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2017年1月23日プレスリリース ヒトiPS心筋細胞モデルで薬剤誘発性致死的不整脈発生を予測―世界初のヒトiPS心筋大規模検証実験結果―

国立医薬品食品衛生研究所
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

ポイント

国立医薬品食品衛生研究所・薬理部の関野祐子薬理部長及び日本安全性薬理研究会の澤田光平会長が主導するJapan iPS Cardiac Safety Assessment(JiCSA)は、現在AMEDから研究支援を受けて、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた試験法の開発と検証実験に取り組んでいます。当研究グループはすでに、ヒトiPS細胞由来心筋細胞が示す拍動などの性質が約5000人の心電図データから得られる性質と一致することを発表しています。この度、世界で初めて、薬剤誘発性の致死性不整脈の発生予測に関する大規模な検証実験を行い、その成果が公表されることとなりました。研究グループは、60にも上る薬物を用いて、ヒトiPS細胞由来心筋細胞から記録される電気活動に対する薬剤応答性を様々な薬物濃度で評価しました。それらの結果を、実際の医療データと比較したところ、薬剤誘発性の致死性不整脈の発生リスクの予測度は83%という高い結果を得ました。このようにヒトiPS細胞由来心筋細胞をもちいた試験法は、医療の場において懸念される薬剤誘発性の致死性不整脈を高精度に予測し、薬物による死亡事故を未然に防ぐための有効な試験法であるということを、大規模検証試験を通して明らかにしました。この成果は、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた試験法がヒトから得られた薬の作用を反映し得る科学的な根拠となり、今後のヒトiPS細胞由来心筋細胞の創薬への応用に弾みをつけるものと期待されます。

ヒトiPS細胞の実用化については、分化細胞を移植する再生医療等製品としての活用のほか、医薬品の開発段階における有効性/安全性評価での利用が期待されていましたが、本研究はヒトiPS心筋細胞が予測性の高い安全性評価法として実用可能であることを初めて示したものです。AMEDとしても画期的な成果と捉えており、今後、ヒトiPS心筋細胞を用いた安全性評価法の確立に向けたレギュラトリーサイエンス研究がさらに進展し、安全性担保の観点から創薬ストラテジーに変革が起こることを期待しています。

この成果に関する論文は、Journal of Pharmacological and Toxicological Methodsの3月号に掲載されます。

心電図のQT間隔を延長させる薬剤の中には、torsade de pointes(TdP)といわれる致死性の心室性不整脈を誘発するものがあり、これが原因で市場から撤退した薬剤が数多くあります。このため、医薬品候補化合物のTdP誘発リスクを、創薬プロセスの早期の段階から高精度に予測することは、患者さんに対する安全性の担保並びに医薬品開発の成功確率を上げるために極めて重要です。現在、臨床開発(ヒトに投与して開発化合物の安全性を検証する段階)の前段階では、動物由来の細胞や動物を用いた実験により、ヒトへの安全性の予測を行っていますが、ヒトと動物との種差による誤判定が生じる懸念がありました。近年、ヒトiPS細胞由来心筋細胞が複数の企業から販売され、容易に入手可能となりました。これらヒトiPS細胞由来心筋細胞は、ヒトの細胞から作製されることから、動物実験の種差を超え、ヒトにおける薬剤誘発性のTdPリスクを既存の試験法よりも精度良く評価できる研究ツールになり得ると期待されていました。これまでに、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた電気活動の薬剤応答性の評価が行われてきましたが、小規模な評価であり、TdPリスク予測のための評価方法は確立されていませんでした。

研究グループは、ヒトでのTdPリスクが異なる60薬剤(媒体及びiPS心筋細胞の性質を確認する試薬2種を含む)を用いた大規模検証試験を行い、ヒトiPS細胞由来心筋細胞から記録できる電気活動に対する薬剤応答性の結果とヒトが薬剤を服用したときの血液中の薬物濃度の情報を用いた解析より、医薬品のTdPリスクを低リスク、中リスク、高リスクに分類する方法を開発しました(参考図1~3)。この方法で低リスク及び高リスクに分類された薬剤のヒトでのTdPの発生状況を比較した結果、本法により高精度(80%超)にヒトの薬剤誘発性のTdPのリスクを分類できることが示されました(図4)。以上のように、研究グループは、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いたヒトでの薬剤誘発性の致死性不整脈のリスクを分類する方法を世界に先駆けて示しました。今後、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた医薬品安全性試験への利用が、飛躍的に進むことが期待されます。

背景

医薬品にとって心臓に対する毒性(心毒性)は重大な副作用の一つです。心毒性の中でも、薬物がQT 間隔を延長させ、torsade de pointes(TdP)といわれる致死性不整脈を誘発する病態(薬物性QT延長症候群)は、重症度が高く、非臨床研究の段階で高精度に予測する必要があります。現在、非臨床研究では、動物由来細胞を用いたiv vitro実験や動物を用いたin vivo実験で、医薬品開発候補品のヒトの安全性予測を行っていますが、ヒトと動物の種差による誤判定が生じる懸念がありました。近年、市販のヒトiPS細胞由来心筋細胞が複数の企業から入手可能となりました。これらヒトiPS細胞由来心筋細胞は、ヒトの細胞から作製された心筋細胞であり、動物実験の種差を超え、既存の評価系よりも精度良く、薬物性QT延長症候群のリスクを予測できる研究ツールになり得ると期待されていました。

効果

本研究から、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた致死性不整脈リスクの分類方法を世界に先駆けて提示し、高精度にヒトでの薬剤誘発性の致死性不整脈の予測ができることを示しました。このことから、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた評価は、薬剤誘発性の致死性不整脈を予測できる研究ツールとなり得ると期待され、その利用が促進されることが期待されます。

今後の展望

本研究の成果は、ヒトiPS心筋を用いることにより、早期の創薬段階からヒト致死性不整脈のリスクを正確に予測し安全な薬作りを効率よく進めることができる可能性を示しました。また、今後各企業や大学の研究室から作製された細胞についても、本研究から得られた評価法を用いてヒト不整脈リスクを予測することにより、この評価法が、創薬研究に適用可能なヒトiPS細胞由来心筋細胞の基準としても活用されることも期待されます。

論文

著者:
Hiroyuki Ando*, Takashi Yoshinaga*, Wataru Yamamoto, Keiichi Asakura, Takaaki Uda, Tomohiko Taniguchi, Atsuko Ojima, Raku Shinkyo, Kiyomi Kikuchi, Tomoharu Osada, Seiji Hayashi, Chieko Kasai, Norimasa Miyamoto, Hiroyuki Tashibu, Daiju Yamazaki, Atsushi Sugiyama, Yasunari Kanda, Kohei Sawada and Yuko Sekino  (* corresponding author)
タイトル:
A New Paradigm for Drug-induced Torsadogenic Risk Assessment Using Human iPS Cell-derived Cardiomyocytes
(ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた薬剤誘発性torsade de pointesリスク評価のための新たな方法論)

用語解説

1.iPS細胞
体細胞に、数種類の遺伝子を導入することなどによって分化多能性が誘導された幹細胞の一種です。2006年に京都大学山中伸弥教授らのグループにより、この現象が発見され人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem Cells:iPS細胞)と名付けられました。iPS細胞は、新薬開発、疾患の病態解明や再生医療への応用が進められています。
2.iPS細胞由来心筋細胞
iPS細胞から分化誘導した心筋細胞です。
3.JiCSA(Japan iPS Cardiac Safety Assessment)
ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた試験法の医薬品安全性試験への応用を目的に、産・官・学で構成されたオールジャパン体制の研究グループです。国立医薬品食品衛生研究所・薬理部の関野祐子が研究代表を務めています。
4.薬物性QT延長症候群
薬剤投与により過度のQT延長をきたしtorsade de pointesなどの重症心室性不整脈を生じて、めまい、失神などの脳虚血症状や突然死をきたしうる症候群です。
5.QT間隔(QT時間)
心電図のQRSの始まりからT波の終わりまでの時間で、これは心室筋の活動電位持続時間に相当します。
6.Torsade de pointes(TdP)
突然死の原因になり得る重症の心室性不整脈の一種です。

参考図

説明図・1枚目(説明は図の下に記載)
図1 ヒトiPS細胞由来心筋細胞から記録できる電気活動に対する薬剤応答性を評価した大規模検証試験の結果(抜粋)

ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた電気活動の薬剤応答性の評価を図示した。【ハート】:薬剤を服用したときのヒトにおける薬剤の最大血液濃度、 【上向き矢印(黄色)】:ヒトの心電図QT間隔に相当する評価項目がiPS細胞由来心筋細胞で10%延長したときの薬物濃度、 【上向き矢印(ピンク色)】 :ヒトの心電図QT間隔に相当する評価項目がiPS細胞由来心筋細胞で30%延長したときの薬物濃度、 【下向き矢印(水色)】:ヒトの心電図QT間隔に相当する評価項目がiPS細胞由来心筋細胞で10%短縮したときの薬物濃度、 【斜め線(赤色)】:iPS細胞由来心筋細胞で不整脈様波形がみられたときの薬物濃度、【ばつ印】 :iPS心筋細胞の拍動が止まったときの薬物濃度、【横線】:iPS細胞由来心筋細胞を用いて実験したときの薬物濃度の範囲。詳細は論文を参照。

Table 1.Relative TdP risk score basend on the changes of field potential recorded from iPS-CMs.
Score -1 0 1 2 3
FPDc change <-10% No change ≧10%,<30% ≧30% -
EAD - - - - +

図2 薬剤誘発性致死性不整脈リスク分類に使用したヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた電気活動の薬剤応答性の評価で得られた情報

ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた電気活動の薬剤応答性に点数を付与し、重みづけを行った。

説明図・3枚目(説明は図の下に記載)
図3 ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた薬剤誘発性致死性不整脈リスクの分類方法

ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた電気活動の薬剤応答性の評価で得られた情報(図2で定めた点数)を縦軸に、ヒトが薬剤を服用したときの血液中の薬物濃度の情報(有効性を示す薬剤の血液中濃度に対する薬剤の最大血液中濃度の比)を横軸にし、評価した薬剤をプロットした。赤のエリアをハイリスク、黄色のエリアを中リスク、緑色のエリアを低リスクと定義した。番号は各薬剤に割り当てられた番号。

 ヒトでTdP発生報告があるヒトでTdP発生報告がない 
Highリスクに分類された薬剤 17(正しい予測) 2  
Lowリスクに分類された薬剤 4 13(正しい予測)  
  81%(感度) 87%(特異度) 83%(確度)

図4 低リスク及び高リスクに分類された薬剤のヒトでのTdPの発生状況の比較

低リスク及び高リスクに分類された薬剤がヒトで致死性不整脈であるTdPを発生させているかについて、データベースCredibleMeds®を用いて調査した。その結果、感度、特異度及び確度が80%を超え、薬剤誘発性の致死性不整脈のリスク予測にiPS細胞由来心筋細胞が有用であることが示された。

感度:陽性のものを正しく陽性と判定する確率、特異度:陰性のものを正しく陰性と判定する確率、確度:陽性あるいは陰性のものをそれぞれ陽性あるいは陰性に正しく判定する確率。

お問い合わせ先

本研究成果に関するお問い合わせ先

澤田 光平(さわだ こうへい)
エーザイ株式会社 グローバルCV評価研究部
Tel:029-847-5751

E-mail:k-sawada“AT”hhc.eisai.co.jp

関野 祐子(せきの ゆうこ)
国立医薬品食品衛生研究所・薬理部
Tel:03-3700-9692
E-mail:yukos“AT”nihs.go.jp

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
臨床研究・治験基盤事業部 規制科学・臨床研究支援室
Tel:03-6870-2235
E-mail: kiseikagaku”AT”amed.go.jp

本研究は、国立医薬品食品衛生研究所・薬理部長・関野祐子が代表を務めた、平成24~26年度の厚生労働科学研究費補助金 医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業「ヒトiPS分化細胞を利用した医薬品のヒト特異的有害反応評価系の開発・標準化」、及び、平成27年度からは、日本医療研究開発機構 医薬品等規制調和・評価研究事業「ヒトiPS分化細胞技術を活用した医薬品の次世代毒性・安全性評価試験系の開発と国際標準化に関する研究」で行われた研究成果です。

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

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最終更新日 2017年1月23日

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