は、医学研究・臨床試験(以下、研究)を構想し、適切に実施する責任を負っています。そのため、患者・市民の立場から、研究のあり方について意見を述べる機会は限られており、新たな研究計画に関する情報を知り得たときには、既にその詳細が確定した後であることが多いようです。つまり、これまで患者・市民にとって、研究に関わったという経験は、あくまでも「主体的」ではなく「受動的」、「連続的」ではなく「断片的」であったと言えます。
 しかし、近年、患者・市民の視点を導入しながら実施する、研究のあり方が国際的に注目を集めています。研究の実施にあたって、患者・市民が研究者とともに考えて意見を述べたり、意思決定の場に同席したりするなどして、研究者との協働を実現する進め方です。
 このガイドブックでは、患者・市民が研究の実施に関与する行為を、患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)と呼ぶこととし、その意味するところを、研究者が研究を進める上で、患者・市民の知見を参考にすること、と定義して、この後の話を進めていきます。
注 英国では、医学研究・臨床試験だけでなく、医療政策全般においてその意思決定の場に患者・市民を関与させる政策をPPI(Patient and Public Involvement)と総称し、各国に先駆けて取り組んできました。また、カナダや米国では、PE(Patient Engagement)と呼ぶこともあります。 注終わり。
《この節のポイント》
① よりよい研究対象者の保護や、研究対象者との信頼関係の構築につながります。
② 患者・市民の持つ「経験知」は、研究者が気付きにくい課題・視点を提供してくれます。
③ 科学が民主化されることによって、研究計画に多様な考え方が取り入れられ、創造性をもたらす可能性があります。
④ 欧米を中心に規制当局や製薬企業が患者・市民との連携を強化しており、双方的なフィードバック・教育を通じて、よりよい研究開発を目指しています。
⑤ 副次的に、研究コスト削減、研究参加者の募集期間短縮なども期待できます。
02-1 患者・市民参画の意義① 研究倫理の観点から
 患者・市民参画には、大きく分けて3つの観点から意義があるといわれています。最初に、研究倫理に関連した意義について説明します。
 第2次世界大戦中に行われた人体実験の反省に立って、戦後、研究参加者を保護し、その権利を守りながらも、適切に研究を進めるための政策が世界各国で進んできました。研究倫理審査委員会での研究計画書の事前審査やインフォームド・コンセントは、その大きな柱です(15ページ 第1章01-2 「研究対象者(候補者も含む)の権利と責務」参照)。
 しかし、近年、諸外国では、よりよい研究の実施にあたって、研究者が医学研究・臨床試験の計画立案から終了後に至るまでの様々な段階で、研究対象者の立場を想像できる人々の意見を聞くことは、研究倫理の観点からも望ましいとされるようになりました。
[21ページ]
 たとえば、英国の研究者向けガイドブックでは、患者は、研究者が想定していなかった事柄にも熱い思いを持っているからこそ、研究者とは異なる視点を提供でき、患者による研究方法や説明・同意文書への助言などは研究の質を向上できると記されています。
 また、米国では、途上国での臨床試験・治験を念頭においた原則として、「協働的パートナーシップ(Collaborative Partnership)」という考え方が示されています。研究対象者に関連するコミュニティ(地域や患者・家族会、支援グループなど)と継続的に関わり、そのコミュニティが大切にする価値や文化を尊重した上で、パートナーとして責任を分担するべきだという見解です。
 最新の国際的な研究倫理ガイドラインでも、研究対象となるコミュニティには、研究開発の最初から最後まで関わってもらうことが重要であるという考え方が追加されました。研究参加者(実際に研究に参加する人)になりうる人々やコミュニティが、早い段階から、そして継続可能な方法で、意味のある参画が実現できるようにすることを、研究者、研究助成機関、政府機関などに求めています。
 以上のような国際的な潮流は、その人たちが望まない研究の実施を避けることだけでなく、研究終了後の研究倫理を考慮する必要も示唆しています。具体的には、研究成果を社会にどう還元するか、研究参加者への研究結果の返却のあり方、研究終了後の治療の提供などが挙げられます。
 こうした方策を適切に検討するためにも、研究対象者の立場を想像でき、研究者とパートナーになれる患者・市民の力が必要です。
 第1章02-1の本文はこれで終わりです。ここに、第1章02-1の参考文献が5点掲載されています。
・Council for International Organizations of Medical Sciences (CIOMS). International Ethical Guidelines for Health-related Research Involving Humans. 2016. (栗原千絵子,齊尾武郎訳.渡邉裕司監修.国際医学団体協議会(CIOMS).人間を対象とする健康関連研究の国際的倫理指針.臨床評価.45(4): 745-862,2018.)
・Emanuel EJ. et al. "An Ethical Framework for Biomedical Research," Emanuel EJ. et al. (eds.) The Oxford textbook of clinical research ethics, Oxford University Press, pp.123-135, 2008.
・INVOLVE. Briefing notes for researchers: public involvement in NHS, public health and social care research. 2012.
・National Institute for Health Research (NIHR). Patient and public involvement in health and social care research: A handbook for researchers. 2014.
・田代志門.研究者の新たな倫理的責務としての「研究結果の返却」.血液内科.72(1): 150-154, 2016.
参考文献は、以上です。
これで、第1章02-1は終わりです。
[22ページ]
02-2 患者・市民参画の意義② 経験知を生かす
 患者・市民参画には、専門家ではない立場からの知恵を生かすという意義も認められています。研究者が持つ「専門知」では解決できない課題や見出せない視点に対して、患者・市民が持つ「経験知」によって、新しい研究の可能性を見出すことができるかもしれないからです。こうした事例は、過去の医学研究・臨床試験でもいくつか報告されています。研究者にとっては取るに足らないように見える研究結果であっても、その病気とともに暮らす患者や介護する家族にとっては、大いなる発見や喜びにつながる場合もあります。「1メートル歩けるようになったこと」の意味を真に噛み締められるのは、患者本人しかいません。
患者・市民の知恵を生かすという考え方は、以前から公衆衛生分野では重視されてきましたが、WHO(世界保健機関)が2016年総会で採択した、市民参加型のヘルスケアシステム(People Centered Healthcare System)における5つの戦略において「人々を巻き込み、力を与える(Engaging and empowering people)」と明文化されています。ここでは、健康に関する事柄を自分たちで意思決定する力や資源を獲得し、積極的に施策に関与することを求めています。その理由は、研究者が研究を通じて、科学的に確証を得たリスク情報や健康維持の秘訣を見つけたとしても、人々は簡単に行動を変えることはできず、研究成果が生かされない可能性があるからです。たとえば、ある地域の人々に対して、どういうアプローチをとれば健康にとって望ましい生活習慣を普及できるのかについて考えるとき、その地域の人たちの意見に敵うものはありません。
 第1章02-2の本文はこれで終わりです。ここに、第1章02-2の参考文献が2点掲載されています。
・別府宏圀.武藤香織.臨床試験への患者参画.臨床評価.40: 53-70,2012.
・World Health Organization. WHO Framework on integrated people-centred health services. 2016.
参考文献は、以上です。
これで、第1章02-2は終わりです。
02-3 患者・市民参画の意義③ 研究の民主化の観点から
患者・市民参画は、より民主主義的な志向を持った活動であるとも考えられます。
 たとえば、欧州評議会(European Commission)が打ち出している科学技術政策には、責任ある研究とイノベーション(RRI, Responsible Research& Innovation)という理念があります。社会と調和した科学技術の進展やイノベーションの実現にとって、人々が民主主義的なプロセスへ活発に参加したり、そのプロセスを支援したりすることを通じて、科学リテラシーの高い社会作りに貢献することが大切であると考えられています。そして、こうした関与が高まることによって、研究計画やその結果に多様な考え方や創造性をもたらすことが期待されています。患者・市民が研究者とは異なる視点から意見を伝えるプロセスが加わることは、専門家だけが議論して決めるよりも、研究に新たな価値を与え、人々にとっては研究が身近になります。
 日本の科学技術基本計画においても、その第3期(平成18〜22年度)から科学技術と社会の関係性に関して言及されるようになり、第5期(平成28〜32年度)では市民参画型のサイエンス(シチズンサイエンス)の拡大がオープンイノベーションの重要な基盤になるとも認識されています。
[23ページ]
そして、医療分野研究開発推進計画(平成26年7月22日健康・医療戦略推進本部決定、平成29年2月17日一部変更)でも、「臨床研究及び治験の実施に当たっては、その立案段階から被験者や患者の参画を促進するとともに、患者・国民への臨床研究及び治験の意義やそれが国民にもたらすメリット等についての啓発活動を積極的に推進する必要がある」と述べられています。
 研究成果をわかりやすく市民に伝えたり、市民の疑問に答えたりするだけでなく、研究計画そのものの社会的妥当性の判断に患者・市民の視点を導入することによって、より社会に必要な課題解決を実現できる可能性が高まるともいえるでしょう。
 第1章02-3の本文はこれで終わりです。ここに、第1章02-3の参考文献が3点掲載されていますので、読み上げます。
・Horizon 2020. Public Engagement in Responsible Research and Innovation. [https://ec.europa.eu/programmes/horizon2020/ node/766]
・第5期科学技術基本計画(平成28〜32年度).[https://www8.cao. go.jp/cstp/kihonkeikaku/index5.html]
・医療分野研究開発推進計画(平成26年7月22日健康・医療戦略推進本部 決定、平成29年2月17日一部変更).[https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ kenkouiryou/senryaku/suishinplan_henkou.pdf]
参考文献は、以上です。
これで、第1章02-3は終わりです。
02-4 海外の規制当局による取り組み
 2000年代に入ってから、欧州や米国で医薬品・医療機器の審査・承認を担う規制当局は、直接、患者・市民と意思疎通をはかるようになり、「患者参画(Patient Engagement)」と呼ばれる取り組みを強化し始めました。そのきっかけは、欧州医薬品庁(EMA, European Medicines Agency)の場合には、2004年の規則改正(EC No 726/2004)によって、規制当局が患者や消費者の代表とも意思疎通をはかるよう求められたことでした。米国食品医薬品局(FDA, Food and Drug Administration)の場合には、臨床試験に関する過激な患者・家族会運動を経て、信頼関係の再構築がはかられるようになりました。2016年にはEMAとFDAは、患者・市民との連携に関する情報交換も開始しています。
 「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」を通じて、当初は手探りだった規制当局の取り組みは、具体的な施策として進展していることが確認できました。たとえば、開発や審査に患者の意見を取り入れるための公聴会、臨床試験参加者自身によるアウトカム評価(PRO, Patient Reported Outcome)のデータを審査に生かす手法の改善、患者・市民を対象とした人材育成・研修の提供、公文書の読みやすさの事前確認など、様々な形で患者・市民の参画が実現しています。
 こうした規制当局の動きを受けて、製薬企業においても、治験や医薬品開発に患者の声を生かす取り組みが進められており、「患者中心性(Patient Centricity)」という言葉が使われています。日本の製薬企業でも、説明・同意文書の読みやすさの事前確認や治験参加者への結果のフィードバックといった活動から進められています。
 第1章02-4の本文はこれで終わりです。ここに、第1章02-4の参考文献が4点掲載されていますので、読み上げます。
・European Medicines Agency. Revised framework for interaction between the European Medicines Agency and patients and consumers and their organisations. EMA/637573/2014. 2014.
・Food and Drug Administration. Enhancing FDA's approach to patient engagement: current state analysis and recommendations. 2017.
・National Research Council (US) Panel on Monitoring the Social Impact of the AIDS Epidemic. National Academies Press. 1993.
・日本製薬工業協会医薬品評価委員会臨床評価部会タスクフォース3.患者の声を活かした医薬品開発 −製薬企業によるPatient Centricity−.2018.
参考文献は、以上です。
これで、第1章02-4は終わりです。
[24ページ]
02-5 国内にも様々な事例があります
 日本では、患者・市民参画という名称で呼ばれてこなかったものの、実質的に同様の内容である患者・市民と研究者の協働は、多数行われてきたと考えられます。しかし、体系的な事例収集が行われてこなかったため、記録が残っているものには限りがあります。今回、「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」が調べたところ、次のような事例が報告されています。
事例1
1998年、外科手術で摘出された組織を、創薬などの基礎研究に利活用することが提言された(黒川答申)。それを実現する上で、法学者や臓器移植やがん治療などで手術を受けた経験のある方とそのご家族37名の協力を得て、留意すべき諸点を検討した上で、説明・同意文書やパンフレットの作成を行った。また、インフォームド・コンセントに関する模擬患者演習を行い、さらに課題を見つけ、よりよい文書や手順の改善につなげた。約3年間の取り組みを経て構築された患者・市民の視点からの配慮が、2001年に開設された「ヒト組織バンク」(現在、医薬基盤・健康・栄養研究所内)の運営に生かされている。難病の研究者より。
事例2
視覚障害者が研究参加の意思決定をしやすくすることを目的として、研究者から正式なインフォームド・コンセントを受けるに先立って、研究計画の概要を音声で予習できる説明補助ツールを製作した。試作段階で、研究対象者と同等レベルの視覚障害者に説明補助ツールを試聴していただき、感想や意見を聴取した。説明項目の区切り方や間の取り方、音声のみで判別できない言葉の使い方など、当事者ならではの意見を元に修正することで、研究対象者のニーズに配慮した説明補助ツールが完成した。難病の研究者より。
事例3
日本で実施する治験のプロトコルのデザインについて患者の立場からの意見を求めた。治験内容(通院の頻度や在院時間、検査の内容と頻度など)ほか、対象者へのインフォームド・コンセントの方法や説明・同意文書の内容、治験参加中や参加後、さらに治験から脱落した患者に行ってほしい支援が提案された。当該治験の実施は諸般の事情から見送られたものの、提案内容は他の治験などに生かされた。がんの治験より。
 革新的治療の開発においては、脊髄損傷者への再生医療の臨床試験計画に当事者が意見を述べた事例、網膜色素変性症へのiPS細胞を用いた臨床試験計画の構想に対して当事者が意見を述べた事例の記録が残っています。様々な分野の事例については、60ページ 付録「エーメドの研究開発課題の研究者が経験した事例」をご覧ください。
 それでは、患者・市民参画がうまくいった場合には、どのような効果が見込まれるでしょうか。身近な例で言えば、患者・市民の意見を聞いて説明・同意文書を作成したり、インフォームド・コンセントの実施方法を決めたりすることにより、よりわかりやすく、より意思決定しやすいプロセスが実現するほか、研究参加者(実際に研究に参加する人)の募集期間の短縮、研究参加者による同意撤回や中断・脱落の減少などにもつながることが期待できます。
[25ページ]
 また、研究開始前の段階で患者・市民の意見に基づく修正がなされれば、研究開始後に大きな反対意見が出される可能性を下げることができます。患者・市民が希望し、そして研究者も合意できる研究計画への修正により、研究実施コスト削減につながるかもしれません。
 しかし、患者・市民参画がうまくいかなかった事例では、協働を進めるための明確なルールがなかったり、共通のゴールを見出せていなかったりしたことが原因にあるようです。たとえば、難病対策において設置された難病の研究班と患者団体との間には、長年にわたって協働関係が構築されてきましたが、主任研究者の考え方と団体側の活動目標が合致しない場合には、うまくいかないこともあったようです。特に研究に協力した後の結果が来ないことへの不満は複数の事例で確認されました。こうした不満については、48ページ 患者・市民・研究者の声の紹介欄「そういえば、協力したあの研究、どうなった?」をご参照ください。また、乳がんの試験では、患者と研究者の意見の溝は埋まらず、双方の主張や見解が出版されています。
 今後は、適切な手法、定量的な評価手法、失敗した事例の公表など、客観的な振り返りを進めることも重要です。
 第1章02-5の本文はこれで終わりです。ここに、第1章02-5の参考文献が6点掲載されています。
・浅野泰世.N・SAS-BC01臨床試験とイデアフォー−患者主体の臨床試験のあり方を求めて−.[http://www.ideafour.org/profile1064.html]
・浅野泰世.N・SAS試験−N・SAS-BC01試験が見失ったもの−.イデアフォー通信88号.2013.
・小崎丈太郎.N・SAS試験 日本のがん医療を変えた臨床試験の記録.日経メディカル開発.2013.
・坂井めぐみ.臨床試験計画への患者の関与−−脊髄損傷者への再生医療に着目して.Core Ethics.10: 97-108,2014.
・東京大学医科学研究所公共政策研究分野,日本網膜色素変性症協会.共につくる臨床研究〜患者と研究者の対話から〜.2014.[https://www. pubpoli-imsut.jp/files/files/15/0000015.pdf]
・若林正.絵野沢伸.小林英司.法学者と共に考えるヒト由来研究試料に関するインフォームド・コンセント:自由討論.再生医療.3(1): 84-92,2004.
参考文献は、以上です。
これで、第1章02-4は終わりです。
 また、ここに、本文とは別に、囲み記事として、臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査の中で得られた、患者・市民・研究者の声を掲載しています。
テーマは、研究者と患者・市民の協働にはどんな意義がある?です。
まず、日本の研究者の声を紹介します。
・患者は、その疾患にまつわる問題を真に自分ごと化して認識することで、時に研究者・医療者では決して気づくことができないような視点・意見を持ち合わせており、示唆に富む多くの鋭い指摘を拝見することがある。がんの研究者より。
・研究者が重要と思う研究と、患者さんが困っていることを改善することの間に温度差がある場合もあるので、患者さんやその家族の意見を聞くことは重要と考えています。難病の研究者より。
次に、日本の患者・市民の声を紹介します。
・医学は過去の講義や医学書ではなく、目の前の患者から生まれるのだと思います。その患者の命を守る基礎となる医学研究が重要と考えますが、一般市民には見えにくい、わかりにくいので可視化し、市民に理解、協力を求めていくことも必要かと考えます。なぜならば、医療を変えていくのには医療のエンドユーザーである市民の意識と行動の変容が必須だと考えるからです。がんの患者・家族会より。
・医学研究を進める際に、純粋に患者・家族会としてその内容を詳しく知りたいという思いもあり、双方の意見交換という意味合いで、こちらからの意見も伝えることが何かの気づきや新しい視点を生むかもしれない、と思う。難病の患者・家族会より。
囲み記事は、これで終わりです。
[26ページ]
02-6 希少難病における協働の事例
 「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」では、希少難病を対象とした研究において、患者・市民が積極的に動かざるを得ない状況も明らかになりました。希少難病の患者にとっては、その疾患の研究に従事する研究者や治療法の開発を担う企業を見つけること自体が大きな障壁であり、人数の多い疾患と比べて不利な状況にあります。そのため、患者や家族自身が、研究者を国内外から探し出し、資金調達にも協力して研究の実現に結びつけることがあります。ここでは、リサーチ・アドボケートとして動いた患者団体の熱意と努力によって、研究者との協働を実現した主な事例をご紹介します(疾患名の五十音順)。また、リサーチ・アドボケートについては、事例紹介の後に、コラムがあります。
事例1
遠位型ミオパチーの患者会では、患者の住む自治体ごとの医療・福祉政策の違いを検討したいというニーズがあったが、希少疾患のため、適切な手法の考案に難儀していた。そこで、研究者側との話し合いを通じて、患者の生活により密着した介助・介護への合理的配慮について患者視点から見た実態を明らかにする目的の研究計画と研究方法を立案した。その結果、疾患特有の介助・介護ニーズと健康関連QOLとの関連が明らかになり、介助・介護の現場に向けた実践的示唆が得られたほか、研究成果は学会発表され、患者会機関紙にも掲載された。
事例2
再発性多発軟骨炎(RP)の患者会では、診断基準作成に取り組む研究者を探していた。希少疾患の研究では試料収集に大変苦労するため、患者会が全面的に協力することとなり、研究者はHLA解析の研究に着手した。患者会側で全国の患者数の把握、説明・同意文書作成、試料提供者募集が行われた。患者会が主体となって研究協力体制を整えたことにより、個々の患者の状況に応じた選択肢を複数設定することもできた。また、研究者側は、患者会の会合に何度も訪問し、研究の途中経過を説明したほか、患者会メンバーにも関連学会や市民講座で報告した。その成果はRPに関するHLA遺伝子型の発見につながり、世界最大規模の解析として、2016年に論文発表された。
事例3
シルバーラッセル症候群では、患者会会合で足の奇形や靴の悩みが頻出するものの、医学的な知見が少なかった。そこで、研究者、医療者、靴業者らが患者会と一緒に足長・足幅・足高・足囲の継続的な計測による患者の足の成長曲線の推定と3Dプリンターを用いた靴の製作プロジェクトを実施している。患者会が研究者とともに信頼性・妥当性のある方法を考案して立案した研究計画は、研究助成事業で採択され、研究参加者の募集が行われた。
事例4
ムコ多糖症の患者会では、方々に研究実施を働きかけてきたが、なかなか研究者を確保することができなかった。国内患者数は10名未満といわれていたが、患者会はSNSの情報などをもとに数十名いることを突き止め、開発を加速させた。さらに寄付金を元手にやっと研究に着手してもらうことができた。患者会では、世界中で誰がどのようなアプローチで研究を進めているかを把握し、医学の専門家が他の領域の専門家と連携できるような橋渡し役を担っている。病態の解明と並行して、患者のニーズに合った治療法開発を進めてもらうよう研究者に働きかけ、遺伝子治療をはじめとする治療の選択肢を日本で選択できるように取り組んでいる。
 第1章02-6の本文はこれで終わりです。ここに、第1章02-6の参考文献が2点掲載されています。
・フィリップ・R・レイリー著.末松誠訳.オーファン 希少遺伝性疾患の子どもを救うために.アドスリー.2018.
・大野更紗.難治性疾患をめぐる新しい排除と包摂:ジェネティック・シティズンシップ(遺伝学的市民権)と患者の参画.現代思想.45 (8): 171-173,2017.
参考文献は、以上です。
これで、第1章02-6は終わりです。
[27ページ]
コラム リサーチ・アドボケートの重要性
全国がん患者団体連合会 桜井なおみ
 「リサーチ・アドボケート」という言葉と出会ったのは2009年の全米乳がん連合(National Breast Cancer Coalition)主催のロビイング・トレーニングへ参加したときのことです。そこで、科学的根拠に基づいた患者会活動の大切さを学ぶと同時に、リサーチ・アドボケートの研修プログラム「Project LEAD 商標」を知り応募、24か国から集まった患者会リーダーと1週間の臨床試験に関する研修を受けました。
 研修では、事前にジョンズ・ホプキンズ大学大学院公衆衛生学のオンライン講義を受けた後、現地で、臨床試験の意義とプロトコル、医療安全と医療倫理、統計の読み方、医療論文の検索方法と構成、患者の役割などを学びました。
 欧米では医療経済や患者のQOL維持、向上の視点から、臨床試験のプロトコル立案段階から患者が参画し、意見を出しています。そのために必要な基礎知識として、患者向けの科学教育プログラムが、学会や患者会などで盛んに開催されています。
 臨床試験は、人の命に関わる重要な研究です。患者は、個人体験だけではなく、自分の疾患や障害、年代、あるいは性差の代表として、意見を述べることが求められます。人的にも、資金的にも、臨床試験を進めたり、とどめたりする重要な役目を果たすのが「リサーチ・アドボケート」であり、「見極める目を持った市民科学者」として育成していくことが大切になっています。コラム終わり。
[28ページ]
第1章03 患者・市民参画(PPI)の基本
 ここまで、患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)の理念や背景を述べてきましたが、何をすれば患者・市民参画が実現したことになるのか、「いまいちつかめない」とお感じの方もいるかもしれません。そこで、もう少し具体例を挙げて、患者・市民参画に迫ってみましょう。
 ここでは、患者・市民参画のポイントを4つ挙げてみました。
《この節のポイント》
① 患者・市民参画は、研究者と患者・市民の対話の場です。研究参加者を募集する場でも、研究を啓発・広報する場でもありません。
② 患者・市民には、客観的な意見を話してもらうように求めましょう。
③ 患者・市民参画においても、利益相反管理と守秘義務は重要です。
④ 患者・市民参画を実施する必要はないと判断した場合、その判断理由を説明できるようにしましょう。
03-1 患者・市民参画は、研究者と患者・市民の対話の場です
 患者・市民参画は、患者・家族会から研究者への陳情とは異なります。また、診察室における主治医―患者関係とも異なります。
 患者・市民参画では、ある疾患に関する研究をよりよく進めるため、その疾患の患者・家族・元患者(サバイバー)・未来の患者の立場からの意見を求め、対話を進めます。その方法は、対面でも、書面でのやりとりでも構いません。
 患者・市民参画と混同されやすいのが、研究参加者の募集や、研究の進捗・成果の説明会です。
 患者・市民参画は、ある疾患の医学研究・臨床試験(以下、研究)について、研究参加者(実際に研究に参加する人)を募集する場ではありません。患者・市民参画は、研究の内容を決める段階から最終評価に至るまでの間、可能な機会に研究者と関わり、意見を述べること(involvement)を意味しています。このことは、特定の研究計画への参加(participation)と区別される必要があります。患者・市民との対話において、実施予定の具体的な研究計画を話題にする場合には、十分に留意しましょう。
 また、研究の進捗・成果の説明会においては、一般の人々にわかりやすく説明することや、一方的な説明・講演だけでなく双方向的に取り組むことが推奨されています。
[29ページ]
確かに、シンポジウムやサイエンスカフェの形式を取ることで、参加者からの質疑応答が活発になることはあるでしょう。しかし、患者・市民参画の含意は、研究を患者・市民とともに進めていくことであり、研究内容や研究成果を説明して理解を求める活動とは、明確に区別される必要があります。もちろん、研究やその成果を啓発する活動は地道に続けていく必要があるとともに、患者・市民参画とも不可分な関係にあります。研究の啓発が進んだ結果として、患者・市民参画の質の向上につながることも期待されています。
03-2 客観的に意見を述べられる患者・市民の協力を求めましょう
 患者・市民参画に必要な人材は、その研究計画の対象疾患の患者、あるいは過去にその疾患を経験したことがある方(サバイバー)、その家族、介護者などであり、研究に関心を持ち、患者・市民参画の意義や役割を理解してもらう必要があります。
 健康な人を対象に研究する場合には、研究対象となる地域の住民の方々、研究対象となる事業所で働いている人々などが候補になり得ます。さらに、患者・市民参画の目的や内容によっては、その疾患に全く関わりを持たない人であっても、研究対象者(候補者を含む)の立場を想像しながら対応できる場合もあります。
 ただし、どのような立場であっても、患者・市民参画に協力する人々は、研究のあらましや、研究者がともに解決したいと考える事柄を理解するように努力し、わからないことについては遠慮なく質問をしてもらうことが大切です。
[30ページ]
その上で、自分の経験から言えそうなことと、自分の経験だけではわからないことを見極めて研究者に説明し意見を伝えられる人材に、協力を求める必要があります。研究者は、そのような人材を探し、選考する労力を惜しむべきではありません。
 なお、患者・市民参画では、患者・家族会や市民団体の関与を必須とはしていません。したがって、必ずしも患者・家族会や市民団体の幹部や会員に来てもらう必要はありません。たとえば、英国のCancer Research UKという財団では、患者・市民参画に協力する人がいつも同じ人ばかりにならないよう、新鮮さを大切にして、任期を延長しないルールにしています。また、日本の国立がん研究センターの「患者・市民パネル」では、患者の多様性を考慮した公募が行われています。
 第1章03-2の本文はこれで終わりです。ここに、第1章03-2の参考文献が1点掲載されています。
・八巻知香子.高山智子.若尾文彦.患者さんや家族に寄り添える情報提供を目指して−国立がん研究センターがん対策情報センター「患者・市民パネル」による取り組み−.癌の臨床.61(1): 63-67,2015.
参考文献は、以上です。
これで、第1章03-2は終わりです。
03-3 利益相反管理と守秘義務が伴います
 利益相反(COI, Conflict Of Interests)とは、同じ人が2つ以上の対象に対して果たすべき義務があるときに、相互の利害関係が対立しうる状況を指します。たとえば、製薬企業から臨床試験の資金提供を受けた研究者は、試験結果を企業に誠実に報告する義務と研究参加者(実際に研究に参加する人)を守る義務が同時に発生します。しかし、もし研究者が同一企業から過度な資金提供や報酬を受け取ったり、その企業の株を保有したりしていると、研究者はその企業にとって好ましいデータを出すことに気が取られ、研究参加者の保護がおろそかになったり、データの分析がいい加減になるリスクが生じます。
[31ページ]
深刻な利益相反状態にある研究者から発表されたデータや論文は信頼を得られず、社会に損害を与えかねません。そのため、研究者はあらかじめ企業からの資金提供や役員、株保有の状況などを所属する研究機関に開示し、「憂慮すべき利益相反状態」に陥らないよう研究機関から管理される仕組みになっています。近年は、製薬企業が患者・家族会に活動資金を提供する機会も多くなっており、患者・家族会への資金提供状況も公開されるようになりました。
 こうした事情から、患者・市民参画に協力する一般の人々からも、経済的取引や社会的役割の状況などを申告してもらい、管理する必要が生じます。製薬企業などに一定の利害関係を持つ患者・市民は、患者・市民参画に協力すべきではありませんので、辞退してもらいましょう。
 また、研究計画には、研究上の秘密や個人情報が豊富に含まれています。特に研究の初期段階には、競合相手に知られては困る機密事項がたくさんあります。そのため、研究者は、患者・市民参画に協力する人々にも守秘義務を課す必要があります。
 患者・市民のなかには、利益相反申告書や守秘義務誓約書の記載になじみがない人もいるかもしれませんが、こうした約束事は研究者とパートナーになるために大切なことです。
 第1章03-3の本文はこれで終わりです。ここに、第1章03-3の参考文献が2点掲載されています。
・日本医学会.COI管理ガイドライン(改訂).2017.
・日本製薬工業協会.企業活動と患者団体の関係の透明性ガイドライン.2012.
参考文献は、以上です。
これで、第1章03-3は終わりです
[32ページ]
03-4 患者・市民参画を伴わずに研究を進める場合、研究者はその理由を説明できるようにしましょう
 研究者は、もし患者・市民参画を実施できない、もしくは実施する必要がないと判断した場合には、その理由を説明できるようにしましょう。
 疾患によっては、患者・市民の立場から意見を聞くことが難しい場合もあるかもしれません。たとえば、非常に希少な疾患の場合や、逆にありふれた軽度の疾患の場合には、協力してくれる人を探すことは困難なものになります。その代わり、文献などを参考にして、研究対象者(候補者を含む)の心情を推測するだけでも十分に意味を持ちます。患者・市民参画では、その研究計画によって大きく影響を受ける人々について、研究者が思いを馳せ、想像力を働かせることを趣旨としているからです。また、基礎的な実験などの場合に、現時点では患者・市民参画は不要であると研究者が判断する場合もあると考えられます。こうした研究者の判断は、尊重される必要があります。
 なお、諸外国の研究倫理審査委員会の申請書や研究助成の申請書の書式には、患者・市民参画に関する計画や実践を記載させる事例が増えていますが、形骸化した患者・市民参画を実施することはむしろ有害であると考えられています。そのため、患者・市民参画を実践しない理由を記載することによって代えられる場合がほとんどです。
 ここで、本文とは別に、囲み記事として、臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査の中で得られた、患者・市民・研究者の声を掲載しています。
テーマは、よりよい協働のために、何を心がけていますか?です。
まず、日本の研究者の声を紹介します。
・小児がんの薬剤開発を行うにあたり、意見を聞くシンポジウムを開催しましたが、患者の立場からはなかなか意見を言いにくいらしく、実際の発言はわずかでした。意見交換のための基盤が必要であると感じました。次回は事前に勉強会を持ち、意見交換の一助に、と考えています。がんの研究者より。
・医師−患者関係ではなく、共同研究者としての意識が必要です。難病の研究者より。
・患者さんに情報提供をする際に思わぬ理解や感想につながることもあり、情報提供の工夫も必要と考えています。難病の研究者より。
次に、日本の患者・市民の声を紹介します。
・研究へ患者の立場から意見を伝える場合、自分の主観だけで発言しないように注意する。簡潔に的確に答えられるようにする。文句や愚痴を言ったり、話が逸れたりしないようにする。がんの患者・家族会より。
・研究者が何の研究をしていて、目指しているものは何かを患者がよく理解することが大切です。それが患者のモチベーションにもなります。また、患者の個人情報が漏れないことも大事です。がんの患者・家族会より。
・研究を進める研究者の方々に患者の立場から意見を伝える際には、「研究者を支援していきたい」という気持ちを持って発言することを心がけています。難病の患者・家族会より。
囲み記事は、これで終わりです。
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コラム 患者とともに進める医薬品開発(製薬企業の取り組み)
日本製薬工業協会 神山和彦 かみやま かずひこ
 患者中心の医療へ意識が高まるなか、日本も製薬企業における医薬品開発に患者の声を生かす取り組みが始まっています。これは患者と企業がパートナーとして協働していく取り組みで、患者の声が医療分野に新たな視点や価値を生み出すことにつながると考えられています。
 具体的事例としては、患者負担が軽減された臨床試験計画の策定、わかりやすい説明・同意文書の作成、試験参加患者へ平易な言葉で結果を提供、試験終了後に参加患者から感想を得て次の開発に生かす、公的かつ一元化されたウェブサイトに日本語で試験情報を公開する、などが挙げられます。
 患者にとってもこの取り組みは自身の経験が生かされ社会貢献につながるだけではなく、より現実的な臨床試験が実施されるなど、よりよい医薬品をより早く使用できる機会が広がる可能性があります。
 私たちも、病気、治療、医薬品に対する多くの患者の経験や思いを知り、患者の声を生かしながらよい医薬品を患者のもとにお届けしたいと思っています。コラム終わり。
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第2章 医学研究・臨床試験における患者・市民参画(PPI)の進め方
第1章では様々な観点から患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)の意義を見てきました。では、研究者は、患者・市民のみなさんから意見がほしいときに、どのような方法を取ればよいのでしょうか。第2章では、具体的な方法と注意点を見ていきます。
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第2章01 患者・市民参画(PPI)を始める前の心構え
 第1章では、様々な観点から患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)の意義を見てきました。
 もっとも研究者からは、「患者に意見を聞くのは当たり前のこと」「わざわざ患者・市民参画とか言われたくないよ」というご意見もありそうです。しかし、自己流で患者・市民の意見を聞くことには、リスクも隠れています。留意点に配慮しながら準備・計画・実践すれば、より質の高い患者・市民参画が実現可能です。
 この章では、諸外国で蓄積されてきた議論も踏まえつつ、患者・市民参画の具体的な方法と注意点を見ていきます。
《この節のポイント》
① 簡単な、小さい疑問を聞いてみるのも、立派な患者・市民参画です。意見を聞く前に、目的(患者・市民に何を聞きたいのか)を明確にすることが成功のコツです。
② 参画にあたり疑問・不安がある場合は遠慮なく研究者に聞けるよう、患者・市民に配慮しましょう。断りやすい環境を作ることも重要です。患者・市民に、研修(第3章参照)を紹介してもよいでしょう。
③ 研究のどの段階でも、患者・市民参画は実現できます。具体例は、38ページ 図2や、40ページ 表2をご覧ください。
01-1 交流の機会を増やして目的の設定へ
 患者・市民参画の第一歩は、研究者と患者・市民が直接接する機会を持つことです。あなたが、これまで患者・市民と接した経験の少ない研究者なら、まずは患者・市民と交流できる機会を探してみましょう。学会によっては、患者・市民と研究者の交流の場を設けていたり、患者・家族会が展示ブースを出していたりすることがあります。
 既に患者・市民と接点がある場合には、交流の機会を活用し、医学研究・臨床試験(以下、研究)を進めるにあたって気になっていることや疑問点について、ちょっとした立ち話をしてみましょう。その人やその患者・家族会がどのくらい研究に関心を持っているか、他に関心や知識のある人材がいるかどうかがわかるかもしれません。
 患者・家族会がない疾患などの場合には、診察室内で患者に意見を聞くこともあり得ます。
[37ページ]
ただし、患者・市民参画における研究者と患者・市民の関係は、主治医と患者の関係とは異なります。主治医としての質問ではないこと、診療ではなくて研究に関する質問であることなどを明確にした上で話しかけるように留意してください。
 このような交流を経てお互いの信頼関係を高めた後で、うまく協働できそうだなという見込みが立ってきたら、いよいよその研究領域における患者・市民参画の目的を考える段階に入ります。
 最も重視しなければならないことは、実施する患者・市民参画の目的を明確にすることです。なんのために、どのような患者・市民参画を行うのでしょうか。その目的を実現するためには、どのような人々に、どのような形で協働してもらうことが効果的でしょうか。スケジュールに余裕がある場合には、この目的設定の段階から、患者・市民、研究者がともに考えることで、患者・市民参画の効果が高まるといわれています。つまり、「これから始まる研究計画のどのような場面で、患者・市民の意見を聞いていけばよいかについて、意見交換をする」ことが目的になります。この場合にも目的設定を協働で行うという患者・市民参画を実施することになりますので、事前準備が欠かせません。
 患者・市民参画の目的は、抽象的で壮大である必要はありません。たとえば、「答えやすく、適切な分量の調査票を作るための意見をもらいたい」「研究参加者(実際に研究に参加する人)に負担の少ない研究計画を立てるための意見をもらいたい」といった事柄は、ゴールが明確ですので患者・市民参画として成立しやすく、またその成果が研究計画に生かされやすい例です。文献情報や先行事例を踏まえつつ、疾患特性や研究内容に応じた実現可能な目的を設定しましょう(38ページ 図2参照)。
 これから始める患者・市民参画の目的や内容と方法、参加者の役割が決まったら、関係者の間で共有しましょう。
 ここで、本文とは別に、囲み記事として、臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査の中で得られた、患者・市民・研究者の声を掲載しています。
テーマは、ちょっと心配なこともある、です。
日本の研究者の声を紹介します。
・専門知識が十分とは思われない中で、実現不可能なご意見をいただくことも多々あります。がんの研究者より。
・参画してくれる患者さんに、どこまでドライに研究デザインなどについて本音をぶつけ合えるだろうか?傷つけてしまわないだろうか?がんの研究者より。
・広い視野と患者全体の意見の方向性を踏まえた発言ができる「優れた」オピニオンリーダーの患者から意見を聞くことが理想ですが、ある患者の意見がどの程度全体の意向を反映しているのか、わかりません。声の大きい一部の患者の意見ではないことを担保するためには、患者を対象とした調査研究がもっと行われるべきだと思いますし、そのような研究を可能とする基盤の整備が必要だと感じます。がんの研究者より。
・研究を進めるにあたって患者の立場からの意見を聞くことは大切と思うが、ともすると個人的な患者相談会になってしまうことがある。難病の研究者より。
・患者・家族会に呼ばれて講演した際に、治療薬を作ってほしいという思いが強い余り、基礎研究に時間がかかることに対して不満を述べる方もいました。窮状を考慮すれば無理もないことと思いますが、患者さんからの意見によって研究がゆがめられないようにすることが重要であると思います。難病の研究者より。
囲み記事は、これで終わりです。
[38ページ]
01-2 どの研究段階でも患者・市民参画は実現できる
 目的を設定する上で大切なことは、患者・市民参画は、どの研究段階でも実施できるということです。
 医学研究・臨床試験は、大まかに8ステップに分けられます(図2参照)。患者・市民参画は、どのステップでも行うことができますが、必ずしもすべてのステップで行う必要はありません。患者・市民参画の目的、疾患の特性や予算、関わる人々への負担などに応じて適切なステップを選択し、無理なく実現可能な患者・市民参画を行うことをお勧めします。
 
[図2 研究段階における8ステップ]
 この図の説明をします。研究の8ステップが円状に並べられ、中心に「各段階に応じた目標を立てて、患者・市民と協働を目指す」と書かれた図が示されています。8ステップは、一番上から時計回りに、次のように並んでいます。
ステップ1 研究する課題・領域・テーマの設定
ステップ2 研究計画の立案
ステップ3 研究資金の申請
ステップ4 データの収集
ステップ5 データの分析
ステップ6 研究結果の公表と発信
ステップ7 研究結果の実用化を目指す
ステップ8 研究の振り返り・評価
 図の説明は、これで終わりです。
 
 研究者が着手しやすく、患者・市民も参加しやすいステップは、データの収集方法を検討する段階(STEP4)や研究結果の公表と発信の方法を考える段階(STEP6)だといわれています。たとえば、患者が参加しやすい実験にするための諸条件を一緒に考える場合、読み手にとってわかりやすいウェブページを一緒に作成する場合などが挙げられます。
 複数またはすべてのステップにおいて患者・市民参画を行うこともできます。たとえば、研究テーマの設定や研究計画の立案など、STEP1や2の段階から、患者・市民が助言者として会議に参加し、研究計画の完遂まで協働を続ける例もあります。
  それぞれのステップごとに、患者・市民参画の目的と方法の仮想例をまとめた表が、40ページに掲載されています。目的や方法に応じて、協働する患者・市民に求める経験や知識、属性は異なります。
 たとえば、40ページ 表2において、例3、例4では、患者・市民に医学研究・臨床試験についてできるだけ理解してもらった上で話し合うことが望ましいため、研究に関する事前説明や予習できる資料の提供などが必要でしょう。
 また、例4のように、研究計画と併せて研究資金配分の妥当性を話し合う場合には、研究計画と研究資金の関係など、資金配分について考える上で必要な知識を併せて提供する必要があるでしょう。
[40ページ]
[表2 患者・市民参画の仮想事例]
 次に、患者・市民参画の仮想例を紹介する表が掲載されているので、この表の説明をします。さきほど説明した8ステップに対応する形で、10の事例が書かれています。すべての事例で、「目的と方法の仮想例」「患者・市民に求める属性」「研究者が参加者に提供する教育支援」という3つの要素を説明しています。要素は、次のように略して説明します。
・目的と方法の仮想例 → 目的と方法
・患者・市民に求める属性 → 患者・市民の属性
・研究者が参加者に提供する教育支援 → 教育支援
ステップ1 社会的に有意義なテーマを考えるなら?
例1
・目的と方法
疾患Aについて、長期にわたる患者レジストリ構築のあり方をテーマに、複数名の患者・市民と研究者とが検討会を行う。
・患者・市民の属性
研究についての大まかな知識、患者経験や支援に携わった経験、科学的エビデンスを踏まえて発言する経験など
・教育支援
疾患Aの患者レジストリについてのわかりやすいミニ講演とQ&Aセッション(ファシリテーターつき)、用語集の提供
例2 
・目的と方法
疾患Bの治療を目指す2種類のアプローチについて、どちらのアプローチを目指す研究が望ましいかをテーマに、複数名の患者・市民と研究者とで対話を行う
・患者・市民の属性
研究についての大まかな知識、患者経験や支援に携わった経験、科学的エビデンスを踏まえて発言する経験など
・教育支援
それぞれのアプローチに関するわかりやすい解説とQ&Aセッション(ファシリテーターつき)、事前資料や用語集の提供
ステップ2 研究参加者にとって、参加しやすい研究計画を作るなら?
例3
・目的と方法
研究者が考えた選択基準と除外基準について、数名の患者・市民が対話形式で妥当性を検討する
・患者・市民の属性
研究についての大まかな知識、患者経験や支援に携わった経験、科学的エビデンスを踏まえて発言する経験など
・教育支援
研究ならびに当該計画の解説とQ&Aセッション(ファシリテーターつき)、用語集の提供
ステップ3 研究費申請に臨むなら?
例4
・目的と方法
研究者が作成した研究計画全体ならびに研究資金の配分について、数名の患者・市民が、研究者を交えたオンライン対話を通じて改善案を検討する
・患者・市民の属性
研究についての大まかな知識、患者経験や支援に携わった経験、科学的エビデンスを踏まえて発言する経験、オンライン対話を円滑に遂行する知識など
・教育支援
研究ならびに当該計画の解説とQ&Aセッション(ファシリテーターつき)、用語集の提供
ステップ4 データの収集方法について、よりよい方法を検討するなら?
例5 
・目的と方法
研究者が作成した調査票の答えやすさを向上させるために、複数名の患者・市民―研究者が対話形式の検討会を行う
・患者・市民の属性
患者経験や支援に携わった経験、他の患者の状況についての大まかな知識など
・教育支援
質問紙調査の趣旨と実施方法についてのわかりやすい解説
例6 
・目的と方法
研究参加者が集まらない理由や、データ収集がうまくいかない理由について、複数名の患者・市民―研究者がオンライン対話を通じて検討する
・患者・市民の属性
研究についての大まかな知識、患者経験や支援に携わった経験、他の患者の状況についての大まかな知識、オンライン対話を円滑に遂行する能力など
・教育支援
研究ならびに当該研究計画の概要のわかりやすい解説、データ収集方法についての詳細でわかりやすい説明、Q&Aセッション、用語集の提供
ステップ5 データ分析について検討するなら?
例7 
・目的と方法
今後とも、研究Aを続行するかどうかについて、暫定的なデータ分析結果を踏まえて、複数名の患者・市民―研究者が対話形式で検討を行う
・患者・市民の属性
研究についての大まかな知識、患者経験または支援に携わった経験、科学的エビデンスを踏まえて発言する経験など
・教育支援
研究ならびに当該研究計画についてのわかりやすいミニ講演とQ&Aセッション(ファシリテーターつき)、用語集の提供
ステップ6 理解しやすく、誤解を生みにくい形の研究結果の公表・発信を目指すなら?
例8 
・目的と方法
複数名の患者・市民と研究者とが、オンライン対話を通じて、研究者の作成した研究結果のプレスリリースや発表方法について、内容や妥当性を検討し、よりわかりやすく誤解を生まないものにする
・患者・市民の属性
患者経験や支援に携わった経験、自分の身近な人々の視点や考え方を想像する能力など
・教育支援
研究結果発表の基礎知識ならびに当該研究についての簡単な説明とQ&Aセッション(ファシリテーターつき)、用語集の提供
ステップ7 研究結果のよりよい実用化を目指すなら?
例9 
・目的と方法
複数名の患者・市民―研究者が、最近承認された医薬品Aの費用に関する課題についてアイディアを出し合う
・患者・市民の属性
自分や他の患者の状況を踏まえて意見を言う能力、患者経験または支援に携わった経験など
・教育支援
当該医薬品Aならびに新薬承認についてわかりやすいミニ講演とQ&Aセッション(ファシリテーターつき)
ステップ8 より妥当性の高い研究評価を目指すなら?
例10 
・目的と方法
終了したばかりの研究Bを振り返って総括し、次の研究に向けた改善点について、複数名の患者・市民―研究者が、対話型ミーティングを通じて話し合う
・患者・市民の属性
研究についての知識、患者経験や支援に携わった経験、当該研究プロジェクトの運営に携わった経験などが
・教育支援
研究の全体を振り返るミニ講演とQ&Aセッション(ファシリテーターつき)、用語集の提供、中間評価や事後評価についての解説
表2 患者・市民参画の仮想事例に関する説明は、これで終わりです。
[42ページ]
第2章02 実践前に確認したいポイント
 患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)はちょっとした疑問や不安を患者・市民に聞いてみるという気軽なところから始められます。しかし、いざ実践するとなると、配慮が必要な点もいくつかあります。そこで、患者・市民との意見交換会を開催することを想定して、もう少し実践的なポイントを確認してみましょう。
《この節のポイント》
① 快適な環境作りを心がけましょう。話しやすくてカジュアルな雰囲気はもちろん、多目的トイレの確認・案内といった合理的配慮も求められます。
② 謝礼、利益相反、守秘義務について、事前に患者・市民と合意しておきましょう。 ③ どんな意見を反映したのか/しなかったのか、参画した人に必ず報告しましょう。患者・市民からもフィードバックをもらいましょう。
④ 患者・市民を募集するときは、表3の患者・市民の募集要項テンプレート(42ページ)を参考にしてみてください。事前準備のチェックリストとしてもご使用いただけます!
02-1 患者・市民の募集・選考方法
 患者・市民参画の方法は、対面の場での意見交換、メールなどでの意見交換、書面での意見提出など様々な手段があります。ここでは主に意見交換会を開催する場合の配慮事項について述べます。
 まず、募集方法についてです。
 参画してもらう患者・市民の選び方は、研究者が最も悩む点ですが、様々な方法をとることが可能です。ある程度、具体的な人物が想定できている場合には、その人に打診をしてもよいですし、具体的な心当たりがないときには、患者・家族会のなかで推薦してもらったり、第三者に紹介してもらったり、公募したりしても構いません。
 しかし、候補者への打診、推薦・紹介の依頼、公募などに乗り出す前に、その人に求める経験や知識、開催形式や開催場所、謝礼や旅費などについて決定し、説明できる状態にしておくことが大切です。この準備のために、「募集要項」を作成することをお勧めします。変更できない条件のほか、「応相談」にできることなど、「患者・市民の募集要項テンプレート(意見交換会の開催を想定)」に従って考えを整理しておくことは必須です(表3参照)。
 
[表3 患者・市民の募集要項テンプレート(意見交換会の開催を想定)]
 このテンプレートは、対面で意見交換会を開催することを想定して、作成しました。募集要項に掲載することが望ましい8つの項目を掲載していますので、順にご説明します。
 
① 活動の名称
 まず、タイトルを決めましょう。患者・市民の呼称は特に決められたものはありませんので、患者・市民パネル、患者・市民アドバイザーなど、機関や研究グループで決めていただけます。
例1:○○症の研究における、患者・市民参画にご協力いただける方の募集
例2:○○症の研究における、患者・市民参画にご協力いただける方の募集
② 参加者に求める知識・経験
 参加してもらうための条件を明記して、適切な人に参加してもらいましょう。例えば、次のような項目について説明があるとよいでしょう。性別、年齢、疾患との関わり(例:患者本人/患者家族/介助者)、その他、必要な知識や経験(例:医学研究・臨床試験に関する知識など)。
③ 研究の背景
 研究機関や研究グループについても、簡単に紹介するとよいでしょう。患者・市民に期待すること、つまり患者・市民参画の目的は、必ず書くようにしましょう。
 この項目で書いておくとよい内容は、例えば、以下の内容です。大学や研究機関名、研究グループの紹介、当該研究プロジェクトの助成元、患者・市民の意見を聞くことで、研究にどんな影響があることを期待しているか(患者・市民参画の目的)。
④ 患者・市民のみなさんにお願いしたいこと
 参加する患者・市民がすること、しなければならないことを明示しましょう。例えば、次のような内容です。どんな立場で、どんな意見を述べてほしいか(例:疾患に関わる立場として、負担のない研究計画になっているか教えてほしい)。利益相反の申告。守秘義務の誓約。拘束時間。特定の会場で行うならば、会場までお越しいただく旨を明記しましょう。
⑤ 開催概要
 規模や進め方、参加者への支援などを明記しましょう。次のような情報を提示するとよいでしょう。人数、場所、当日の大まかなタイムスケジュール、遠隔参加ができるかどうか(例:テレビ会議の実施)、車椅子用駐車場や多目的トイレ、託児所などの確認・案内。
⑥ 費用負担や謝礼
 患者・市民の実費負担や謝礼の有無は、必ず明記しましょう。実費は、研究者側で負担することが望ましいです。謝礼は、高額な金額設定を控え、謝礼を用意できない場合は、参加者に過度な負担が生じないよう工夫しましょう。
 この項目では、次のような情報が明記されていることが望ましいでしょう。実費負担の有無(実費例:交通費、宿泊費、駐車場代、当日依頼する介助者や託児所の費用など)。実費の支払い手続きの説明。謝礼の有無。謝礼の金額。
⑦ スケジュール
 意見交換会前後のスケジュールを示しましょう。患者・市民へのフィードバックや研究成果の報告も忘れてはいけません。もらった意見を研究に反映するかどうかは、科学的妥当性に照らし合わせて、研究者が決めることです。反映しないことは悪いことではないので、誠実にフィードバックしましょう。
 この項目では、例えば、次のような事柄について説明しておきましょう。募集期間、実施期間、得た意見を研究にどう反映したか・しなかったかをフィードバックするタイミング、研究期間が終わり、研究成果をお伝えするタイミング。
⑧ 連絡先、問い合わせ先
 募集期間、方法を明記するとともに、当該研究や意見交換会に関する問い合わせ窓口を用意しましょう。研究グループのなかで、こうした窓口に対応する担当者を決めておくとよいでしょう。
 次のような情報が明記されているとよいでしょう。募集期間、募集方法、問い合わせ先、担当者名。
これで、募集要項の説明は終わりです。
[43ページ]
 次に、選考方法の検討について説明します。
 参画する患者・市民には、責任を分かち合ってもらう必要があります。当然のことながら向き不向きがあり、患者・市民だからといって誰でもよいわけではありません。たとえば、患者・市民参画の意味や具体的な活動の目的を正しく理解しているかどうかが確認できないと、患者・市民参画はうまくいきません。また、文字を読むのが好きでない人には、研究計画書や説明・同意文書を読んでもらうことは期待しにくいものです。そのため、複数名の候補から選考できそうな場合には、その方法を考慮しましょう。
 一般的にボランティアの募集などで行われている方法としては、申込用紙に志望動機を書いてもらう、課題文を提示して作文を書いてもらう、面接を行ってコミュニケーションの仕方を確認するといった方法があります。必要に応じて、知識や経験の程度を確認するのもよいでしょう。
 なお、患者数の多い疾患を対象にする場合、参画してもらう患者・市民には、多様性を確保することが望まれます。性別、年代をはじめ、いくつかの観点から多様性を検討し、できるだけ複数名に協力してもらいましょう。患者・市民の立場では、目を合わせてうなずけるような相手がもう一人いるだけで心強く感じられるようです。ただし、非常に高い専門性を求める場合や患者数自体が極めて少ない希少疾患の場合など、多様性を確保することが困難な場合もあります。
[44ページ]
02-2 利益相反と謝礼
 患者・市民参画においても、研究参加者(実際に研究に参加する人)を保護し、研究成果、特に開発された医薬品などの信頼性を保つために、研究開発を進めている研究者と協力する患者・市民が適切な関係を保つことが極めて重要です。研究者と企業の間では、深刻な利益相反状態を回避するために、金銭的な取引を中心に公開し、管理する仕組みを確立しています。同様に、当該研究計画との深刻な利害関係がある患者・市民の参画は回避すべきです。
 では、患者・市民参画への参加に対する謝礼については、どのように考えるべきでしょうか。まず、高額の謝礼を設定することはやめるべきです。患者・市民からの意見が研究者側に寄ったものになりかねず、「深刻な利益相反のある患者・市民参画」だとみなされてしまいます。研究者は、患者・市民参画にかかる経費について、謝礼も含めて、透明性を保つ必要があります。
 海外の事例では、①全くの無報酬のボランティア(実費も自己負担)、②活動経費の実費のみ支給されるボランティア、③実費に加えて謝礼を支給されるボランティアが見受けられ、特に決まりはありません。③は「有償ボランティア」とも呼ばれ、心身に負担の多い活動の場合、持続的な参加を希望する場合、特別な依頼事項が発生する場合などに設定され、医学研究・臨床試験でも運用されています。金額を決めるときには、一定の方向性への誘引や利益誘導の疑念を持たれないよう留意する必要があります。
02-3 守秘義務と情報公開
 患者・市民参画を通して出てきた情報や意見の機密性について、開始前に合意しておくことは重要です。どのような情報に機密性があるのか、参画してもらう患者・市民との間で、事前に合意しておきましょう。
 研究者にとっては、大切な研究上の秘密があります。患者・市民参画に携わる人々を信頼して共有できる内容もある一方、決して明かせない内容もあります。複数の参加者がいる場合、参画したこと自体を隠したい人がいることにも配慮が必要です。他方、患者・市民の側には、ソーシャルメディアなどで公表したい人、患者会に報告したい人もいるかもしれません。
 守秘義務をめぐる様々なリスクについて、研究者側であらかじめ考えた上で、こうした事情を参加者に理解してもらうため、患者・市民との間で守秘義務に関する誓約書を取り交わすのも一案です。
 患者・市民参画をやりっ放しにせず、活動成果を着実に生み出していくためには、議事録や要旨などの記録を作成し、関係者が合意内容を残していくよう心がけましょう。そのような記録を参加者間で共有することで、「言った/言わない」といった認識のずれを防ぎ、相互の信頼が育まれることが期待できます。
 また、公表しても差し支えない程度にまとめた記録も作成し、内容面に問題がなく、すべての参加者の確認が得られた場合、その研究機関やプロジェクトのウェブサイトなどで公開すると、より活発な患者・市民参画につながる可能性もあります。
[45ページ]
02-4 意見や視点を引き出しやすくする工夫
 意見交換会では、すべての参加者が気持ちよく活動できるよう、事前準備や配慮、雰囲気作り、場の設計が重要です。できるだけ多くの参加者から意見や視点をうまく引き出せるような事前準備と環境作りを心がけることで、研究者にとっても患者・市民にとっても満足度の高い行事になることが期待できます。
 まず、研究者が事前に提供すべき情報と配慮についてご説明します。
 当然のことながら、患者・市民は、研究者と比べて研究に関する知識が不足しています。その患者・市民参画の活動の目的に応じて、前もって参考資料や研究者側が悩んでいることなどの情報を提供しておきましょう。研究者並みの知識を備えてもらう必要はありませんが、よく使う用語の音感に慣れ、おおまかな意味を理解してもらうなど、研究者に質問ができる程度の予備知識を提供する必要があります。
 可能であれば、当日使用予定の資料を事前に渡しておきましょう。また、参考資料として、比較的読みやすい論文・総説のほか、教育講座、シンポジウム、記事(新聞や雑誌など)、映像資料(映画やテレビ番組など)を含めて、幅広い媒体から探してみてください。場合によっては、関連する研究ガイドライン(16ページ 表1参照)や学会のガイドラインなどに目を通しておくよう、患者・市民に依頼する必要があります。
 車椅子用駐車場や多目的トイレの確認、休憩時間や飲み物の提供など、参加者の体調や状況に合わせた合理的配慮も心がけなければなりません。日程調整の際に、特別な配慮が必要かどうかを確認した上で、会場を選定しましょう。アクセスのしやすさに問題がなければ、研究者の所属機関ではなく、外部の中立的な会場を選定することが望ましいです。ビジネスユースの貸会議室でもよいですが、公民館、喫茶店、和室など、居心地がよくリラックスしやすい部屋を選定することをお勧めします。
 当日の日時、会場、待ち合わせ場所について連絡するときには、参加人数(特に、患者・市民側の参加人数)、当日の服装、当日の進行、必要な持ち物についての情報があると、事前の緊張を和らげることができます。リラックスした雰囲気にするため、研究者は白衣やスーツを着用しないことをお勧めします。そして、参加者にも、カジュアルな服装で来るように勧めましょう。
[46ページ]
 次に、当日の進行についてです。
 研究者自身が進行するよりも、患者・市民参画の目的や会合の趣旨を理解した人に、中立的な司会進行役となってもらい、気軽な質問、発言を行いやすい雰囲気を作ることが望ましいです。目的やゴールを逸脱した言動を調整する役割を別の人に任せることによって、研究者自身が、わかりやすいプレゼンテーションや議論に専念しやすくなります。当日の進行については、科学技術コミュニケーター、臨床研究/治験コーディネーター(CRC)やリサーチ・コーディネーター、意見を引き出すことに長けた専門家(ファシリテーター)など、患者・市民との対話や調整の経験が抱負な人々の力を借りて準備できると、より望ましいです。
 患者・市民参画を意見交換会の形式で実施するときには、全員が対面またはウェブなどで顔を合わせることになります。当日は、会合の冒頭で、会合を召集した理由、患者・市民参画の目的、そして当日の流れとゴールを明確に説明し、全員が意識を共有できるようにします。
 また、会合が開始される前に、利益相反申告書や守秘義務誓約書を記載してもらうことになります。なぜそのような書類の提出が必要なのかについて、簡単に説明しましょう。そのほか、会合を開始するにあたっての疑問点があれば、会合の冒頭で確認し、参加者がもやもやした気持ちを残さないような進行に努めましょう。
 実りある患者・市民参画を進めるためには、研究者と患者・市民とが、お互いに相手の意見を聞き、理解しようとする姿勢が不可欠です。そのため、進め方を説明するときに、いくつかのルールを共有しましょう。ここで、お互いにとって快適な場の設計につながるルールの例を、7つ挙げます。
① 「教授」や「先生」といった呼称を使わず、「さん」づけ、あるいはニックネームで呼ぶ。
② 症状や治療法の相談をしてはならない。
③ わからないときに「わからない」と言ってよい。
④ お互いにゆっくりとした口調で話す。早すぎたら制してよい。
⑤ 意見交換の際に、一人が長く話しすぎない。長すぎたら制してよい。
⑥ 休憩時間は必ず確保する。
⑦ 予定した時間通りに終了する
 司会進行役には、こうしたルールに反した言動が続く場合には、研究者と患者・市民の双方に注意喚起を促す役割があります。
 研究者は、いつも以上にゆっくりと話し、相手の意図をくみ取って柔軟に考える姿勢で臨みましょう。知識の一方的な押しつけや、共通理解を目的としない過度に込み入った説明にならぬよう、柔軟な姿勢が望まれます。
 会合の締めくくりでは、研究者は多くの発言を得たことへの感謝と感想を伝えましょう。改善を要する点やよかった点を率直に話し合うことは、その日の活動を振り返り、整理する上でも大切であり、よりよい患者・市民参画を行う上で極めて重要です。研究者には、そのような発言を引き出す工夫も望まれます。
 ここで、本文とは別に、囲み記事として、臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査の中で得られた、患者・市民・研究者の声を掲載しています。
テーマは、患者・市民には何ができる?です。
日本の患者・市民の声を紹介します。
・患者に良かれと思って作られた仕組みがとても遠いものであることに歯がゆい思いをしています。患者・遺族・患者支援活動に携わる立場からの発言を医療に携わるそれぞれの領域の皆さんに聞いていただく機会が多くあることで、あるいは聞くことで相互理解が深まり、より使いやすくすることができると信じています。
・医療の受け手である自身の経験を活かし、例えば臨床研究等における「患者向け説明・同意文書」の文言や説明の仕方、サポート体制などについて意見を伝え、改善につなげることができると考えます。被験者の立場から見たリスクとベネフィットについて研究者に伝えることができる。被験者へのより細やかな配慮が可能になる。研究について、広く市民に発信することができる。
・研究者の考えのおよばない、患者、患者家族の思いを伝えることができる(不安、期待、希望など)。。
・患者・市民の立場として、どのような思いを持って治療や研究に参加するのかなどをふまえて意見を述べることで、より意義の大きな研究を実現するための貢献ができるのではないかと考えています。また、臨床試験に関する医療者と患者・市民の意識のずれ(試験と治療の混同など)についても、解消できる方法を探れれば、と考えます。
・患者・市民参画により被験者目線、被験者に寄り添う形の研究に繋がるのでは無いかと考える。
・同じ病気の患者同士が話すと、身体の違和感や症状が共通している場合があります。まだ医学的には、その疾患からくるものかどうかわかっていないこともあり、患者たちの参画が今後の医療の進歩に影響を与えることができると考えます。
・私の貢献に対する考えは、2つあります。1つ目は、研究者に「ありがとう」と感謝の気持ちを伝え、応援の想いを言葉や何かの形(注:金品以外)で伝えること。2つ目は、たとえ、研究者の研究が遅延・振り出しに戻ることになったとしても、空気や医学界の常識に捉われずに自分の状態・考えを・思いを正確に伝え、より信頼性が高い研究となるようにお手伝いすることです。それがいずれは、自分たちの正確な疾患情報やQOLスケール、治療法開発として戻ってくると考えています。
囲み記事は、これで終わりです。
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 第2章の最後に、患者・市民参画による結果を伝えることについてお話します。
 患者・市民参画を行ったことで、研究者にはどのような利点や変化があったのでしょうか。また、検討の結果、どのような意見が研究に反映され、どのような点について反映が見合わされたのでしょうか。研究者は、協力してくれた患者・市民にわかりやすい形で報告しましょう。
 研究について助言はしたけれど、その後、研究者から何も報告がないというのは、患者・市民にとって大きな不満になりやすいポイントです。もちろん、結果を伝えられる段階になるまでには、患者・市民参画の実施時期から時間が経ってしまうこともあります。いつ、どのような段階で結果の報告をするのか、大まかでも構いませんので、研究者、患者・市民の双方で事前に共有しておくことが望ましいでしょう。
 
 ここで、再度、本文とは別に、囲み記事として、臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査の中で得られた、患者・市民・研究者の声を掲載しています。
テーマは、そういえば、協力したあの研究、どうなった?です。
日本の難病患者・家族の声を紹介します。
・研究者からの依頼に対しては可能な限り協力することにしていますが、その結果のフィードバックが稀であることを残念に思います。
・検体提供後に研究結果や進捗状況について定期的に報告いただければ、今後の検体提供者を募る作業の励みになる。
・質問紙調査の記載方法について意見を述べたが、それが研究計画の改善につながったかどうかはわからない。
・情報提供しても、それが研究にどのように生かされたのかの報告さえない。
・患者側からは研究者には積極的に協力するようにしていますが、研究者から状況説明がないと患者側からの協力が難しくなるので、信頼の築ける関係が必要。
囲み記事は、これで終わりです。
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コラム 患者・市民参画(PPI)に関する英文専門誌のご紹介
東京大学医科学研究所 武藤香織 むとう かおり
 患者・市民参画(PPI)に関する専門誌として、BioMed Central という企業から、Research Involvement and Engagement(以下RIE誌)という雑誌が発行されています。2015年に創刊された本誌には、様々な患者・市民参画の実践例が紹介されており、研究者と同じように患者がどこでも論文を読めるよう、インターネット上でアクセスできます。RIE誌の編集長は、ソフィーさんとリチャードさんが共同で担当しています。ソフィーさんは、大学での患者・市民参画事業のリーダーとして、質の向上のために活躍している研究者。リチャードさんは、2つのがんをはじめ複数の病気のサバイバーであり、家族の介護者でもあり、計12件の研究に参加した経験をお持ちです。リチャードさんが共同編集長であるのは、「知識をともに生産する(Co-production on Knowledge)」という理念によります。そのため、RIE誌では、少なくとも患者1名と研究者1名が査読をするルールになっており、その氏名は著者にも明らかにされます。
 そんな二人による創刊の辞では、「この雑誌がエビデンスに基づく患者・市民参画の発展の架け橋となり、国際的に認知が深まることを期待している」と述べられていました。今後、日本からの実践報告も世界に発信されていくことが期待されます。コラム終わり。
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第3章 よりよい患者・市民参画(PPI)のために
 第1章でご紹介したように、患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)は、患者・市民と研究者が協働して医学研究・臨床試験を進めることを目指す活動です。
 また、第2章では、具体的に患者・市民参画を進めるための方法を紹介してきました。第3章では、いよいよ患者・市民参画を始めようとする研究者の方に、今後の課題も含めたエールを送ります。
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第3章01 よりよい患者・市民参画(PPI)のために
 患者・市民参画をやりやすくするには、まだ公的な支援策が不足しているのが現状です。しかし、よりよい研究を進めるために、まずは、現実的で実現可能な目標を設定して着手してみませんか。これまで実践していた活動を、あらためて患者・市民参画として位置づけし直し、よりよい形で実践するのもよいかもしれません。
《この節のポイント》
① 現在国内には、研究者と患者・市民とをマッチングさせる仕組みはありません。求める患者・市民の条件を募集要項で示し、適切なマッチングを目指しましょう。
② 患者・市民参画について、周りの研究者や患者・市民とともに、学んでいきましょう。ぜひ、興味があるウェブサイトを見てみてください。
③ 欧米では、研究者と患者・市民をつなぐコーディネーターが双方の調整を行っています。
01-1 患者・市民参画に関する人材のマッチング
 研究者からは「患者・市民参画に協力してくれそうな人をどのように集めたらよいのか」という声を耳にすることがあります。「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」で調べたところ、英国には、研究者が患者・市民参画の協力者を募集し、関心を寄せる患者・市民が登録できるウェブサイトがあります。また、米国やカナダの研究機関や研究助成機関では、協力したいと考える患者・市民を募集したり、育成したりするところもあります。
 こうした国々で先行する取り組みを見ると、患者・市民参画に関心を寄せる人々の選抜も導入しています。その活動内容を正しく理解し、活動の趣旨に照らして適切な人材に協力してもらうために、応募動機やテーマを設定した作文を書いてもらうことが多いようです。応募者から取り寄せる情報は様々ですが、履歴書、過去の市民や患者・家族会の活動実績、病歴・(要)介護歴、医学研究・臨床試験への参加歴などについて、提出を求めています。また、活動内容によっては、書類審査の後に、面接審査も行われています。募集から採用に至るまでは、いずれも患者・市民参画に関する専門部署や専門の担当者が行っています。
 患者・市民の選抜がごく普通に行われる背景として、患者数の多い疾患の場合には、患者・市民参画が一部の患者・市民によって独占されることを回避したいという考え方があり、患者・市民参画の経験がない、または少ない人々に出会うための仕組み作りが重視されていることが挙げられます。一方で、特に希少疾患の場合には、情熱を持った研究者も患者・市民も少数に留まるため、たくさんの人々に関わってもらうことは難しいなどの事情もあります。
 また、医学研究・臨床試験の患者・市民参画では、どうしても専門的な内容を扱わざるを得ず、事前準備の段階から様々な文章を読むことが苦痛ではなく、専門家と意見交換できる人が求められます。患者・市民参画の経験が豊富な方に対して、より高度な知識が必要とされる患者・市民参画への協力を求めたいという場合もあります。こうした事情から、そもそも当該疾患に関してどのような研究があるのか、といった事柄に関心のない方には向いていない活動かもしれません。
 現在の日本には、「ここに連絡すれば、人材を募集できる!」という組織や人材マッチングデータベース、採用活動の代行サービスなどは存在しません。そのため、第2章で述べたように、ある程度、具体的な人物が想定できている場合には、その人に打診をしてもよいですし、具体的な心当たりがないときには、患者・家族会のなかで推薦してもらったり、第三者に紹介してもらったり、公募したりしても構いません。
 そして、どのような目的で、どのような人々にどのような患者・市民参画に加わってもらうのか、事前に十分に検討して募集要項に示すことは、適切なマッチングの第一歩となります。
 ここで、本文とは別に、囲み記事として、臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査の中で得られた、患者・市民・研究者の声を掲載しています。
テーマは、そもそも、研究者と交流がないんです。
日本の難病患者・家族の声をご紹介します。
・私の把握している限りでは国内で専門的に研究されている研究者はいません。チャンスが少ない疾患であるからこそ、少ないチャンスは逃さぬよう、研究者や研究につながる可能性のある機会には、真摯に、素早く、必ず対応をするように心がけております。
・研究をされている先生方と面識はあるものの、直接お会いしてお話したり、メールのやりとりをしているわけでもないので、現在どのような研究が行われているのか、進捗状況など、情報は入ってきません。情報をいただきたいです。
囲み記事は、これで終わりです。
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01-2 勉強不足はお互い様
 現在、患者・市民には、医学研究・臨床試験だけでなく、医療政策全般について意思決定の場に参画することが求められるようになってきました。医学研究・臨床試験に関する基本的な用語や概要は、研究者と患者・市民が共通して理解しておくべきものです。研究者は、一般に向けてどのような情報が公開され、どのような解説がなされているか、自分の目で確認する機会を持ちましょう(表4 参照)。
[表4 医学研究・臨床試験に関して、ウェブサイトから見られる主な情報源]
 医学研究・臨床試験に関して、ウェブサイトから見られる主な情報源を一覧にした表が示されています。表では、6つのウェブサイトを紹介しています。
・厚生労働省治験について(一般の方へ)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/fukyu.html
・厚生労働省 研究に関する指針について https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/kenkyujigyou/i-kenkyu/index.html
・厚生労働省 臨床研究法についてhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000163417.html
・文部科学省 生命倫理・安全に対する取組http://www.lifescience.mext.go.jp/bioethics/index.html
・日本製薬工業協会 治験についてhttp://www.jpma.or.jp/medicine/shinyaku/tiken/tiken/
・認定NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン 臨床試験・治験の語り
https://www.dipex-j.org/clinical-trial/
表4は、これで終わりです。
 こうしたウェブサイト上の情報のほかに、近年、患者・市民が学ぶ機会は少しずつ増えてきています。現在、日本で参加できる一般向けの研修には、患者・市民参画に特化したものはありませんが、専門的な知識やディベートの技術なども含めて、医療に関して幅広く学べる講座は存在しています(表5-1 参照)。
[表5-1 患者・市民向けに、国内で定期開催されている講座の例:国内事例より]
 ここでは、講座の例を8つ挙げています。
・キャンサーネットジャパン ジャパンキャンサーフォーラム
・ささえあい医療人権センターCOML(コムル) 医療をささえる市民養成講座
・全国がん患者団体連合会 がん患者学会、がん患者カレッジ
・日本癌学会 サバイバー・科学者プログラム(略称 SSPプログラム)
・日本癌治療学会 がん患者・支援者プログラム
・日本肺癌学会 患者・家族向けプログラ」
・日本臨床腫瘍学会 ペイシェント・アドボケイト・プログラム
・ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会(VHO-net)ワークショップ、地域学習会
  他方、研究者には、患者・市民との接し方やコミュニケーションの技術などの基本的な事柄をはじめ、患者・市民参画について学ぶ機会がありません。すべてご自身の経験からしか学べない状況です。周囲の遠慮や忖度に気付かず、「主治医として、患者さんとは信頼関係があるから大丈夫」「コミュニケーション能力には自信がある」と言い切っているあなた、大丈夫と思い込んでいないでしょうか?
 さらに、「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」を通じて明らかになったのは、医療資格を持っていない研究者が患者・市民参画に関心を寄せている場合でも、医療関係者から対象疾患の患者・家族に接しないよう制されていたり、医療関係者に遠慮して連絡を控えたりする例です。しかし、患者・市民参画は医療関係者のみが実践する活動ではありませんので、相互に連携しながら実践できるようになるのが理想的です。
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 日本ではまだあまり体制が整っていませんが、患者・市民参画に先進的に取り組んでいる英国では、研究者向けの研修も整備されつつあり、様々なプログラムが実施されています。効果的な実施方法、公的研究機関から受けられる支援策、患者・市民参画の評価方法を学んだり、実際に実践するワークショップも準備されていたりするなど、多様な内容となっています(表5-2 参照)。
[表5-2 、研究者向けに、英国で定期開催されている講座の例:英国の事例より]
 ここでは、講座の例を2つ挙げています。
・NIHR(National Institute for Health Research):研究機関と連携したトレーニングプログラム
注 NIHRはヘルスリサーチ分野の公的研究機関です。健康やケアに関する研究への助成金提供や、研究を社会へ応用するための支援なども行っています。 注終わり。
・NCCPE(National Co-ordinating Centre for Public Engagement):オリジナル出張講義
注 NCCPEは、医学研究・臨床試験に限らず、英国における様々な分野のPublic Engagementを支援・促進する全国的なネットワークです。 注終わり。
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01-3 研究者と患者・市民のよりよい関係構築を目指して
 研究者と患者・市民は、将来のよりよい医療のために協働することができます。患者・市民参画は、その事例の一つです。
 しかし、研究者と患者・市民は、その役割が異なることにあらためて留意すべきです。一定の距離を保ちつつ、尊重し合って協力することが大切です。たとえば、患者・市民が研究者に過大な要求をすることや、意見が反映されないことに怒ることなどは望ましくありません。また、研究者が患者・市民に多額の謝礼を払うことは、深刻な利益相反関係を疑われますし、逆に患者・市民に無償で多くの頼みごとをし続けることは慎むべきです。患者・市民にとって、研究者からの頼まれごとは、嬉しい半面、断りづらいこともあります。患者・市民参画の実践を蓄積しながら、よい関係性についても検討を深め、何らかの申し合わせを作ったり、問題が起きたらその都度率直に話し合えるような協力関係を構築できたりするとよいでしょう。
 「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」を通じて、欧米では、研究者と患者・市民をつなぐコーディネーターが、患者・市民参画の進捗管理、参加者の公募・採用活動、当日までの準備、終了後の議事録の整理などの調整にあたっていることがわかりました。こうした人材が患者・市民参画を支援することによって、研究者の負担が減るのはもちろんのこと、研究者と患者・家族会の代表が直接やりとりをして進めるよりも、中立性や透明性が高い活動になる利点もあります。
 患者・市民参画に関心を持つ研究者であっても、詳しい実施計画を立てたり、コーディネートしたりするのは無理だと感じる人も少なくないかもしれません。患者・市民側にも、研究者に様々な負担をさせるのは気の毒だと思う人もいるでしょう。今後、日本でも患者・市民参画を担うコーディネーターが機能しうるかどうか、その可能性について検討することが課題となります。
 ここで、本文とは別に、囲み記事として、臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査の中で得られた、患者・市民・研究者の声を掲載しています。
テーマは、こんな仕組みを作って、よりよい協働を目指そう、です。
まず、日本の研究者の声を紹介します。
・場合によっては、患者の立場からすると望ましくない研究結果が得られることもある。研究者と患者の関係が近すぎると、関係が崩れるのを恐れるあまり、結果の公表に対するある種のバイアスが発生する可能性も否定できない。「患者と研究者の適切な関係性を定めるガイドライン」策定の必要性を感じる。がんの研究者より。
・研究対象となる患者を実際に診療していない研究者が患者とコミュニケーションできる場があるとよいと思います。難病の研究者より。
次に、日本の患者・市民の声を紹介します。
・患者の立場からの意見を伝えることの意義は、とても大きいと思っていますが、まず患者が意見を伝えるための知識や見識を持つこと、また依頼を受けたなら、それに関し十分な理解ができるよう努力することが何より大切だと考えます。それができるような患者さんの人材育成がまず必要ではないでしょうか。がんの患者・家族会より。
・人の役に立つこと、自分にもできることに気付くことで、自己肯定感、居場所や生きる価値を見出せる方もいると思います。患者さんにとっても、研究者にとっても、今後の患者さんにとってもよりよいシステム、関係作りができればよいと思います。「患者さんの協力は今後の医療の進歩にとって、大きな価値がある!」など、イメージアップ作戦もありだと思います。がんの患者・家族会より。
・患者は新たな治療法につながる研究の進捗状況や新たな治療法の実現時期、新たな治療法の対象患者などについての情報を欲しているので、定期的にこれらについての研究者側からの情報発信や研究者側への質問の機会、そして、これらのために連絡し合える関係を持ちやすいように、専門的な仲介者がいてくれると助かります。難病の患者・家族会より。
囲み記事は、これで終わりです。
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コラム 意義ある意見を述べる市民を目指して
ささえあい医療人権センターCOML(コムル) 山口育子 やまぐち いくこ
 医療者がすべての主導権を握っていた時代から変化し、現在は患者と医療者が協働する必要性が問われています。それに伴い、自治体や国の行政機関、医療機関などでも、患者・市民の意見を取り入れる傾向が高まってきています。
 この動きは現在様々な方面に広がりを見せていて、たとえば高度先進医療を提供する特定機能病院では医療を受ける立場の人を含めた医療安全監査委員会の設置が求められたり、治験や臨床研究の倫理審査委員会では一般委員の出席が開催要件になっていたりします。さらには、主に学会が作成している診療ガイドラインも作成段階から一般の意見を取り入れることが推奨され始めています。
 これは、専門家目線では気付かないような利用者の視点を大切にしていこうという本来当たり前のことがようやく実現し始めている動きです。その意義を見出してもらうためにも、私たちは冷静かつ客観的な意見を述べられるように努力することが大切だと思っています。
以上で、ガイドブックの本文は終わりです。
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付録
 このガイドブックには、次の3つを付録として付けています。
1 エーメドの研究開発課題の研究者が経験した事例
2 研究者向けの患者・市民参画(PPI)10か条
3 患者・市民向けの患者・市民参画(PPI)10か条
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付録1 エーメドの研究開発課題の研究者が経験した事例
 このガイドブックでは、患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)の理念や、実践的なポイントをお伝えしました。新しい概念だと思った方もいるかもしれませんが、意外と、国内でも既に取り組んできた研究者もいるのです!ここでは、13の事例を紹介します。
例1 精神疾患のゲノム解析研究を行う際の研究対象者への説明では、従来、説明・同意文書の内容を逐一説明していた。しかし、患者から見て理解しやすい説明の進め方や、重みづけ、省略についての要望を受けた。そこで、文書を読んで疑問に感じた点に答えることを中心にするなど、より研究対象者の主体性を重んじた形で進めることができるようになった。
例2 視覚聴覚二重障害をテーマとする研究について、当事者とその家族にしかわからない観点を盛り込むため、研究計画書の作成段階からの様々な段階で患者の意見を聴取し、その声を反映させている。当該研究の参加者募集においても、患者の方に周知いただくなどの協力をいただいている。
例3 希少な慢性疾患の研究を進めるにあたって、研究対象者にかかる負担を少しでも減らそうと、患者からの意見を積極的に聴取してきた。特に患者から指摘された入院期間に関する意見は、PMDAとのプロトコルに関する協議でも生かされ、結果的に、安全性への配慮がなされた上での入院期間の短縮につながった。
例4 肺の難病の患者会との定期的な交流を通じ、研究に対する質問や要望を募っている。いただいた意見をふまえて研究計画を修正したり、診療ガイドラインを作成したりしている。患者の多くから、特定の治療法についての辛さ・苦しみを聞いたことを受けて、当該治療法についての全国的な実態調査も行った。
例5 患者との意見交換を経て、患者が疾患そのものだけでなく、疾患に伴う諸症状にも苦しんでいること、そして自分の想定外だった患者のニーズに気付くことができた。そこで現在は、緩和治療につながり得る研究に着目している。諸外国における治療法などを調査し、日本でそれらが導入できるか研究を進めていきたいと考えている。
例6 神経難病の患者・家族に研究計画を説明して、研究に参加する場合の負担を評価してもらった。どの程度までの負担なら参加してもよいか意見を聞いた上で、研究計画を修正した。
例7 新生児を対象として人で初めて実施する細胞治療の臨床研究について、患児の家族の懸念やニーズを把握するために、研究者と患者会のメンバーで意見交換会を行った。患児の病状が悪化している際に臨床研究の説明をする必要があることから、臨床研究について説明するタイミングやその進め方に関して、患児やその家族の立場に配慮した方法に改善することができた。
例8 再生医療領域では、研究成果を社会に実装する際、費用負担の問題が重要課題である。そのため、日本再生医療学会では、対象となる疾患を持つ人々に費用負担に関する質問紙調査を行うこととした。開発段階の質問紙について、協力を依頼する予定の複数の患者団体に所属する患者らから、答えやすさや設問の妥当性、配慮が必要な点をご助言いただき、設問内容や文言に反映して実際の調査を行った。また、患者・市民と研究者がともに、社会に望まれる再生医療情報のあり方、その実現方法を検討する対話を行い、出てきた内容を、患者からの問い合わせ窓口や患者向けウェブサイトなどの学会活動に取り入れた。
例9 精神疾患の患者・家族に対して、診療ガイドラインについての意見を求める機会を設けた。終日かけて研究者との意見交換を行ったせいか、患者・家族が疲れてしまったり、専門的な議論をしたい場面で患者・家族から話題と異なる意見が出たりして、議論がうまく進まなかった経験をした。
例10 自閉スペクトラム症を持つ人々の注視パターン特性に着目した視線計測装置の開発を進めた。その過程で、教育現場、支援現場で広く活用していただくためには、使用する人々や家族が現場で重視する事柄や受け止め方を踏まえて臨床場面における有用さや簡便さを捉えることが鍵となることがわかった。そこで、それらの人々の意見を積極的に聞き、それらを生かして当該装置の現場での活用方法を設計し、また説明時の文言を工夫するなどした。
例11 血液腫瘍の患者から、薬物療法の副作用に対する忍容性について意見をいただいた。そこで、次の研究として、その副作用の軽減を目的として比較試験を検討している。
例12 がんの患者に、今後実施しようとしている質問紙調査の設問を確認してもらい、内容の妥当性や回答の負担を確認してもらった。意見をもらった上で、調査票の文言を修正した。
例13 がんの支持療法の臨床試験において、研究計画作成の段階から患者に参画していただき、一緒に臨床試験の仕組みを勉強していきながら、いただいた意見を研究計画に反映させている。
付録1の事例紹介は、これで終わりです。
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付録2 研究者向けの患者・市民参画(PPI)10か条
 患者・市民参画(PPI, Patient and Public Involvement)のエッセンスをまとめた10か条を提示します。研究者のみなさんは、患者・市民参画を実施する際、ぜひ参考にしてみてください。対話の場では、手元に置いて常に確認できるようにしておくのもよいでしょう。
 
1 PPIの基本 患者・市民は、研究のパートナーであることを意識しましょう
患者・市民参画は、よりよい研究を進めるため、患者・市民と対話をする場です。患者・家族会からの陳情を聞く場ではありません。また、普段担当患者として会う人と対話する場合は、その人は「担当患者」ではなく「研究のパートナー」であり、あなたは「主治医」ではなく「研究者」です。
2 PPIの基本 研究参加者を募ったり、研究成果報告をしたりする場とは区別しましょう
患者・市民参画は、研究の内容を決める段階から最終評価に至るまでの間、可能な機会に研究者と関わり、意見を述べること(involvement)を意味しています。研究への参加(participation)とは異なります。研究内容や成果を啓発する行動とも、明確に区別される必要があります。
3 PPIの基本 客観的に意見を言える患者・市民と協働しましょう
患者・市民参画に必要な人材の条件は研究計画や参画の目的により異なりますが、自分の経験から言えそうなことと、自分の経験だけではわからないことを見極めて研究者に意見を伝えられる人に参画してもらうことが望ましいでしょう。客観的に意見を言える人であれば、必ずしも、患者・家族会や市民団体の幹部や会員である必要はありません。
4 PPIの基本 患者・市民参画を伴わずに研究を進める場合は、その理由を説明できるようにしましょう
あなたが患者・市民参画を実施できない/する必要がないと判断した場合、その判断理由を説明できるようにしましょう。特に、研究者が協働する意識を持たずに形式的な対話を行うことは、患者・市民にとっても有害です。その代わり、文献を参考に、研究対象者の心情を推測しましょう。
5 事前準備 患者・市民参画の目的を具体的に設定しましょう
この研究計画の、この段階で患者・市民参画を実施する理由と、患者・市民に聞きたいことを具体的に設定しましょう。その目的を、参画してくれる人に理解してもらうことも重要です。
6 事前準備 患者・市民の募集要項を作成しましょう
参画してもらう人を募る前に、その人に求める経験や知識、開催形式や開催場所、謝礼、旅費、利益相反管理、守秘義務などについて決めておき、説明できる状態にしておくことが大切です。この準備のために「募集要項」を作成することをお勧めします。
7 事前準備 十分な情報提供をしましょう
患者・市民は、研究者と比べ、研究に関する知識が不足しています。対話の目的に応じて、研究者と対話できる程度の予備知識を提供する必要があります。可能であれば、当日使用予定の資料も事前に渡しておきましょう。
8 実践 快適な環境作りを心がけましょう
対面の場合、患者・市民がリラックスできるよう、会場は研究者の所属機関ではなく貸会議室や喫茶店を利用する、全員がカジュアルな服装をするなどの工夫をお勧めします。また、休憩時間の確保、多目的トイレの確認といった合理的配慮も必要です。場合によっては、テレビ会議や文書での意見聴取を実施するなど、柔軟な対応が望まれます。
9 実践 実りある患者・市民参画のために、全員でルールを共有しましょう
患者・市民参画では、研究者と患者・市民とが、お互いに相手の意見を聞き、理解しようとする姿勢が不可欠です。「教授」や「先生」といった呼称を使わない、症状や治療法の相談をしない、わからないときは「わからない」と言ってよい、といったルールを設定し、全員で共有しておくとよいでしょう。
10 実践後 意見聴取の結果を、参画した患者・市民に伝えましょう
患者・市民からの意見聴取が終わったら、どんな点が研究者側の学びになったのか、彼らに伝えましょう。また、得た意見を科学的妥当性と照らし合わせて、反映するか決めるのは研究者です。その判断結果や理由、研究計画がどのように変わったのかについても、参画した患者・市民に報告することが望まれます。
付録2 研究者向けの10カ条は、これで終わりです。
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付録3 患者・市民向けの患者・市民参画(PPI)10か条
 研究者向けのルールをもとに、患者・市民向けの10か条もつくりました。患者・市民のみなさんに研究へ参画してもらう際に、ぜひ共有してみてください。
1 PPIの基本 患者・市民は、研究のパートナーであることを意識しましょう
患者・市民参画は、よりよい研究を進めるため、患者・市民と対話をする場です。患者・家族会の陳情を研究者に伝える場ではありません。また、普段主治医として会う人と対話する場合は、その人は「主治医」ではなく「研究者」であり、あなたは「患者」ではなく「研究のパートナー」です。
2 PPIの基本 研究に参加したり、研究成果報告を聞いたりする場とは区別しましょう
患者・市民参画は、研究の内容を決める段階から最終評価に至るまでの間、可能な機会に研究者と関わり、意見を述べること(involvement)を意味しています。研究への参加(participation)とは異なります。研究内容や成果を聞く機会とも、明確に区別される必要があります。
3 PPIの基本 研究に参画する際は、客観的に意見を言いましょう
自分の経験から言えそうなことと、自分の経験だけではわからないことを見極めて、研究者に意見を伝えましょう。客観的に意見を言える人であれば、必ずしも、患者・家族会や市民団体の幹部や会員である必要はありません。
4 PPIの基本 すべての研究で患者・市民参画が実施されるわけではありません
研究者が患者・市民参画を実施できない/する必要がないと判断する場合もあります。疾患によっては、患者・市民から意見を聞くことが困難な場合もあるからです。その代わり、研究者には、文献を参考に、研究対象者の心情を推測することが望まれます。
5 事前準備 目的をきちんと把握しましょう
患者・市民参画を実施する理由や、研究者がみなさんに聞きたいと思っていることをよく理解した上で、患者・市民参画に臨みましょう。目的がよく理解できない場合は、担当者に問い合わせても構いません。
6 事前準備 十分な情報提供をしてもらいましょう
公募の場合には、求められる経験や知識、謝礼、旅費などが募集要項に示されていることが望まれます。利益相反申告、守秘義務誓約の必要性も確認しましょう。また、研究者と対話できる程度の予備知識も提供してもらう必要があります。可能であれば、当日使用予定の資料も事前に渡してもらい、内容を理解しておきましょう。
7 事前準備 快適な環境を用意してもらいましょう
対面の場合、患者・市民のみなさんがリラックスできるような環境が整っているか、確認しましょう。また、休憩時間の確保、多目的トイレの確認といった合理的配慮が不十分な場合は、研究者に対応を求めて構いません。テレビ会議や文書での意見聴取を希望する場合も同様です。快適な環境が整っていないと感じた場合は、断って構いません。
8 実践 あなたの意見と他の人の意見、どちらも大切にしましょう
研究者にとっては、患者・市民としての経験から得たことを教えてもらうこと自体に価値があります。ぜひ、緊張せずに臨んで、あなたの経験や意見を話してください。とは言え、他の人が述べる意見も、あなたの意見と同じように貴重なものです。相手の発言を尊重して、よく聞く姿勢を持ちましょう。
9 実践 実りある患者・市民参画のために、全員でルールを共有しましょう
患者・市民参画では、研究者と患者・市民とが、お互いの意見を引き出しやすい環境が望まれます。そのために、「教授」や「先生」といった呼称を使わない、症状や治療法の相談をしない、わからないときは「わからない」と言ってよい、といったルールを設定し、全員で共有しておくとよいでしょう。
10 実践後 意見聴取の結果を、研究者から伝えてもらいましょう
意見聴取が終わったら、お互いに感想を伝え合うことが望ましいです。また、患者・市民から得た意見を科学的妥当性と照らし合わせて、反映するか決めるのは研究者です。その判断結果や理由、研究計画がどのように変わったのかについても、研究者から伝えてもらいましょう。
付録3 患者・市民向けの10カ条は、これで終わりです。
以上で、PPIガイドブックは終わりです。
[68ページ]
奥付
謝辞
「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」に協力してくださった皆様、本ガイドブックの原案に関するご意見をくださった研究者や患者・市民の皆様に、心より御礼申し上げます。
患者・市民参画(PPI)ガイドブック〜患者と研究者の協働を目指す第一歩として〜
監修
「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」委員会
委員長 藤原 康弘 ふじわら やすひろ  国立がん研究センター
副委員長 武藤 香織 むとう かおり 東京大学
委員 天野 慎介 あまの しんすけ  全国がん患者団体連合会
委員 神山 和彦 かみやま かずひこ  日本製薬工業協会
委員 桜井 なおみ さくらい なおみ 全国がん患者団体連合会
委員 中野 壮陛 なかの しょうへい  公益財団法人医療機器センター
委員 東島 仁 ひがしじま じん   山口大学
委員 福島 慎吾 ふくしま しんご  難病のこども支援全国ネットワーク
委員 宮川 義隆 みやかわ よしたか  埼玉医科大学病院
委員 森 幸子 もり ゆきこ   日本難病・疾病団体協議会
委員 森下 典子 もりした のりこ  国立病院機構本部
委員 山口 育子 やまぐち いくこ  ささえあい医療人権センターCOML
原案作成
武藤 香織 むとう かおり  東京大学
東島 仁 ひがしじま じん  山口大学
藤澤 空見子 ふじさわ くみこ  東京大学
ヒアリング、事例提供への協力
青木 大輔 あおき だいすけ  慶應義塾大学
秋山 武之 あきやま たけゆき  日本ムコ多糖症患者家族の会
絵野沢 伸 えのさわ しん  国立成育医療研究センター
海道 志保 かいどう しほ  マッキューン・オルブライト症候群患者会
片山 泰一 かたやま たいいち  大阪大学
河上 寛 かわかみ ゆたか   大阪脊柱靭帯骨化症友の会
古賀 晃弘 こが あきひろ  日本ゴーシェ病の会
高嶋 佳代 たかしま かよ  東京大学
坪佐 恭宏 つぼさ やすひろ  静岡がんセンター
中川 正法 なかがわ まさのり  京都府立医科大学
中島 孝 なかじま たかし   国立病院機構新潟病院
永井 義隆 ながい よしたか  大阪大学
長山 八州稔 ながやま やすとし  栃木県腎臓病患者友の会
西村 愼太郎 にしむら しんたろう 大阪肝臓友の会
西村 由希子 にしむら ゆきこ  ASrid(アスリッド)
花岡 隆夫 はなおか たかお  かながわコロン
藤原 成悦 ふじわら しげよし  国立成育医療研究センター
古瀬 純司 ふるせ じゅんじ  杏林大学
松尾 恵太郎 まつお けいたろう 愛知県がんセンター
村松 慎一 むらまつ しんいち  自治医科大学
八代 嘉美 やしろ よしみ  神奈川県立保健福祉大学
山口 素子 やまぐち もとこ  三重大学
渡辺 賢二 わたなべ けんじ  静岡県立大学
渡部 沙織 わたなべ さおり  日本学術振興会/東京大学
患者・市民参画に関するお問い合わせ
ppi@amed.go.jp
AMED ウェブサイト 研究への患者・市民参画(PPI)
https://www.amed.go.jp/ppi/index.html
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