プレスリリース EGFR変異陽性肺がんに対する新規耐性克服療法を発見―今後予想されるオシメルチニブ耐性の克服へ―
プレスリリース
公益財団法人がん研究会
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
国立大学法人京都大学
国立研究開発法人理化学研究所
1.概要
ブリガチニブとEGFRに対する抗体薬(セツキシマブ、又はパニツムマブ)を併用することで効果が増強されることを見出し、動物実験でも十分な治療効果を確認しました。
本研究の結果は、オシメルチニブの普及により出現が推定されるC797S遺伝子変異に対する治療開発に貢献しうる成果であると考えられます。
本研究の成果は、英国のNature Publishing Groupオープンアクセス誌Nature Communicationsに(2017年3月13日 英国時間午前10時、日本時間午後7時)に公開されました。
2.ポイント
- EGFR陽性肺腺癌の患者さんにおいて、EGFR阻害剤治療中にT790M耐性変異による増悪がみられた際にはオシメルチニブ(タグリッソ®)を使用することが推奨されており、今後も多くの患者さんがオシメルチニブによる治療を受けることが想定されます。
- オシメルチニブによる治療中に約2割の患者さんにおいてC797S変異が新たに出現してしまうことでオシメルチニブが無効になることが報告されていますが、この耐性に対する有効な分子標的治療は確立していません。
- 本研究から、オシメルチニブ耐性となりC797S変異が確認された場合に、ALK阻害薬ブリガチニブとEGFR抗体の併用療法が有効である可能性がありますが、実用化されるためには安全性と有効性を、今後臨床試験により評価する必要があります。
3.論文名、著者およびその所属
- 論文名
- Brigatinib combined with anti-EGFR antibody overcomes Osimertinib resistance in EGFR-mutated non-small-cell lung cancer
- ジャーナル名
- Nature Communications(Nature Publishing Groupのオープンアクセス誌)
※2017年3月13日英国時間午前10時、日本時間午後7時でオンラインに掲載されます。 - 著者
- Ken Uchibori1,2, Naohiko Inase2, Mitsugu Araki3, Mayumi Kamada4, Shigeo Sato1, Yasushi Okuno3,4, Naoya Fujita1, Ryohei Katayama1*
* 責任著者 - 著者の所属機関
-
- (公財)がん研究会 がん化学療法センター 基礎研究部
- 東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 統合呼吸器病学
- 理化学研究所 計算科学研究機構 プロセッサ研究チーム
- 京都大学 大学院医学研究科 人間健康科学系専攻ビッグデータ医科学分野
4.研究の詳細
背景と経緯
近年、新たな分子標的薬として、T790M変異が生じても効果を示す薬剤(オシメルチニブ:タグリッソ®)が開発され、日本でも2016年5月から実際に臨床で使用されています。この薬剤が普及することによって、ゲフィチニブなどの最初に用いられる分子標的薬に耐性となった後でもT790M変異が確認できる場合には、オシメルチニブによってさらに長い期間にわたって肺がんを制御して生存期間をより延長できるようになることが期待されます。しかし残念ながら、オシメルチニブに対してもさまざまなメカニズムで耐性が出現することが臨床上明らかになってきており、こうしたオシメルチニブ耐性を克服する手法の開発が必要とされています。オシメルチニブ耐性メカニズムのひとつとして、C797S変異が追加されるものが報告されており、我々はT790M変異に加えてC797S変異を生じることで起こるオシメルチニブ耐性を克服しうる治療法を発見するために研究を進めてきました。
研究内容
ALK融合遺伝子陽性がんに有効性を期待できるALK阻害薬は、ブリガチニブ以外にも複数のものが存在しているため、それらについても検討を行いましたが、ブリガチニブのみが3重変異EGFRに対して有効性を示したため、この薬効の差異と各阻害薬の構造式を比較し、ブリガチニブのどの構造が3重変異EGFRの阻害活性に寄与しているか同定しました。さらに、京都大学、理化学研究所との共同研究により、スーパーコンピュータ「京」を用いたたんぱく質構造シミュレーションを行うことで、ブリガチニブが3重変異EGFRにどのように結合してその機能を阻害しているか、結合に寄与度の大きい原子はどれかを推定することに成功しました。このことは、将来、より高活性の化合物を合成展開していくうえで重要な情報になると考えられます。
[スーパーコンピュータ「京」による構造シミュレーションにて、ブリガチニブ(緑・水色表示)が3重変異のEGFR(灰色表示)に結合する様子が推定できました]
一方でブリガチニブ単剤では、3重変異EGFRを有する肺がん細胞をマウスに移植して作製した担癌マウスモデルでの動物実験では期待されるほどの抗腫瘍効果を示しませんでした。しかしながら、EGFRに結合しその機能を阻害する抗体(抗EGFR抗体)であるセツキシマブ(アービタックス®)やパニツムマブ(ベクティビックス®)をブリガチニブと併用することでブリガチニブの効果が顕著に高まることを、細胞株、および担癌マウスモデルを用いた実験の結果新たに見出すことに成功しました。さらにブリガチニブは野生型EGFRを阻害する活性が変異型EGFRを阻害する活性に比べ10倍程度弱く、変異型EGFRに選択的に阻害活性を示しました。このことは、ブリガチニブと抗EGFR抗体の併用がEGFRの3重変異によるオシメルチニブ耐性を克服する手段の候補になりうることを期待させる結果でありますが、臨床試験による安全性および有効性の検討が今後必須であると考えられます。
C797S/T790M/活性化変異型EGFRを持つ肺がん細胞を移植した担癌マウスでの治療実験
[担癌マウスモデルにてブリガチニブ+セツキシマブが高い有効性を示しました]
研究のインパクトおよび今後の展開
オシメルチニブがT790M変異を有するEGFR変異陽性肺がん患者の治療薬として急速に広く日常診療に浸透している現状から、今後C797Sによる耐性が出現してくることが想定されています。しかし一方で、現在C797Sを克服する薬剤として臨床段階まで開発が進んでいる薬剤は存在しません。本研究で見出したブリガチニブとセツキシマブ、パニツムマブの併用療法については、ブリガチニブがALK陽性肺がんに対する治療薬として第3相臨床試験中であり、セツキシマブおよびパニツムマブは大腸がんや頭頚部がんですでに広く実臨床で使用されています。そのため、全くの新しい治療薬開発に比べ、より早く臨床的な効果や安全性を検証する臨床試験へと繋げられることが期待できます。さらに、本研究で示されたブリガチニブのC797S変異をもったEGFRへの結合部位に関する情報とブリガチニブの誘導体展開可能と考えられる部位に関する情報は、今後、より強力で特異的な治療薬の開発へと展開するのに重要な情報となる可能性があります。
5.本研究への支援
本研究は、下記機関より資金的支援等を受けて実施されました。
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)
- 独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金
- 公益財団法人車両競技公益資金記念財団
- 文部科学省 ポスト「京」で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題に関するアプリケーション開発・研究開発 重点課題1(課題責任者 奥野恭史 博士)
- 本論文の一部は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」を利用して得られたものです。(課題番号: hp160213, hp150272)
6.用語解説
- (注1)EGFR遺伝子変異
- EGFR(上皮成長因子受容体)は細胞膜上に発現するチロシンキナーゼ受容体であり、上皮成長因子(EGF)が結合すると受容体は活性化し、細胞増殖シグナルを活性化することで、細胞を生存・増殖させます。しかし、EGFRの細胞内チロシンキナーゼ領域に特定のアミノ酸の欠失または1アミノ酸変異を起こす遺伝子変異があると、EGFRが恒常的に異常活性化します。それにより細胞増殖シグナルが常時活性化をし、がん化が引き起こされています。EGFR遺伝子変異陽性の肺がん細胞はEGFRのチロシンキナーゼ活性に依存して生存・増殖しているため、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬により、EGFRからの細胞増殖シグナルは遮断され、がん細胞の生存・増殖は抑制されます。
- (注2) チロシンキナーゼ
- キナーゼとは基質をリン酸化する酵素の総称であり、そのうちチロシンキナーゼは基質たんぱくのチロシン残基をリン酸化する酵素のことです。一般にその活性化は私たちの細胞の増殖を正に誘導します。
7.お問い合わせ先
本研究に関すること
公益財団法人がん研究会 がん化学療法センター 基礎研究部
片山量平
〒135‐8550 東京都江東区有明3-8-31
TEL:03-3520-0111
がん研究会に関すること
公益財団法人がん研究会 広報部
本山、大関
TEL:03-3570-0397
がん対策全般についてのお問い合わせ
厚生労働省健康局 がん・疾病対策課
〒100-8916 東京都千代田区霞が関1-2-2
TEL:03-5253-1111(内線4605)
次世代がん医療創生研究事業に関するお問い合わせ
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 戦略推進部 がん研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町一丁目7番1号
TEL:03-6870-2221 E-mail:cancer ”at” amed.go.jp
※E-mailは上記アドレス“at”の部分を@に変えてください。
掲載日 平成29年3月13日
最終更新日 平成29年3月13日