プレスリリース 統合失調症におけるグルタミン酸系神経伝達異常の一端を解明

プレスリリース

国立大学法人東京大学
国立大学法人千葉大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

発表者

笠井 清登(東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻/東京大学医学部附属病院 精神神経科 教授)
橋本 謙二(千葉大学 社会精神保健教育研究センター 教授)

発表のポイント

  • 統合失調症を主とする初発精神病群で、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体(注1)機能を反映する脳波指標であるミスマッチ陰性電位(mismatch negativity;MMN、注2)の有意な低下と、血漿グルタミン酸濃度の有意な上昇を見出しました。
  • 血漿グルタミン酸濃度が高いほど、MMNが小さいという有意な相関を示す報告は世界でも初めてです。
  • 本研究成果は、統合失調症を主とする初発精神病の一群において、NMDA受容体機能低下などのグルタミン酸系神経伝達異常が生じていることを示唆します。

発表概要

東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻の笠井清登教授、千葉大学社会精神保健教育研究センターの橋本謙二教授らの研究グループは、統合失調症を主とする初発精神病群において、NMDA受容体機能を反映するMMNが有意に小さく、血漿グルタミン酸濃度が有意に高いことを見出しました。また、血漿グルタミン酸濃度が高いほどMMNが小さいという有意な相関を世界で初めて報告しました。

本研究成果は、初発精神病の一群において、NMDA受容体機能低下などのグルタミン酸系神経伝達の変化を示唆するものであり、統合失調症を主とする精神病性障害の病態解明の一助となることが期待されます。

なお本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」および日本学術振興会・科学研究費補助金の助成により行われ、国際的な学術誌Scientific Reports(オンライン版)にて日本時間5月23日(火)に掲載されます。

発表内容

1.研究の背景

統合失調症において、音に対する自動的注意を反映する脳波指標であるMMNの振幅低下は最も有用な生物学的指標の候補の1つであり、MMNはNMDA受容体機能を反映すると考えられています。このMMN振幅低下は早期および慢性の統合失調症で認められ、グルタミン酸仮説(注3)に合致します。末梢血グルタミン酸濃度の上昇も統合失調症で認められ、グルタミン酸仮説に矛盾しません。MMNのグルタミン酸系神経伝達異常の指標としての妥当性をさらに高めるために、末梢血グルタミン酸濃度との相関を調べる必要がありますが、これまでそうした報告はありませんでした。

2.研究内容

統合失調症を主とする初発精神病患者19名(以下、精神病群)、精神病超ハイリスク者21名(以下、リスク群)、健常者16名(以下、健常群)が本研究に参加しました。研究参加者には、イヤフォンを通じて特定の長さ(持続時間)と高さ(周波数)を有する音刺激を連続して聞いてもらいますが、同時に無音の映画をみてもらい、音刺激に意識的な注意を向けないようにします。音刺激は、ごく稀に持続時間が長くなったり、周波数が高くなったりします。連続的に聞こえてくる標準音のなかで、稀に出現する逸脱音に対する脳波反応をMMNと呼び、持続時間の変化に対するMMNであるduration MMN(dMMN、注4)、周波数の変化に対するMMNであるfrequency MMN(fMMN、注5)という二種類のMMNを測定し、グルタミン酸系アミノ酸の血漿濃度として、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、D-セリン、L-セリンを測定しました。

まず、dMMN振幅は、健常群に比し、精神病群とリスク群で有意に低下していました(図1左)。fMMN振幅は3群間で有意差はありませんでした(図1右)。精神病群とリスク群でdMMN振幅が低下し、fMMN振幅が低下しないことは、先行研究と同様でした。dMMN振幅は精神病性障害の早期から低下し、fMMN振幅は慢性期に低下する傾向があることがわかっています。

次に、血漿グルタミン酸濃度は、健常群に比し、精神病群で有意に上昇していました(図2)。先行研究では慢性期の統合失調症で末梢血グルタミン酸濃度が上昇することはわかっていましたが、今回の研究で早期の段階でも末梢血グルタミン酸濃度が上昇することがわかりました。なお、グルタミン、グリシン、D-セリン、L-セリンの血漿濃度は3群間で有意差はなく、先行研究と同様でした。

これらの結果から、精神病群と健常群において、血漿グルタミン酸濃度が高いほどdMMN振幅が小さいという有意な相関が世界で初めて認められました(図3)。

3.社会的意義・今後の予定

本研究では、精神病群でdMMN振幅の低下や血漿グルタミン酸濃度の上昇が認められましたが、こうした変化は全ての精神病で認められたわけではありません(図2および3)。これは、精神病群の中でもNMDA受容体機能低下がある一群とそうでない群があることを示唆します。つまり、dMMNと血漿グルタミン酸濃度を用いることによって、精神病の中でもNMDA受容体機能低下がある一群を見出すことができると言えます。先行研究によると、統合失調症の新規薬剤候補としてのNMDA受容体モジュレータ(注6)は、症状や認知機能の改善に芳しい効果が出ていません。しかし、dMMNと血漿グルタミン酸濃度を用いてNMDA受容体機能低下がある一群を同定し、その一群にNMDA受容体モジュレータを投与すれば、症状や認知機能がより改善する可能性があると考えられ、今後の研究が期待されます。

発表雑誌

雑誌名:
Scientific Reports(オンライン版:5月23日)
論文タイトル:
Reduced mismatch negativity is associated with increased plasma level of glutamate in first-episode psychosis
著者:
Tatsuya Nagai, Kenji Kirihara, Mariko Tada, Daisuke Koshiyama, Shinsuke Koike,Motomu Suga, Tsuyoshi Araki, Kenji Hashimoto, Kiyoto Kasai*
DOI番号:
10.1038/s41598-017-02267-1
アブストラクトURL:
https://www.nature.com/articles/s41598-017-02267-1

用語解説

(注1)N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体
脳など中枢神経系を主とした細胞に分布しており、記憶や学習に関わります。また、脳内の電気信号(主に錐体細胞によるグルタミン酸放出)が過剰にならないように抑制をしている細胞(介在ニューロン)で重要な役割を果たしています。
(注2)ミスマッチ陰性電位(MMN)
MMNは事象関連電位の1つです。事象関連電位とは、何らかの刺激を加えた直後に生じる脳波をいいます。本研究では聴覚性のMMN(dMMN、fMMN)を用いています。
(注3)グルタミン酸仮説
何らかの原因によってNMDA受容体機能が低下することで、脳内の電気信号(主に錐体細胞によるグルタミン酸放出)が過剰になったり、ドパミンの放出が過剰になったりすることにより、統合失調症のような精神病状態が生じるとする仮説です。
(注4)duration MMN(dMMN)
連続した標準刺激(ピ、ピ、ピ・・・という連続音)を聞いてもらい、一定の割合で標準刺激より長い音の逸脱刺激(ピーという長い音)を入れることで生じる脳活動を頭皮上から脳波計で計測したものを、dMMNと言います。
(注5)frequency MMN(fMMN)
連続した標準刺激(ピ、ピ、ピ・・・という連続音)を聞いてもらい、一定の割合で標準刺激より高い音の逸脱刺激(ピッという高い音)を入れることで生じるMMNをfMMNと言います。
(注6)NMDA受容体モジュレータ
NMDA受容体の機能を高める薬剤および物質のことで、D-セリン、D-サイクロセリン、グリシントランスポータ阻害薬などがあります。

添付資料

説明図・1枚目(説明は本文中に記載)

図1. FCz(頭頂部)電極におけるdMMN振幅(図左)とfMMN振幅(図右)
(FEPは精神病群、UHRはリスク群、HCは健常群)

 

説明図・2枚目(説明は本文中に記載)

図2. 血漿グルタミン酸濃度
(FEPは精神病群、UHRはリスク群、HCは健常群)

 

説明図・3枚目(説明は本文中に記載)

図3. 血漿グルタミン酸濃度とFCz(頭頂部)電極におけるdMMN振幅の相関
(図左は精神病群、図中はリスク群、図右は健常群)

お問い合わせ先

研究に関する問い合わせ先

東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻/東京大学医学部附属病院 精神神経科
教授 笠井 清登(かさい きよと)
電話:03-5800-8919 FAX:03-5800-9162
E-mail:kasaik-tky"AT"umin.net

取材に関する問い合わせ先

東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:小岩井、渡部
電話:03-5800-9188 FAX:03-5800-9193
E-mail:pr"AT"adm.h.u-tokyo.ac.jp

千葉大学医学部 国際戦略・広報担当
担当:袖山
電話:043-226-2841 FAX:043-226-2005
E-mail:med-international"AT"chiba-u.jp

AMED事業に関する問い合わせ先

日本医療研究開発機構 戦略推進部 脳と心の研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1 読売新聞ビル22F
電話:03-6870-2222 FAX:03-6870-2244
E-mail:brain-pm"AT"amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス"AT"の部分を@に変えてください。

掲載日 平成29年5月23日

最終更新日 平成29年5月23日