プレスリリース 臍帯血DNAメチル化情報の公開―胎児期の情報を集積した世界初の試み―

プレスリリース

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構
岩手医科大学医学部産婦人科学講座
日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 妊娠期間中の胎内環境を反映する臍帯血*1に特有の有核赤血球*2のDNAメチル化*3情報15例分と、在胎週数*4別の臍帯血DNAメチル化情報92例分の統計情報を、マルチオミックスデータベース(iMETHYL*5とjMorp*6)に公開します。
  • 東北メディカル・メガバンク計画では、これまで末梢血由来血球細胞*7のDNAメチル化情報を公開してきましたが、今回、臍帯血有核赤血球の情報を取得したことで、臍帯血DNAを用いた症例対照研究が可能となりました。
  • 胎児期に受けたストレスなど胎児期の環境因子が、生涯に渡って疾患発症リスクを上昇させる可能性など、児にどのように影響を残すのかを研究するための基盤情報として活用されることが期待されます。

概要

東北メディカル・メガバンク計画では、三世代コホート調査*8に参加した妊婦の方々の臍帯血、および岩手医科大学附属病院産婦人科を受診した妊婦の方々から分娩時に収集した臍帯血中の有核赤血球のDNAメチル化状態を解析し、国内外の研究者が参照できるデータベースとして公開しました。対象としたのは、有核赤血球15名の統計量と、母児の主な周産期疾患症例を除外した、妊娠31週から42週までの92例の統計量です。

iMETHYLおよびjMorpにて公開する在胎週数別臍帯血DNAメチル化情報の要約統計量から、在胎週数に沿って変化する、変化しないゲノム領域を区別することが可能になります。また、採取直後に解析した有核赤血球のDNAメチル化情報を利用することで、検体の移送や保管等により生じる影響(バイアス)を補正し、臍帯血を対象とした様々な症例対照研究の実施が可能となります。同様に、有核赤血球のDNAメチル化情報の要約統計量を用いることで、症例対照研究の際に細胞組成量を補正することが可能になります。これらにより、胎児が母体内で経験するエピジェネティックな変化*9を推定することができます。

背景

ヒトを含めた哺乳類では、母体内で受精卵が発生する過程でエピジェネティックなリプログラミングが生じ、適切な時期に適切な部位で適切な遺伝子が働くように調整されます。このうち胎児期や出生直後の期間に経験した環境ストレス*10は、児のエピジェネティックな特徴に生涯に渡って残るような変化を引き起こし、短期的および長期的な疾患発症リスク上昇につながることが指摘されています。この仮説をDOHaD仮説(Developmental Origins of Health and Disease)と呼びます。たとえば妊娠中の食事が制限されると、胎児は低栄養状態に晒されます。その結果、児は生涯に渡って生活習慣病などを発症しやすい体質になります。こういった背景から、生体内の環境因子によって遺伝子発現が調節されるエピジェネティクスの代表であるDNAメチル化状態に注目して、胎児期の環境ストレスがもたらす影響を評価しようとする研究が世界中で行われています。

一方で、胎児の正常な成長過程でもDNAメチル化状態は大幅に変化します。したがって環境ストレスによる変化を正確に捉えるには、正常な状態で生じうる変化を把握しておく必要があります。しかしながら、研究者が在胎週数に沿った正常な変化を把握できる公開データベースはこれまで存在しませんでした。

そこで東北メディカル・メガバンク計画では、岩手医科大学附属病院産婦人科を受診した妊婦の方々、または三世代コホート調査に参加した妊婦の方々から母児の主な周産期疾患を除外した症例を対象として、分娩時に収集した臍帯血のDNAメチル化状態を解析し、国内外の研究者が参照できるデータベースとして公開しました。

臍帯血有核赤血球DNAメチル化情報の公開内容および公開方法

15名の臍帯血から単離した有核赤血球を用いて常染色体上に存在する約2,700万か所の個人ごとのCpG*11のDNAメチル化率を測定し、それらの平均値と標準偏差を公開しました。この検体は、岩手医科大学附属病院で採取後すぐに解析を実施しており、移送や保管等により生じるバイアスを最小限に抑えています。このためバイアスを含む検体の解析値の補正に使用することができます。

在胎週数別DNAメチル化情報の公開内容および公開方法

常染色体上に存在する約150万か所のCpGそれぞれについて、在胎週数2週間ごと、男女別の臍帯血DNAメチル化率の平均値と標準偏差を公開しました(表1)。

表1 iMETHYL掲載に用いられた検体の内訳
週数 31-32 33-34 35-36 37-38 39-40 41-42
10 5 6 9 10 7
2 7 10 11 10 5
合計 12 12 16 20 20 12

検体は単胎妊娠のみが対象です。この検体は三世代コホート調査により得られたものであり、移送や保管等によるバイアスが生じている可能性がありますが、臍帯血有核赤血球DNAメチル化情報により補正済です。

これらの統計情報は、岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM)が管理するウェブサーバー上に構築されたiMETHYLデータベース、または東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が管理するウェブサーバー上に構築されたjMorpデータベースからテキストファイルとしてダウンロードできます。さらにデータベース内に構築されたゲノムブラウザ上*12で閲覧することも可能です。

※公開日:iMETHYL 2021年11月16日/jMorp 2021年12月8日

iMETHYL画面イメージ

今後の展望

iMETHYLまたはjMorpにて公開する在胎週数別臍帯血DNAメチル化情報の要約統計量から、在胎週数に沿って変化する、変化しないゲノム領域を区別することが可能になり、また、有核赤血球のDNAメチル化情報を利用することで臍帯血を対象とした様々な症例対照研究を実施することが可能となります。これにより、胎児が母体内で経験するエピジェネティックな変化を推定することができます。

また今後、母体内で環境ストレスを受けた胎児のDNAメチル化状態を測定する研究が行われる際には、iMETHYLやjMorpと比較することで、様々な要因で変化しうるDNAメチル化サイト*13から、環境ストレスによって変化したDNAメチル化サイトを高精度に発見することが可能になり、環境要因による疾患発症メカニズムの解明につながることが期待されます。

参考

東北メディカル・メガバンク計画について

東北メディカル・メガバンク計画は、東日本大震災からの復興事業として平成23年度から始められ、被災地の健康復興と、個別化予防・医療の実現を目指しています。ToMMoとIMMを実施機関として、東日本大震災被災地の医療の創造的復興および被災者の健康増進に役立てるために、合計15万人規模の地域住民コホート調査および三世代コホート調査を平成25年より実施し、収集した試料・情報をもとにバイオバンクを整備しています。

東北メディカル・メガバンク計画は、平成27年度より、日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関の役割を果たしています。

用語解説

*1 臍帯血
母体と胎児をつなぐ臍帯に含まれる血液。
*2 有核赤血球
核を含んだ赤血球のこと。胎児や新生児の末梢血および臍帯血に含まれる。乳児期以降の末梢血には通常含まれない。
*3 DNAメチル化
DNA分子がメチル基による修飾を受ける現象。とくにDNA塩基のひとつであるシトシンで生じる現象を指すことが多い。DNAメチル化状態は環境要因によって変化することがあり、DNAメチル化状態の変化は遺伝子の働きを変化させることがある。
*4 在胎週数
分娩予定日を40週0日とした分娩時の妊娠週数。
*5 iMETHYL
IMMにて管理しているウェブデータベースおよびゲノムブラウザ(iMETHYL:integrative database of human DNA methylation)。東北メディカル・メガバンク計画の地域住民コホート調査で収集したDNAメチル化情報の要約統計量などを公開している。
iMETHYL
*6 jMorp
ToMMoが公開するデータベースである日本人多層オミックス参照パネル(jMorp:Japanese Multi Omics Reference Panel)。全ゲノムリファレンスパネル、日本人基準ゲノム配列、メタボローム解析情報などを収載する。
jMorp
*7 末梢血由来血球細胞
末梢血は血管中の通常の血液のことを指す。東北メディカル・メガバンク計画で公開している情報は、これまで末梢血由来の血球細胞に限られていたが、今回初めてこれ以外である臍帯血の解析結果を公開した。
*8 三世代コホート調査
ToMMoが実施する、祖父母・父母・児を対象としたコホート調査。生活習慣や生理機能の情報、生体試料を収集している。臍帯血の採取は、参加妊婦さんが出産したそれぞれの産科医療機関にて行われる。
*9 エピジェネティックな変化
DNAの塩基配列の変化を伴わない、遺伝子の働きの変化。DNAメチル化が代表例である。また、エピジェネティックな現象の総体をエピジェネティクスと呼ぶ。
*10 環境ストレス
児に対してストレスとなる様々な外的要因。たとえば母体の低栄養、喫煙、飲酒、不安など。
*11 CpG
DNAメチル化はDNA中の塩基にメチル基(-CH3)が付加されるDNA修飾のひとつである。CとGが連続して並ぶ2塩基をCpGと呼び、哺乳類のゲノム中のCpGの60-90%はメチル化されている。
*12 ゲノムブラウザ
DNAメチル化率などの遺伝的な情報をゲノム上に表示させて閲覧するシステム。
*13 DNAメチル化サイト
メチル化されたCpGをDNAメチル化サイトと呼ぶ。

お問い合わせ先

本研究に関すること

岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構
副機構長 清水厚志
電話番号:019-651-5111(内線5472)
Eメール:ashimizu“AT”iwate-med.ac.jp

本研究の臨床情報に関すること

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
地域医療支援部門長 菅原準一
電話番号:022-273-6283
Eメール:jsugawara“AT”med.tohoku.ac.jp

報道担当

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
広報戦略室長 長神風二(ながみ ふうじ)
電話番号:022-717-7908 ファクス:022-717-7923
Eメール:pr“AT”megabank.tohoku.ac.jp

岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構
広報・企画部門長 遠藤龍人
電話番号:019-651-5111(内線5508/5509)
Eメール:megabank“AT”j.iwate-med.ac.jp

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部 ゲノム医療基盤研究開発課
電話番号:03-6870-2228
Eメール:tohoku-mm“AT”amed.go.jp

※Eメールは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和3年11月16日

最終更新日 令和3年11月16日