プレスリリース 毛の細胞が水ぶくれを治すことを発見―表皮水疱症の治療への応用に期待―
プレスリリース
北海道大学
日本医療研究開発機構
ポイント
- 皮膚に水ぶくれができると、毛は自らの成長を犠牲にして傷の修復を優先することを発見。
- 毛の幹細胞は、水ぶくれによる傷を修復するために細胞を供給。
- 表皮水疱症など、皮膚に水ぶくれを生じる病気への治療応用が期待。
概要
北海道大学大学院医学研究院皮膚科学教室の夏賀 健准教授らの研究グループは、毛の細胞が自らの成長を犠牲にして皮膚の水ぶくれ(表皮下水疱)を治癒させることを発見しました。
成長の完了した組織が損傷を受けると、組織は発生プログラムを発動させて損傷部位を修復します。しかし、成長過程の組織が損傷を受けると、どのように修復するか詳しくわかっていませんでした。
研究グループは、皮膚の水ぶくれの治癒過程で、組織発生プログラムが抑制されることを見出しました。これに伴って、水ぶくれの部位では毛の成長が遅延していました。細胞系譜追跡実験*1、数理モデルによって、毛の幹細胞から細胞が供給されて水ぶくれが修復されるとわかりました。以上から、水ぶくれができると毛の幹細胞は毛の成長を止めて、水ぶくれの修復を優先すると結論づけました。
本研究の成果は、表皮水疱症*2をはじめとした皮膚に水ぶくれを生じる病気(水疱性疾患)の治療法開発へ応用されることが期待されます。
なお、本研究成果は、日本時間2021年6月4日(金)午後7時公開のEMBO Reports誌に掲載されました。
背景
損傷を受けた成体組織は、発生期の遺伝子発現プログラムを再活性化させて、組織を修復することが知られています。しかし、発生期の遺伝子発現プログラムが既に活性化されている成長段階の組織では、どのように組織損傷が修復されるか詳しくわかっていませんでした。
皮膚は上皮成分である表皮と間質成分である真皮によって構成され、両者は基底膜領域蛋白によって結合しています。表皮は体外の病原体や刺激から内臓を守るとともに、体内の水分蒸散を防いでおり、個体のバリアを担っています。そして表皮では、最下層の基底層から新しい細胞が作られたのちに、表皮上部へと押し上げられ(分化)、角質(いわゆる“あか”)として剥がれ落ちます(図1)。
皮膚は外界に接する臓器であり、成長段階での組織損傷の修復を観察するのに適しています。しかし、従来用いられてきた皮膚の損傷モデルは、表皮と真皮いずれも除去される皮膚全層欠損実験であり、皮膚の全ての構成組織が欠損することから組織の成長と修復を同時に観察するのは困難でした。
研究手法
夏賀准教授らの研究グループは、半世紀ほど前に開発されたサクションブリスター法*3に注目し、表皮を選択的に除去して水ぶくれ(表皮下水疱)を新生仔マウスに作成する実験を確立しました(図1、図2)。この方法は、表皮水疱症をはじめとする皮膚に水疱が発生する病気(水疱性疾患)のモデルとして用いることができます。また、この方法では表皮以外の皮膚の構成組織は保たれており、表皮の修復と皮膚の発生過程を同時に観察することが可能となりました。水ぶくれの修復過程を組織学的に評価するとともに、網羅的遺伝子発現解析、組織幹細胞*4の細胞系譜追跡実験、数理モデルへの実装を行いました。
研究成果
野生型マウスの水ぶくれから再生する表皮では、組織発生に重要な遺伝子群(Wntシグナル、Hegdehogシグナル等)の発現が低下していました。同時に、水ぶくれが治癒する部位の毛の成長が遅延することがわかりました(図3)。
これらの結果から毛の細胞が水ぶくれを修復することが示唆されたため、さらに毛の幹細胞由来の細胞の運命を追跡しました。予想通り、毛の幹細胞由来の細胞が水ぶくれの修復された表皮に集積しており(図4)、逆に水ぶくれ周囲表皮の幹細胞由来の細胞はほとんど見られませんでした。
また、基底膜領域蛋白の先天的な機能不全である表皮水疱症について検討しました。まず、接合部型表皮水疱症*5は、基底膜領域蛋白の1つである17型コラーゲンの先天的な機能不全等で発症します。17型コラーゲン欠損マウス(接合部型表皮水疱症モデル)に水ぶくれを作ると、水ぶくれの治りが遅くなります。これは、17型コラーゲン欠損マウスの水ぶくれでは、皮膚から毛が失われてしまい(図5)、毛の細胞から水ぶくれが修復されないことが原因と考えられました。
また、別の基底膜領域蛋白7型コラーゲンの先天的な機能不全は、栄養障害型表皮水疱症*6を引き起こします。7型コラーゲン欠損マウス(栄養障害型表皮水疱症モデル)でも水ぶくれの治りは遅くなりましたが、17型コラーゲン欠損マウスとは異なり、皮膚に毛は残存していました。毛の細胞が水ぶくれを修復する際に、通常は細胞が扁平化して傷へと遊走しますが、7型コラーゲン欠損マウスでは細胞が扁平化せず、これによって水ぶくれの修復が遅いことが予想されました。
最後に、数理モデルを用いて、毛の細胞が水ぶくれの修復を主に担うこと、細胞が扁平化することで修復を助けることを証明しました。
以上の結果から、水ぶくれは毛の成長を犠牲にして治ること、毛の幹細胞由来の細胞が扁平化して水ぶくれを修復することと結論付けました。
今後への期待
水疱性疾患は、表皮水疱症のほかに自己免疫性疾患である類天疱瘡*7があります。その他、やけどや重症の薬剤アレルギーであるスティーブンス・ジョンソン症候群*8や中毒性表皮壊死症*9でも皮膚の水ぶくれの出現や、表皮全層の傷害がみられます。これらの疾患の発症メカニズムは多様ですが、ひとたび水ぶくれができた後に早く修復させる治療上の必要性は共通しています。今回の研究成果によって、皮膚の水ぶくれや表皮の傷害を早く治すためには毛の細胞に働きかけることが重要であることがわかりました。すなわち、毛を増やすような治療法が、水疱性疾患に応用できる可能性があります。また、表皮水疱症の病型ごとに水ぶくれの治り方が異なることが、動物実験と数理モデルからわかりました。表皮水疱症の治療法を開発する際に、病型ごとに戦略を変える必要性が示唆されました。
研究費・研究支援
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業「表皮水疱症の治療最適化戦略」(研究開発代表者:夏賀 健)、文部科学省科学研究費助成事業、公益財団法人上原記念生命科学財団、一般財団法人リディアオリリー記念ピアス皮膚科学振興財団、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CREST「数理モデリングを基盤とした数理皮膚科学の創設(研究代表者:長山雅晴)」(JPMJCR15D2)、イタリア癌研究協会、ウンベルト・ベロネッシ財団の支援を受けて行われました。
論文情報
- 論文名
- Hair follicle stem cell progeny heal blisters while pausing skin development(毛包幹細胞の娘細胞は、皮膚の発生を停止させながら水疱を治癒させる)
- 著者名
- 藤村 悠1,渡邉美佳1,2,大野航太3,小林康明3,高島翔太1,中村秀樹1,小住英之1,王 禹楠1,眞井洋輔1,AndreaLauria2,4,ValentinaProserpio4,5,氏家英之1,岩田浩明1,西江 渉1,長山雅晴3,Salvatore Oliviero2,4, Giacomo Donati2,清水 宏1,夏賀 健1
(1北海道大学大学院医学研究院,2トリノ大学分子バイオテクノロジーセンター,3北海道大学電子科学研究所,4イタリアゲノム医学研究所,5カンディオーロ癌研究所) - 雑誌名
- EMBO Reports(分子生物学の専門誌)
- DOI
- 10.15252/embr.202050882
- 公表日
- 日本時間2021年6月4日(金)午後7時(中央ヨーロッパ夏時間2021年6月4日(金)正午)(オンライン公開)
用語解説
- *1 細胞系譜追跡実験
- 組織幹細胞の子孫の細胞がどのような運命を辿るか観察する実験。
- *2 表皮水疱症
- 基底膜領域蛋白が先天的に機能不全であり、全身に水ぶくれの出現を繰り返す病気。
- *3 サクションブリスター法
- 皮膚に陰圧をかけて水ぶくれを作る方法。
- *4 組織幹細胞
- 臓器の元となる細胞のこと。
- *5 接合部型表皮水疱症
- 表皮水疱症のうち、表皮と基底膜の間で剥がれて水疱ができる病型。
- *6 栄養障害型表皮水疱症
- 表皮水疱症のうち、基底膜の直下で剥がれて水疱ができる病型。
- *7 類天疱瘡
- 基底膜領域蛋白に対する自己免疫反応で水ぶくれができる病気。
- *8 スティーブンス・ジョンソン症候群
- 薬剤投与等をきっかけとして、主に粘膜そして一部表皮が傷害される病気。
- *9 中毒性表皮壊死症
- 薬剤投与等をきっかけとして、粘膜と全身の表皮が剥がれ落ちる病気。
お問い合わせ先
北海道大学大学院医学研究院 准教授 夏賀 健(なつが けん)
TEL:011-706-7387 FAX:011-706-7820
メール:natsuga“AT”med.hokudai.ac.jp
北海道大学 大学院医学研究院 皮膚科学教室
配信元
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メール:jp-press“AT”general.hokudai.ac.jp
AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構 疾患基礎研究事業部疾患基礎研究課
難治性疾患実用化研究事業 担当
メール:nambyo-r“AT”amed.go.jp
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関連リンク
掲載日 令和3年6月7日
最終更新日 令和3年6月7日