プレスリリース 遺伝的体質に基づく新しい「脳梗塞発症リスク予測法」を開発―脳梗塞の予防に貢献可能―

プレスリリース

岩手医科大学 いわて東北メディカル・メガバンク機構
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

研究のポイント

岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM)生体情報解析部門の清水厚志特命教授、八谷剛史特命准教授を中心とした研究チームは、ゲノム情報(DNA配列)に基づく疾患のかかりやすさ(発症リスク)を予測する新規手法を開発しました。さらに、東北地方に多い脳卒中に着目し、国内の多数のコホート研究・バイオバンクと共同で、ゲノム情報に基づく脳梗塞の発症リスク予測法を確立し、この予測法が脳梗塞の3つの病型全てでリスクを予測できること、脳梗塞の発症リスクを高めるとされている生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症、心房細動)の罹患と独立していることを明らかにしました。この成果を国際科学雑誌 Stroke に2016年12月29日付(オンライン公開)で発表いたしました。

この手法を用いて一人ひとりが自身のリスクを知り、生活習慣の改善などに役立てることで、脳梗塞の予防に寄与できる可能性があります。また、脳梗塞以外の様々な疾患に応用することで、一人ひとりの体質に合わせた個別化医療・個別化予防の一助となることが期待できます。

概要

岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM、機構長 佐々木真理)では、復興支援事業である東北メディカル・メガバンク計画の一環として、東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo、機構長 山本雅之)とともに、岩手県・宮城県の被災地を中心とした大規模健康調査とゲノムコホート研究*1を行い、地域医療の復興に貢献するとともに、個別化医療・個別化予防などの次世代医療体制の構築を目指しています。

脳卒中は日本人の死因の第4位、要介護原因の第1位で、その6割を占める脳梗塞*2の患者数は80万人にのぼり、年間6万5千人が死亡しています。高齢化が急速に進む日本では患者数はさらに増加することが予想され、個別化医療・個別化予防の観点からも重要視されています。自分自身の脳梗塞のかかりやすさ(リスク)を知ることは、生活習慣の改善による予防(セルフメディケーション)につながることから、これまでも脳梗塞と関連の深い遺伝子多型*3を同定しリスクを予測しようとする研究が行われてきました。しかし、これまでにみつかった遺伝子多型では発症リスクを十分に予測することができませんでした。

そこで、研究チームは従来のGenome Wide Association Study (GWAS) による「どの遺伝子多型が発症と関連するか」というアプローチではなく、「すべての遺伝子多型をリスク評価に用いる」というリスク計算に重点を置いたアプローチを取ることにしました(図1)。まず、動植物の品種改良に用いられていた遺伝統計の手法(polygenic model)を改良し、新規のリスク計算手法(iwate polygenic model、iPGM)を開発しました。このiPGMを用いて身長の推定や血中のタンパク質濃度の推定などを行い、高精度予測が可能であることを確認した上で、東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)、オーダーメイド医療の実現プログラム(BBJ)、九州大学・久山町研究(久山町)、多目的コホート研究(JPHC Study)、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC)と連携して脳梗塞のリスク予測に取り組みました(図2)。

説明図・1枚目(説明は本文中に記載)図1 これまでの手法(GWAS)とiPGMの違い
まず、iPGMを用いて、複数の国内バイオバンク・コホート研究の脳梗塞患者と健常者の検体から脳梗塞発症リスク予測法を構築しました。続いて、他の複数の国内バイオバンク・コホート研究の検体を用いて発症リスク予測精度を検証しました。
説明図・2枚目(説明は本文中に記載)図2 コホート連携による脳梗塞発症リスク予測モデルの構築
その結果、高リスク群では低リスク群と比べ脳梗塞発症のオッズ比が1.8~2.0倍であることが確認でき、研究チームが構築した方法で脳梗塞の発症リスクを予測できることが検証できました。
説明図・3枚目(説明は本文中に記載)図3 脳梗塞発症リスク
今後、今回のリスク予測法の改良を進めて精度をさらに向上させるとともに、既知のリスク要因や生活習慣改善などと組み合わせることで、一人ひとりにあった予防(個別化予防)を実現できる可能性があります(図4)。本手法は、他疾患(生活習慣病・がん・うつなど)の発症リスク予測にも役立つことが期待できます。
説明図・4枚目(説明は本文中に記載)図4 一人ひとりのリスクと生活習慣改善による個別化予防の実現

まとめと展望

新規に開発したリスク計算手法(iPGM)を用いて日本人における脳梗塞発症リスク予測法を確立しました。本リスク予測法と生活習慣改善などを組み合わせることで、一人ひとりに合った予防(個別化予防)を実現できる可能性があります。また、本手法を他の疾患へと応用することで他の疾患(生活習慣病・がん・うつなど)の予防にも役立つことが期待されます。

用語解説

*1 ゲノムコホート研究
ある特定の集団を一定期間にわたって追跡し、環境要因・遺伝的要因などと疾患との関係を解明するための研究を指します。日本における大規模ゲノムコホート研究としては東北メディカル・メガバンク計画(15万人)、多目的コホート研究(14万人)、日本多施設共同コーホート研究(10万人)などがあります。コホート研究は、介入を伴わない観察研究の中で最も科学的信頼性が高いといわれています。
*2 脳梗塞
脳梗塞は脳卒中のひとつで、ほかに脳内出血やくも膜下出血があります。脳梗塞はさらにアテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症、ラクナ梗塞に分類できます。脳梗塞は脳の血管が血栓などにより閉塞され、脳組織に障害を生じることで発症します。脳梗塞の中でも主幹動脈が閉塞される心原性脳塞栓症やアテローム血栓性脳梗塞は症状が重く、片麻痺などの重い後遺症が残ることが多いといわれています。
*3 遺伝子多型
個人間で遺伝子配列の一部が異なる状態を指します。一塩基多様体(single nucleotide variation、SNV)や構造多型などがあり、1%以上の一塩基多様体を一塩基多型(single nucleotide polymorphism、SNP)と呼びます。

東北メディカル・メガバンク計画について

本計画は、東日本大震災の復興支援事業として、健康調査等を通じて被災地域の医療復興と地域医療のさらなる充実を目指すとともに、ゲノム・エピゲノムを含むバイオバンクの構築と解析を実施して東北発の次世代医療の実現につなげます。本計画の事業は、岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構と東北大学東北メディカル・メガバンク機構とが連携して実施しています。平成27年度より、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関をつとめています。

論文題目

English Title:
Genetic Predisposition to Ischemic Stroke: A Polygenic Risk Score
Authors:
Tsuyoshi Hachiya; Yoichiro Kamatani, Atsushi Takahashi, Jun Hata, Ryohei Furukawa, Yuh Shiwa, Taiki Yamaji, Megumi Hara, Kozo Tanno, Hideki Ohmomo, Kanako Ono; Naoyuki Takashima, Koichi Matsuda, Kenji Wakai, Norie Sawada, Motoki Iwasaki, Kazumasa Yamagishi, Tetsuro Ago, Toshiharu Ninomiya, Akimune Fukushima, Atsushi Hozawa, Naoko Minegishi, Mamoru Satoh, Ryujin Endo, Makoto Sasaki, Kiyomi Sakata, Seiichiro Kobayashi, Kuniaki Ogasawara, Motoyuki Nakamura, Jiro Hitomi, Yoshikuni Kita, Keitaro Tanaka, Hiroyasu Iso, Takanari Kitazono, Michiaki Kubo, Hideo Tanaka, Shoichiro Tsugane, Yutaka Kiyohara, Masayuki Yamamoto, Kenji Sobue, Atsushi Shimizu
Journal Name:
Stroke
日本語タイトル:
脳梗塞の遺伝的体質;多遺伝子リスク評価
著者:
八谷剛史、鎌谷洋一郎、高橋 篤、秦 淳、古川亮平、志波 優、山地太樹、原 めぐみ、丹野高三、大桃秀樹、小野加奈子、高嶋直敬、松田浩一、若井建志、澤田典絵、岩崎 基、山岸良匡、吾郷哲朗、二宮利治、福島明宗、寳澤 篤、峯岸直子、佐藤 衛、遠藤龍人、佐々木真理、坂田清美、小林誠一郎、小笠原邦昭、中村元行、人見次郎、喜多義邦、田中恵太郎、磯 博康、北園孝成、久保充明、田中英夫、津金昌一郎、清原 裕、山本雅之、祖父江憲治、清水厚志

お問い合わせ先

研究内容に関して

いわて東北メディカル・メガバンク機構 生体情報解析部門
特命教授 清水 厚志
電話番号:019-651-5111(内線5472)
Eメール:ashimizu“AT”iwate-med.ac.jp

報道に関して

いわて東北メディカル・メガバンク機構 広報・企画部門
部門長 遠藤 龍人
電話番号:019-651-5111(内線5509)
Eメール:ryuendo“AT”iwate-med.ac.jp

AMED事業に関して

国立研究開発法人日本医療研究開発機構 バイオバンク事業部
電話番号:03-6870-2228
Eメール:kiban-kenkyu“AT”amed.go.jp

※Eメールは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

 

掲載日 平成29年1月19日

最終更新日 平成29年1月19日