広報 インタビュー特集:医療研究開発の成果を社会に―3種類の細胞の特徴を生かして着実に実用化をめざす―

(日経サイエンス2017年6月号 別冊特集より転載)

再生医療実現プロジェクト
3種類の細胞の特徴を生かして着実に実用化をめざす

写真(齋藤英彦プログラムディレクター)

プログラムディレクター 齋藤英彦
独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター名誉院長

Q 日本の再生医療の現状と,このプロジェクトの役割について教えてください。

再生医療に用いられる細胞には、体性幹細胞、ES細胞(胚性幹細胞)、iPS細胞(人工多能性幹細胞)がありますが、現在、日本で保険診療の対象となっているのは体性幹細胞由来の皮膚、軟骨、心筋、間葉系幹細胞の4種類のみです。日本は骨髄移植と臍帯血移植には豊富な実績があるものの、米国や韓国などに比べると、上市されている製品数は少ない状況です。

体性幹細胞は腫瘍化リスクが低いと考えられますが、大量に増やすことは難しい。ES細胞は長期にわたる研究の蓄積があり、今後の発展が期待される段階にきています。iPS細胞は、樹立方法と品質管理方法の改善により、腫瘍化リスクがかなり克服され、多くの人に使えるHLA型のものを常備する拠点の整備も進んでいます。それぞれの細胞の特徴を生かしつつ、基礎、前臨床、臨床という流れを着実に進めることが、このプロジェクトの役割です。

また、iPS細胞の技術を用いて、患者さんの細胞からiPS細胞を樹立しておくと、病気が起こるメカニズムの研究や創薬に使うことができます。そのための細胞バンクを構築・運用することも、私たちの重要な役割です。

Q 再生医療の実用化にはどんな課題があり、それに対してどう取り組んでいますか。

1つは、規制です。細胞の品質は培養条件のちょっとした違いでも大きく変化するため、細胞を用いた製品を、薬機法*に基づいて承認申請する際には、培養液の製造法にいたるまで子細に記載することが求められます。そこで、私たちは、研究者等がこのような規制に対応できるように、早い段階から支援を行っています。

もう1つは、知的財産権の問題です。細胞の培養・製品化にかかわる特許は多く出願されており、権利の範囲も複雑なため、実施料を払って外国の特許を使わないと実用化できないといったことが起こりえます。このような事態を避けるため、知的財産面での支援にも力を入れています。

*医薬品医療機器等法。医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律。

Q ES細胞やiPS細胞を使った再生医療はいつごろ実用化されるのでしょうか。

体性幹細胞では、すでに治験を実施しているものもあり、比較的早く実用化が進むと期待しています。iPS細胞では、AMEDが支援する理化学研究所の髙橋政代プロジェクトリーダーらが、目の難病、滲出型加齢黄班変性の患者に対し、他人のiPS細胞から作製した網膜色素上皮細胞を移植する臨床研究を開始しました。ES細胞やiPS細胞が医療の現場で使われるようになるには、今後10年ぐらいかかると思います。安全性を担保しながら、一歩ずつ進めていきます。

再生医療への期待はとても大きいですが、私は皆さんに「正しい期待」をもっていただきたいと願っています。例えば、1型糖尿病の治療のために、膵臓の細胞をつくって移植しようという研究が進む一方で、超小型の人工膵臓(インスリン放出装置)が開発され、米国では最近承認されました。両者の有効性、安全性、経済性を比較したら、人工膵臓に軍配があがるかもしれません。再生医療は高いポテンシャルをもっていますが、選択肢の1つであることを理解していただければと思います。

最終更新日 平成29年7月25日