プレスリリース ゲノム・オミックス解析情報の公開データベースjMorpを拡充―「ショーケースGWAS」と薬剤感受性情報の初搭載とメタボローム解析情報の大幅拡大―

プレスリリース

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構
日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 公開データベースjMorpの収載データを大幅に拡充しました。
  • 約6.4万人分のジェノタイプ*1データとアンケート調査や生理機能検査を合わせた146件の健康調査項目のゲノムワイド関連解析(GWAS*2)を実施し、サマリーデータ(要約統計量*3)を「ショーケースGWAS」として公開しました。
  • 薬剤感受性に関連する382種類の、アミノ酸置換*4を伴う遺伝子多型のある酵素に対して、酵素活性変化を解析した結果を公開しました。
  • 約2万人分のメタボローム解析*5情報を追加して総計4.6万人に、経時解析情報を約1.2千人追加して総計2.9千人に拡充しました。

概要

公開データベース日本人多層オミックス参照パネル(jMorp:Japanese Multi Omics Reference Panel)の収載データに、新たにショーケースGWASや薬剤感受性情報を搭載し、メタボローム解析情報を大幅に拡充しました。

ショーケースGWASは、GWASを多数の表現型で網羅的に実施し、ショーケースのように一覧にしたものです。本格的なゲノム医学研究に取り組む研究者のための有用な入口となると同時に、多施設での大規模メタ解析の実施が期待されます。さらに、382種類のアミノ酸置換を伴う遺伝子多型に対して実際に組み換えタンパク質を作製し、薬剤感受性の個人差の指標となる酵素反応速度論的パラメータ*6を解析した結果を公開しました。個人ごとに大きく異なる薬剤感受性の遺伝的要因に関わる重要な手がかりが含まれた情報であると考えられます。メタボローム解析情報は、約2万人分を追加し、世界最大規模の総計4.6万人となりました。経時解析情報も総計2.9千人に拡充し、加齢変化等の詳細な研究の加速が期待されます。

詳細

jMorpの経緯と機能

東北メディカル・メガバンク計画(参考1)の長期健康調査*7によって得られた試料を解析した結果を、個人識別性のない頻度情報等にしてjMorpとして公開しています。2015年7月に世界で初めて500人以上の血漿に対するメタボロームおよびプロテオーム*8の統合解析結果を公開し、以後着々と収載データの量と種類を増やしてきました。現在ではメタボローム、プロテオームの解析情報にとどまらず、ゲノム解析情報を含むヒトに関わる生命科学の総合的な情報を、網羅的に収載するリファレンスパネルとして多くの研究者に利用されています。

ショーケースGWASの初公開

東北メディカル・メガバンク計画では、長期健康調査に参加された約15万人について、ゲノムデータをはじめとする様々な健康関連データを蓄積・管理しています。これらのデータの規模や特性、集団構造などを考慮しつつ検討を重ね、適正な遺伝統計解析のための解析プロトコル(標準パイプライン)を開発しました。このプロトコルに基づき、健康関連項目146件(参考2)の網羅的なGWASを実施した結果である要約統計量をjMorpで公開しました。対象としたデータは、宮城・岩手特定健診相乗り型*9約47,000人、宮城地域支援センター型*9約11,000人、岩手サテライト型*9約6,000人のジェノタイプデータです。

薬剤感受性情報の初公開

東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が同定した約4,700人の全ゲノム解析情報および他の民族集団で同定された遺伝子多型の中から、主要な14種類の薬物代謝酵素*10(参考3)に見られるアミノ酸置換を伴う遺伝子多型(382種)について、遺伝子組み換えタンパク質を作製し、各薬物代謝酵素において1~4種類の代表的な基質薬物*11に対する3つの酵素反応速度論的パラメータ(Km(ミカエリス定数),Vmax(最大代謝速度),CLint(固有クリアランス))を実験的に算出しました。これらの遺伝子多型情報と、それに紐付くアミノ酸置換された薬物代謝酵素における酵素反応速度論的パラメータ変化の情報を統合して公開しました。

メタボローム解析情報の拡充

昨年(2020年8月)の更新から、解析人数、対象とする代謝物の種類を拡充、さらに同じ対象者集団についての経時的な情報も拡充し、大規模・高精度・多彩な代謝物の濃度分布情報を含むデータを公開しました。また今回、代謝物定量解析キットBiocrates MxP® Quant 500 kitの解析情報について、従来よりさらに高感度の超高速液体クロマトグラフ三連四重極型質量分析装置(LC-MS/MS)を導入することで、測定可能な代謝物が増え126代謝物が新規に追加され合計537代謝物になりました。

◎ベースライン調査*12
解析方法 今回追加分 総計
NMR*13 妊娠女性 11,080検体 13,146検体
妊娠女性以外 9,485検体 33,124検体
定量MS*14
(Biocrates 500 kit)
126対象代謝物,4,775検体追加 537対象代謝物,
7,079検体

※定量MSで解析した検体はすべてNMRでも解析済

◎詳細二次調査*15(ベースラインと比較可能)
解析方法 今回追加分 総計
NMR 1,242検体 2,924検体
定量MS
(Biocrates 500kit)
1,355検体 1,355検体(新規)

※定量MSで解析した検体はすべてこれまでNMRでも解析済

このほかにも、メタボロームとゲノムとの関連解析結果の公開情報が5から43に増えました。また、一昨年よりベースラインと詳細二次調査の比較を表示する機能を追加していましたが、遺伝子型別に確認可能な代謝物数を5種類から7種類に、さらに性や年齢層によって値が異なる代謝物かどうかを検定した値を一覧で表示できるようにしました。

今後の展望

ショーケースGWAS

ショーケースGWASにより、日本人の様々な表現型の遺伝的素因(感受性多型)を網羅的に閲覧することが可能となりました。東北メディカル・メガバンク計画の大規模な健康調査により取得したデータの潜在的な有用性が広く示され、データ利用の加速、そして疾患多型の発見や発症リスク予測などへの発展的な活用を通じて、国内外におけるゲノム医学研究のさらなる推進が期待されます。

薬剤感受性情報

今回公開した、アミノ酸置換を伴う遺伝子多型と各薬物代謝酵素の間に見られるパラメータ変化情報は、特定の医薬品に対する患者さんの薬物動態、薬効、副作用発現などの薬剤感受性の遺伝的個人差に関連する可能性が高いと考えられます。今後は、薬物代謝酵素、遺伝子多型ともに公開情報を増やしていく予定です。この情報をもとに、従来より効果的かつ副作用が少ない薬を、患者さん一人ひとりにきめ細かく処方できるようになると考えます。さらに、アミノ酸置換酵素タンパク質の3次元ドッキングシミュレーションモデル解析データの公開を検討しており、タンパク質構造を含めた遺伝的薬剤感受性個人差の仕組みを解き明かします。

メタボローム解析情報の拡充

今回の拡充により、jMorpのメタボロームセクションは、各種疾患等における代謝物の変化を検討するための、よりパワーアップした基盤となり、リファレンスとしての価値がますます高くなりました。また、詳細二次調査由来の検体の解析数が増えたことにより、集団としての経時変化の傾向が、より代表性を示すと言えます。代謝物の変化を詳しく調べることにより、「年をとる」という状態について、分子レベルでの理解が進むのではないかと考えます。今後は引き続きNMR、定量MSともに解析数を増やすとともに、本計画の特徴である、三世代コホート調査の試料を活用し、妊娠女性も含めた幅広いライフステージのメタボローム情報を公開し、ヒトの生涯をカバーするリファレンスパネルに発展させていきます。

jMorp

サイト名
Japanese Multi Omics Reference Panel(jMorp)
言語
英語
URL
jMorp:Japanese Multi Omics Reference Panel

用語説明

*1 ジェノタイプ
遺伝子型。ゲノムの変異・多型の部分における塩基配列の変化(アレル)の組み合わせのこと。
*2 GWAS
ゲノムワイド関連解析(Genome-wide association study)。一塩基多型(SNP)を主とした、ヒトゲノムの全体をほぼカバーする数百万から数千万の変異情報について、形質と合わせて統計学的な処理を行うことで、遺伝子と形質の関連性を調べる遺伝解析手法。多因子疾患の遺伝的要因を検討する有効な手段である。
*3 要約統計量
GWASによる解析結果として得られる一連の情報。一般的には、各ゲノム多型が測定値やリスクにもたらす効果の大きさとその標準偏差を指すが、統計学的有意性を示すP値、多型の名称やID、染色体上の位置情報などを含める場合もある。個人ごとのゲノムデータなどと異なり、プライバシーの問題が生じないため、複数の研究機関でGWASの結果を共有・統合する際の基本的な情報として利用される。
*4 アミノ酸置換
遺伝子の変異・多型によってアミノ酸配列の一部が、異なるアミノ酸に置換されていること。
*5 メタボローム解析
生体内に含まれる代謝物(メタボライト)を網羅的に解析する方法。
*6 酵素反応速度論的パラメータ
酵素タンパク質の代謝能力の程度を表す指標。
*7 長期健康調査
2013年から宮城県及び岩手県で東北メディカル・メガバンク計画により実施されている健康調査。東日本大震災の心身への影響を把握・分析し、地域の保健・医療の向上につなげることを目指している。一般住民を対象とした地域住民コホート調査と家系情報付きの三世代コホート調査がある。全体で15万人以上の方が参加している。
*8 プロテオーム
生体内に含まれるタンパク質。
*9 特定健診相乗り型・地域支援センター型・サテライト型
長期健康調査のリクルート場所は、①地域自治体での特定健康診査会場、②宮城県内の地域支援センター、③岩手県内のサテライト に分かれており、それぞれの参加型を表す。
*10 薬物代謝酵素
生体内に投与された薬物の代謝に関わる酵素タンパク質。
*11 基質薬物
薬物代謝酵素によって代謝される薬物。
*12 ベースライン調査
東北メディカル・メガバンク計画のコホート調査において2013年から2017年にかけて実施したリクルート時の調査。
*13 NMR
NMR 解析は、生体分子を含む様々な分子を強力な磁場の中において、分子中の各原子が持つ核磁気モーメントを計測することにより、分子の構造や量を測定する解析方法。当計画では、NMR解析を用いて生体中の代謝物を網羅的に解析(メタボローム解析)している。
*14 MS
MS(マススペクトロメトリー)は、物質を荷電粒子に変え、質量電荷比(m/z)にて分離されたスペクトルとして検出する解析方法。生体内、食品および環境に含有される様々な物質の存在量を測定することができる。当計画では、MSを用いて生体中の代謝物の定量的な解析(メタボローム解析)を行っている。
*15 詳細二次調査
東北メディカル・メガバンク計画のコホート調査においてベースライン調査から概ね4年経過時点で行われた2回目の詳細調査。

参考1

東北メディカル・メガバンク計画

東北メディカル・メガバンク計画は、東日本大震災からの復興事業として平成23年度から始められ、被災地の健康復興と、個別化予防・医療の実現を目指しています。

ToMMoと岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構を実施機関として、東日本大震災被災地の医療の創造的復興および被災者の健康増進に役立てるために、合計15万人規模の地域住民コホート調査および三世代コホート調査を平成25年より実施し、収集した試料・情報をもとにバイオバンクを整備しています。

東北メディカル・メガバンク計画は、平成27年度より、日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関の役割を果たしています。

参考2

ショーケースGWAS収載の健康関連項目の概要(146件)※重複あり

  宮城・岩手特定健診相乗り型 宮城地域支援センター型 岩手サテライト型
対象人数(人) 47,070 10,836 5,928
検体検査項目      
・血液学検査項目 12 12 6
・生化学検査項目 12 11 13
・尿検査項目 5 4 5
特定健康診査項目a 19 19 25
調査票項目b 3 3 1
生理機能検査項目c 68 34
51 117 84

a 身長、体重、血圧、血中脂質、肝機能など
b 学歴、CES-D、CES-Dに基づく抑うつ判定
c 眼科、肺機能、呼吸抵抗、中心血圧、骨量、頸動脈超音波検査など

参考3

今回対象とした薬物代謝酵素と基質薬物

薬物代謝酵素 遺伝子 基質薬物
CYP1A2 CYP1A2 Phenacetin, 7-ethoxyresolfin
CYP2A6 CYP2A6 Nicotine, Coumarin
CYP2A13 CYP2A13 Nicotine, Coumarin
CYP2B6 CYP2B6 7-ethoxy-4-trifluoromethylcoumarin,Selegiline, Artemether, Efavirenz
CYP2C8 CYP2C8 Paclitaxel, Amodiaquine
CYP2C9 CYP2C9 S)-warfarin, Tolbutamide
CYP2C19 CYP2C19 Clopidogrel, (S)-mephenytoin
CYP2D6 CYP2D6 Bufuralol, N-desmethyltamoxifen,Primaquine, Dextromethorphan
CYP3A4 CYP3A4 Midazolam, Testosterone
CYP4A11 CYP4A11 Arachidonic acid
Dihydropyrimidine dehydrogenase DPYD 5-fluorouracil
Dihydropyrimidinase DPYS Dihydro-5-fluorouracil, Dihydrouracil
Thiopurine
S-methyltransferase
TPMT 6-thioguanine
Xanthine oxidase XDH Xanthine, 6-thioxanthine

お問い合わせ先

研究に関すること

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
基盤情報創成センター長
木下賢吾(きのした けんご)
電話番号:022-274-5952

報道担当

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
長神風二(ながみ ふうじ)
電話番号:022-717-7908 ファクス:022-717-7923
Eメール:pr“AT”megabank.tohoku.ac.jp

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部 ゲノム医療基盤研究開発課
電話番号:03-6870-2228
Eメール:tohoku-mm“AT”amed.go.jp、genomic-medicine“AT”amed.go.jp

※Eメールは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和3年9月30日

最終更新日 令和3年9月30日