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2017年6月22日プレスリリース 脳全体を高速・精細に観察できる新技術を開発 ―脳疾患の機構と創薬研究に貢献―

国立大学法人大阪大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント

概要

大阪大学大学院薬学研究科の橋本 均 教授、笠井 淳司 助教、未来戦略機構の勢力 薫 特任助教(薬学研究科招へい教員)らの研究グループは、脳の細胞や神経繊維レベルの微細な構造を識別できる分解能で、マウスや非ヒト霊長類の脳全体を高速に観察できるイメージング装置(FAST, block-face serial microscopy tomographyと命名)を開発することに成功しました(図1)。

説明図1

図1.本研究において開発した顕微鏡装置FASTとその応用例
FAST装置(左)。脳組織の表面付近を撮影し、振動刃のスライサーで撮影済みの部分を切除する操作を交互に繰り返して、全脳の画像を取得する(中上)。取得したイメージは、画像処理により三次元画像に再構築される。マーモセット脳(中下)、海馬の神経細胞(右上)。

認知・精神活動や運動の調節など、様々な機能を制御する脳は、多数(マウス脳は約1億個、ヒト脳では約1000億個)の細胞(神経細胞やグリア細胞と呼ばれる細胞)で構成され、領域や神経回路毎に異なる機能が担われていますが、その全体を細胞レベルで捉える研究は、技術的に困難であるのが現状です。そこで、脳の全体像を解明し、精神・神経疾患の克服を目指す研究に役立つ技術開発を目的として、FASTシステムを開発しました。

FASTは、脳組織の表面付近を、平面分解能1ミクロン(1000分の1ミリ)以下、深さ方向5ミクロンで撮影したのち、その一部を振動刃のスライサーで切断し、再び撮影することを繰り返して全体を撮影する連続切断法と、針孔写真機の原理を利用し、高速な撮影が可能なスピニングディスク共焦点レーザー顕微鏡※3を用いており、各部の構成やセッティングを精査して、最終的にマウス脳を2.4時間で撮影することが可能になりました。この解像度では、従来よりも数十倍高速であり、例えば神経線維を観察することも可能です。高精細になったことで、画像のファイルサイズはマウス脳の1色あたり約1テラバイト(1兆バイト)にもなりますが、FASTではこのような大規模な3次元の画像データを扱えるようにしました。その速さを活かして多数の脳を撮影し、正常なマウスと疾患モデル動物の脳構造を比較すること、またコモンマーモセットの全脳や、ヒトの脳(死後脳)を高速・高精細にイメージングすることも可能になりました(図2)。今後、精神・神経疾患の治療薬の開発に向けた橋渡し研究などへの応用が期待されます。

本研究成果は、神経科学分野において権威ある米国科学誌「Neuron」に6月21日(水)(米国東部時間12時、日本時間、翌6月22日(木)午前1時)に掲載されます。

説明図2

図2.取得した全脳イメージの例(ムービーから取り出したコマ)
マウス全脳の神経活動をArc-dVenusマウス※4を用いて可視化(最上段、2段目)。マウスの全脳における脳梁膨大後部皮質※5との神経結合の可視化(3、4段目)。

研究の背景

これまでに、遺伝子改変マウスなどヒト疾患のモデルとなる有用な動物が多数開発されてきており、その脳の構造と機能の変化を調べ、それらを正常に戻す方法を探索することは、ヒト疾患の解明と治療法・治療薬の開発に有用です。これまでは技術的な限界があり、研究者が自身の仮説や予測に基づき、非常に限られた脳部位に的を絞った研究が行われることがほとんどでした。しかし、高度に機能が分化した脳においては、仮説に基づかず、脳全体を対象とする研究を行うことが今後の重要な課題でした。このための全脳をイメージングする既存の技術として、組織の透明度を高める前処理ののち深部まで一挙に撮影する組織透明化法や、深部まで光が到達しやすい二光子顕微鏡を用いた連続切断法などが開発されてきました。しかしいずれによっても、神経線維を観察可能な解像度で短時間に観察することはできませんでした。

本研究成果が社会に与える影響(意義)

本研究で開発したFASTシステムにより、全脳細胞を精細にイメージングし、正常脳と病気脳を定量的に比較することが可能になったことから、特定の脳領域に着目した研究ではなく、脳全体を対象に構造や機能の変化を仮説フリーで探索する研究が、様々な種の実験動物で進むことが期待されます。またヒト死後脳組織から得られる3次元イメージは、例えばMRI(核磁気共鳴画像法)と比べて空間解像度が数十万倍高く、ヒトの脳の詳細な解析に貢献することが期待され、精神・神経疾患の原因の解明や治療薬、予防法の開発への橋渡し研究が進展することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、神経科学分野において権威ある米国科学誌「Neuron」の電子版に6月21日(水)(米国東部時間12時、日本時間、翌6月22日(木) 午前1時)に掲載されます。

タイトル:
“High-speed and scalable whole-brain imaging in rodents and primates”
著者名:
Seiriki K, Kasai A, Hashimoto T, Schulze W, Niu M, Yamaguchi S, Nakazawa T, Inoue K, Uezono S, Takada M, Naka Y, Igarashi H, Tanuma M, Waschek JA, Ago Y, Tanaka KF, Hayata-Takano A, Nagayasu K, Shintani N, Hashimoto R, Kunii Y, Hino M, Matsumoto J, Yabe H, Nagai T, Fujita K, Matsuda T, Takuma K, Baba A, and Hashimoto H.

研究支援

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、日本学術振興会、文部科学省、上原記念生命科学財団、および武田科学振興財団の支援を受けて行われました。

用語の説明

※1 コモンマーモセット
霊長類に属し、マウスよりもヒトに近縁な実験動物として利用されている。他の非ヒト霊長類に属する実験動物と比べて、飼育や繁殖が容易であることから、注目されている。
※2 ヒト死後脳
医学の発展のために、ヒトの死後に献体として提供して頂いた脳組織。本研究では、福島県立医科大学の精神疾患死後脳・DNAバンクよりヒト死後脳の検体を提供して頂いた。
※3 スピニングディスク共焦点レーザー顕微鏡
高速に三次元の画像を取得できる共焦点レーザー顕微鏡の一種。ピンホール(針孔)を多数有するスピニングディスク(回転円盤)を用いることで、従来の単点のピンホールを用いた共焦点顕微鏡よりも高速に撮影できる。
※4 Arc-dVenusマウス
神経細胞の活動時に発現する遺伝子Arcの転写調節配列を用いて、活性化した神経細胞で蛍光蛋白質が発現するように設計されたトランスジェニックマウス(岐阜大・山口瞬教授らが作製)。
※5 脳梁膨大後部皮質
大脳皮質後部の内側に面した脳の領域で、記憶に関わる。安静時に活動が亢進するデフォルト・モード・ネットワークと呼ばれる神経ネットワークに含まれる。

本件に関する問い合わせ先

研究内容に関わること

大阪大学大学院薬学研究科 神経薬理学分野
教授 橋本 均 (はしもと ひとし)
電話:06-6879-8180
E-mail:hasimoto"AT"phs.osaka-u.ac.jp

事業に関わること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構 脳と心の研究課
電話:03-6870-2222 FAX:03-3222-2064
E-mail:brain-pm"AT"amed.go.jp

報道に関すること

大阪大学薬学研究科 庶務係
電話:06-6879-8144
E-mail:yakugaku-syomu"AT"office.osaka-u.ac.jp

※Emailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

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最終更新日 2017年6月22日

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