プレスリリース 受精卵の発育には脂肪が必要―ほ乳動物の胚発生における脂肪滴の役割を解明―

プレスリリース

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
国立大学法人千葉大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • オートファジー注1)の働きを利用して、細胞内の脂肪滴注2)を選択的に分解する手法を確立
  • 脂肪滴の選択的分解により受精卵内の脂肪滴の量を減少させると、着床するまでの胚発育率が低下
  • これまで注目されていなかった脂肪滴の観察により、新たな視点から不妊治療における受精卵の品質評価の応用へ期待

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」という)放射線医学総合研究所(放医研)の塚本智史主任研究員と千葉大学大学院理学研究院生物学研究部門部の板倉英祐助教らは、マウスの受精卵を用いて、胚発生における脂肪滴の役割を明らかにしました。

ヒトをはじめとするほ乳動物の受精卵には、脂肪滴と呼ばれる中性脂肪を蓄えた細胞内小器官注3)の一種が存在しています。観察が容易なため古くからその存在は知られていましたが、胚発生における役割については長い間不明のままでした。

研究チームは、細胞内小器官などを分解して細胞のエネルギーを作り出す働き(オートファジー)を利用して脂肪滴を選択的に分解させる手法を確立し、この手法をマウスの受精卵に適用して脂肪滴の量の減少が胚発生に与える影響を調べました。その結果、脂肪滴の量を減少させると受精卵が着床するまでの間の胚発育が悪くなることを発見しました。

本研究により、受精卵にあらかじめ含まれる脂肪滴が着床までの胚発生に必要であることが初めて示されました。受精卵に含まれる脂肪滴の量は動物種ごとに異なりますが、ヒトとマウスは同程度の脂肪滴を含んでいることが知られています。これまで注目されていなかった脂肪滴の様子を観察することで、不妊治療の際に新しい視点から受精卵の品質を予測できる可能性があります。

成果は、英国科学雑誌「Development」のオンライン版に2018年2月23日に掲載されました。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)成育疾患克服等総合研究事業-BIRTHDAY「高齢不妊克服のための卵子・卵巣機能改善法」(研究総括:久保田俊郎東京共済病院院長)や文部科学省科学研究費補助金、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団などの支援により行われました。

補足説明資料

研究開発の背景と目的

ほ乳動物の受精卵には脂肪滴と呼ばれる中性脂肪を蓄える細胞内小器官の一種が存在します。実体顕微鏡で容易に観察できるため、古くからその存在は明らかになっていましたが、胚発生における役割については不明のままでした。
今回研究チームは、脂肪滴の生理機能を調べるための手法として、受精直後に活発に起こるオートファジーに着目しました。オートファジーは、細胞内小器官などの細胞質成分を二重膜であるオートファゴソームで取り囲み、リソソーム注4)に運んでひとまとめに分解して、細胞のエネルギー産生や、傷ついた細胞内小器官を排除するといった働きを担います。基本的に、オートファジーで分解される細胞質成分には選択性がありません。
一方、近年の研究から一部の細胞内小器官は、オートファジーによって選択的に排除されることが明らかとなっています。例えば、ストレスなどで傷ついた不健康なミトコンドリア注5)だけが、オートファジーによって分解されます。
この選択的な分解にはオートファジー受容体注6)と呼ばれるタンパク質が中心的な役割を果たします。オートファジー受容体はオートファゴソーム上に発現するタンパク質と安定して結合する特性があるため、この受容体が細胞内小器官上に存在すると分解の目印となり、オートファゴソームがこれを取り囲むと考えられています。
研究チームは、p62と呼ばれる様々な細胞内小器官の選択的分解に関わるオートファジー受容体を脂肪滴に発現させれば、これが目印となって脂肪滴が選択的に分解されるのではないか?と仮説を立てました(図1)。もしこの方法を確立すれば、受精直後に活発に起こるオートファジーによって受精卵に含まれる脂肪滴を分解でき、その生理機能を解析できると考えました。


図1 オートファジー受容体(p62)を用いた脂肪滴の選択的分解
脂肪滴の表面に存在するタンパク質TIP47にオートファジー受容体(p62)を連結することで、p62を局在局在させると、これが目印となってオートファゴソームが脂肪滴の一部を取り囲み、脂肪滴の一部を含んだオートファゴソームと分解酵素を含んだリソソームが融合することによって、オートファゴソーム内の脂肪滴が分解されると考えました。

研究の内容

(1)オートファジーにより脂肪滴を選択的に分解する方法の確立
研究チームは、遺伝子組み換え技術を用いて脂肪滴の表面に存在するタンパク質TIP47にp62を連結することで、培養細胞の脂肪滴にp62を発現させ、オートファジーで脂肪滴が分解されるかどうかを検証しました。その結果、予想通り脂肪滴がオートファジーによって特異的に分解されることを確認しました。このp62を利用したオートファジーによる脂肪滴の強制的な分解を「Forced リポファジー」と新たに名付けました。

(2)胚発生における脂肪滴の役割の解明
Forcedリポファジーをマウス受精卵に応用したところ、脂肪滴がお互いに集合しながら細胞膜の近辺まで移動することを見出しました(図2)。細胞膜の近傍にはリソソームが豊富に存在することから、Forced リポファジーを起こした受精卵(Forcedリポファジー卵)では、オートファジーによる脂肪滴の分解が促進し、Forcedリポファジー卵に含まれる脂肪滴の量は通常の受精卵の半分ほどに低下しました。また、その後の胚発育を観察したところ、発育率が悪くなることが明らかとなりました(図3)。この結果は、受精卵にあらかじめ含まれる脂肪滴が着床するまでの胚発育に重要であることを示しています。


図2 Forcedリポファジー卵の脂肪滴の変化
受精翌日(2細胞期)の正常な受精卵(左)とForcedリポファジー卵(右)。細胞質に観察される黒い塊(粒)の一つ一つが脂肪滴を示します。正常な受精卵では、脂肪滴は細胞質全体に分散していますが、Forcedリポファジー卵では細胞膜の近くに集合体となっています。スケールバーは10ミクロン(μm)。

図3 脂肪滴が減ると着床するまでの胚発育率が低下する
正常卵と比較したところ、Forcedリポファジー卵では、脂肪滴(脂肪含量)が半減すると、着床前の胚盤胞まで発育する割合も半減することがわかりました。この結果から、あらかじめ受精卵に含まれる脂肪滴は胚発育に必要なエネルギーとして利用されていると考えられます。青(→)と赤(→)の矢印は、それぞれ正常な胚盤胞と胚発育が途中で停止した異常卵を示しています。スケールバーは100ミクロン(μm)。

今後の展開

近年、不妊症の治療の中でも、体外受精などの生殖補助医療を受けるケースが増加しています。体外で培養した受精卵は見た目の形状によって品質を評価されることが多く、従事者の経験値に大きく依存しています。今後、受精卵に含まれる脂肪滴の定量的な評価と受精卵の品質との関係を詳細に解析することで、不妊治療の際に客観的に品質を診断する新たな方法の開発につながると期待されます。

用語解説

(注1)オートファジー
酵母から人間まで備わる機能で、自身の細胞質の一部をオートファゴソームという二重膜で包み込み、リソソームで分解して細胞のエネルギーを産生する、傷ついた細胞内小器官を排除するといった働きを担います。飢餓など栄養がない環境で活発に起こることが知られますが、それ以外にも多種多様な役割を担っています。2016年に大隅良典東工大栄誉教授がノーベル医学生理学賞を受賞したことでも有名です。
(注2)脂肪滴
リン脂質で囲まれた一重層内にトリアシルグリセロール(トリグリセリド)などの中性脂肪を蓄えた細胞内小器官(オルガネラ)です。ほとんどすべての細胞や組織に普遍的に存在しています。一般的にはリパーゼ(消化酵素)の作用で分解されると遊離脂肪酸となり細胞内のエネルギーとして利用されます。最近では、肥満や代謝などの代謝性疾患とも深く関わることが明らかとなっています。
(注3)細胞内小器官
細胞内にある核や、ミトコンドリア、小胞体、リソソーム、脂肪滴、ゴルジ体など、特定の機能を持つ構造体の総称で、オルガネラとも言います。
(注4)リソソーム
細胞内で、酸性環境下(pH5前後)で働く多種多様な消化酵素を含んでいる。ヒトの胃に相当する細胞小器官。
(注5)ミトコンドリア
ほとんどすべての生物の細胞に広く存在して、細胞内でエネルギーを作り出すための細胞内小器官(オルガネラ)です。エネルギーを作り出すと同時に有害な活性酸素も産生するため、損傷したミトコンドリアの存在は細胞に悪影響を与えます。このような異常なミトコンドリアはオートファジーによって選択的に分解されることがわかっており、この現象はマイトファジーと呼ばれています。
(注6)オートファジー受容体(p62)
オートファジーによってある物質(オルガネラなど)を選択的に分解するために、オートファゴソームとその標的となる物質を連結するための分子の総称。オートファジー受容体p62はこの選択的なオートファジーに最も共通して関わるタンパク質で、オートファゴソーム膜に安定して結合するタンパク質(LC3)との相互作用を介してオートファゴソーム内に取り込まれる。

発表雑誌

雑誌名:
Development
論文タイトル:
Forced lipophagy reveals that lipid droplets are required for early embryonic development in mouse
著者:
Takayuki Tatsumi, Kaori Takayama, Shunsuke Ishii, Atsushi Yamamoto, Taichi Hara, Naojiro Minami, Naoyuki Miyasaka, Toshiro Kubota, Akira Matsuura, Eisuke Itakura*, Satoshi Tsukamoto*
DOI番号:
10.1242/dev.161893

本件に関する問い合わせ先

研究内容について

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
放射線医学総合研究所 技術安全部 生物研究推進課
主任研究員 塚本智史
TEL:043-206-4054 FAX:043-206-4093
E-mail:tsukamoto.satoshi"AT"qst.go.jp

千葉大学大学院理学研究院生物学研究部門
助教 板倉英祐
TEL:043-290-2778 FAX:043-290-2778
E-mail:eitakura"AT"chiba-u.jp

報道対応

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
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掲載日 平成30年3月2日

最終更新日 平成30年3月2日