プレスリリース マダニを介して発症するウイルス感染症「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」の発病機構の鍵を発見―ウイルス感染の標的となる細胞を同定―

プレスリリース

国立感染症研究所
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

ポイント

  • SFTSの発病機構の最も重要な鍵を握る、ウイルス感染の標的となる細胞の正体が分かっていなかった。
  • SFTS患者の体内においてウイルス感染の標的となる細胞は、抗体産生細胞へ分化しつつあるB細胞であることを発見した。
  • SFTS患者の体内におけるウイルス感染について、試験管内で再現するウイルス感染の実験系を開発した。
  • 新規に開発したウイルス感染の実験系により、SFTSに対する抗ウイルス薬などの治療法の開発を加速することが期待できる。

国立感染症研究所の鈴木忠樹、長谷川秀樹らは、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)の感染症研究革新イニシアティブ(J-PRIDE)および新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業において、SFTS患者の体内でウイルスがどのような細胞に感染するのかを解明しました。本研究成果は、2020年1月6日(米国東部時間午後4時)に「The Journal of Clinical Investigation」にオンライン掲載されました。

背景

重症熱性血小板減少症候群(Severe fever with thrombocytopenia syndrome; SFTS)は、2011年に中国で初めて報告されたバンヤンウイルス属※1のSFTSウイルス(SFTSV)によるマダニ媒介性のウイルス感染症です。これまでのところ、日本を始め、中国、韓国、ベトナムでSFTSの患者が報告されています。日本においては、最初の患者が2013年に報告されて以来、毎年70名以上が発症しています。SFTSの致死率は15~25%程度でありウイルス感染症としては非常に高く、日本でもこれまでに70名以上がSFTSにより亡くなっています。2018年には最もSFTS患者が多い中国の研究グループによりSFTS患者の3割以上で出血症状が見られることが報告されており、現在、SFTSはウイルス性出血熱※2の1つとして認識されています。また、2017年以降、日本においてネコやイヌなどのペットがSFTSを発症した事例の報告が相次ぎ、SFTSを発症した動物からヒトが感染する事例も報告されるなど、マダニ媒介性のウイルス性出血熱という側面だけでなく、ペットに由来する新たな人獣共通感染症※3という側面も持つ公衆衛生上の問題として、早急な対応が求められています。

ウイルス性出血熱では、病原体によらず臨床病態の類似性が見られる一方で、その発病機構は病原体により異なることが知られています。感染症の発病機構に関する知見は、適切な予防・治療法の開発などの感染症対策を講じていくために必要不可欠な情報であり、SFTSの対策においても、その発病機構を理解していくことが重要となります。感染症の発病機構の研究のためには、感染症で亡くなった方の病理解剖による解析が非常に有用です。これまで、日本ではSFTSで亡くなった方の多くで病理解剖が実施され、さまざまな知見が報告されてきました。しかしながら、発病機構の重要な鍵を握るSFTSV感染の標的となる細胞の正体については明らかになっていませんでした。

成果

本研究では、日本国内でSFTSにより亡くなった方の組織検体を用いて病理組織学的な解析を行うとともに、培養細胞等を用いてウイルス感染の実験を行いました。その結果、SFTS患者の体内においてSFTSVが感染した細胞はリンパ節や脾臓などの二次リンパ器官で最も多く検出され、それらの感染細胞はマクロファージと「抗体産生細胞である形質芽球※4に分化しつつあるB細胞」であることが明らかになりました。一方、二次リンパ器官以外の肝臓や副腎などの全身臓器にはSFTSVが感染したB細胞が分布しており、SFTSの発病機構にB細胞が深く関与していることが明らかになりました(図1)。このことから、SFTSは、単球系細胞※5や肝細胞、血管内皮細胞を主要な標的として感染するエボラウイルスやハンタウイルスなど他の出血熱ウイルスとは全く異なる、特異な発病機構を有したウイルス感染症であると考えられます。

また、本研究ではヒト形質芽球と似た特徴を持つ培養細胞株のPBL-1細胞※6を用いて、SFTS患者の体内で起こるウイルス感染を試験管内で再現が可能なSFTSV感染の実験系の開発にも成功しました(図2)。

本研究の成果は、今まで全く解明が進んでいなかったSFTS患者の体内でSFTSVが標的とする細胞を同定するという、ウイルス感染症の発病機構の解明において最も重要な知見をもたらすものであり、ウイルス学の基礎研究における重要な発見であると同時に、今後のSFTS対策のための基盤的な情報となります。さらに、本研究で開発されたPBL-1細胞を用いたSFTSV感染の実験系は、SFTS患者の体内で起こるウイルス増殖を忠実に再現できると考えられ、SFTSVがB細胞に感染する機構やその感染によって重篤な病態が引き起こされる機構を解明する研究と、SFTSに対する新たな予防・治療法の開発に貢献することが期待されます。

SFTSの発病機構の解明に繋がる貴重な本知見の報告にあたり、病理解剖に協力してくださった御遺族の御理解と臨床医および病理医の先生方のご尽力に深謝申し上げます。

図1:SFTS患者の体内でのウイルス感染動態
SFTSウイルスは二次リンパ器官の形質芽球に分化しつつあるB細胞とマクロファージに感染しています。また、ウイルスに感染したB細胞は全身の様々な臓器でも検出されます。これらのウイルスに感染したB細胞は二次リンパ器官から血管を介して全身の臓器に拡散していくと考えられています。
 
図2:SFTS患者の体内でのウイルス増殖を模倣した試験管内感染実験系
形質芽球に似た特徴を持つPBL-1細胞は、他のB細胞系の細胞と異なり、SFTSウイルスに対する高い感染感受性を示します。この細胞を用いたSFTSウイルスの感染実験系は、患者の体内で起こるウイルス感染を試験内で忠実に再現できると考えられます。
 

研究協力者

本研究は国立感染症研究所の森川茂、西條政幸の研究グループと共同で行ったものです。

本研究への支援

  1. 日本医療研究開発機構(AMED) 感染症研究革新イニシアティブ(J-PRIDE)、「抗体遺伝子レパトア解析によるSFTS発症機構の探索」(研究開発代表者 鈴木忠樹)
  2. 日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の対策に資する開発研究」(研究開発代表者 西條政幸)
  3. 日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、「病理学的アプローチによる先天性感染症・原因不明感染症診断法の開発」(研究開発代表者 鈴木忠樹)

発表論文

雑誌名:
The Journal of Clinical Investigation
論文タイトル:
Severe fever with thrombocytopenia syndrome virus targets B cells in lethal human infections
著者名:
Tadaki Suzuki, Yuko Sato, Kaori Sano, Takeshi Arashiro, Harutaka Katano, Noriko Nakajima, Masayuki Shimojima, Michiyo Kataoka, Kenta Takahashi, Yuji Wada, Shigeru Morikawa, Shuetsu Fukushi, Tomoki Yoshikawa, Masayuki Saijo, and Hideki Hasegawa
DOI番号:
doi.org/10.1172/JCI129171

用語解説

※1 バンヤンウイルス属
SFTSVは、以前はフレボウイルス属に分類されていましたが2018年に分類が見直されバンヤンウイルス属となりました。同時にウイルスの名称もフアイヤンシャンバンヤンウイルスとなりましたが、まだ学術界でも新しい名称が定着しておらず混乱を防ぐために、本論文ではSFTSVという旧名を使用しています。
※2 ウイルス性出血熱
1930年代に旧ソ連の研究者によって提唱された概念であり、血管系の制御機能が障害を受けることにより、全身の多くの臓器に障害が見られるウイルス感染症のことです。一本鎖RNAのゲノムを持つエンベロープウイルスであるアレナウイルス、ブニアウイルス、フィロウイルス、フラビウイルスに属するウイルスの一部が、このような病気を起こすことが知られています。ウイルス性出血熱の中には、エボラウイルス病や腎症候性出血熱のように重篤で致死率が高いウイルス感染症があり、そのような感染症を起こす病原体はリスクに応じて適切なバイオセーフティレベル(BSL)の実験室で取扱う必要があります。SFTSVはBSL3実験室で取扱う病原体です。
※3 人獣共通感染症
脊椎動物からヒトに感染する感染症と脊椎動物とヒトの間で感染を起こす感染症のことです。蚊やダニなどの節足動物により媒介されるヒト感染症の多くはこのカテゴリーに含まれます。動物由来感染症や人畜共通伝染病という言葉も使われますが、同じ概念となります。
※4 形質芽球
免疫の重要な担い手であるB細胞は刺激を受けて抗体を産生する細胞である形質細胞に分化します。B細胞は、形質細胞に分化していく途中で形質芽球と呼ばれる細胞になり、形質芽球が形質細胞に分化します。形質芽球も形質細胞よりも低いものの抗体を産生する能力があり、形質芽球と形質細胞の両者を合わせて抗体産生細胞と呼ばれます。
※5 単球系細胞
単球は血液中を流れる白血球の1種であり、血液中から組織内に入ると成熟してマクロファージという貪食能や抗原提示能を持った細胞に成熟します。同じような機能を持つ樹状細胞と呼ばれる細胞も同じ起原を持っており、これらの細胞をまとめて単球系細胞と言います。自然免疫と獲得免疫を繋ぐ重要な免疫細胞ですが、エボラウイルス病やデング出血熱などのウイルス性出血熱では、発病機構の鍵となっていることが知られています。
※6 PBL-1細胞
形質芽球性リンパ腫(Plasmablastic lymphoma)という稀なリンパ腫の患者細胞から国立感染症研究所の研究グループが樹立した細胞株であり、正常な形質芽球に類似した形態や性質を持っています(Mine S. et al., Sci Rep. 2017)。

研究に関するお問い合わせ先

国立感染研究所 感染病理部
室長 鈴木忠樹
E-mail:tksuzuki“AT”nih.go.jp

AMEDの事業に関すること

日本医療研究開発機構 戦略推進部感染症研究課(J-PRIDE担当)
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
Tel:03-6870-2225
E-mail:jpride“AT”amed.go.jp 

報道に関するお問い合わせ先

国立感染研究所 総務部調整課
Tel:03-5285-1111
E-mail:info“AT”nih.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和2年1月7日

最終更新日 令和2年1月7日