老化・慢性疾患・若返りに共通する「死亡リスクを推定する指標」を開発―RNA-seqデータから加齢を測定―

プレスリリース

国立大学法人東北大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 寿命介入マウスのRNA-Seqデータとげっ歯類、サル、ヒトを含む11,000以上の公開RNA-seqデータ(注1)(注2) を統合し、老化・寿命・死亡リスクを推定する新指標「トランスクリプトーム時計(tAge)(加齢時計)」(注3) を開発しました。
  • 共発現モジュール解析(注4) により、炎症・免疫応答、ミトコンドリア機能、脂質代謝などが加齢に共通する主要機序であることを明らかにしました。
  • 血中のCDKN1A、GPNMB、LGALS3蛋白が死亡リスクや疾患リスクと関連し、加齢関連疾患のリスク評価に役立つ可能性が示されました。

概要

老化は慢性疾患の主要な危険因子ですが、同年齢でも進行には個人差があり、それを正確に測定する指標が求められてきました。従来のエピジェネティック時計には遺伝子活動や時空間的変化の評価に限界がありました。

東北大学大学院医学系研究科・医工学研究科の阿部高明教授らの研究グループは AMEDムーンショット型研究開発事業「ミトコンドリア先制医療」の国際共同研究先であるBrigham and Women’s Hospital / Harvard Medical SchoolのVadim N. Gladyshev教授らとの共同研究により、米国国立老化研究所(NIA)のInterventions Testing Program(ITP)(注5)で検証された20種類の寿命介入マウスRNA-seqデータと、11,000以上の公開トランスクリプトームデータを統合解析し、老化・疾患に伴う分子変化を「死亡リスク」として定量化する多組織トランスクリプトーム時計(tAge)を構築しました。本手法はげっ歯類に加え、ヒトデータや単一細胞データにも応用可能であることが示されました。さらに、26個の発現モジュール解析により老化・慢性疾患では炎症・免疫応答の亢進やミトコンドリア機能低下がみられ、若返りモデルではこれらが逆方向に変化することを明らかにしました。本成果は老化・疾患・若返りを「死亡リスクに関わる分子変化」として評価する新たな手法であり、寿命延長介入の効果を時間的、空間的にリアルタイムに近い形で分子レベルから解析を可能にし、今後、老化関連疾患のリスク評価、治療効果の判定、健康寿命延伸研究への応用が期待されます。本成果は、2026年5月27日(米国東部時間)付で科学誌 Nature にオンライン掲載されました。

詳細な説明

研究の背景と経緯

生物は年齢を重ねるにつれて全身で細胞損傷が蓄積し、臓器機能が低下することで死亡率が上昇します。これまでに慢性炎症やKlotho欠損(注6) や早老症モデルなどによる寿命短縮、カロリー制限やラパマイシン(注7) 細胞リプログラミングなどによる寿命延長など多様な研究が報告されています。現在寿命を測定するには年単位の実験が必要であり加齢を容易に測定する方法が求められていました。従来加齢を評価する方法としてDNAメチル化を用いた「エピジェネティック時計」が開発されてきましたがその多くは暦年齢の推定にとどまり、寿命や死亡リスクに直結する分子変化を臓器横断的に捉える方法は限られていました。また時間的・空間的変化を容易に評価できない点も課題でした。さらに老化には有害な変化だけでなく代償的・適応的な変化も含まれるため、健康状態や死亡リスクをより直接的に反映する指標の開発が求められていました。

研究の内容

東北大学大学院医学系研究科・医工学研究科の阿部高明(あべ たかあき)教授、頓宮慶泰(とんぐ よしやす)(研究当時:医学部学生)、笠原朋子(かさはら ともこ)(研究当時:医学系研究科助教)らの研究グループはAMEDムーンショット型研究開発事業「ミトコンドリア先制医療」の分担研究者であるBrigham and Women’s Hospital / Harvard Medical SchoolのVadim N. Gladyshev教授、Alexander Tyshkovskiy博士らとの国際共同研究において、米国Interventions Testing Program(ITP)で寿命への影響が検証された20種類の薬剤・栄養介入を受けたUM-HET3マウス170匹の肝臓RNA-seqデータを解析しました。各介入群の寿命データからゴンペルツモデル(注8) を用いて期待死亡率(注9) や寿命調整年齢(注10) を推定し遺伝子発現との関連を検討しました。次に公開トランスクリプトームデータを含め、マウスおよびラットの26組織、79種類の介入、96研究に由来する計4,539件の遺伝子発現データを統合し、暦年齢に加えて寿命調整年齢や期待死亡率を予測する指標であるトランスクリプトーム時計(tAge)を構築しました(図1)。また重み付き遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA)(注11)により老化や死亡リスクに関わる遺伝子発現変化を機能的な26のモジュールを使って計測しました。主要なモジュールには炎症・自然免疫、ミトコンドリア翻訳・呼吸鎖、脂質代謝、細胞外マトリックス(注12)、p53経路(注13)、mRNAスプライシング(注14)などが含まれました。

図1. 本研究成果の概念図
従来、加齢を評価する方法としてDNAメチル化を用いた「エピジェネティック時計」が開発されてきましたがその多くは暦年齢の推定にとどまり、寿命や死亡リスクに直結する分子変化を臓器横断的に捉える方法は限られていました。 トランスクリプトーム時計(tAge)は、組織、細胞、血液などからRNAを抽出して寿命調整年齢や期待死亡率を予測します。また重み付き遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA)により、老化や死亡リスクに関わる遺伝子発現変化を機能的な26のモジュールとして分類し、その分子基盤を表します。

開発されたtAgeは早老症モデルや慢性腎臓病、神経変性疾患、がんなどの慢性疾患で生物学的年齢が上昇する方向に、細胞リプログラミング、初期胚発生、パラバイオーシス(異時性並体結合)(注15) などの若返りモデルでは生物学的年齢が低下方向に変化しました。tAgeはエピジェネティック時計よりもリアルタイム性が高いため、寿命延長介入の効果を空間的、細胞種別に分子レベルで評価することも可能になりました(図2)。また血中プロテオーム解析からCDKN1A、GPNMB、LGALS3などが疾患横断的に死亡リスク上昇に関わる代表的な因子として抽出されました。さらにこれらの解析が広く研究者が利用できる様にオンライン解析基盤TACO(Transcriptomic Age Calculator Online)(注16)を開発し公開しました(https://app.gladyshevlab.org/TACO/.)。

図2.トランスクリプトーム時計(tAge)による老化・若返りモデルの生物学的年齢評価
寿命制御介入、老化、慢性疾患、若返りモデルに関する大規模RNA-seqデータを統合し、多組織トランスクリプトーム時計(tAge)を構築しました。これにより、炎症、ミトコンドリア機能、脂質代謝、細胞外マトリックスなどの機能モジュールを通じて生物学的年齢や死亡リスクを空間的に分子レベルで評価できます。

今後の展開

tAgeを用いて老化、慢性疾患、寿命介入、若返り現象を「死亡リスクに関わる遺伝子発現変化」という共通の尺度で評価することが可能になりました。 今後ヒト臨床検体や疾患モデルへの応用を進めることで、老化関連疾患の早期リスク評価、治療効果の客観的判定、健康寿命延伸を目指す介入法の評価に役立つことが期待されます。

一方でtAgeや関連バイオマーカーは現時点では研究用途の解析基盤であり、個人の寿命や疾患発症を単独で診断・予測する医療検査ではありません。今後、臨床応用には、独立したヒト集団での検証、疾患別の有用性評価、測定系の標準化が必要です。また、本研究で同定されたマーカーは、介入や疾患によってどの老化関連プロセスが変化しているかを研究者が把握する手がかりとなります。ただしこれらが老化の原因なのか、副産物なのかを明らかにするには、さらなる研究が必要です。

謝辞

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)ムーンショット型研究開発事業 目標7「ミトコンドリア先制医療」(JP21zf0127001)の支援を受けて行われました。

用語説明

注1 公開トランスクリプトームデータ
過去の研究で取得され公共データベースに登録・公開されているRNA-seqなどの遺伝子発現データ。複数の動物種、組織、年齢条件のデータを統合することで老化に共通する遺伝子発現変化を解析できる。
注2 RNA-seq解析
RNAを次世代シーケンサーで網羅的に測定し、どの遺伝子がどの程度働いているかを調べる解析手法。老化や疾患、治療介入に伴う遺伝子発現の変化を定量的に評価できる。
注3 トランスクリプトーム時計(tAge)
RNA-seqなどで測定した遺伝子発現パターンから、暦年齢、生物学的年齢、寿命調整年齢、死亡リスクなどを推定する数理モデル。
注4 共発現モジュール
多数の遺伝子のうち発現量が同じ方向に変動しやすい遺伝子群をまとめたもの。機能的に関連する遺伝子が同じモジュールに含まれることが多く、複雑な遺伝子発現変化を解釈しやすくする。
注5 Interventions Testing Program(ITP)
米国国立老化研究所(NIA)が主導するマウスを用いた寿命延長候補物質の検証プログラム。複数施設で同じプロトコルにより介入効果を評価する点が特徴。
注6 Klotho欠損
老化抑制に関わるとされるKlotho遺伝子の機能が失われた状態。Klotho欠損マウスでは、成長障害、血管石灰化、骨粗鬆症、皮膚萎縮、寿命短縮など、早期老化様の表現型がみられるため、老化研究における代表的な疾患モデルとして用いられる。
注7 ラパマイシン
免疫抑制薬として用いられてきた薬剤で細胞内の栄養・エネルギー応答経路であるmTOR経路を阻害する。mTORは細胞成長、タンパク質合成、代謝、オートファジーなどを制御しておりラパマイシンはこれらの働きを抑制することでモデル動物において寿命延長効果を示す代表的な老化制御介入として知られている。
注8 ゴンペルツモデル
加齢に伴って死亡率が指数関数的に上昇するという考えに基づく統計モデルで、老化研究や生存解析で用いられる。
注9 期待死亡率
年齢、性別、集団の生存データなどに基づいて統計的に推定される死亡リスクのこと。本研究では、遺伝子発現情報から個体がどの程度死亡リスクの高い状態にあるかを推定する指標として用いられる。
注10 寿命調整年齢
種や個体群ごとの寿命の違いを考慮して補正した年齢指標。たとえば、マウスとヒトでは実際の寿命が大きく異なるため、単純な暦年齢では比較が難しい。寿命調整年齢を用いることで、異なる動物種や寿命条件の間でも、老化の進行度を相対的に比較しやすくなる。
注11 重み付き遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA)
多数の遺伝子発現データから発現パターンが似ている遺伝子同士をネットワークとして解析し、共発現モジュールを同定する手法。遺伝子間の相関の強さを重みとして扱うことで老化や疾患、治療介入に関連する遺伝子群や、その中心的役割を担うハブ遺伝子を見つけることができる。
注12 細胞外マトリックス
細胞の外側に存在しコラーゲン、エラスチン、プロテオグリカンなどから構成される構造体。組織の形や強度を保つ足場として働くだけでなく細胞の増殖、分化、移動、創傷治癒などにも関与する。老化に伴い細胞外マトリックスの構成や機能が変化すると組織の硬化、線維化、再生能力の低下などにつながる。
注13 p53経路
DNA損傷や酸化ストレス、がん化の危険などに応答して活性化される細胞内の防御機構。p53は細胞周期停止、DNA修復、アポトーシス、細胞老化などを誘導する。老化研究ではp53経路の活性化が細胞老化や組織機能低下、がん抑制と密接に関係する重要なシグナル経路とされている。
注14 mRNAスプライシング
遺伝子から転写された未成熟なmRNAからタンパク質を作る情報をもつ部分であるエクソンをつなぎ、不要な部分であるイントロンを取り除く過程。
注15 パラバイオーシス(異時性並体結合)
2匹の動物の血液循環を外科的に共有させる実験手法。特に若齢個体と老齢個体を結合するパラバイオーシスでは若い血液環境が老化した組織機能を改善するか、または老齢個体の血液因子が若齢個体に老化様変化を引き起こすかを調べることができる。
注16 TACO(Transcriptomic Age Calculator Online)
RNA-seqデータの前処理、トランスクリプトーム時計の適用、群間差の可視化や統計解析を行うために本研究で開発されたオンライン解析基盤。

論文情報

タイトル
Transcriptomic Hallmarks of Mortality Reveal Universal and Specific Mechanisms of Aging, Chronic Disease, and Rejuvenation
著者
Alexander Tyshkovskiy*, Daria Kholdina, Maria Davitadze, Adrian Molière, Alibek Moldakozhayev, Yoshiyasu Tongu, Tomoko Kasahara, Dmitrii Glubokov,  Alec Eames, Leonid M. Kats, Anastasiya Vladimirova, Kejun Ying, Hanna Liu, Bohan Zhang, Uma Khasanova, Mahdi Moqri, Jeremy M. Van Raamsdonk, David E. Harrison, Randy Strong, Takaaki Abe, Sergey E. Dmitriev, Vadim N. Gladyshev*
*責任著者:Alexander Tyshkovskiy, Vadim N. Gladyshev
掲載誌
Nature
DOI
10.1038/s41586-026-10542-3
URL
https://www.nature.com/articles/s41586-026-10542-3

お問い合わせ先

研究に関すること

東北大学大学院医学系研究科病態液性制御学分野
東北大学大学院医工学研究科分子病態医工学分野
教授 阿部 高明(あべ たかあき)
Email: takaaki.abe.d1”AT”tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL: 022-717-8032
Email: press.med”AT”grp.tohoku.ac.jp

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・基礎研究事業部 挑戦的研究開発課
TEL: 03-6870-6893
Email: moonshot”AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和8年6月18日

最終更新日 令和8年6月18日