プレスリリース 微弱なノイズ電流により、高齢者の体のバランスが持続的に改善する

プレスリリース

国立大学法人東京大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

発表者

藤本 千里(東京大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・聴覚音声外科 助教)
岩﨑 真一(東京大学大学院医学系研究科 外科学専攻 感覚・運動機能講座 耳鼻咽喉科学分野 准教授)
山岨 達也(東京大学大学院医学系研究科 外科学専攻 感覚・運動機能講座 耳鼻咽喉科学分野 教授)

発表のポイント

  • 経皮的ノイズ前庭電気刺激により高齢者の身体のバランス機能が長期的に改善しました。
  • 経皮的ノイズ前庭電気刺激がその刺激を停止した後も長期にわたり身体のバランスを安定化させる、という新しい現象を示しました。
  • 治療困難な身体のバランス機能の障害に対する新しい治療法開発の礎となる研究として意義があります。

発表概要

内耳に存在する前庭器官は身体のバランスを保つのに重要な役割を果たしており、前庭の働きが悪くなると身体のバランスが悪くなります。高齢者の前庭障害は、従来の治療では改善しないことが多く、有効な治療法がありません。

東京大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・聴覚音声外科の藤本千里助教、岩﨑真一准教授、山岨達也教授らの研究グループはこれまでに、耳の後ろに装着した電極より微弱なノイズ電流を加える、経皮的ノイズ前庭電気刺激(nGVS)により、健常者と両側前庭障害を有する患者において、身体のバランスが著明に改善することを明らかにしました。ただこれまでの研究は、短い時間(30秒間)の刺激中の改善が示されただけであり、長期的な改善の有無については明らかではありませんでした。

本研究では、高齢な健常者に30分間nGVSを加えたところ、刺激を停止した後も数時間にわたり身体のバランスが安定化する、という新しい現象をとらえました。この研究成果は、常に電流の刺激をしなくても身体のバランスが持続的に改善することを示し、治療への応用に有効であると考えられます。

本研究グループは今後、nGVSの両側の前庭障害を有する患者に対する長期的なバランス改善効果を証明する試験を行う予定であり、その効果が証明できれば、nGVSが両側前庭障害によるバランス障害に対する、世界初の科学的信頼性の高い治療法となるものと期待されます。

なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「障害者対策総合研究開発事業」の支援によって行われたものであり、日本時間11月21日にScientific Reportsにて発表されます。

発表内容

研究の背景

内耳に存在する前庭器官は、頭部の動きを検知し、身体のバランスの維持に重要な役割を果たしており、その障害はめまいやふらつきといった症状を呈します。前庭障害を主たる原因とする身体のバランス障害は、高齢者の障害や両側の障害などでは改善しないことが多く、現時点では有効な治療法がありません。国外では、前庭に刺激電極を留置する人工前庭という方法が開発されておりますが、手術が必要な侵襲的な治療法であり、治療効果の信頼性も確立されておらず、難聴や更なる前庭障害を生じる危険性もあります。

身体のバランスの障害は、高齢者の20~50%に発症し、転倒のリスクを上昇させます。前庭障害は高齢者のバランス障害の主要因で、転倒やそれに伴う骨折・寝たきり・認知症の大きな原因の一つであり、患者の日常生活動作に影響を与えクオリティオブライフを著しく害しすることから、新たな科学的信頼性の高い治療法の開発が望まれています。

本研究グループはこれまで、確率共振(注1)のメカニズムを応用し、耳の後ろに装着した電極から微弱なノイズ電流を加えるという、経皮的ノイズ前庭電気刺激(noisy galvanic vestibular stimulation, nGVS)という方法により、身体のバランス機能の改善を目指す研究に取り組んでいます(図1)。先行研究では、nGVSにより健常者および前庭障害患者で身体のバランスの改善を認めました。ただこの研究では、30秒間という短い時間のnGVS刺激中における改善が示されただけであり、nGVSによる長期的な改善の有無については明らかになっていませんでした。

研究内容

本研究では、64~70歳の比較的高齢な健常者30名を対象とし、痛みや不快感が生じない程度の微弱なnGVSの長期刺激(30分間刺激と3時間刺激)によるバランスの改善効果について、前向き自主臨床試験による検討を行いました。身体のバランス機能の評価は重心動揺検査(注2)を用い、目を閉した状態で評価しました(図1)。身体のバランスを評価する複数のパラメータを用いて評価を行った結果、30分刺激においても3時間刺激においても、刺激終了した後においても数時間にわたり、バランスの改善効果が持続することが明らかになりました。さらに、30分刺激を4時間の間隔をあけて反復することにより、刺激終了後の改善効果が強まる傾向が見られ、改善効果の持続時間においても1回目の刺激に比べ延長することを見出しました(図2)。

社会的意義・今後の予定

先行研究における30秒間のnGVS刺激中に認められたバランスの改善は、現時点で有効な治療法が存在しない高度な前庭障害によるバランス障害に対し、新しい治療法としての可能性を示すものです。本研究では、nGVSがその刺激を停止した後も長時間にわたって身体のバランスを改善し続けるという、新しい現象を示しました。この研究成果は、常に電流の刺激をしなくても体のバランスの改善が持続することを示しており、今後の治療への応用に向けて意義の高い成果と考えられます。また、本研究は、高齢者を対象とした試験であり、nGVSが高齢者のバランス改善に貢献し、転倒・骨折の減少に寄与する可能性を示す研究といえます。これら一連のnGVSの研究は、これまで治療が困難であった身体のバランス障害に対する新しい治療法開発の礎となる研究として非常に重要であると考えられます。

本研究グループは、今後、nGVSの両側前庭障害の患者に対する長期的な身体のバランス改善効果を証明するための試験を行う予定としています。この試験でnGVSの効果が証明できれば、nGVSが両側前庭障害による身体のバランス障害に対する、世界初の科学的信頼性の高い治療法となるものと期待されます。

発表雑誌

雑誌名:
「Scientific Reports」(11月21日にオンライン版に掲載)
論文タイトル:
Noisy galvanic vestibular stimulation induces a sustained improvement in body balance in elderly adults
著者:
Chisato Fujimoto*, Yoshiharu Yamamoto, Teru Kamogashira, Makoto Kinoshita,Naoya Egami, Yukari Uemura, Fumiharu Togo, Tatsuya Yamasoba & Shinichi Iwasaki*
DOI番号:
DOI: 10.1038/srep37575
アブストラクトURL:
http://www.nature.com/articles/srep37575

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ

東京大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・聴覚音声外科
助教 藤本 千里
准教授 岩崎 真一
電話:03-5800-8665(医局直通)
E-mail:cfujimoto-tky“AT”umin.ac.jp(藤本)、iwashin-tky“AT”umin.ac.jp (岩崎)

取材に関するお問い合わせ

東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:小岩井、渡部
電話:03-5800-9188(直通)
E-mail:pr“AT”adm.h.u-tokyo.ac.jp

AMED事業に関する問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 脳と心の研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
電話:03-6870-2222 FAX:03-6870-2244
E-mail:brain-d“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

用語解説

(注1)確率共振:
適度なノイズにより微弱な入力信号の非線形系の応答が増強される現象のことであり、姿勢制御系、視覚、心拍制御など、多岐に渡って確率共振的挙動が観測されています。また様々な研究により、生体内に内在するノイズあるいは外的なノイズが、脳神経系の動作に有利に働きうるという概念が定着しています。
(注2)重心動揺検査:
ここでは着床前胚と移植された細胞が発生プロセスを経て協調的に個体を形成することを指す。移植された細胞に由来する細胞と着床前胚由来細胞はパッチ状に分布するのであって、細胞同士が融合するのではない。

添付資料

説明図・1枚目

図1. 実験のセットアップの概略図。

説明図・2枚目(説明は図の下に記載)

図2. nGVSの30分間刺激を、4時間間隔で2回行った際の立位における身体のバランス機能の改善効果。縦軸は、重心動揺検査・外周面積における、刺激前(ベースライン)に対する比とする。値が小さいほどバランスが良い。

























掲載日 平成28年11月21日

最終更新日 平成28年11月21日