プレスリリース 肺MAC症原因菌が進化する仕組みを解明
プレスリリース
東北大学
神戸市
日本医療研究開発機構
概要
日本では肺結核の減少とは対照的にMycobacterium avium complex (以下、MAC)という系統の細菌による肺疾患、肺MAC症が増加しています。2016年の調査では、国内で10万人中15人程度の罹患率とされており、今後も患者数が増える見通しです。しかし、病原体についてのゲノム情報が不足しており、肺MAC症の効果的な治療方法は確立されていません。矢野大和 東北大学大学院生命科学研究科講師(研究開始当時:筑波大学研究員)、岩本朋忠 神戸市環境保健研究所感染症部長、丸山史人 京都大学大学院医学研究科准教授らを中心とする共同研究グループは、MACの中の1グループであるM. avium subsp. hominissuis (以下、MAH)のゲノムを初めて集団規模で比較解析しました。その結果、MAHは遺伝子を他の種から頻繁に獲得していること、さらにMAHは進化の過程で異系統間での染色体の組み換え(有性生殖)を行っていることが分かりました。これらは結核菌には見られない特徴です。加えて、日本人が感染することの多いMAHの系統は、染色体の幾つかの場所に他系統が持つものとは配列が大きく異なる対立遺伝子1を保有しており、それらが染色体間を移動していることが分かりました。これらから、MAHが他の種から獲得した有用遺伝子を集団内に積極的に拡散することで地域環境に適応していることを発見しました。
これらの基礎情報をもとに、日本のMACの病原性と生態の研究が加速し、肺MAC症の治療法や予防法の開発が進むと期待されます。
本研究結果は9月8日、Genome Biology and Evolution 誌(電子版)に掲載されました。
近縁種や種内の様々な系統の遺伝子を取り込んで適応していく。
矢印は細胞の流れ、点線はDNAの流れを意味する。
1:複数の個体の染色体上の同じ位置を見たとき、個体間で遺伝子の配列が異なっていることがある。どの型の遺伝子を保有し発現しているかによって個体の表現型が変わる時、その染色体上の同じ場所を占める遺伝子の型それぞれを対立遺伝子と呼ぶ。ヒトのABO式血液型を規定する対立遺伝子が有名。
背景
今回の研究では日本の患者、ブタ、浴室から分離した計12株のMAHのゲノムを解読しました。この成果をもってヨーロッパ、北アメリカ、アジアから分離した株のゲノムデータが出そろったことになります。そこで種全体のゲノムデータを用いて、MAHが結核菌と比べどの程度遺伝的に多様な種なのか、日本人に感染している系統はどれなのか、東アジア系統に特徴的な遺伝子はあるのか、という3点を検証しました。
研究手法・成果
MAHは結核菌と比べどのくらい遺伝的に多様な種?
日本人に感染している系統は?
世界に分布するMAH集団の中における日本のヒト分離株の進化的な位置付けを明確にするため、コアゲノム2のSNP3情報に基づいてMAHの系統を見直しました。本研究では36株のコアゲノム上の62,210の多型サイトの情報と集団遺伝学の解析手法を用いて、過去に組み換えによって親株から一度に継承された染色体断片の網羅的検出を行いました。そして株ごとが進化的にどの程度離れているか数値化し、階層的クラスタリング4を通して各クラスターをMAHの系統と定義しました(図3)。
この解析の結果、(1)MAHが有性生殖の際に比較的長い染色体断片 を交換する細菌種であること、(2)大きく分けて世界に5系統が分布していること、(3)日本のヒト分離株が東アジアに分布する2系統 (MahEastAsia1, MahEastAsia2)のどちらかに属すること、(4)東アジアに分布する2系統間で組み換えがよく起きていることなどがわかりました。
2:集団を構成するすべての個体のゲノムに保存されているゲノム領域。
3:1塩基多型。一般に1%以上の頻度で集団内に存在しているものを指す。
4:もっとも似ているペアを順次まとめ、樹形図としてデータ間の類似性を表現したもの。
(右)系統間組み換えの可視化。5つの系統に分岐した後に、各株に組み換えによってもたらされた染色体断片を示している。断片の色は染色体断片の提供者となった系統を意味する。
東アジア系統に特異的な遺伝子はある?
以上の結果をまとめると、 MACは異種から“新しい遺伝子”を獲得し、組み換えによって種内に拡散することで地域適応を進めていることが初めて明らかになりました。
波及効果、今後の予定
今後日本における環境分離株のゲノム情報を増やすことで、 各ニッチ(人や浴室)への適応に関わる突然変異や対立遺伝子を同定することが可能になると考えられます。また全ゲノム解析から得られた知見を出発点として MACの病原性の原理の解明や肺MAC症の治療及び予防法の開発が進むと期待されます。
研究プロジェクトについて
本研究は文部科学省科学研究費補助金(15K08793、15K18665、16H05830、16H0550、15K15675)、AMED新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の支援を受けました。
論文タイトルと著者
- タイトル:
- Population structure and local adaptation of MAC lung disease agent Mycobacterium avium subsp. hominissuis
- 著者:
- Hirokazu Yano, Tomotada Iwamoto, Yukiko Nishiuchi, Chie Nakajima, Daria A. Starkova,
Igor Mokrousov, Olga Narvskaya, Shiomi Yoshida, Kentaro Arikawa,Noriko Nakanishi,Ken Osaki, Ichiro Nakagawa, Manabu Ato, Yasuhiko Suzuki,and Fumito Maruyama - 掲載誌:
- Genome Biology and Evolution
お問い合わせ先
京都大学大学院医学研究科
准教授 丸山史人
TEL:090-1730-6071
E-mail:maruyama.fumito.5e“AT”kyoto-u.ac.jp
東北大学大学院生命科学研究科
講師 矢野大和
TEL:022-217-6227
E-mail:yano.hirokazu“AT”ige.tohoku.ac.jp
AMED事業に関するお問い合わせ先
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 感染症研究課
TEL:03-6870-2225
E-mail:kansen“AT”amed.go.jp
※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。
掲載日 平成29年9月15日
最終更新日 平成29年9月15日