プレスリリース iPS細胞を高品質かつ高効率に作製することに成功

プレスリリース

慶應義塾大学医学部
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

このたび、慶應義塾大学医学部 内科学(循環器)教室の福田恵一教授、湯浅慎介専任講師、慶應義塾大学病院 予防医療センターの國富晃助教らは、筑波大学動物実験学研究室との共同研究により、卵細胞のみが持つ新しい因子を用いて、従来の方法よりも高品質なiPS細胞(注1)を効率良く作製することに成功しました。

iPS細胞は簡単に体細胞から作製することが可能であり、様々な細胞に分化する能力(多分化能)を備えています。一方で、現在の技術では、作製されたiPS細胞のさまざまな特性にバラつきがあるため、再生医療や疾患解析の応用の際、大きな課題となっていました。

本研究グループは、遺伝子の初期化は受精直後の段階で達成されることに着目し、卵細胞に含まれる成分が遺伝子の初期化に関わっていると仮定し研究を進めてきました。その結果、H1fooという卵細胞特異的なリンカーヒストン(注2)と、京都大学の山中教授が発見した4つの転写因子のうち3つを一緒に体細胞に発現させると、より高い多分化能を持つiPS細胞が高効率で作製できることを発見しました。今回の研究成果は、より高品質なiPS細胞を高効率に作製することで、再生医療の発展に大きく貢献することが期待されます。

本研究成果は、2016年5月26日(米国東部時間)に米国科学誌「Stem Cell Reports」にオンラインで公開されます。

研究の背景と概要

京都大学の山中伸弥教授らにより胚性幹細胞(ES細胞(注3))に多く発現する4つの転写因子であるOct4、Sox2、Klf4、c-Mycを体細胞に人工的に発現させると、体細胞が初期化され人工多能性幹細胞(iPS細胞)が容易に作製されることが示されました。しかし作製されたiPS細胞は、ES細胞と比較して様々なタイプの細胞に分化する能力(多分化能)が劣り、かつその能力もiPS細胞間でバラツキがあることが知られています。iPS細胞は再生医療や疾患解析などにおいて大きな可能性を示していますが、iPS細胞間におけるバラつきの存在はそれらの実現の障壁となっており、克服すべき大きな課題の一つとなっていました。

iPS細胞作製に汎用されているc-Mycは癌遺伝子であり、c-Mycの遺伝子導入は腫瘍発生が懸念されています。一方でc-Mycなしでの誘導ではiPS細胞作製効率が極めて低いという問題があり、これらを踏まえ安全かつより高い多分化能を均一に示す高品質なiPS細胞の高効率作製を実現する方法が望まれていました。

また、2012年に山中教授と共同でノーベル生理学・医学賞を受賞した英国のジョン・ガードン博士が世界で初めて報告した卵細胞への体細胞核移植(注4)による体細胞の初期化は、多能性幹細胞の作製に応用可能で、iPS細胞の作製法よりも高効率かつ早く初期化が進むことが知られています。よって卵細胞には、山中因子(注5)とは異なる初期化因子が存在することが示唆されています。近年これを裏付けるように、卵細胞内に存在する新規因子がiPS細胞の作製効率を改善させるとの報告が幾つか報告されています。

今回我々が着目したH1foo(エイチワンエフオーオー)は、卵細胞にのみに発現しているリンカーヒストンと呼ばれるタンパク質です。DNAは非常に長いひも状の構造を取っており、ヒストンとよばれるタンパクに巻き付いてヌクレオソームという構造を取り、効率よく細胞核内に収容されています。DNAが直接巻き付くヒストンをコアヒストンと呼びます。これに対しリンカーヒストンはヌクレオソーム間を結ぶリンカーDNA領域に結合し、ヌクレオソーム同士をコンパクトに折りたたむ作用を有し、特定の遺伝子の発現を抑制していると考えられています。しかし、卵細胞特異的リンカーヒストンであるH1fooは他の多くのリンカーヒストンと異なり、ヌクレオソーム同士を緩める作用があり、特定の遺伝子の発現を促進していると考えられます。(図1)H1fooは卵細胞への核移植の際に、体細胞の初期化に有利な環境を作る可能性が着目されており、我々はこの機能に注目しiPS細胞の作製に応用しました。

説明図・1枚目図1:iPS細胞作製過程における山中因子とH1fooのDNAに対する関係

研究の成果と意義・今後の展開

我々はH1fooを、癌遺伝子であるc-Mycを除くOct4、Sox2、Klf4の3つと共にマウスの分化細胞に発現させiPS細胞を作製しました。その結果iPS細胞の作製効率は、3つの因子だけの場合に比べ約8倍にまで上昇しました。Nanog(注6)と呼ばれる多能性遺伝子を高発現しているiPS細胞は質の良いiPS細胞であることが知られています。3つの因子(Oct4、Sox2、Klf4)だけでiPS細胞を作製した場合には、全作製iPS細胞コロニーの中でNanogを高発現する良質なiPS細胞コロニーの作製効率は50%程度ですが、H1fooを加えたところ、この効率が90%以上にまで上昇しました。またH1fooを含めて作製したiPS細胞は、培養皿上で胚様体(注7)と呼ばれる組織へ分化する能力がES細胞と同等に高く、かつiPS細胞間での胚様体への分化能のバラツキも減少していました。(図2)
説明図・2枚目図2:iPS細胞から特定の細胞を分化誘導する為の胚様体作
さらに、iPS細胞の品質評価のために、我々はより高度な多分化能の比較検討を行いました。マウスES細胞やiPS細胞を質が良い状態で維持すれば、その細胞からマウス個体を作成することができます。一方で、質の悪いES細胞やiPS細胞からマウスの個体が作成されることはありません。そこで、iPS細胞の質を評価するために、iPS細胞のキメラマウス(注8)作製を行い、iPS細胞が1匹のマウスを生み出す高度な多分化能を持つかを検証しました。その結果、H1fooを含めて作製したiPS細胞は、3つの因子だけの場合に比べ格段に高いキメラ寄与率を認めるキメラマウスの作製効率が高く、その効率はES細胞とほぼ同等でした。(図3)
説明図・3枚目図3:iPS細胞から分化多能性評価の為のキメラマウス作成
以上の研究結果から、H1fooはより多分化能の優れた高品質なiPS細胞を、より均一な品質で高効率に作製できる能力を持つことが示されました。

今後、iPS細胞は多くの目的とされる細胞へ分化誘導され、様々な用途で用いられることが予想されます。今後、H1fooを用いたヒトiPS細胞作製について、iPS細胞研究や臨床応用に大きく貢献することが期待されます。

特記事項

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「再生医療の実現化ハイウェイ」、文部科学省「橋渡し研究加速ネットワークプログラム」の支援によって行われました。
※このプログラムは平成27年度より日本医療研究開発機構に移管されました。

論文

タイトル(和訳):
H1foo has a pivotal role in qualifying induced pluripotent stem cells(H1fooはiPS細胞の質を規定する重要な役割を持つ)
著者:
國富晃、湯浅慎介、杉山文博、斎藤優樹、関倫久、楠本大、樫村晋、武井眞、遠山周吾、橋本寿之、江頭徹、谷本陽子、水野沙織、田中翔馬、奥野博庸、山澤一樹、渡辺秀生、小田真由美、金田るり、松崎有未、永井俊弘、岡野栄之、八神健一、田中守、福田恵一
掲載紙:
「Stem Cell Reports」

用語解説

(注1)iPS細胞:
人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)と呼ばれ、体細胞に複数の遺伝子を導入して作製される。ES細胞のように多くの種類の細胞に分化できる多分化能と自己複製能を有する。2006年に京都大学の山中伸弥教授らが最初に報告した。
(注2)リンカーヒストン:
リンカーヒストンはヌクレオソーム間を結ぶリンカーDNA領域に結合するタンパク質。体細胞に多く発現しているリンカーヒストンはDNA構造を凝集させ遺伝子発現を抑制しているが、卵細胞特異的リンカーヒストンであるH1fooはDNA構造を緩んだ状態にすることにより特定の遺伝子の発現を促進していると考えられる。
(注3)ES細胞:
胚性幹細胞(embryonic stem cell)と呼ばれ、胚盤胞と呼ばれる初期胚から細胞を取り出し、培養することで作製される。多分化能と自己複製能を有している。受精卵を破壊する必要があるため、ヒトES細胞の作製と利用には倫理的問題が生じる他、自己の細胞から作製することが困難である。
(注4)核移植:
細胞の核を、他の細胞へ移植すること。体細胞の核を未受精卵に移植することで、体細胞を初期化しクローンを得ることに利用されている。最初のクローン動物は1962年に英国ケンブリッジ大学のジョン・ガードン博士によりアフリカツメガエルから作製された。
(注5)山中因子:
山中伸弥教授らが報告した、iPS細胞を作成する際に導入するOct4、Sox2、Klf4、c-Mycの4つの遺伝子。
(注6)Nanog:
ES細胞などの多能性幹細胞や初期胚に特異的に発現している多能性遺伝子。質の高い多能性幹細胞では高発現している遺伝子として知られている。
(注7)胚様体:
ES細胞やiPS細胞を浮遊培養の条件で分化へと誘導すると、ボール状の細胞塊を形成し、様々な細胞種へ分化していく。特定の細胞への分化誘導や、細胞の多分化能を調べる一般的な方法。
(注8)キメラマウス:
マウスの初期胚の中に多能性幹細胞を移植することにより、誕生する2種類の細胞に由来するマウス。毛色が黒色のマウスから作られたiPS細胞を、白色マウスの初期胚に移植すると、誕生するマウスの毛色は黒もしくは黒と白とのまだらになる。iPS細胞の多分化能が優れているほどマウスの色はより黒に近くなり、これをキメラ寄与率が高いと表現する。

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湯浅慎介(ゆあさ しんすけ)専任講師
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掲載日 平成28年5月27日

最終更新日 平成28年5月27日