プレスリリース De novo変異の統合的ビッグデータ解析により自閉スペクトラム症の新たな生物学的知見を獲得

プレスリリース

横浜市立大学
日本医療研究開発機構

横浜市立大学学術院医学群 遺伝学の高田篤講師、三宅紀子准教授、松本直通教授らと、神奈川県立こども医療センター 鶴崎美徳主任研究員及び多施設共同研究グループ(後述)は、自閉スペクトラム症患者でみられるde novo変異*1の統合的ビッグデータ解析を行い、新規原因遺伝子候補の同定、疾患関連脳部位の特定、de novo変異によって傷害される遺伝子を調節する化合物の発見などに成功しました。

研究成果のポイント

  • 日本人自閉スペクトラム症患者を含む262家系で認めた突然変異(de novo変異)を網羅的に解析
  • 欧米の研究で得られていた結果を再現し、de novo変異が人種を超えて自閉スペクトラム症のリスクに寄与することを証明
  • 日本人データと欧米でのデータを組み合わせ(合計4,244家系)、さらに脳内での遺伝子発現データを用いるなどして、de novo変異の統合的ビッグデータ解析を施行
  • 自閉スペクトラム症の病態に関わる脳部位や分子経路の新たな知見を獲得
  • ATP2B2などの新規原因遺伝子候補を同定し、またde novo変異によって傷害される遺伝子を調節する化合物を発見

研究の背景

自閉スペクトラム症は、社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害と、限定された反復する様式の行動、興味、活動を特徴とする神経発達症です。有病率はおよそ1~2%で、男性に多いと報告されています。これまでの疫学研究、遺伝研究から、ゲノム因子が自閉スペクトラム症の発症に関わることが知られています。特に近年、次世代シーケンサー*2を用いたde novo変異の網羅的解析から、新規原因遺伝子の同定など重要な知見が得られていますが、これらの研究は主に欧米で行われたものであり、日本人を対象とした研究は小規模なものしかありませんでした。

研究の内容

共同研究チームは、日本人自閉スペクトラム症患者とその両親からなる262家系のエクソーム解析*3を行い、両親にはなく患者にのみある変異をde novo変異として同定し、その性質について解析を行いました。その結果、遺伝子がコードするタンパク質の配列を変化させ、遺伝子機能を傷害するタイプのde novo変異(以下、機能的de novo変異とよぶ)が、健常対照群と比べて自閉スペクトラム症患者で多いという、先行研究で観察されていた結果が確認されました。さらに、これらの機能的de novo変異によって傷害される遺伝子が関わる生物学的経路も、日本人と欧米人で共通していました。そのためde novo変異は、人種を超えて自閉スペクトラム症の発症に寄与することが明らかになりました。

続いて、今回新たに取得した日本人データと先行研究のデータを組み合わせ(合計4,244家系)、さらに網羅的な脳内での遺伝子発現データを用いるなどして、統合的ビッグデータ解析を行いました。その結果、自閉スペクトラム症との関連が既に報告されていた分子経路(ヒストン修飾*4、シナプス*5機能など)や、脳部位(大脳皮質)について確認するとともに、アデノシン三リン酸と結合する遺伝子のグループや、小脳・線条体といった脳部位が自閉スペクトラム症に関与することを明らかにしました。

また、機能的de novo変異を複数の患者で認められる遺伝子の解析からは、細胞膜においてカルシウムを輸送するポンプの役割を担うタンパク質をコードするATP2B2などを、有力な自閉スペクトラム症の新規原因遺伝子候補として同定しました(図)。

図:各遺伝子に認めた機能的de novo変異の数を統計的に検討して得られたP値(この値が小さいほど、観察された機能的de novo変異の数が期待値よりも多いことを示す)をプロットした結果。日本人データを含めた場合、含めない場合の両方を検討し、縦軸に日本人データを含めたときのP値(-log10変換したもの)、横軸に含めないときのP値が示されている。破線は、統計学的に有意な水準(有意確率5%;調べた遺伝子の数に伴う多重検定の問題を考慮した値)を示している。すなわち、ピンク色の背景で示した部分に含まれる、日本人データを含めないときにはP値が有意でないが、含めると有意になる10遺伝子(ATP2B2など)は、新規原因遺伝子候補といえる。

今後の展開

さらに、機能的de novo変異によって傷害される遺伝子の機能を全体的に変化させる化合物のスクリーニングを行ったところ、妊娠中の服薬が自閉スペクトラム症のリスク因子となることが既に知られているバルプロ酸*6が、これらの遺伝子の発現量を全体として下げることが分かりました。逆に、ジゴキシン、プロシラリジンなどの強心配糖体*7は、これらの遺伝子の発現を上げる作用を共通して有することが明らかになりました。今後その効果の研究がさらに進めば、新たな治療法の開発につながることが期待されます。

多施設共同研究グループ:
名古屋大学 尾崎紀夫教授らのグループ、浜松医科大学 森則夫教授と弘前大学 中村和彦教授らのグループ、広島市こども療育センター 平木洋子医師、大阪大学 橋本亮太准教授らのグループ、名古屋市立大学 斎藤伸治教授らのグループ、九州大学 酒井康成准教授らのグループ、昭和大学 加藤光広講師(前山形大学)らのグループ、自治医科大学 小坂仁教授らのグループ、横浜市立大学 武下草生子診療講師、久留米大学 松石豊次郎前教授らのグループ、理化学研究所 吉川武男シニアチームリーダーらのグループ、加藤忠史シニアチームリーダーらのグループ等を含む。

用語説明

*1 De novo変異:
de novo”は、「新たに」という意味のラテン語。通常、子供は両親から半分ずつゲノム配列を受け継ぐが、DNA複製時のエラーなどが原因となって、子のゲノムに親が持たない新たな変異が生じる場合がある。これを「de novo変異」という。
*2 次世代シーケンサー:
大量の短いDNA断片を並列に解析し、高速に配列を決定することができる装置。
*3 エクソーム解析:
ゲノム中のタンパク質配列をコードする部分(エクソン)のDNA配列を、次世代シーケンサーを用いて網羅的に解析する方法。
*4 ヒストン修飾:
DNA分子をコンパクトに折りたたむために必要なタンパク質であるヒストンに対する様々な化学修飾(メチル化、アセチル化など)のこと。ヒストン修飾によってDNAの折りたたみ状態が変化し、遺伝子の発現が調節されることが知られている。
*5 シナプス:
神経細胞間の接合部位とその構造のこと。シナプス前部の神経細胞から放出される神経伝達物質をシナプス後部の神経細胞が受け取ることなどによって情報が伝達される。
*6 バルプロ酸:
抗てんかん薬や双極性障害の治療薬として用いられる有機化合物。妊娠中の使用により、子の自閉スペクトラム症の発症頻度が高まることが知られている。
*7 強心配糖体:
心臓の収縮力を増強する作用をもつステロイド配糖体の総称。うっ血性心不全の治療などに用いられる。

※本研究は、『Cell Reports』に掲載されます。(米国東部時間1月16日正午付:日本時間1月17日午前2時付オンライン)
※本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「脳科学研究戦略推進プログラム(融合脳)」、厚生労働省、文部科学省、科学技術振興機構、日本学術振興会、武田科学振興財団、横浜総合医学振興財団、林女性自然科学者研究助成金の支援を受けて行われました。

掲載論文

Integrative Analyses of De Novo Mutations Provide Deeper Biological Insights into Autism Spectrum Disorder
Takata et al., Cell Reports 22, 1-14 January 16, 2018, https://doi.org/10.1016/j.celrep.2017.12.074

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「脳科学研究戦略推進プログラム」
高齢化、多様化、複雑化が進み、様々な現代社会において、その克服に向けて、科学的・社会的意義の高い脳科学に対する社会的な関心と期待が急速に高まっています。このような社会的状況を鑑み、文部科学省では、『社会に貢献する脳科学』の実現を目指し、社会への応用を見据えた脳科学研究を戦略的に推進しています。

掲載日 平成30年1月17日

最終更新日 平成30年1月17日