平成27年度採択研究開発課題

細胞内がん抗原を標的とするT細胞受容体様抗体の効率的取得法の開発

研究開発代表者:磯部 正治

富山大学 大学院理工学研究部 教授

磯部 正治

がん治療用抗体の開発では、通常がん細胞の表面で選択的な発現を示す抗原分子が標的として利用されます。 がん細胞で発現する抗原分子には、がん細胞のみで発現する「がん抗原」や、がん細胞と正常細胞で発現するものの、がん細胞で遙かに高い発現が観察される「がん関連抗原」が存在し、これまでに数百種類以上の抗原が同定されています。 しかし、がん抗原やがん関連抗原の大半は、細胞内でのみ発現を示し細胞表面に発現しないことから、細胞外から作用する治療用抗体の標的分子としては適さないとこれまで考えられてきました。 その結果、新規抗体医薬品の開発現場では、標的抗原の枯渇という大きな障害が引き起こされています。 しかし細胞内タンパク質であっても、その一部分は抗原ペプチドとしてMHCクラスI分子と複合体を形成することで細胞表面に提示されることから、この複合体を認識するT細胞受容体(TCR)様抗体の利用に注目が集まっています。 これまで数多くの努力にも関わらず、TCR様抗体取得の困難さによってTCR様抗体の利用は妨げられてきました。 もしTCR様抗体のより確実な取得法が開発できれば、これまで利用できなかった細胞内でしか発現しないがん抗原やがん関連抗原分子を標的とする、新規治療薬の開発に大きな可能性が開けます。

そこで本研究では、われわれがこれまでに開発した抗体単離技術をさらに進化させ、TCR様抗体の取得に適した抗原特異的抗体産生単一細胞の分離技術を開発することで、従来の手法では単離する事が極めて困難であった、細胞内でのみ発現する、がん(関連)抗原などに由来する抗原ペプチドとMHC クラスIの複合体を認識するTCR様モノクローナル抗体の、確実かつ迅速な単離技術を開発します。

近年、低い抗体濃度で効果的な細胞障害活性を得ることができる画期的な方法として、Bispecific T-cell Engager (BiTE)法と呼ばれる手法が報告されています。 これは、がん細胞表面で発現する種々の標的抗原に対する抗体と、T細胞の活性化能を有する抗CD3抗体を結合させた二重特異性抗体を介して、標的がん細胞のそばに細胞障害性T細胞(CTL)を引き寄せ、抗CD3抗体の機能によってCTLを活性化し、その細胞障害活性によってがん細胞を効果的に除去する手法です(図3参照)。 そこで本研究では、取得したTCR様抗体を第一三共株式会社との共同研究でヒト化し、抗CD3抗体をBiTE法にならって結合させた二重特異性抗体を作製することで、がん抗原やがん関連抗原を標的とする、受動免疫型の抗体療法に用いるための抗体シーズの開発を目指します。

<図1>抗原特異的単一形質細胞由来抗体効率単離システムの概要

われわれは、従来から存在するハイブリドーマ法に代わる、抗体産生単一細胞からの世界最速のモノクローナル抗体単離技術を独自に開発しました。この手法は、(1)セルソーターを用いた抗原特異的抗体産生単一細胞の分離、(2)懸垂液滴アレイ式磁気ビーズ反応(MAGrahd)法と命名した独自開発の手法による、多数の単一細胞からの5’RACE用cDNAの自動合成、(3)免疫グロブリン軽鎖ならびに重鎖可変領域の増幅、(4)標的配列選択的連結PCR(TS-jPCR)法を用いた、一切の精製や大腸菌を介さない抗体可変領域遺伝子断片の抗体発現ユニットへの選択的組込み、(5)得られた発現ユニットの培養細胞への導入によって、合計わずか5日間の行程で抗原特異的な抗体を確実に単離できるようになりました。本研究課題では抗原特異的なTCR様抗体を発現する形質細胞の同定法を開発し、TCR様抗体の取得を促進します。

<図2>単一細胞由来cDNA自動合成装置

抗体産生単一細胞からの確実なcDNA合成を行うため、懸垂液滴アレイ式磁気ビーズ反応法(MAGnetic reaction through Arrayed Hanging Droplets, MAGrahd法)を開発しました。この手法では懸垂液滴中に分散したoligo dT磁気ビーズ上でcDNA合成を行う際に、懸垂液滴の上部にあたるガラス板の側から磁石を近づけることで磁気ビーズを捕捉し、次の反応液へ順次移動させることで、最大144個の単一細胞から5’側にホモポリマーテイリングされ5’ RACE反応に適したcDNAを1時間以内に自動合成する事ができます。

<図3>

TCR様抗体と抗CD3抗体を用いたBi-specific T-cell Engager (BiTE)法による、がん細胞攻撃法の概略