プレスリリース 世界初 自閉スペクトラム症へのオキシトシン経鼻スプレーの治療効果を検証しました

平成30年6月29日プレスリリース

国立大学法人 浜松医科大学
国立大学法人 名古屋大学
国立大学法人 金沢大学
国立大学法人 福井大学
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

概要

浜松医科大学精神医学講座、山末英典教授(前東京大学准教授)は、金沢大学(責任医師:棟居俊夫前特任教授)、名古屋大学(責任医師:岡田俊准教授)、福井大学(責任医師:小坂浩隆教授)との共同研究チームにより、医師主導臨床試験(※1)を行って、自閉スペクトラム症(※2)における対人コミュニケーションの障害に対する初の治療薬として期待されるオキシトシン(※3)経鼻スプレーの有効性と安全性を世界で最初に検証しました。

自閉スペクトラム症は、表情や声色を活用して相手の気持ちを汲み取ることが難しいといった対人コミュニケーションの障害と、興味や関心が偏りやすく同じ行動を繰り返しやすいという常同行動と限定的興味を主な症状とし、一般人口の100人に1人以上で認められる代表的な発達障害ですが、その治療法は確立されていません。

今回の臨床試験は、少人数での検討で示された対人場面でのコミュニケーションの障害そのものに対する効果について大規模な試験で検証しました。その結果、面談場面での振る舞いから専門家が評価した対人コミュニケーションの障害に対するオキシトシンの効果はプラセボ効果(※4)を上回らなかったものの、オキシトシン投与による変化の客観的な指標である血中濃度の上昇は、プラセボ効果とは関係せずに、オキシトシンの効果とのみ関連するという結果を認めました。また、もう一つの主な症状である常同行動と限定的興味や、視線の計測で評価した対人コミュニケーションの障害の客観的な指標については、オキシトシンの投与で改善していました。

今回の臨床試験の結果により、オキシトシンを医療に用いることを可能にする開発計画が進むことが期待されます。なお、本研究は、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」の「精神・神経疾患の克服を目指す脳科学研究(課題F):発達障害研究チーム(拠点長:名古屋大学・尾崎紀夫教授)」と国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム『臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳):発達障害・統合失調症研究チーム(チーム長:浜松医科大学・山末英典教授)』の一環として行われました。

これらの成果は、英科学誌ネイチャー(Nature)系医学誌「モレキュラー・サイキ アトリー」に、日本時間6月29日(金)午前8時に公表されます。

研究の背景

自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)は、(1) 対人場面でのコミュニケーションの障害、(2) 同じ行動パターンを繰り返して行なうことを好み、変化への対応が難しいという常同行動と限定的興味を幼少期から認めることで診断されます。自閉スペクトラム症は、100人に1人程度と頻度の高い障害であることが知られてきています。自閉スペクトラム症の治療は、従来の薬物療法では、上記の2つの主要な症状よりも不安や抑うつ(気分の落ち込みや意欲の低下など)および強迫症(自分の意図に反して繰り返し浮かんでくる強迫観念など)などの併発した症状を対象にしています。2つの主要な症状に対しての有効な治療は確立されておらず、平均以上の知能を有する方でも社会生活に支障をきたす最大の原因となっています。

本臨床試験で用いたオキシトシンは、脳から分泌されるホルモンで、女性での乳汁分泌促進や子宮平滑筋収縮作用が広く知られています。日本では注射剤のみが認可されており、陣痛誘発・分娩促進などに保険適用が認められています。一方、経鼻スプレー製剤はヨーロッパで認可され、授乳促進の目的で使用されています。このオキシトシンは、授乳促進や子宮平滑筋収縮作用の他に、脳の中でも作用していることが指摘されていました。動物では、親子の絆を形成する上でオキシトシンの働きが重要だと知られているとともに、人でも、健常な成人男性への経鼻スプレーを用いたオキシトシンの投与によって、他者と有益な信頼関係を形成して協力しやすくなること、表情から感情を読み取りやすくなること、などが報告されました。

これまでに山末英典教授らは、自閉スペクトラム症の方40名での医師主導臨床試験で、オキシトシンの1回の経鼻投与によって他者の感情を理解する方法やその際の脳活動などが改善したことを報告しました(2013年12月19日発表:自閉症の新たな治療につながる可能性 | 東京大学医学部附属病院)

その後、オキシトシン経鼻スプレーの長期継続投与が自閉スペクトラム症の方の症状を改善させるかを調べる医師主導臨床試験も金沢大学、福井大学、東京大学でそれぞれ行われてきました。そして、東京大学で20名の方に参加して頂いて行われた6週間の連続投与の結果から、114名の方に参加して頂く臨床試験を行うことで有効性を検証できると考えられました(2015年9月4日発表:オキシトシン経鼻剤連日投与による自閉スペクトラム症中核症状の改善を世界で初めて実証| 東京大学医学部附属病院)

研究の成果

今回の研究成果は、山末英典教授を責任研究者として、国立大学法人名古屋大学(岡田俊准教授)、福井大学(小坂浩隆教授)、金沢大学(棟居俊夫前特任教授)らと連携して実施した多施設の医師主導臨床試験(Japanese Oxytocin Independent Trial: JOIN-T)の成果です。このJOIN-Trialは、平成28年6月に最終症例の実施が完了しました。オキシトシンの自閉スペクトラム症への投与効果を検討した大規模試験として世界初で、国内では精神医学領域全体で見ても前例を見ない医師主導の無作為割付多施設大規模試験でした。

試験実施の概要としては、説明同意を得て知的障害を伴わないことや自閉スペクトラム症の診断を満たすことなどの適格性を確認して登録割付を行った106名の成人男性の方のうち、脱落例を除いて、オキシトシン投与した51名とプラセボ投与した52名が解析対象となりました。オキシトシン投与とプラセボ投与で出現の頻度に有意な差を認める有害事象はありませんでしたが、オキシトシン投与開始後に乳腺腫瘤が出現して投薬を中止した方が1名いました。本症例は男性乳がんの家族歴を有していましたが、投薬中止によって速やかに乳腺腫瘤は消退しました。(図)

主要評価項目である対人場面の振る舞いから評価した対人コミュニケーションの障害については、オキシトシン投与前後で有意に軽減したものの、プラセボ投与でも同様に軽減し、オキシトシン投与とプラセボ投与で差は認めませんでした。オキシトシンの血中濃度については、オキシトシン投与前後で有意に上昇して、プラセボ投与では変化せず、両群間に有意差を認めました。オキシトシン投与前後における対人コミュニケーションの障害の軽減はオキシトシン血中濃度の上昇と相関する傾向を示した一方で、プラセボ投与前後における対人コミュニケーションの障害の軽減は血中濃度変化と相関しないことが分かりました。副次評価項目においては、自閉スペクトラム症のもう一つの主な症状である常同行動と限定的興味がオキシトシン投与で有意に軽減して、プラセボ投与では変化せず、両群間に有意差を認めました。また、視線計測で検討した、話しかけられる際に相手の目元を見る時間の比率が、オキシトシン投与で有意に増加して、プラセボ投与では変化せず、両群に有意差を認めました。

今回、対人場面での振る舞いから専門家が評価した対人コミュニケーションの障害に対するオキシトシンの効果はプラセボ効果を上回りませんでした。しかし、オキシトシン投与に伴う変化についての客観的な指標である血中濃度の上昇は、プラセボ効果とは関係せずに、オキシトシンの効果と関連するという結果や、視線計測で評価した客観的な社会性の改善効果や常同行動と限定的興味に対するオキシトシンの投与効果は認めました。これらの結果を総合すると、オキシトシンによる自閉スペクトラム症の主な症状の改善は期待されるものの、対人場面に現れる対人コミュニケーションの障害そのものに対する有効性を示す上では検討すべき事項が残されていることが示されました。すなわち、1. プラセボ効果の制御、2. 血中濃度上昇を十分に高める、3. 連続反復投与で生じうる効果減弱を回避する、4. 評価項目の客観性を最大限にする必要性、などの検討事項を抽出しました。

今後の展開

今回の臨床試験の結果や得られた検討事項を踏まえて、オキシトシンを医療に用いることを可能にする開発計画が進むことが期待されます。今後、オキシトシン経鼻スプレーを初の自閉スペクトラム症中核症状治療薬として実用するために、山末英典教授は帝人ファーマ社と共同して十分な血中濃度上昇が得られる様に改良した新規経鼻製剤の開発を進めてきました。この新製剤を用いて、投与頻度を低下させた用法も含む複数の用法用量を設定し、実施体制や効果判定方法を洗練させて、プラセボ効果に影響されにくいデザインの医師主導治験を計画しました。この治験は、平成30年2月3日にPMDAに治験届けを提出し、2月27日に治験を開始しました(AMED治験推進事業)。

発表雑誌

Molecular Psychiatry(モレキュラー・サイキ アトリー)

論文タイトル

Effect of intranasal oxytocin on the core social symptoms of autism spectrum disorder: A randomized clinical trial

著者

Hidenori Yamasue*, Takashi Okada, Toshio Munesue, Miho Kuroda, Toru Fujioka, Yota Uno, Kaori Matsumoto, Hitoshi Kuwabara, Daisuke Mori, Yuko Okamoto, Yuko Yoshimura, Yuki Kawakubo, Yuko Arioka, Masaki Kojima, Teruko Yuhi, Keiho Owada, Walid Yassin, Itaru Kushima, Seico Benner, Nanayo Ogawa, Yosuke Eriguchi, Naoko Kawano, Yukari Uemura, Maeri Yamamoto, Yukiko Kano, Kiyoto Kasai, Haruhiro Higashida, Norio Ozaki, Hirotaka Kosaka
(*責任著者)

研究グループ

本研究は、浜松医科大学精神医学講座と、東京大学、名古屋大学、福井大学、金沢大学との共同研究で、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」の「精神・神経疾患の克服を目指す脳科学研究(課題F):発達障害研究チーム(拠点長:名古屋大学・尾崎紀夫)」および、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム『臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳):発達障害・統合失調症研究チーム(チーム長:浜松医科大学・山末英典)』の一環として行われました。

用語解説

(※1)医師主導臨床試験
実際の診療に携わる医師が医学的必要性・重要性に鑑みて、立案・計画して行う臨床試験です。新薬の安全性・有効性を調べ、厚生労働省の承認を得るための臨床試験である、「治験」とは異なります。
(※2)自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)
従来の自閉症からアスペルガー障害や特定不能の広汎性発達障害までを含む概念です。自閉症的な特性は、重度の知的障害を伴った自閉症から、知的機能の高い自閉症を経由し、自閉スペクトラム症の症状を持ちながらも症状の数が少なく程度も軽い正常範囲の人まで続くスペクトラムを形成するという考えに基づいています。
(※3)オキシトシン
脳の下垂体後葉から分泌されるホルモンで、従来は子宮平滑筋収縮作用を介した分娩促進や乳腺の筋線維を収縮させる作用を介した乳汁分泌促進作用が知られていました。しかし一方で男女を問わず脳内にも多くのオキシトシン受容体が分布していることが知られ、脳への未知の作用についても関心が持たれていました。そうした中、健康な大学生などを対象とした研究において、他者と信頼関係を築きやすくする効果などが報告されて注目を集めていました。
(※4) プラセボ
効果の出る成分を含まない偽薬のことで、効果の出る成分を含む実薬による改善効果と比較することで、服薬によって症状が良くなるという期待から生じる改善効果(プラセボ効果)を差し引いて、薬の効果を客観的に評価するために用いられます。

参考図

図:臨床試験のプロフィール
図:臨床試験のプロフィール

本件に関するお問い合わせ先

国立大学法人 浜松医科大学 精神医学講座
〒431-3192 浜松市東区半田山1-20-1
教授  山末 英典
TEL:053-435-2295/Fax: 053-435-3621
E-mail:yamasue"AT"hama-med.ac.jp

国立大学法人 名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科
〒466-8550 名古屋市昭和区鶴舞町65
准教授  岡田 俊
TEL:052-744-2282/Fax: 052-444-2293
E-mail:okada"AT"med.nagoya-u.ac.jp

国立大学法人 金沢大学 子どものこころの発達研究センター
〒920-8640 金沢市宝町13番1号
教授  菊知 充
TEL:076-265-2856/Fax: 076-234-4213
E-mail:mitsuruk"AT"med.kanazawa-u.ac.jp

国立大学法人 福井大学 医学部精神医学
〒910-1193 吉田郡永平寺町松岡下合月23-3
教授 小坂 浩隆(こさか ひろたか)
TEL:0776-61-8363
E-mail:hirotaka"AT"u-fukui.ac.jp

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〒100-0004  東京都千代田区大手町1-7-1 読売新聞ビル
戦略推進部 脳と心の研究課
TEL:03-6870-2222
E-mail:brain-pm"AT"amed.go.jp

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最終更新日 平成30年6月29日