平成26年度採択研究開発課題

任意の遺伝子発現制御を可能にする革新的ポリアミド薬剤の開発

研究開発代表者:杉山 弘

京都大学 大学院理学研究科 教授

杉山 弘(京都大学)

特定の遺伝子発現の制御を可能にする化学技術の実現

遺伝子の診断、測定技術の進歩によって様々な疾病が特定遺伝子の発現異常によるものであることが解明されてきています。しかしながら、それらの疾患に対する直接的な遺伝子制御を基盤にする薬剤治療法は未だ開発の余地が残されています。

我々は、細胞核内に存在するDNAの特定塩基配列を認識して、その塩基配列に対して可逆的に結合する特性(塩基配列特異性)を有するピロール-イミダゾールポリアミド(PI-ポリアミド)の研究を1990年代から続けています。 分子構造内にピロールとイミダゾールを適切に配置することによって、塩基配列特異性を任意に設計することが可能です。

このPI-ポリアミドと既存の薬剤を複合体化(ポリアミド化)することによって、特定の遺伝子発現を制御する革新的なポリアミド薬剤を実現したいと考えています。 具体的な既存の薬剤の候補には、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤、ヒストンアセチル基転移酵素(HAT)活性化剤、シトシンメチル化阻害剤等のエピジェネティックな遺伝子発現制御を可能にする薬剤を考えています。 近年、ヒストンやDNAにおける様々なエピジェネティックな修飾、特に、遺伝子発現促進のシグナルであるヒストンのアセチル化、の重要性が関心を集めています。 また、既存の薬剤のポリアミド化により、PI-ポリアミド自身の優れた膜透過性によって細胞核内への効率的な薬剤の送達を実現したいと考えています。この特異的な薬剤の送達によって、標的とする特定遺伝子の発現制御、ひいては根本的な遺伝子性疾病の治療に繋がると考えています。

京都大学発の革新的な薬剤の創出を目指して

従来の抗体・タンパク・核酸医薬などは遺伝情報の下流のRNAやタンパクの作用を抑えるものですが、本PI-ポリアミド化技術は遺伝情報を担うDNAに直接作用し、特定遺伝子発現を制御する独創的な技術になります。 将来的に得られる研究成果は、製薬企業への技術移転等を通じ、革新的な薬剤の開発・普及に繋がると期待しています。

我々は、有機化学、生物化学、計算化学の方法論を用いて、DNA を中心としたケミカルバイオロジーという新しい研究領域を25年間独自の手法で開拓してきました。 特に、科研費、CRESTの支援を受け一貫して、本技術の基礎となったPI-ポリアミドの化学合成、機能評価に関する研究を続けています。 今後、京都大学と若い学生達の研究サポートを受けて、我々の幅広い研究経験と知識を革新的なバイオ医薬品の創出に活かすことができると考えています。

<図1>

PI-ポリアミドコンジュゲートの固相合成装置。PI-ポリアミドコンジュゲートはペプチド固相合成機によりプログラムに基づいて合成しています。 我々の研究室では、これまでに多種多様なPI-ポリアミドコンジュゲートを合成した経験を有しており、共同研究者にも期待するDNA塩基配列特異性を持つPI-ポリアミドをmgスケールで提供しています。

<図2>

ヒト皮膚培養細胞を用いた遺伝子発現制御実験。特定遺伝子制御能を有するPI-ポリアミドコンジュゲートをスクリーニングする目的で、ヒト皮膚培養細胞に対する生物学的な機能評価を進めています。 特に、細胞の初期化や分化に関連する特定の遺伝子群に対する特異的な活性化効果、および、抑制効果をRT-PCRを活用して解析しています。

<図3>

次世代シークエンサー装置。PI-ポリアミドコンジュゲートは二本鎖DNAに対する配列特異的な結合性を有しており、その結合性によって生じる遺伝子発現の変化をゲノムレベルで解析する技術が必要です。 次世代シークエンサーを活用することによって、PI-ポリアミドコンジュゲートが結合しているDNA塩基配列を網羅的に解析することが可能になります。また、エピジェネティックな変化がゲノム上のどの位置で起こっているかを特定します。

<図4>

DNAマイクロアレー装置。PI-ポリアミドコンジュゲートによる遺伝子発現の変化を細胞レベルで網羅的に解析する技術が必要です。 DNAマイクロアレイを活用することによって、PI-ポリアミドコンジュゲートにより引き起こされる遺伝子発現の変化を網羅的に解析することが可能になります。

<図5>

エピジェネティックに遺伝子発現をONにするPI-ポリアミドコンジュゲートの作用のメカニズム。 DNAの特定塩基配列を認識して結合するピロール-イミダゾールポリアミド(PI-ポリアミド)とヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤のコンジュゲートにより、ヒストンアセチル基転移酵素(HAT)活性化されると、アセチル化によりヌクレオソーム構造が弛み、転写因子の結合が起こり、この部分での選択的な遺伝子発現が引き起こされます。

<図6>研究実施体制図

遺伝情報を担うDNAに直接作用するPIポリアミドの応用に向けて分野横断的な連携研究を進めながら、特定の遺伝子発現を制御する独創的な化学技術を開発し、京都大学発の革新的薬剤の創出を目指します。