プレスリリース 新生児期発症のミトコンドリア病の詳細について世界で初めて大規模報告

プレスリリース

千葉県こども病院
学校法人順天堂順天堂大学
学校法人埼玉医科大学
日本赤十字社福岡赤十字病院
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

概要

千葉県こども病院新生児・未熟児科の海老原知博医長、鶴岡智子主任医長、遺伝診療センター・代謝科 村山圭部長(センター長)、福岡赤十字病院の長友太郎部長、埼玉医科大学小児科/ゲノム医療科の大竹明教授、順天堂大学・難病の診断と治療研究センターの岡﨑康司教授(センター長)、らの研究グループが、日本で出生した新生児期発症のミトコンドリア病*1281症例を検討し、臨床的な特徴、遺伝子診断結果や予後についてまとめ、その研究結果を論文報告しました。

今回の研究は新生児期発症のミトコンドリア病症例を大規模にまとめた、世界で初めての報告になります。この報告によって新生児期に発症が多い重篤なミトコンドリア病の新たな病態解明と病因遺伝子に基づく治療開発などミトコンドリア病研究のさらなる発展が期待されます。

本研究成果は、新生児関連疾患に関する論文を広く取り扱う欧州の医学雑誌『Archives of Disease in Childhood Fetal & Neonatal edition』誌のオンライン版に令和3年10月8日付で公開されました。

※本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「難治性疾患実用化研究事業」の研究費を用いて行われました。

研究成果のポイント

  • 2004年から2020年にかけて国内で出生した新生児期発症のミトコンドリア病281症例において、臨床的特徴、遺伝子診断、予後をまとめた国内では初めての報告になります。
  • 世界的にもこれほど大規模に新生児発症のミトコンドリア病症例をまとめた報告はありません。
  • 病型は、全身の臓器に症状が及ぶ多系統のミトコンドリア病(MsMD)*2が約7割と大部分を占めました。
  • 生後2日以内に約7割が発症し、新生児仮死*3や呼吸障害が多く認められました。生後3日以降で発症した場合は体重増加不良を多く認めました。
  • 遺伝子診断は約3割で確定しており、ミトコンドリア遺伝子由来*4と比較して核遺伝子由来*5が多く、病因となった核遺伝子は多様でした。
  • 1歳時の生存率は52%でした。
  • 新生児期発症のミトコンドリア病を診療する際に正確な情報源として活用されることが期待されます。

研究の背景

千葉県こども病院、埼玉医科大学、順天堂大学は2007年からミトコンドリア病の生化学および遺伝子診断を行いつつ、2015年から日本医療研究開発機構(AMED)等の研究費のサポートを受けることによって、ミトコンドリア病の診療基盤構築(診断システムの確立、診断基準や診療マニュアルの策定、レジストリ構築)を進めてきました。2020年には本邦におけるリー(Leigh)脳症の160名の予後(Ogawa et al. J Inherit Metab Dis. 2020;43(4):819-826.)、及び重症型ミトコンドリア肝症の特徴(Shimura et al. Orphanet J Rare Dis. 2020;15(1):169-177.)、2021年には本邦の核遺伝子による重篤な乳児期発症ミトコンドリア病家系における出生前診断の現状(Akiyama et al. Sci Rep. 2021;11(1):3531.)について論文報告を行い(いずれもプレスリリースを施行)、各病型に対するエビデンス創出研究を進めています。

今回の報告では、新生児期に発症したミトコンドリア病である「新生児ミトコンドリア病」に新たに焦点を当て、これまでの論文報告における症例の一部も含め、281にも上る世界でも過去最大規模となる症例データをもとに、臨床的特徴、遺伝子診断、予後を取りまとめたものです。本成果は、これまでの研究において蓄積してきた症例データ、および構築してきた診断システムから生化学的及び遺伝学的診断を進める中で得られた成果と言えます。

新生児期(生後28日以内)に発症した症例は、その多くが高乳酸血症を伴い、乳幼児期や成人期に発症した症例より重症化する傾向にあります。そのため、発症時期を考慮した臨床分類が重要となります。世界的にもこれほど大規模に新生児期発症のミトコンドリア病をまとめた報告はなく、今日の診療におけるより新しく正確な情報源とすることを目的に本報告をまとめました。

研究の内容

対象・方法

2004年から2020年までに出生した新生児期発症のミトコンドリア病281症例における臨床的特徴、遺伝子診断、予後に関する報告を取りまとめました。症例は、多系統のミトコンドリア病(MsMD)、心筋症、リー(Leigh)症候群*6、肝症の4病型に分けて検討しました。

結果

病型は多系統のミトコンドリア病が194症例(69%)と大部分を占め、心筋症が38症例、リー症候群が26症例、肝症が23症例ありました(図1)。遺伝子診断が確定した84症例のうち、69症例(82%)が核遺伝子由来、15症例(18%)がミトコンドリア遺伝子由来でした(図2)。病因となった核遺伝子は36種類と多様でした。発症は生後2日以内が74%を占め、初発症状(図3)は生後2日以内に新生児仮死や呼吸障害、生後3日以降は体重増加不良が多いことが判明しました。高乳酸血症は86%に認められました。在胎不当過小児(SGA児)*7が35%と胎児期から兆候を認める症例があり、早産児は35%でした。全体の生存期間の中央値は1.9年で、1年後の生存率は52%でした(図4)。

図1 各病型の症例数(全281症例)
括弧内の数字は症例数を示します。
図2 遺伝子診断(全84症例)
図3 初発症状(全281症例、321症状)
縦軸は初発症状の数を示します。(初発症状を複数認めた症例が含まれます。)
図4 全体の生存期間(全281症例)
生存率のKaplan-Meier分析。青色の網掛け部分は95%信頼区間を示します。

まとめ

これまでの報告のとおり、新生児期にミトコンドリア病が疑われる症例においては、生化学的・遺伝学的に包括的な解析を行うことで診断数が増えてきており、多様な遺伝的病因を持つことも明らかになりました。また、予後に影響する因子が分かってきました。

本報告は新生児期発症のミトコンドリア病症例の臨床的特徴、遺伝子診断、予後をまとめた国内では初めての報告となります。世界的にもこれほど大規模に新生児発症のミトコンドリア病をまとめた報告はなく、本報告により新生児期発症のミトコンドリア病を診療する際に正確な情報源として活用されることが期待されます。

さらに新生児期発症の多い重篤なミトコンドリア病の新たな病態解明と病因遺伝子に基づく治療開発など、ミトコンドリア病研究の一層の発展につながることを期待します。

掲載論文

タイトル
Neonatal-Onset Mitochondrial Disease: Clinical Features, Molecular Diagnosis, and Prognosis
新生児期発症のミトコンドリア病:臨床的特徴、遺伝子診断、予後について
著者名
Tomohiro Ebihara, Taro Nagatomo, Yohei Sugiyama, Tomoko Tsuruoka, Yoshiteru Osone, Masaru Shimura, Makiko Tajika, Tetsuro Matsuhashi, Keiko Ichimoto, Ayako Matsunaga, Nana Akiyama, Minako Ogawa-Tominaga, Yukiko Yatsuka, Kazuhiro R. Nitta, Yoshihito Kishita, Takuya Fushimi, Atsuko Okazaki, Akira Ohtake, Yasushi Okazaki, Kei Murayama.
雑誌名
Archives of Disease in Childhood Fetal & Neonatal edition

本研究に係わる学会発表

海老原知博、鶴岡智子、村山圭、他.新生児期発症のミトコンドリア病の臨床的特徴と遺伝子診断に関する調査.第124回 日本小児科学会学術集会(2021)

用語解説

*1 ミトコンドリア病
ミトコンドリア病とは、ミトコンドリアの働きが低下することが原因で起こる病気の総称で最も頻度の高い先天代謝異常症です。出生5,000人に1人の割合で発症し、いかなる症状、いかなる臓器・組織、何歳でも、いかなる遺伝形式でも発病します。その中でも、生後28日以内に発症した新生児ミトコンドリア病は症状が重篤な症例が多く、発症時期により分類することでその特徴を明らかにすることが非常に重要になります。現在の医療ではまだ根治的治療法がなく、対症療法にとどまります。
*2 多系統のミトコンドリア病(Multisystem Mitochondrial Disease:MsMD)
本報告では既存の確立した他病型に当てはまらない(除外診断された)症例の総称を指します。高乳酸血症を伴い、かつ多臓器に症状が及ぶ症例が大部分を占めます。
*3 新生児仮死
出生時に子宮内環境から子宮外環境に移行する過程で、種々の原因から呼吸循環不全に陥った病態を指します。胎児期や分娩中に生じた低酸素血症に起因することが多く、誘因となる基礎疾患は多岐にわたります。
*4 ミトコンドリア遺伝子
ミトコンドリア病には細胞内の核に存在する核遺伝子とミトコンドリア内に存在するミトコンドリア遺伝子の両方の変異が関係しています。ミトコンドリア遺伝子は卵細胞を経由して子に引き継がれるためすべて母由来となっています。
*5 核遺伝子
ミトコンドリア病には細胞内の核に存在する核遺伝子とミトコンドリア内に存在するミトコンドリア遺伝子の両方の変異が関係しています。核遺伝子は卵細胞・精細胞を経由して引き継ぐため多くは両親由来となっています。
*6 リー(Leigh)症候群
リー(Leigh)症候群は、小児期に発症するミトコンドリア病の代表的な病型の一つです。乳幼児期に発症し、精神運動の発達の遅れや退行(それまでできていたことができなくなること)を示す難治性の慢性進行性の疾患です。
*7 在胎不当過小児(Small for Gestational Age:SGA児)
在胎期間相当の体格よりかなり小さく生まれた新生児を指します。日本では出生体重および身長が、在胎期間ごとの出生時体格標準値と比較して、その両方が10パーセンタイル未満であると定義されています。

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事務局医事経営課
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ゲノム・データ基盤事業部 医療技術研究開発課
難治性疾患実用化研究事業担当
Tel:03-6870-2223
E-mail:nambyo-r“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和3年10月8日

最終更新日 令和3年10月8日