平成26年度採択研究開発課題

染色体工学技術を用いたヒト抗体産生ラットの作製

研究開発代表者:香月 康宏

鳥取大学 染色体工学研究センター 准教授

香月 康宏(鳥取大学)

ヒト免疫グロブリン(Ig)遺伝子トランスジェニックマウスによるモノクローナル抗体作製技術は抗体医薬候補取得のための標準的技術となったが、機能抗体や抗体取得難易度の高い抗原に対する抗体取得のニーズは益々高まっており、同マウスの更なる高性能化が望まれ、現在に至るまで改良が続けられている。

我々は1997年、トランスクロモソミック(TC)マウス作製技術により完全長のヒトIg遺伝子座を保持し完全ヒト抗体を産生するマウス作製に世界で初めて成功した。 しかしながら、ヒト由来のセントロメア配列を持つヒト人工染色体(HAC :human artificial chromosome)のマウスにおける安定性は完全でなく、その安定化により更に高性能化できると考えられた。 これまでに、我々は上述のHACの課題を克服した新規人工染色体(NAC :Novel artificial chromosome)ベクターの開発に成功した。 NACベクターの特徴は、1)全ての遺伝子を取り除いてあり、新たな任意の遺伝子を搭載できる、2)宿主染色体に挿入されず独立して維持され、マウスおよびラットで子孫伝達ができる、3)マウス・ラットを含む哺乳類細胞において一定のコピー数で長期間安定に保持される、4)導入可能なDNAの長さの制限がない。 以上の特徴を持つことから、NACベクターを用いた遺伝子導入は従来法であるノックアウト(KO)ラット、ノックイン(KI)ラット、トランスジェニック(TG)ラット作製方法では不可能であった多くの応用を可能にする点で世界でも類をみない独創的なアプローチである。 また、NACベクターによるTC技術が非マウスげっ歯類における完全ヒト抗体作製に適用できれば、より広範な抗原に対して望みの特徴を持つ抗体取得の確率を高める画期的なプラットフォーム技術になると期待される。

本研究では、ヒトIg重鎖および軽鎖2種(κ、λ)について、上述のNACベクターを用いてラットへ導入し、加えてラット内因性Ig遺伝子群を破壊することで、完全ヒト抗体産生ラットを作製する。 また、同ラットから通常のハイブリドーマ法によりヒトモノクローナル抗体を作製し評価する。加えてヒトIgゲノム改変による抗体多様性拡張技術の開発に取り組む。鳥取大学染色体工学研究センターのスタッフとプロジェクト研究員を中心に、生命機能支援センターと連携して研究を実施する。 本研究開発は、安全かつ高機能なヒト抗体を取得するための世界初の基盤技術の確立、ひいては次世代バイオ医薬品の創出に繋がるインパクトを与え、ライフ・イノベーションの推進に大きく貢献できるものと期待される。

<写真1>

マルチカラーFISHの画像解析の様子を示す。培養細胞から染色体標本を作製し、マルチカラーFISH染色後にマルチカラーFISH専用の画像解析ソフトにて、染色体の異常や人工染色体上の遺伝子を同定する。

<写真2>

微小核細胞融合過程の培養細胞フラスコの遠心の様子を示す。染色体導入のためのドナーCHO細胞を培養したフラスコを遠心機に入れて、細胞から微小核を脱核させ、目的の細胞と融合させる。

<写真3>

細胞培養の様子を示す。ヒト抗体遺伝子をクローニングするためのドナーCHO細胞を培養し、増殖させている。

<図1>

新規人工染色体ベクター(NAC)の特徴を示す。NACベクターを用いれば、従来型のベクターでは困難であった巨大遺伝子や複数遺伝子の導入が可能である。