プレスリリース 世界初・日本発:ミトコンドリア病克服への第一歩―ミトコンドリア病治療薬MA-5の成人健常者を対象とした臨床試験を開始―

プレスリリース

東北大学
日本医療研究開発機構

研究のポイント

  • 研究代表者が開発したMA-5は、ミトコンドリア病注1患者さんの細胞や病態モデル動物で効果が確認されている画期的なミトコンドリア病治療薬候補化合物です。
  • 成人健常者56人を対象としてMA-5の経口投与を行う臨床試験を、AMEDムーンショット型研究開発事業注2の支援により開始します。
  • この臨床試験は成人健常者を対象として行い、MA-5の安全性・体内動態を確認することを目的としています。

研究概要

ミトコンドリア病は、細胞内のエネルギー(ATP注3)産生工場であるミトコンドリアに障害をきたした疾患で、神経・筋、循環器、代謝系、腎泌尿器系、血液系、視覚系、内分泌系、消化器系でエネルギー産生の低下がおこり、幼少期から非常に重篤な障害をきたす希少疾患です。しかし現時点では、治験で効果があると厳密に確定された治療薬はタウリン以外ありません。東北大学大学院医学系研究科および医工学研究科の阿部高明教授らが開発してきた新規化合物 Mitochonic acid-5(ミトコニック アシッド5、以下MA-5)は、既存薬とは異なる全く新しいメカニズムのミトコンドリア病治療薬として期待されています。MA-5はミトコンドリア病患者さん由来の培養細胞の細胞死を抑制し、ミトコンドリア病のモデルマウスにおいて心臓・腎臓の呼吸を改善し、生存率を上昇させました。本研究グループは、MA-5を成人健常者に投与し、その安全性を確認する第1相臨床試験を2022年1月より開始します。この試験により、MA-5を人に対して投与することの安全性、MA-5が人体でどのように吸収されて、血液中でどのように運ばれるか、どのように代謝されるか(体内動態)を確認します。

本試験終了後には、実際の患者さんに対してMA-5を投与する第2相臨床試験を行う予定です。本研究は、有効な治療法がない希少難病であるミトコンドリア病の進行抑制や治療につながり、将来的には、同様にミトコンドリア機能の低下により生じる難聴、サルコペニア、ALS、パーキンソン病などの疾患の発症予防や治療に役立つことが期待されます。

研究内容

ミトコンドリアは細胞内のエネルギー産生工場というべき細胞小器官であり、生命活動維持に必要なエネルギー(ATP)の約95%を産生しています。ミトコンドリアの機能が異常となるとATP産生が低下し、結果として全身性の臓器障害、いわゆるミトコンドリア病を引き起こすことが明らかにされています。ミトコンドリア病の治療として、これまでビタミン剤の内服などが行われてきました。しかしながらミトコンドリア病による臓器障害は進行性で有効な治療薬がなく、早期の治療法の開発が望まれていました。

東北大学大学院医学系研究科および大学院医工学研究科の阿部高明教授らのグループは腎臓病患者の血液中にATP産生亢進作用があるインドール化合物が含まれていることを発見しました。そこでその化合物の誘導体ライブラリーをスクリーニングし、新規化合物MA-5を発見しました。MA-5はミトコンドリアの内部構造(クリステ注4)を維持する重要なタンパク質であるミトフィリン注5に結合し、さらにATP合成酵素と複合体を形成することで、ATPの産生効率を高めるという新しいメカニズムを持つ化合物です。(下図参照)

MA-5は、ミトコンドリアの内部構造クリステを維持するタンパク質であるミトフィリンと結合し(右図の赤矢印)、さらにATP合成酵素と複合体を形成することで(右図の黒矢印)、生命活動に必要なエネルギーとなるATPの産生効率を高めます。

これまでの研究において、MA-5は様々な遺伝背景を有する25名のミトコンドリア病患者由来皮膚線維芽細胞に対し、24名(96.6%)の細胞で酸化ストレスによる細胞死に対する保護効果を有すること、またどの電子伝達系の部分が障害を受けていても効果があることを明らかにしてきました。またミトコンドリア遺伝子に異常があるミトコンドリア病モデルマウス(Mito-mouse)の心臓や腎臓の呼吸を改善、生存率を上昇させることも明らかにしてきました。

このようにMA-5の有効性はミトコンドリア病の患者さんの皮膚培養細胞やモデル動物では示されていますがヒトでの効果はまだ分かっていません。また人において経口投与した場合に、MA-5が人の体内にどの程度吸収・代謝され、各種臓器に対してどのような影響を与えるかについても不明です。そこで今回阿部高明教授を研究責任者としてMA-5の第1相臨床試験を開始することになりました。本試験は20歳以上45歳以下の健康な男性56人を対象に、試験期間中に異なる量のMA-5を投与して、MA-5が人の体内にどの程度吸収され、血液中にどのように現れるかという体内動態を調べるとともに、生理学的検査や血液検査によりMA-5を投与した場合の安全性を確認する試験を行うことを予定しております。

本研究によりMA-5のヒトでの安全性と体内動態を確認できた場合には次の段階としてミトコンドリア病の治療薬として患者さんに投与する第2相臨床試験の実施を目指します。本研究によりMA-5の人での安全性や体内動態が確認されれば、ミトコンドリア病に限らずミトコンドリアの機能低下に伴い生じる難聴、サルコペニア、ALS、パーキンソン病などの疾病の治療薬として展開することも期待されます。また本研究は「早期に老化・フレイルを検知し負荷のない介入・治療による健康長寿社会を達成」を目標とするムーンショット型研究開発事業に大きく寄与するものです。

なお東北大学、東北大学病院では今回の臨床試験に関して、試験参加者(成人健常者)の募集は行っておりません。

支援
本研究はAMEDムーンショット型研究開発事業および東北大学病院臨床研究推進センター(CRIETO)の支援を受けて行われる予定です。

用語説明

注1 ミトコンドリア病
生命活動に必要なエネルギーであるATPの約95%を産生するミトコンドリアの機能異常により引き起こされる疾患です。ミトコンドリアは全有核細胞に存在するために、脳、心臓、腎臓、膵臓など全身のあらゆる臓器の機能低下により神経障害や心不全、腎不全、糖尿病などの疾患が起こります。
注2 AMEDムーンショット型研究開発事業
我が国発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進する事業です。AMEDでは、ムーンショットの目標7「2040年までに、主要な疾患を予防・克服し、100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサスティナブルな医療・介護システムを実現」の達成に向けて研究開発に取り組んでいます。
注3 ATP(adenosine triphosphate:アデノシン3リン酸)
生体内エネルギーとして使用される化学物質です。ミトコンドリアに存在する酵素により合成されます。
注4 クリステ
ミトコンドリア内膜にある折りたたみ構造です。特徴的な襞(ひだ)を形成して、化学反応が起こる表面積を大きくしています。
注5 ミトフィリン
ミトコンドリア内膜のクリステ構造に存在するタンパク質です。クリステ構造を維持する重要な役割を果たしています。

お問い合わせ先

研究に関すること

東北大学大学院医学系研究科病態液性制御学分野
東北大学大学院医工学研究科分子病態医工学分野教授 阿部高明
Eメール:mitomoonshot“AT”med.tohoku.ac.jp

取材に関すること

東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
東北大学病院広報室
電話番号:022-717-8032 FAX番号:022-717-8187
Eメール:press“AT”pr.med.tohoku.ac.jp

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構
研究開発統括推進室
基金事業課(ムーンショット事務局)
Eメール:moonshot“AT”amed.go.jp

※Eメールは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和3年12月6日

最終更新日 令和3年12月6日