プレスリリース LC-SCRUM-Japanで構築した日本最大臨床ゲノムデータを活用しスーパーコンピュータで治療薬の効き目を予測―がんゲノム医療における新たなツールの開発―

プレスリリース

慶應義塾大学医学部
京都大学
国立研究開発法人 国立がん研究センター
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部内科学(呼吸器)教室の安田浩之専任講師、肺がん病態制御寄附講座浜本純子特任助教、腫瘍センターの池村辰之介助教、臨床研究推進センターの副島研造教授と、京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻の鎌田真由美准教授、荒木望嗣特定准教授、奥野恭史教授、国立がん研究センター先端医療開発センターの土原一哉トランスレーショナルインフォマティクス分野長、小林進ゲノムトランスレーショナルリサーチ分野長、同東病院の後藤功一呼吸器内科長、松本慎吾医長、同研究所の河野隆志ゲノム生物学研究分野長らのグループは、LC-SCRUM-Japanで構築した日本最大のがん臨床ゲノムデータを活用し、スーパーコンピュータ「京」を用いた予測システムにより、肺がんの遺伝子変異に対する薬剤有効性が高精度に予測可能なことを確認しました。

がんゲノム医療(注1)の普及により、さまざまな遺伝子の変異が同定され、治療薬(分子標的薬)の効果が予測されていますが、稀な遺伝子変異に対しては投薬効果の予測が難しく、薬剤を選ぶ上で大きな障害となっていました。

今回、研究グループでは、日本人の肺がんで最も多く変異の見られるEGFR遺伝子(注2)に注目し、約2,000例の肺がんの遺伝子変異を分析しました。その結果、稀なEGFR遺伝子変異をもつ肺がんに対して治療効果の高い抗がん剤をスーパーコンピュータ「京」を用いて高精度に予測することができました。超高速・高性能な計算機を用いたこのシステムを実用化することで、より多くの肺がん患者に迅速に、有効性が高い治療薬を選ぶことが可能になると期待されています。また、他の多くの遺伝子にも適応を拡大することで、がんゲノム医療の進歩に大きく貢献することが予想されます。

本研究成果は、2019年5月1日(米国東部時間)に、米国科学アカデミー発行誌である『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』(オンライン版)に掲載されました。

研究の背景と概要

がんゲノム医療の普及により膨大な種類の遺伝子変異が同定されています。その中には、治療薬(分子標的薬)の効果が明らかでないものも多く存在しています。このような「治療効果が明らかでない遺伝子変異」に対しては、有効な治療薬を選ぶ方法がなく、がんゲノム医療を確立する上で大きな課題となっていました。

研究の成果と意義・今後の展開  

研究グループでは、国内最大の肺がん遺伝子スクリーニングネットワークLC-SCRUM-Japan(注3)と協力し、日本最大のがん臨床ゲノムデータベースに登録された2,164人の肺がん患者におけるEGFR遺伝子の稀な変異の分布を明らかにしました(図1)。


図1:EGFR遺伝子変異の分布と頻度

それぞれの遺伝子変異に対して、どのような治療薬の効果が高いのかを細胞実験で調べ、薬剤に対する効果が変異によって大きく異なることを明らかにしました。

このような遺伝子変異ごとの多様な感受性を、細胞実験など行うことなく予測できないかと考え、スーパーコンピュータ「京」を用いた分子動力学シミュレーション(注4)により薬剤の有効性を予測しました。予測された薬剤有効性は実験データと一致しており、本システムが個々の遺伝子変異に対し適した薬剤を高精度に予測可能であることが確認されました(図2:分子標的薬であるオシメルチニブに関するデータ)。


図2:実験で得た薬剤の効果と予測データの間に高い相関を認める

本システムを実用化することで、細胞や動物を用いた実験を行うことなく、迅速に効果の高い治療薬を選択できるようになると期待されます。また、2021年に稼働予定のポスト「京」ではより高速に大規模な計算が可能となるため、さらに多くの変異を対象とした網羅的な薬剤有効性予測を行うことが可能です。本成果は、がんゲノム医療の現場でみつかる「治療が明らかでない遺伝子変異」に対して有効な治療薬を選択し、より早く多くのがん患者に最適な薬剤を届けることにつながる大きな成果と考えられます。

特記事項

本研究は、JSPS科研費JP22590870、JP17K09667、JP16K21746、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的がん医療実用化研究事業 研究開発課題「RET融合遺伝子陽性の進行非小細胞肺癌に対する新規治療法の確立に関する研究(17ck0106148)」「遺伝子スクリーニング基盤(LC-SCRUM-Japan)を利用した、MET遺伝子異常陽性の進行非小細胞肺癌に対する治療開発を目指した研究(19ck0106294)」、「ROS1融合遺伝子陽性の進行固形がんに対する治療開発を目指した研究(19ck0106450)」「未来のがん診療に資する革新的技術を導入したバイオマーカー測定の有用性を評価する大規模前向き観察研究(19ck0106411)」「クリニカルシークエンスによる肺腺がんの治療標的・抵抗性克服分子の同定に関する研究(16ck0106012)」「進行肺がん大規模クリニカルシークエンスデータを用いた個別化治療法の開発(19ck010625)」、創薬基盤推進研究事業 研究開発課題「産学連携全国がんゲノムスクリーニングプログラム:SCRUM-Japanを活用したプレシジョンメディスン推進基盤構築研究(19ak0101050)」「薬剤により誘導される過渡的構造を基盤としたキナーゼ阻害薬活用研究(19ak0101067)」、文部科学省:ポスト「京」重点課題1「生体分子システムの機能制御による革新的創薬基盤の構築」(ProjectID: hp160213 and hp170275)の支援によって行われました。

論文

英文タイトル:
Molecular dynamics simulation-guided drug sensitivity prediction for lung cancer with rare EGFR mutations
タイトル和訳:
肺がんの稀なEGFR遺伝子変異に対する分子動力学シミュレーションをもちいた薬剤感受性予測
著者:
池村辰之介#, 安田浩之*, 松本慎吾#, 鎌田真由美#, 浜本純子#, 増澤啓太, 小林慧悟, 眞鍋維志, 荒井大輔, 仲地一郎, 川田一郎, 石岡宏太, 中村守男, 南宮湖, 猶木克彦, 小野史恵, 荒木望嗣, 金田亮, 馬彪, 林雄一郎, 三牧幸代, 葉清隆, 小林進, 河野隆志, 奥野恭史, 後藤功一, 土原一哉*, 副島研造
#筆頭著者、*責任著者)
掲載誌:
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(オンライン版)

用語解説

(注1)がんゲノム医療:
遺伝子の変異情報に基づいたがんの医療のこと。遺伝子の変異に基づいて、より効果が高い治療薬を選択することで、患者一人一人にあった医療を行う。
(注2)EGFR遺伝子:
上皮成長因子受容体タンパク質(Epidermal Growth Factor Receptor)をコードする遺伝子で、頭文字を取ってEGFR遺伝子と表記する。日本人の肺がんでは変異が最も高頻度に見つかる遺伝子である。L858RなどのEGFR遺伝子変異をもつ肺がんは、オシメルチニブ、ゲフィチニブ、エルロチニブなど、上皮成長因子受容体タンパク質の機能を阻害する分子標的薬に弱いため、治療に用いられる。
(注3)LC-SCRUM-Japan:
2013年に開始した肺がんの遺伝子スクリーニングネットワーク。遺伝子変異の大規模なスクリーニングにより、稀な遺伝子変異をもつがん患者を発見し、遺伝子変異に基づいた有効な治療薬を患者へ届けること、複数の遺伝子異常が同時に検出できるマルチ診断薬を臨床応用することを目指す。
(注4)分子動力学シミュレーション:
分子標的薬は、病気の原因となるタンパク質に結合して、そのタンパク質の機能を抑えることで効き目を発揮する。タンパク質や分子標的薬は、両者の相互作用のバランスによって結合の仕方や強さが決まる。 分子動力学シミュレーションは、分子の振る舞いを原子レベルで予測する手法である。 スーパーコンピュータ「京」などを使用して、変異タンパク質に結合した薬剤の安定性を精密にシミュレーションすることによって、薬剤の効き方を高精度に推定することができる。

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慶應義塾大学医学部 内科学(呼吸器)教室
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TEL:03-6870-2219
E-mail:souyakukiban"AT"amed.go.jp

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TEL:03-6870-2221
E-mail:cancer"AT"amed.go.jp 

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掲載日 平成31年4月30日

最終更新日 平成31年4月30日