日本の救急研究制度議論に実証データ―事前同意が難しい救急研究への市民意識を可視化―
プレスリリース
国際医療福祉大学
国立循環器病研究センター
日本医療研究開発機構
国際医療福祉大学医学部の鈴木昌教授と、国立循環器病研究センター 臨床研究推進センター データサイエンス部の福田真弓室長らによる REFINED‑IC 研究班は、脳卒中の超急性期治療に関する臨床試験1において「患者本人から事前に十分な説明と同意2を得ることが難しい状況」を、市民がどのように受け止めているか、一般成人1,000人を対象にしたウェブ調査を行いました。調査では脳卒中の救急場面を想定して、新しい治療薬候補の効果、副作用のリスク、同意の取り方の組み合わせを変えて8つのシナリオに回答してもらいました。その結果、少なくとも1つのシナリオで「事前の同意がなくても臨床試験参加を受け入れる」と回答した人が60.5%でした。一方、通常の十分な事前説明と同意を前提とする一般的な臨床試験に『参加したい』と答えた人は33.4%にとどまりました。
脳卒中は突然発症し、脳のダメージは刻々と進むので、治療開始は1分1秒を争います。このような状況で新しい治療方法を評価する臨床試験を行う場合、通常の同意手続きを迅速に行うことは困難です。病状のためにご本人に十分な説明が難しい場合があるほか、救急車で搬送される際にご家族が同乗していないケースも多く、その到着を待つと開始が大幅に遅れてしまうためです。本研究は、こうした救急状態での臨床試験について、一般の方々が単純に賛否で判断しているのではなく、治療効果、安全性、時間的切迫性、説明のあり方といった複数の要素を踏まえて慎重に考えていることを示しました。本研究成果は、米国医師会の国際誌 JAMA Network Openに受理され、公表されました3。本成果が、日本を含む世界で救急・重症領域の臨床研究制度や倫理指針の議論に重要な実証データを提供するとともに、一般の方々が臨床試験をより身近に理解するきっかけになることが期待されます。
1 臨床試験:新しい薬や治療法の効果と安全性を、患者さんで確かめる医学研究。実施前には、研究の内容や安全対策が適切かどうかを第三者が審査する「倫理審査委員会」の承認が必要。
この審査は、法律や国の倫理指針に基づいて行われる。
2「説明と同意」(インフォームド・コンセント:Informed consent):臨床試験の目的や方法、予想される効果やリスクについて十分な説明を受けたうえで、参加するかどうかを本人(または家族などの代理の人)が判断する手続き。
3 Suzuki M, Fukuda M, et al. Public Acceptance of Emergency Research Without Prior Consent in Stroke. JAMA Network Open. 2026;9(6):e2617347.doi:10.1001/jamanetworkopen.2026.17347
研究の背景と概要
本研究では、救急時に事前の同意が難しい状況において、人々が臨床試験への参加をどのように判断するのかを明らかにするため、全国の一般成人を対象に調査を行いました。
研究の背景
新しい治療法を社会に届けるためには、臨床試験が欠かせません。通常、臨床試験では、患者さんに十分な説明を行い、納得いただいたうえで参加の意思を確認します。これが「インフォームド・コンセント」です。
しかし救急現場では、重い脳卒中の発症直後のように、患者さんが言葉を話せなかったり、正常な判断ができなかったりする状態は少なくありません。また、治療開始までの時間に余裕がないことも多くあります。このような場合、ご家族に説明してインフォームド・コンセントを行いますが、救急車で搬送された患者さんにご家族が付き添っていないケースでは、この手続き自体が難しくなります。
海外では、このような救急場面で、一定の厳格な条件のもと、事前の同意が得られなくても研究参加を認める仕組みが運用されています。一方、日本では、致死的な場合に限ってそのような運用が可能ですが、脳卒中のように緊急性は高いものの致死的ではない場合には、この枠組みの適用は困難とされています。
すなわち、日本では、こうした救急研究を進めるための明確な社会的・制度的基盤が十分に整っているとは言えません。日本でも、諸外国のように事前のインフォームド・コンセントを省略して臨床試験を進める枠組みの検討が必要と考えられていますが、社会がどのように受け止めるのかについて、信頼できるデータがありませんでした。
研究の概要
本研究では、2024年に、日本全国の20~79歳の一般成人を対象としてウェブ調査を行いました。商用調査パネルの参加者から回答を得て、年齢と性別の偏りができるだけ少なくなるように調整し、1,000人を解析対象としました。
調査では、参加者に「自分が突然、重い脳梗塞になり、話せず、家族もその場にいない」という状況を想像してもらいました。そのうえで、同じ脳卒中の救急場面を想定して、新しい治療候補の効果、副作用のリスク、同意の取り方(事前同意なし、家族への電話同意、通常の書面同意)の組み合わせを変えた8つのシナリオを提示し、臨床試験への参加可否を回答してもらいました。さらに、通常の事前説明と同意を必要とする一般的な脳卒中臨床試験への参加意思も別に尋ねました。
研究の成果と意義・今後の展開
研究の成果
本研究では、60.5%の人が、少なくとも1つの救急シナリオで臨床試験参加を「事前の同意なしでも受け入れられる」と回答しました。これに対し、通常の事前同意を前提とする標準的な臨床試験に「参加したい」と答えた人は33.4%でした。 つまり、人々は一般論として臨床試験に積極的でなくても、救急の切迫した状況では、別の観点から研究参加を判断している可能性が示されました。さらに、この「標準的な臨床試験」には参加したくないと答えた人の中でも、44.3%が救急シナリオの研究では受け入れ可能と回答しました(図)。これは、救急研究への評価が、一般的な臨床試験への態度だけでは説明できないことを意味します。ここで用いた8つのシナリオは、同じ脳卒中の救急場面を前提に、新しい治療候補の効果、副作用のリスク、同意の取り方の条件を組み合わせて設定したものです。その結果、新しい治療候補の有効性が高く、副作用が少ない条件では受容度がより高く、逆に条件が厳しい場合には受容度は低下しました。以上から、救急研究への参加判断には、以下の要素が関係していることがわかりました。
- 新しい治療がより効果的か
- 副作用が少ないか
- 通常の同意手続きを待つことで試験開始が遅れるか
- 臨床試験についてもともと知っていたか
つまり、市民は「インフォームド・コンセントの手続きがないと一律にだめ」と考えているのではなく、治療上の利益と不利益、時間の制約、研究の意義を踏まえて現実的に判断していることが示されています。
社会的意義
本研究の重要な点は、単に論文が国際誌に掲載されたことにとどまりません。本成果は、日本でこれまで十分に議論されてこなかった、救急・重症患者を対象とする臨床試験の制度設計や倫理・法令上の議論に対し、一般市民の受け止め方を示す実証データを提供するものです。さらに、救急時に事前の同意が得られない状況で研究を進めることは、日本だけでなく世界的にも議論が続く重要課題です。欧米ではいくつかの枠組みが整備されていますが、その運用には社会的理解が不可欠であり、国際的にも市民の受け止め方に関するデータは限られています。本研究は、この国際的な議論にも貢献しうる知見を提供しています。
同時に、この研究は、市民に対して「臨床試験は特別な人だけのものではなく、誰もがある日、当事者になりうるもの」であることを伝える機会にもなります。脳卒中のように突然発症する病気では、治療法の進歩のための研究と、患者さんの権利をどのように守るかの両立が重要です。本研究は、その議論を社会全体で進めるための土台となる成果であり、救急医療における臨床研究のあり方を考えるうえで、国内外にとって重要な一歩になると考えています。
今後の展開
今後は、本研究成果をもとに、以下の取り組みが期待されます。
- 日本における救急研究の倫理的・法的な枠組みの議論を深めること、
- 国民に対する臨床試験・救急研究のわかりやすい情報発信を進めること、
- 脳卒中に限らず、心停止や重症外傷など、同様に時間的余裕のない救急傷病にも議論を広げること、
また、救急時に事前の同意が得られない状況で研究を進めることは、日本だけでなく世界的にも議論が続く重要課題です。研究者・医療者・行政・患者・市民が協力し、
- どのような条件なら社会的に受け入れられるのか、
- 事後説明や情報公開をどのように行うべきか
- 救急時でも患者さんの尊厳をどのように守るか
といった点について、具体的な制度や運用のあり方の検討につなげていく必要があります。
本研究班は、今後も、救急医療の現場で必要とされる臨床研究を、社会の理解と信頼のもとで進められる環境づくりに貢献していきます。
特記事項
本研究は、以下の研究資金で行われました。
- AMED 研究公正高度化モデル開発支援事業:「脳卒中超急性期臨床試験における適切な同意手続きの確立に関する研究」(2022–2024年度)JP22oa0310011
- AMED 研究倫理・社会共創推進プログラム:「脳卒中・急性期疾患の緊急医療臨床試験における同意プロセスの課題解決を目指した研究」(2025–2029年度)JP25oa0439003
参考情報
本研究班の活動内容は以下をご参照ください。
本研究班が作成した一般市民向けの小冊子は以下からご覧いただけます。
お問い合わせ先
この論文の研究内容について
国際医療福祉大学市川総合病院
教授 鈴木 昌 (すずき まさる)
E-mail:suzuki-masaru-rh”AT”ihwg.jp
研究班について
国立循環器病研究センター 臨床研究推進センター データサイエンス部
室長 福田 真弓 (ふくだ まゆみ)
E-mail:mfukuda”AT”ncvc.go.jp
本リリースの配信元
国際医療福祉大学 広報部
住所:東京都港区赤坂4-1-26
TEL:03-5574-3828
E-mail:tokyo.pr”AT”ihwg.jp
国立研究開発法人国立循環器病研究センター 広報企画室
住所:大阪府吹田市岸部新町6-1
TEL:06-6170-1069 (21120)
E-mail:kouhou”AT”ml.ncvc.go.jp
国立研究開発法人日本医療研究開発機構 研究開発戦略推進部 社会共創推進課
AMED研究倫理・社会共創推進プログラム 事務局
住所:東京都千代田区大手町1-7-1 読売新聞ビル
E-mail:rinri-kyoso”AT”amed.go.jp
※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。
関連リンク
掲載日 令和8年6月9日
最終更新日 令和8年6月9日


