プレスリリース iPS細胞リプログラミングによるトリソミー染色体の自己修正―ダウン症患者の染色体の修正による新たな治療法に向けて―

プレスリリース

広島大学
日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント

  • 常染色体トリソミー症候群の患者細胞からiPS細胞を樹立すると、過剰染色体が喪失して染色体数が正常化することを明らかにしました。
  • 初期胚でも同様な現象が知られており、共通のメカニズムが示唆されました。

概要

広島大学原爆放射線医科学研究所の松浦伸也教授、Silvia Natsuko Akutsu助教、埼玉県立小児医療センター遺伝科の大橋博文部長らのグループは、ヒトの主要なトリソミー症候群である21、18、13トリソミーおよび9トリソミーの患者細胞をiPS細胞リプログラミング(※1)をしたところ、過剰染色体がランダムに喪失して正常核型(※2)に自己修正されることを明らかにしました。

本研究成果は、2022年3月11日午前4時(日本時間)に米国の科学雑誌「PLOS ONE」のオンライン版に掲載されました。

発表論文

論文名
iPSC reprogramming-mediated aneuploidy correction in autosomal trisomy syndromes
著者名
Silvia Natsuko Akutsu, Tatsuo Miyamoto, Daiju Oba, Keita Tomioka, Hiroshi Ochiai, Hirofumi Ohashi, Shinya Matsuura
DOI番号
10.1371/journal.pone.0264965

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)成育疾患克服等総合研究事業「モザイク型21トリソミーの発症機序の解明」(研究開発代表者:松浦伸也)、文部科学省科学研究費補助金、厚生労働省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

背景

常染色体トリソミー症候群は、1対の相同染色体(※3)に加えて、特定の相同染色体を1本過剰に持つ染色体異常症です。ダウン症として知られる21トリソミーの他に、18トリソミーや13トリソミーがあります。いずれも卵子や精子が作られる過程で、染色体が正常に分離しないことに由来します。根本的な治療法は今のところ確立されていませんが、培養細胞で過剰な染色体を修正する新たな治療法の開発が進められています。

研究成果の内容

最近、ダウン症患者細胞をiPS細胞リプログラミングすると、トリソミー染色体(※4)に偏って染色体が損失する現象が報告されました。そこで、ヒトの主要なトリソミー症候群(21、18、13、9トリソミー症候群)患者8人の皮膚線維芽細胞を入手して、iPS細胞を190クローン樹立し、全てのクローンについてゲノムDNAのコピー数を網羅的に調べました。その結果、各トリソミー症候群の少なくとも1つの細胞株において、トリソミーレスキュー(※5)現象が確認されました(図1)。染色体の喪失は、親の由来に関係なく起こっていました。こうした結果から、iPS細胞リプログラミングによって多能性が誘導されると、1)トリソミー染色体のうち1本がランダムに細胞から喪失する、2)ダイソミーに正常化した細胞が選別されて単一iPS細胞コロニーを形成することが考えられました。さらに、染色体が喪失するメカニズムとして、後期ラギング(※6)が推定されました(図2)。

図1 染色体解析。左:13トリソミー症候群患者の皮膚線維芽細胞、右:樹立したiPS細胞クローン。iPS細胞クローンは調べた20個のメタフェースすべてが正常核型を示しました。
図2 iPS細胞リプログラミングによるトリソミーレスキューのモデル

今後の展開

トリソミーレスキューは、着床前の初期胚でも観察されており、染色体数を正確に保つ生体のメカニズムの一つと考えられます。iPS細胞のトリソミーレスキューは、初期胚のトリソミーレスキューとメカニズムを共有する可能性があることから、本研究成果は生殖補助医療への貢献が期待されます。また、iPS細胞リプログラミングによるトリソミーレスキューは、ゲノム操作を伴わない染色体を修正する新たな治療法として、不妊症やがん治療などの再生・移植医療への応用が期待されます。

また、放射線被ばくは、染色体の数や構造異常を引き起こします。しかし次世代への遺伝的影響はヒトで確認されていません。本研究成果は、放射線被ばくで遺伝的影響が見られないことの解明に結びつく可能性があります。

用語説明

(※1)iPS細胞リプログラミング
体細胞に特定の4因子を導入して未分化な状態(iPS細胞)にすること。
(※2)核型
細胞に含まれる染色体一式。ヒトの正常核型は、22対の常染色体と1対の性染色体の合計46本から構成されています。
(※3)相同染色体
遺伝子配列がすべて相同な1対の染色体。片方は父に由来し、他方は母に由来します。
(※4)トリソミー染色体
染色体は本来2本のペアですが、3本になった数的異常をトリソミー染色体と呼びます。これに対して、2本のペアをダイソミーと呼びます。
(※5)トリソミーレスキュー
トリソミー染色体を持つ細胞が、細胞分裂時に過剰な染色体を排除して正常核型となること。
(※6)後期ラギング
細胞分裂の後期で、特定の染色体が遅れて分離する現象。分離が遅れた染色体は、主に微小核となって細胞から排除されます。

お問い合わせ先

研究に関すること

広島大学原爆放射線医科学研究所 教授 松浦 伸也
TEL:082-257-5809
E-mail:shinya”AT”hiroshima-u.ac.jp

報道に関すること

広島大学 広報部 広報グループ
TEL:082-424-3701 FAX:082-424-6040
E-mail:koho”AT”office.hiroshima-u.ac.jp

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部 医療技術研究開発課
TEL:03-6870-2221  
E-mail:birthday-ask”AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和4年3月11日

最終更新日 令和4年3月11日