平成27年度採択研究開発課題

新規アミノ酸を用いた高親和性・高安定性VHH抗体の作製技術の開発

研究開発代表者:坂本 健作

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター 構造・合成生物学部門 生命分子制御研究グループ グループディレクター

坂本 健作

VHH抗体はラクダ等の重鎖抗体の抗原結合ドメインを切り出した分子です。 通常の抗体のH鎖等と同様に3本の抗原結合ループ(抗原相補性決定領域;CDR)を有していますが、シングル・ドメインで構成されていて、通常の抗体に比べて分子量は10分の1以下の小ささです。 糖鎖を有さないので微生物を用いた生産に適しています。 このような特長から、製造や品質管理が通常の抗体よりも格段に容易であり、産業化の大きなポテンシャルを有していると期待されています。 とくに、シングル・ドメイン構成であることは、通常の抗体に伴いがちな凝集性等の不利な性質を免れる可能性と、過酷な環境下でも活性を保持できる可能性を意味しており、通常の抗体の適用領域を超えた医療・診断分野での活用が期待されています。

VHH抗体を取得するためには、ラクダやアルパカ等を抗原で免疫した後、ファージ・ディスプレイ技術によってクローンを単離する方法が用いられています。 しかしながら、ラクダ等の生体免疫は長期間を要するプロセスである上に、生体内の抗体選別過程がブラック・ボックスになっていることから、取得される抗体クローンのバリエーションには一定の制約が存在している懸念があります。 そこで、免疫プロセスを介さず、ナイーブ・ライブラリーや人工ライブラリーから直接にVHH抗体を取得する技術の開発が試みられていますが、免疫によって得られるVHH抗体を超える抗原親和性・構造安定性を創出するまでには至っていません。 VHH抗体に以外にも、抗体の断片化や、抗体と他のタンパク質とのキメラ分子、さらには人工的な分子構造の枠組み(スキャッフォールド)を持ったタンパク質の利用が様々提案されています。 しかし、わたしたちは、VHH抗体が本来生物で機能している抗体に由来するという素性の良さに加えて、シングル・ドメイン構成であるなどの利点を持っていることから、本課題ではVHH抗体の産業利用を促進する技術開発に取り組むことにしました。

わたしたちは、新規のアミノ酸(非天然型アミノ酸)を取り込んだ組換えタンパク質を生合成する技術を持っており、この技術をVHH抗体の改良に生かすことを考えました。 新規アミノ酸技術は、研究代表者である坂本らが行なってきた「遺伝暗号」に関する多年にわたる研究の成果です。 2015年春、坂本の研究グループと米国の研究グループはそれぞれ、新規なアミノ酸レパートリーが蛋白工学上の課題に全く新しい解決法を提供できることを報告しました。 この中で坂本らは、タンパク質分子の複数個所に新規アミノ酸を導入することで、比較的容易にタンパク質の構造安定化が達成できることを示しています。 われわれは、このような新規アミノ酸の特長を生かしてVHH抗体の親和性向上、性状改善を実現する技術の開発を行います。

研究分担機関として東京大学(長門石曉博士)と味の素株式会社に加わって頂いております。 長門石博士は、抗体の抗原親和性の測定技術と物理化学的基盤に関する深い専門的知識と経験をお持ちです。 味の素株式会社には、本課題の研究成果を社会に還元することに関わって頂きます。 本課題の目的は、個別のVHH抗体の開発ではなく、将来の医薬品開発につながることを想定した技術基盤の創出であり、開発された技術が広く利用されることを期待しています。

<図1>

人工的な遺伝暗号を利用したタンパク質生産。通常の遺伝暗号ではUAGコドンはタンパク質合成の終了を意味している(上)。人為的に改変された大腸菌RFzero-iy株の遺伝暗号では、UAGはブロモチロシンを意味していて、タンパク質中の対応する位置のこの非天然型アミノ酸が導入される。

<図2>

非天然型アミノ酸が組込まれたタンパク質の生産量と均一性。タンパク質の収量は精製時点で、野生型分子(非天然型アミノ酸を含まない)と7か所にヨードチロシン、ブロモチロシン、クロロチロシンをそれぞれ導入した変異体(7iGST, 7bGST, 7cGST)はほぼ同等である(左)。質量分析の結果から、これらの変異体の均一性が確認され、分子量も7か所のハロゲン原子の質量に等しく増加している(右)。

<図3>

クロロチロシンがタンパク質内部に組込まれた様子。結晶構造解析によって、ハロゲン化チロシンがタンパク質内部に組込まれた構造が明らかになっている。例として2か所について示しているが、いずれもクロロ原子がタンパク質内部の空間を埋めることで、周辺残基と新しい相互作用を生み出していることが見て取れる。

<図4>

味の素株式会社からの研究分担者のお2人