プレスリリース 日本人の家族性膵臓がん関連遺伝子を解明―膵臓がん克服に向けて前進―
プレスリリース
大阪大学
東京女子医科大学
国立がん研究センター
東北大学
日本医療研究開発機構
研究成果のポイント
- 日本における家族性膵臓がん*1の原因となり得る関連遺伝子を網羅的な遺伝子探索を行い特定
- 欧米では家族性膵臓がんとその関連遺伝子は広く知られていたが、日本においても同様に認められ、新規の関連候補遺伝子も特定
- 日本における家族性膵臓がんの存在を正しく理解し、その家系においては定期的な検査を推奨
- 家族性膵臓がんの原因遺伝子によっては、治療効果が期待できる分子標的薬剤が存在
概要
大阪大学大学院医学系研究科の谷内田真一教授(前国立がん研究センター研究所ユニット長)、東北大学大学院医学系研究科の古川徹教授(前東京女子医科大学医学部教授)、国立がん研究センター、東京女子医科大学、杏林大学、みずほ情報総研株式会社の研究グループは、日本における家族性膵臓がんの関連遺伝子を明らかにしました。
欧米では1990年代から家族性膵臓がんの登録と追跡調査、さらに近年ではその関連遺伝子の同定が活発に行われてきました。これらは人種によって異なることが知られていましたが、日本を含むアジアにおいては、その関連遺伝子の網羅的な解析は行われていませんでした。
今回、谷内田真一教授らの研究グループは、家族性膵臓がん患者81人を対象に生殖細胞系列の全エクソーム解析*2を行い、日本人における家族性膵臓がんの関連遺伝子はATM、BRCA2、BRCA1、CHEK2やPALB2などであることを解明しました。また新規の関連候補遺伝子(FAT4、FAT1、SMAD4など)も同定しました。
今回見つかったBRCA1/2やPALB2遺伝子変異は、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の原因遺伝子として、広く知られています。また、BRCA1/2の病原性のある生殖細胞系バリアント*3をもつ膵臓がんには、HBOCと同様にPARP阻害剤*4(Olaparib)の効果があることが、昨年報告されました(Golan T et al. N Engl J Med 2019)。日本においても家族性膵臓がん家系があることを正しく理解し、その家系においては定期的な検査が推奨されます。家族性膵臓がんにおいては、その関連遺伝子を調べることで、治療選択に有益な情報が得られる可能性があります。
本研究成果は、米国科学誌「Annals of Surgery」に、2020年8月8日(土)13時(日本時間)に公開されます。
研究の背景
家族性膵臓がんは、親子または兄弟姉妹に2人以上の膵臓がん患者がいる家系の方に発症する膵臓がんです。米国・Johns Hopkins大学で発足した登録制度「National Familial Pancreatic Tumor Registry(NFPTR)」では、第一度近親者(父母、兄弟姉妹、子供)に膵臓がん発症者がいる家系とそうでない家系を比較すると、前者で10倍近く膵臓がん発症率が高いことが2004年に報告されています。
その後に欧米で疫学調査が進み、欧米では膵臓がんの約5~10%は、家族性であることが知られています。これまで、谷内田教授らは疫学調査において、日本人1,197人の膵臓がん患者の家族歴を調査し、88人(7.3%)で第一度近親(父母、兄弟姉妹、子供)に1人以上の膵臓がん患者がいることを報告してきました。欧米ではその原因となり得る関連遺伝子の解析が積極的に行われてきましたが、人種の異なる日本を含むアジアにおいては網羅的な解析は行われていませんでした。
本研究の成果
本研究では、81人の家族性膵臓がん患者を対象に生殖細胞系列の全エクソーム解析を行いました。16%の患者において、欧米の家族性膵臓がん研究で関連の見つかった遺伝子(ATM、BRCA2、MLH1、MSH2、MSH6、PALB2、BRCA1、TP53)に病原性のある生殖細胞系バリアントを認めました。また、これまでに報告のない遺伝子(ASXL1、ERCC4、TSC2、FAT1やFAT4)に81人のうち2人以上で病原性のある生殖細胞系バリアントを認めました。ATM、BRCA1/2、PALB2の変異を有するがんは、PARP阻害剤(分子標的薬剤の一つ)やプラチナ製剤*5が効果を示すことが知られています。昨年、世界規模の臨床研究でBRCA1/2の病原性のある生殖細胞系バリアントを有する膵臓がん患者におけるPARP阻害剤の効果が報告されました(Golan T et al. N Engl J Med 2019)。家族性膵臓がんにおいて、日本でも原因遺伝子によっては、がん遺伝子検査を行うことによって治療選択に有益な情報が得られる可能性があります。
また、膵臓がんの体細胞系遺伝子変異*6として高頻度にみられるがん抑制遺伝子のSMAD4遺伝子に、病原性のある生殖細胞系バリアントが1人にみつかりました。さらに、本患者のがん組織では、体細胞系の異常としてSMAD4遺伝子の欠失がみられ、免疫組織化学染色でSmad4タンパクの欠損(つまりSMAD4の2-hit*7)を確認しました。これらの報告のない遺伝子バリアントががんの発症や進行に関係しているかを明らかにするためには、今後、日本における大規模コホート研究、細胞株や動物等を用いた実証試験が必要となります。
一般に、家族性も含む通常型膵臓がんでは約90~95%でKRAS遺伝子の体細胞系変異を認めます。しかし、本研究の家族性膵臓がん患者のがん組織におけるKRAS遺伝子の体細胞系変異は、81%と低率でした。KRAS変異のない患者では、BRCA1、MLH1、SMAD4の病原性のある生殖細胞系バリアントやARID1Aの体細胞系変異を認めました。一部の家族性膵臓がんは、通常の膵臓がんとは異なる発症機序で発がんしている可能性が示唆されました。
さらに、若年発症(40歳以下)の膵臓がん患者8人の全エクソーム解析を行ったところ、MSH2、POLE、TP53やFAT4遺伝子に、病原性がある、あるいはおそらく病原性と推定される、生殖細胞系バリアントを認めました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、日本においても欧米と同様に家族性膵臓がん患者には、特定の遺伝子に病原性がある生殖細胞系バリアントの存在が明らかとなりました。がんゲノム医療が始まりましたが、家族歴の情報は重要です。今後、膵臓がん患者の「がん遺伝子パネル検査」において、本研究で発見された遺伝子などの生殖細胞系バリアントが見つかってくることがあると思います。膵臓がんの家族歴のある膵臓がん患者とその担当医師は、特定の遺伝子に病原性がある生殖細胞系バリアントがみつかる可能性を、十分に理解した上で「がん遺伝子パネル検査」を行うことが重要だと考えます。一方で、家族性膵臓がんにおいては、関連する遺伝子によっては、特定の抗悪性腫瘍剤の効果が期待される可能性があります。
今後、家族性膵臓がんにおいて、さらにAll Japan体制での大規模なコホート研究が必要だと考えています。そのために、日本膵臓学会は家族性膵癌登録制度を開始しています。日本においても、膵臓がん克服のために家族性膵臓がんを正しく知り、対象の方の協力を得て、原因となり得る関連遺伝子のさらなる探索、早期診断や新しい治療法の開発に関する研究を行うことが計画されています。
特記事項
本研究成果は、2020年8月8日(土)13時(日本時間)に米国科学誌「Annals of Surgery」(オンライン)に掲載されます。
- 【タイトル】
- “Whole-exome Sequencing Reveals New Potential Susceptibility Genes for Japanese Familial Pancreatic Cancer”
- 【著者名】
- Erina Takai1, Hiromi Nakamura2, Suenori Chiku3, Emi Kubo4, Akihiro Ohmoto4, Yasushi Totoki2, Tatsuhiro Shibata2, Ryota Higuchi5, Masakazu Yamamoto5, Junji Furuse6, Kyoko Shimizu7, Hideaki Takahashi8, Chigusa Morizane4, Toru Furukawa9† and Shinich Yachida1†
†責任著者 - 【所属】
-
- 大阪大学大学院医学系研究科 医学専攻 ゲノム生物学講座・がんゲノム情報学
- 国立がん研究センター研究所 がんゲノミクス研究分野
- みずほ情報総研株式会社
- 国立がん研究センター中央病院 肝胆膵内科
- 東京女子医科大学医学部 消化器外科学
- 杏林大学医学部 腫瘍内科学
- 東京女子医科大学医学部 消化器内科学
- 国立がん研究センター東病院 肝胆膵内科
- 東北大学大学院医学系研究科・医学部 病態病理学
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム(P-DIRECT)、国立がん研究センター・がん研究開発費、日本学術振興会科学研究費補助金、公益財団法人武田科学振興財団特定研究助成の一環として行われ、国立がん研究センター中央病院吉田輝彦遺伝子診療部門長、細井寛子研究補助員と国立がん研究センター研究所柴知史特任研究員、薄井梨佐研究補助員、五十嵐恵子研究補助員の協力を得て行われました。
用語説明
- ※1 家族性膵臓がん
- 親子または兄弟姉妹(第一度近親)に2人以上の膵臓がん患者がいる家系に発症する膵臓がん
- ※2 全エクソーム解析
- 全ゲノムのうち、タンパク質に翻訳される領域の塩基配列を網羅的に次世代シークエンサーで解析する手法である。全ゲノムの約1.5%に過ぎないが、遺伝性疾患の多くがエキソン領域の異常によって引き起こされると推測されている。
- ※3 生殖細胞系遺伝子バリアント
- 親から引き継ぐ生まれつき全身に持っている遺伝子の多様体(変異)。参照配列(多くのヒトが持っているDNAの塩基配列)と異なる配列のことで、配列(変異)の種類により、良性(無害)、おそらく良性、意義不明(VUS:Variant of Unknown Significance)、おそらく病原性、病原性(疾患を引き起こす)のいずれかに分類される。
- ※4 PARP阻害剤
- BRCA(Breast cancer susceptibility gene)の変異などで相同組み換え修復経路の異常があると、PARP(ポリアデノシン5’二リン酸リボースポリメラーゼ)というDNA修復や細胞死などに関与する物質を阻害することでDNA修復を妨げ、がん細胞の細胞死を誘導する。日本では卵巣がんや乳がんの一部に保険適応となっているが、膵臓がん患者への健康保険下での投与は認められていない(2020年7月時点)。
- ※5 プラチナ製剤
- シスプラチンに代表されるプラチナ(白金)製剤による抗がん剤を指す。DNAの複製阻害やアポトーシス誘導が、がんへの主な作用機序である。
- ※6 体細胞系遺伝子変異
- 後天的に一部の細胞、つまりがん細胞だけにみられる遺伝子の異常
- ※7 2-hit(ヒット)
- がん関連遺伝子には「がん遺伝子」と「がん抑制遺伝子」がある。がん遺伝子の場合、対立遺伝子(アレルといい、父親と母親それぞれから遺伝情報を引き継ぐため、二つの遺伝子座を持つことになる)の一つに異常が起きると、細胞増殖のアクセルが踏まれた状態(つまりがん)になる。このようにがん遺伝子を車のアクセルとすると、そのブレーキにあたる遺伝子ががん抑制遺伝子である。がん抑制遺伝子(RB1やSMAD4)の多くは、遺伝子機能の消失には対立遺伝子の両方が点突然変異や欠失などにより機能を失うことが必要である。車のブレーキにも、フットブレーキとサイドブレーキがあることによく例えられる。
本件に関する問い合わせ先
研究に関すること
谷内田真一(やちだしんいち)
大阪大学 大学院医学系研究科 がんゲノム情報学 教授
TEL:06-6879-3360 FAX:06-6879-3369
E-mail:syachida“AT”cgi.med.osaka-u.ac.jp
古川徹(ふるかわとおる)
東北大学 大学院医学系研究科 病態病理学分野 教授
TEL:022-717-8149 FAX:022-717-8053
E-mail:toru.furukawa“AT”med.tohoku.ac.jp
報道に関すること
大阪大学 大学院医学系研究科 広報室
TEL:06-6879-3388 FAX:06-6879-3399
E-mail:medpr“AT”office.med.osaka-u.ac.jp
東北大学 大学院医学系研究科・医学部 広報室
TEL:022-717-7891
E-mail:pr-office“AT”med.tohoku.ac.jp
国立がん研究センター 企画戦略局 広報企画室
TEL:03-3542-2511 FAX:03-3542-2545
E-mail:ncc-admin“AT”ncc.go.jp
AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 医薬品研究開発課
E-mail:cancer“AT”amed.go.jp
※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。
掲載日 令和2年8月11日
最終更新日 令和2年8月11日