成果情報 SARS-CoV-2 B.1.617系統(俗称「インド株」)のL452R変異とE484Q変異は中和抗体感受性の低下において、相加的な抵抗性を示さない

成果情報

東京大学医科学研究所
宮崎大学農学部獣医学科
京都大学大学院医学研究科
国立感染症研究所
日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 本研究グループは最近、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質(注1)の感染受容体結合部位(注2)に存在する「L452R変異」は、ウイルスの感染力を増強する効果があることを発見している。
  • 「懸念すべき変異株」(注3)に認定されている「B.1.617系統(俗称「インド株」)」に存在するスパイクタンパク質の「L452R変異」および「E484Q変異」はそれぞれ中和抗体感受性を減弱させる。そのため、「L452R変異」と「E484Q変異」の両方を持つこの変異株は"double mutant"と呼ばれ、より中和抗体に抵抗性になる危険性があると懸念されていた。
  • 本研究グループの解析の結果、「L452R変異」と「E484Q変異」の組み合わせによる相乗的な効果はなく、相加的な抵抗性は示さないことを明らかにした。

発表概要

東京大学医科学研究所附属感染症国際研究センターシステムウイルス学分野の佐藤佳准教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)(注4)は英国の研究グループとの共同研究により、新型コロナウイルスの「懸念すべき変異株」である「インド株(B.1.617系統)」に存在するスパイクタンパク質の「L452R変異」および「E484Q変異」はそれぞれ中和抗体感受性を減弱させるが、両変異の組み合わせによる相乗的な効果はなく、相加的な抵抗性は示さないことを明らかにしました。

本研究成果は2021年7月14日、米国科学雑誌「The Journal of Infectious Diseases」オンライン版で公開されました。

発表内容

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2021年7月現在、全世界において2億人以上が感染し、350万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、免疫逃避と流行動態の関連についてはほとんど明らかになっていません。

新型コロナウイルスによる感染や新型コロナウイルスに対するワクチン接種後、体内では「液性免疫(中和抗体)」(注5)が誘導されます。アルファ型(イギリス株)やガンマ型(ブラジル株)などの新型コロナウイルスの「懸念すべき変異株」については、液性免疫(中和抗体)から逃避する可能性が懸念され、世界中で研究が進められています。

本研究では、2020年末にインドで出現した、「懸念すべき変異株」を含むB.1.617系統に着目しました。この系統は、その出現後、B.1.617.1, B.1.617.2, B.1.617.3という3つの亜系統に分岐し、そのひとつであるB.1.617.2亜系統が、「懸念すべき変異株」のひとつ「デルタ株」として世界で猛威を振るっています。本研究では、B.1.617系統のひとつであり、「注目すべき変異株」として認識されるB.1.617.1系統(カッパー株)に着目し、そのスパイクタンパク質に存在する「L452R変異」および「E484Q変異」について、新型コロナウイルス感染症に対するワクチン接種者の血清を用いて、中和抗体感受性に与える影響を調べました。その結果、「L452R変異」および「E484Q変異」はそれぞれ中和抗体感受性を減弱させるものの、両変異の組み合わせによる相乗的な効果はなく、相加的な抵抗性は示さないことを明らかにしました。

上述の通り、L452R変異は、現在世界中で流行拡大しているインド株に特徴的な変異で、日本国内においてもインド株による感染拡大が懸念されています。現在、東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究コンソーシアム「G2P-Japan」はインド株におけるワクチン有効性、中和抗体感受性、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。

本研究の概要
本研究では、英国グループの国際共同研究として、「懸念すべき変異株」の1つである「インド株(B.1.617系統)」に存在するスパイクタンパク質の「L452R変異」および「E484Q変異」について、新型コロナウイルス感染症に対するワクチン接種者の血清を用いて、中和抗体感受性に与える影響を調べました。その結果、「L452R変異」および「E484Q変異」はそれぞれ中和抗体感受性を減弱させるものの、両変異の組み合わせによる相乗的な効果はなく、相加的な抵抗性は示さないことを明らかにしました。

本研究への支援

本研究は、佐藤佳准教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(20fk0108413)、科学技術振興機構CREST(JPMJCR20H4)、科学研究費補助金基盤研究B(18H02662)などの支援の下で実施されました。

発表雑誌

雑誌名
Journal of Infectious Diseases」2021年7月14日オンライン版
論文タイトル
SARS-CoV-2 B.1.617 mutations L452R and E484Q are not synergistic for antibody evasion
著者
Isabella Ferreira#,Steven Kemp#,Rawlings Datir#,齊藤暁,Bo Meng,Partha Rakshit,高折晃史,小杉優介,瓜生慧也,木村出海,白川康太郎,Adam Abdullahi,The CITIID-NIHR BioResource COVID-19 Collaboration,The Indian SARS-CoV-2 Genomics Consortium (INSACOG),Anurag Agarwal,大園誠也,徳永研三,The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium,佐藤佳*,Ravindra K. Gupta*
(#Equal contribution; *Corresponding authors)
DOI
10.1093/infdis/jiab368
URL
https://academic.oup.com/jid/advance-article/doi/10.1093/infdis/jiab368/6321359

用語解説

(注1)新型コロナウイルスのスパイクタンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、新型コロナウイルスが細胞に結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。
(注2)感染受容体結合部位
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が細胞上の感染受容体に結合するための部位。
(注3)懸念すべき変異株
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のこと。"Variants of concern"の和訳。現在までに、イギリス株(B.1.1.7系統、アルファ型)、南アフリカ株(B.1.351系統、ベータ型)、ブラジル株(P.1系統、ガンマ型)、カリフォルニア株(B.1.427/429系統)、インド株(B.1.617系統、デルタ型)が、「懸念すべき変異株」として認定されている。伝播力の向上や、免疫からの逃避能力の獲得などが報告されている。カリフォルニア株(B.1.427429系統)は「懸念すべき変異株」のひとつであり、L452R変異を持つ。昨年末に米国カリフォルニア州で出現し、今年初めに流行拡大したが、その後、この株の流行は収束した。インド株(B.1.617系統;デルタ型)は、もっとも最近「懸念すべき変異株」に登録された株であり、L452R変異を持つ。今年3月に、インドでの感染爆発で出現した。現在、日本を含めた世界中に伝播し、流行拡大が続いている。
(注4)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。
(注5)液性免疫(中和抗体)
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される中和抗体による免疫システムのこと。

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掲載日 令和3年8月25日

最終更新日 令和3年8月25日