プレスリリース 骨再構築(リモデリング)のシミュレーション実験基盤を開発―骨疾患と薬物治療の効果の予測を目指して―

令和2年3月7日プレスリリース

京都大学
日本医療研究開発機構

概要

京都大学ウイルス・再生医科学研究所 安達泰治 教授、亀尾佳貴 同助教、宮雄貴 同修士課程学生らの研究グループと東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 中島友紀 教授、林幹人 同助教らの研究グループは、コンピュータ内に構築した仮想的な骨にさまざまな実験操作を加え、その再構築(リモデリング)の過程を詳細に観察できる骨リモデリング*1のシミュレーション実験基盤「V-Bone*2」を開発しました。

骨の構造と機能は、よく制御された骨吸収と骨形成*3の代謝バランスによって維持されています。この骨リモデリングの詳細な分子・細胞メカニズムについては、これまで多くの研究が行われてきました。しかし、骨代謝に関与する細胞間のシグナル伝達の経路はあまりに複雑なため、骨疾患時や薬物治療の過程において、リモデリングによる骨の形態変化を予測することは非常に困難でした。

本研究では、まず、開発したV-Boneを用いて、網目状の海綿骨*4力学的な荷重に応じてその構造を適応させるという古くから知られた現象に加え、骨粗しょう症や大理石骨病*5などの骨疾患の病態をコンピュータ内で再現することに成功しました。また、V-Boneにより、特定のシグナル分子の発現を任意に変動させて骨代謝への影響を調べるコンピュータ内(in silico)実験が可能になりました。更に、臨床応用としてV-Boneによるin silico投薬実験は、骨疾患に対するさまざまな薬物治療の効果の予測に有用であることを示しました。

V-Boneを用いたin silico実験は、従来の生体内(in vivo)実験や試験管内(in vitro)実験と並ぶ新たな研究手法として、今後の骨代謝研究の発展を推進させると考えています。また同時に、網羅的な薬剤評価や効果的な投薬方針の策定などを促す臨床支援ツールとして、将来の医療への多大な貢献が期待されます。

本研究成果は、2020年3月7日に国際学術誌「Science Advances」にオンライン掲載されます。

図:本研究のイメージ図 ©2020 あいちゃん
 

背景

骨は、力学的な荷重に応じて破骨細胞*6による骨吸収と骨芽細胞*7による骨形成を繰り返し、自らを再構築(リモデリング)することで、その構造と機能を維持しています。寝たきりや性ホルモンの異常などによって骨吸収と骨形成の代謝バランスが崩れると、骨粗しょう症や大理石骨病などの骨疾患が引き起こされ、骨は脆弱になります。これまで、破骨細胞や骨芽細胞の分化・活性化に関連するさまざまなシグナル伝達の経路が同定され、骨疾患の分子メカニズムの解明や分子標的薬の開発が進められてきました。しかし、骨代謝に関与する細胞間のシグナル伝達の経路はあまりに複雑なため、骨疾患時や薬物治療の過程において、リモデリングによる骨の形態変化を予測することは非常に困難でした。分子や細胞の挙動から生体内の骨リモデリングの過程を予測し、骨疾患に対する有効な予防法や治療法を確立するためには、個々の分子や細胞の働きだけでなく、それらの相互作用によって生み出される巨大な骨代謝システムの振舞に目を向けることが重要です。

研究手法・成果

複雑な骨リモデリングの過程を予測するため、私たちは、骨代謝に関連する分子・細胞についてのさまざまな個別の知見をコンピュータ内に集約し、仮想的に構築した骨を対象として実験を行うことを考案しました。このようなシミュレーションによる骨リモデリングのコンピュータ内(in silico)実験は、ヒトやマウスを用いた生体内(in vivo)実験、初代培養細胞や株化細胞*8を用いた試験管内(in vitro)実験に次ぐ第三の実験として、骨代謝研究の発展に有望な研究手法となる可能性を秘めています。そこで本研究では、分子・細胞の相互作用と組織・器官の形態変化とを関連付けた骨リモデリングの数理モデルを提案し、それを組み込んだ骨リモデリングのシミュレーション実験基盤「V-Bone」を開発しました。このV-Boneを用い、コンピュータ内に構築した仮想的なマウスの大腿骨を対象として、さまざまなin silico実験を行うことにより、V-Boneの妥当性を検証するとともに、その有用性を示しました。

先ず、大腿骨内部の網目状の海綿骨が、負荷された力学的な荷重に応じ、それを支えるために適した構造に変化する様子をコンピュータ内で再現することができました。この骨の力学的な適応現象は、Wolffの法則*9として古くからよく知られているものです。また、寝たきりや微小重力などの力学的な荷重の減少に起因する骨粗しょう症や、破骨細胞の分化のトリガーであるRANKL*10分子の発現異常に伴う骨粗しょう症、大理石骨病について、その病態を再現することに成功しました。これらの結果を通じ、力学的・生化学的な観点からV-Boneの妥当性を定性的に示すことができました。次に、V-Boneの妥当性を定量的に評価するため、骨吸収抑制と骨形成促進の両方の作用を持つSema3A*11分子について、その発現を変動させるin silico実験を行いました。対応するマウスを用いたin vivo実験との比較を通じ、in silico実験とin vivo実験の結果が定量的によく一致することを確認しました(参考図)。このことから、in silico実験はin vivo実験を再現するだけでなく、これまで困難であった分子、細胞、組織の時空間的な挙動を同時に観察可能であることが示されました。さらに、V-Boneの医療応用として、骨粗しょう症に対するさまざまな薬物治療の効果の予測を試みました。このようなin silico投薬実験は、一般的な薬剤評価の指標である骨量や骨代謝マーカー*12の変化に加え、骨質(骨微細構造)の時間変化が予測可能であり、臨床応用に向けた可能性が示唆されました。

参考図:Sema3A分子の発現を変動させるin silico実験と対応するin vivo実験の比較。
(A)Sema3A欠損マウスにおける海綿骨の構造。(B)Sema3A欠損マウスにおける骨体積分率(BV/TV)と骨梁数(Tb.N)。(C)Sema3A治療マウスにおける海綿骨の構造。(D)Sema3A治療マウスにおける骨体積分率と骨梁数。
 

波及効果、今後の予定

V-Boneを用いたin silico実験は、従来のin vivo実験やin vitro実験と並ぶ新たな研究手法として、今後の骨代謝研究の発展を推進させると考えています。また同時に、網羅的な薬剤評価や効果的な投薬方針の策定などを促す臨床支援ツールとして、将来の医療への多大な貢献が期待されます。

骨代謝は、内分泌系のみならず、免疫系や神経系などの複雑かつ巨大なシステムによって制御されています。そのため、骨リモデリングの詳細なメカニズムの解明に向け、今後も関連する分子や細胞に関する膨大なデータの蓄積が予想されます。本研究は、このようなビッグテータを活用し、分子、細胞、組織、器官の振舞を統合的に捉える革新的な試みであり、これからの骨代謝研究をリードする潜在能力を秘めていると考えています。

研究プロジェクトについて

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST) 「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出(課題番号 JP19gm0810003)」、同 疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム(課題番号 JP19bm0804006)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) SIP革新的設計生産技術 三次元異方性カスタマイズ化設計・付加製造拠点の構築と地域実証、および国立研究開発法人理化学研究所 VCADシステム研究プログラムの支援を受けて行われました。

用語解説

*1 骨リモデリング
破骨細胞が古い骨を壊し、骨芽細胞がその欠失部分に新しい骨を造る新陳代謝のこと。
*2 V-Bone
生体力学とシステム生物学の考え方に基づいて開発された骨リモデリングのシミュレーション実験基盤。実際の骨の形状や構造を反映したボクセルベースの解析により、コンピュータ内で様々な実験を行うことが可能。
*3 骨吸収と骨形成
破骨細胞が古い骨を壊すことを骨吸収、骨芽細胞が新しい骨を造ることを骨形成という。
*4 海綿骨
骨の内部にある多孔質の組織で、網目状に広がった柱状の骨梁から成る。
*5 大理石骨病
破骨細胞の機能不全によって骨吸収が障害され、全身性の骨硬化をきたす疾患。
*6 破骨細胞
骨リモデリングの過程で、古い骨を壊す働きを持つ細胞。
*7 骨芽細胞
骨リモデリングの過程で、新しい骨を造る働きを持つ細胞。
*8 株化細胞
一定の安定した性質を維持したまま半永久的に増殖する能力を獲得した不死化細胞。
*9 Wolffの法則
ドイツの解剖学者Julius Wolffが提唱した「骨は加えられた力に応じて構造を変化させる」という法則。
*10 RANKL(receptor activator of nuclear factor-κB ligand)
骨芽細胞や骨細胞などに発現する膜結合型タンパク質で、破骨前駆細胞上に存在する受容体RANKと結合して破骨細胞への分化を誘導する。
*11 Sema3A(semaphorin 3A)
骨芽細胞系列の細胞によって産生されるタンパク質で、破骨細胞分化を抑制するとともに、骨芽細胞分化を促進する働きを持つ。
*12 骨代謝マーカー
骨吸収マーカーと骨形成マーカーがあり、血液や尿検査により骨代謝の状態を非侵襲的かつリアルタイムに評価できる。

論文タイトルと著者

タイトル
In silico experiments of bone remodeling explore metabolic diseases and their drug treatment
(骨リモデリングのin silico実験により代謝性骨疾患とその薬剤治療を探求する)
著者
Yoshitaka Kameo, Yuki Miya, Mikihito Hayashi, Tomoki Nakashima, Taiji Adachi
掲載誌
Science Advances
 DOI 
未定

お問い合わせ先

安達 泰治(あだち たいじ)
京都大学 ウイルス・再生医科学研究所
生命システム研究部門 バイオメカニクス分野 教授
TEL:075-751-4854
FAX:075-751-4854
E-mail:adachi“AT”infront.kyoto-u.ac.jp

亀尾 佳貴(かめお よしたか)
京都大学 ウイルス・再生医科学研究所
生命システム研究部門 バイオメカニクス分野 助教
TEL:075-751-4130
FAX:075-751-4854
E-mail:kameo“AT”infront.kyoto-u.ac.jp

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課
TEL:03-6870-2224
FAX:03-6870-2246
E-mail:kenkyuk-ask“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

最終更新日 令和2年3月7日