プレスリリース 末梢神経損傷によって未熟化した神経膠細胞(グリア細胞)が難治性慢性疼痛を起こす脳内回路を作る―難治性慢性疼痛の予防・治療に期待―

平成28年4月13日プレスリリース

大学共同利用機関法人自然科学研究機構 生理学研究所
国立大学法人山梨大学
国立大学法人福井大学
国立研究開発法人理化学研究所
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
 

事故などで外傷を負った後、怪我をした部位が治癒しても長期間にわたり痛みが持続するような場合があります。このような症状を難治性慢性疼痛と言いますが、なぜ傷ついた末梢組織が治癒した後も痛覚過敏が続くのか、この症状を引き起こす脳内メカニズムについては、これまで殆ど明らかにされていませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の鍋倉淳一教授、山梨大学の小泉修一教授、福井大学の深澤有吾教授、理化学研究所の御子柴克彦チームリーダーと韓国慶熙大学校の金善光博士らの共同研究グループは、大脳皮質にある皮膚の感覚情報処理を行う脳部位において、脳内の神経膠細胞(グリア細胞)用語説明1の一種であるアストロサイト用語説明2が、末梢神経損傷の刺激を受けて未熟期の性質を再獲得することを、生きたマウスの脳内の神経回路を長期間観察する特殊な顕微鏡技術を用いて明らかにしました。未熟期のアストロサイトは神経細胞同士のつながりを変化させる因子(トロンボスポンジン)用語説明3を放出することで知られ、神経損傷の刺激によって成熟していたアストロサイトが再度未熟期の性質を取り戻した結果この因子が小胞体のイノシトール三リン酸(IP3)受容体用語解説4からのカルシウムイオンにより放出され、大脳皮質の神経回路の再編成が起こり、末梢感覚に対して過剰応答する痛覚回路が作られるのです。この再編成された痛覚回路が長期的に維持されることが長期間持続する疼痛の原因であることを、明らかにしました。

本研究結果は、Journal of Clinical Investigation誌に掲載されます(2016年4月12日朝5時オンライン版掲載予定、日本時間4月13日午前6時)。

研究グループは、四肢などの末梢神経損傷後に、軽く触っただけで激しい疼痛が長期間持続する慢性疼痛の病態(アロディニア用語説明5)が出現することに注目。この現象の神経回路メカニズムを明らかにするため、マウスの脳を生きたまま観察することができる特殊な顕微鏡を用いて末梢神経を損傷したマウスの脳内を長期間にわたり繰り返し観察しました。その結果、痛みや触った感覚を感知する大脳皮質で、アストロサイト(グリア細胞)が未熟化してトロンボスポンジンという物質が放出され、神経回路の再編成が起こるため、触っただけで過剰な反応を示すようになることを見つけました。

鍋倉教授は、「これまでの研究では、主に脊髄などの痛覚を伝える経路の変化について明らかにされてきました。今回の研究ではこれまでの研究に加え、大脳皮質にある皮膚の感覚情報を処理する脳部位でも、感覚情報を処理する神経回路自体に再編成が起こり、末梢感覚刺激に対して過剰な反応をする仕組みが作られることが分かりました。さらにその原因は、神経細胞の周りに存在するアストロサイト(グリア細胞)によって作られることが明らかとなりました。アストロサイトは、末梢神経損傷の刺激を受けると、小胞体のイノシトール三リン酸(IP3)受容体からカルシウムイオンを放出させ、神経回路の変化を引き起こす因子であるトロンボスポンジンを産生・放出し、これにより「未熟期」の性質を再獲得し、神経細胞同士のつながりを活発に変化させるのです。このアストロサイトの未熟化が末梢神経損傷直後の短期間にのみに現れるのにも関わらず、難治性慢性疼痛が長期間にわたり持続するのは、未熟化したアストロサイトによって一旦再編成させられた異常な痛覚回路が、その後長期間維持されることが原因であることが分かりました。今回の発見は、難治性痛覚異常に対して大脳皮質アストロサイトをターゲットとした予防や治療法など、新しい治療法や薬の開発につながると期待されます」と話しています。

本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の研究開発領域「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」(研究総括:小澤 瀞司教授)における研究開発課題「生体内シナプス長期再編におけるグリア−シナプス機能連関」(研究代表者:鍋倉 淳一教授)の一環で行われたと共に、日本学術振興会の科学研究費補助金基盤研究A(代表研究者:鍋倉淳一教授)および基盤研究S(代表研究者:御子柴克彦チームリーダー)、文部科学省の科学研究費補助金・新学術領域研究「グリアアセンブリによる脳機能発現の制御と病態」(領域代表:池中一裕教授、研究代表者 小泉修一教授)による支援を受けて行われました。

今回の発見

  1. 痛みや触覚などの感覚情報を処理する大脳皮質の脳部位において、末梢神経損傷後に神経膠細胞(グリア細胞)の一種であるアストロサイトの未熟化が起こり、その活動が亢進することが判りました。
  2. 活動が亢進したアストロサイトから神経細胞間のつながりを再編成させる因子であるトロンボスポンジンが小胞体のIP3受容体の活動により放出され、大脳皮質の痛みや触覚などの感覚情報を処理する脳部位の神経回路に再編成が起こります。
  3. この再編成された神経回路は、末梢の触覚刺激に対して過剰な反応を引き起こします。
  4. アストロサイトの活動の亢進はその後収まりますが、一旦再編成された異常な神経回路は長期間維持されるため、末梢を触っただけで痛みを感じる症状(アロディニア)が長期間持続する、という機序が明らかになりました。
  5. 本研究成果は、アストロサイトの活動を制御することをターゲットにした治療法の開発に結びつくことが期待されます。

用語説明

1.神経膠細胞(グリア細胞)
脳内に存在する、いわゆる神経細胞の周りに存在する細胞群。ヒトでは神経細胞よりも多くのグリア細胞が脳内に存在しています。アストロサイト(用語説明2参照)、オリゴデンドロサイト、ミクログリアといった、3種類のグリア細胞があります。近年、脳の情報発信・処理等で、重要な役割をはたしていることが明らかにされつつあります。
2.アストログリア細胞(アストロサイト)
グリア細胞のひとつ。星型をしているのでアストロサイトという名前がつきました。グリア細胞の中でも最も大きな細胞です。神経細胞のシナプスや血管を覆っていて、神経活動の制御をしたり、血管とのコミュニケーションをするような場面で重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。
3.トロンボスポンジン
糖タンパク質用語説明6のひとつ。5つの形がありますが、今回の研究ではトロンボスポンジン1という糖タンパク質に注目しました。生後、発達の初期にアストロサイト(用語説明2参照)から放出され、シナプスを形成する上で重要な役割を果たしています。難治性の慢性疼痛治療薬が作用する受容体でもあります。
4.イノシトール三リン酸(IP3)受容体
細胞内のカルシウム貯蔵庫のひとつである小胞体の膜上に局在するカルシウムチャネル。神経伝達物質やホルモンといった細胞外の刺激に応じて産生されるイノシトール三リン酸(IP3)が結合することにより、小胞体内のカルシウムを細胞質に放出することで、細胞内のカルシウム濃度を調節します。
5.アロディニア
異痛症とも呼ばれる神経障害性疼痛の症状のひとつ。軽く触れた程度の刺激が激痛として感じられてしまう症状です。事故等による知覚神経細胞の損傷やガン、帯状疱疹ウィルス等により引き起こされます。慢性的で難治性の疼痛と言えます。
6.糖タンパク質
タンパク質のひとつ。タンパク質の一部に糖鎖が結合したものです。細胞の表面や細胞外に分泌されるタンパク質は、ほとんどがこの糖タンパク質の形をしています。例えば性ホルモンのひとつである黄体形成ホルモンや、ヒトの唾液や胃液、腸液などの粘液の成分であるムチンも、糖タンパク質のひとつです。

図1 実験の手法と結果

実験の手法と結果
図2 今回の発見内容の模式図
今回の発見内容の模式図

この研究の社会的意義

本研究成果は、アストロサイトの活動を制御することをターゲットにした治療法の開発に結びつくことが期待されます。

論文タイトル・著者情報

ortical astrocytes rewire somatosensory cortical circuits for peripheral neuropathic pain.

Sun Kwang Kim, Hideaki Hayashi, Tatsuya Ishikawa, Keisuke Shibata, Eiji Shigetomi, Youichi Shinozaki, Hiroyuki Inada, Seung Eon Roh, Sang Jeong Kim, Gihyun Lee, Hyunsu Bae, Andrew J. Moorhouse, Katsuhiko Mikoshiba, Yugo Fukazawa, Schuichi Koizumi & Junichi Nabekura

Journal of Clinical Investigation(2016年4月12日オンライン版掲載予定)

お問い合わせ先

研究に関すること

大学共同利用機関法人自然科学研究機構 生理学研究所
生体恒常性発達研究部門
教授 鍋倉 淳一(ナベクラ ジュンイチ)
TEL:0564-55-7851 FAX:0564-55-7853
E-Mail:nabekura”AT”nips.ac.jp

国立大学法人山梨大学 医学部
薬理学講座
教授 小泉 修一(コイズミ シュウイチ)
TEL:055-273-9503 FAX:055-273-6739
E-Mail:skoizumi”AT”yamanashi.ac.jp

国立大学法人福井大学 医学部
形態機能医科学講座 脳形態機能学研究室
教授 深澤 有吾(フカザワ ユウゴ)
TEL:0776-61-8305 FAX:0776-61-8155
E-Mail:yugo”AT”u-fukui.ac.jp

国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
発達神経生物研究チーム
チームリーダー 御子柴 克彦(ミコシバ カツヒコ)
TEL:048-467-9745 FAX:048-467-9744
E-Mail:mikosiba”AT”brain.riken.jp

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国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
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国立研究開発法人理化学研究所 広報室
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715
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最終更新日 平成28年4月13日