プレスリリース 医療の区分化における難病当事者の抱える困難―22q11.2欠失症候群にともなう重複障害の医療人類学的分析―

プレスリリース

東京大学
日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 先天性心疾患などの身体疾患と知的障害、精神症状を併存する22q11.2欠失症候群の医療的ケア児と家族の心理社会的困難を分析し、臓器別医療と当事者ニーズの「見えにくいミスマッチ」を示し、「医療の区分化」という概念を提唱しました。
  • 複数の疾患・障害を併せ持つ人が、一つ一つの疾患・障害に対して特化した既存のサービス枠組みに当てはまらず心理社会的困難を抱えることを明らかにしました。
  • 縦割りの医療構造を見直し、誰も取り残さないインクルーシブな医療と医学教育への転換の必要性を提示しました。

概要

東京大学医学部附属病院の笠井清登教授(東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者)、熊倉陽介助教、東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎教授、慶應義塾大学文学部の北中淳子教授、ミシガン大学医学部内科学部門・人類学部のスコット・ストニングトン准教授の国際共同研究グループは、先天性心疾患、知的障害、精神症状などが重なる難病「22q11.2欠失症候群(注1)」をもつ子どもと家族の心理社会的困難を質的に分析しました。その結果、臓器ごとに縦割りで提供される医療サービスと、重複障害をもつ当事者のニーズとの間に見えにくいミスマッチが生じることを明らかにし、新たに「医療の区分化(medical compartmentalization)」という概念を提唱しました。従来は、疾患や障害ごとのサービスを積み重ねれば包括的支援になると考えられてきましたが、実際にはどの制度にも適切に当てはまらず、心理社会的困難を招くことが示されました。本研究は、複雑な障害に対応するために医療サービスの構造や医療者教育の変革が必要であることを示し、難病支援にとどまらず、誰一人取り残さないインクルーシブな医療の実現に向けたユニバーサルデザインの重要性を訴えています。

本研究成果は、2025 年11月13日(英国時間)に国際医学雑誌『The Lancet』のオンライン版に掲載されました。

発表内容

研究グループは、先天性心疾患や発達障害など複数の病態を併せ持つ患者が、既存の医療制度の「区分化」(注2)によって適切な支援を受けられない現状を明らかにしました。本研究では、以下に示すとおり、22q11.2欠失症候群をもつ女性「こころ(仮名)」の事例を通じて、医療の縦割り構造が患者と家族に深刻な影響を与えることを示しました。この事例は、東京大学医学部附属病院で運営されている22q11.2欠失症候群メンタルヘルス専門外来を受診した患者および、これまでに実施した研究調査・インタビューに参加した患者をもとに、プライバシーに十分配慮して合成した模擬症例です。

事例提示

こころさんは幼少期に心疾患の手術を受け、境界域の知的障害や自閉スペクトラム症の診断を受けました。学校生活では配慮が得られず、いじめや嘲笑を受けた結果、思春期に精神病症状を発症しました。しかし、心疾患や精神症状などが重なったために「複雑すぎる」と複数の医療機関から受診を断られ、適切な治療が長らく得られませんでした。やがて高校を中退し、家族も精神的に追い詰められていきました。
その後、こころさんは学際的なケアを実践する精神科につながり、包括的なアセスメントや同じ立場の仲間との交流を得ることができました。家族もピアサポート(注3)に参加し、以前よりも安心した生活を送っています。しかし今後の心疾患再手術や両親の高齢化など課題は残っており、医療と社会全体での対応が求められます。

研究グループはこのような現象を「医療の区分化(medical compartmentalization)」と定義しました。専門科ごとの分断、小児から成人医療への移行の断絶、患者本人のみを対象とした制度設計などが重なり、病態全体を見渡した支援が行われにくくなることを指摘しました。日本の医療制度では特に専門分化が進んでおり、この問題は顕著ですが、世界的にも普遍的な課題です。

22q11.2欠失症候群では、染色体の欠失部位に複数の遺伝子が含まれているため、さまざまな身体器官の形成や機能の発達に影響が及びます。その結果、乳幼児期には先天性心疾患、学童期には知的障害や強い不安・感覚過敏、思春期には精神症状といったように、人生の各段階で複数の障害が重なって現れていきます。

一方で、医療は「A科」「B科」「C科」といった形で区分化されており、総合病院であっても診療科の偏りや不足があるのが現状です。たとえば、A科ではAという疾患だけであれば診られるが、AとCが同時にある人は受け入れられない、といった「たらい回し」が起きています。最終的に優秀な専門医(通常の医師より重症な人を診る能力を有することを矢印で表現しています、図1)のもとを訪れても、合併する他の疾患のために「診られない」と断られてしまうことも少なくありません。

こうした区分化は医療だけでなく、社会環境にも存在します。教育の場では、普通学級、特別支援学級、さらに肢体不自由や知的障害のための特別支援学校といった制度があります。しかし、これらは基本的に「単一の障害」を想定しており、ある程度の合理的配慮はなされます(矢印で表現、図1)が、複数の障害が重なっている子どもは、どこにも適切に当てはまらないという状況が生じています。

身体・知的・精神的な多様性が重なっていても、誰一人取り残さない環境を整えることこそが「包摂(インクルーシブ)」の本来の意味です。しかし現状では、医療や教育の「コンパートメント化(分断化)」により、基本的人権である医療や教育を受ける権利が十分に守られておらず、22q11.2欠失症候群の当事者と家族はその中で苦しんでいます。

図1:医療における区分化

今回の分析から、(1)重複障害を有する患者の支援を医学教育に取り込み、区分化を乗り越える視点を養うこと、(2)ライフコース全体や家族を含めたケアにおける連携の構築、(3)障害者権利条約に基づく人権の視点や当事者参画(コ・プロダクション)を制度設計に取り入れること、が必要であるという教訓が得られました。本研究は、複雑な病態を抱える患者が誰一人取り残されず、安心して医療と社会資源につながるための新たなモデル構築に向けた第一歩となるものです。

本研究は、研究者ならびに日本における22q11.2欠失症候群の当事者・家族の会「22Heart Club」の皆さんとの「研究の患者・市民参画(patient and public involvement[PPI])」の成果であり、東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会は、22q11DSに関する診療記録の後方視的調査ならびに量的・質的調査やインタビュー研究を承認しています(承認番号:3349および2018015NI)。また、論文投稿に際しては「22 Heart Club」の代表、副代表の立場の方々から貴重なご意見を賜り、かつ「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に準拠して執筆しています。

発表者・研究者等情報

東京大学
大学院医学系研究科
脳神経医学専攻 臨床神経精神医学講座
笠井 清登 教授
兼:医学部附属病院 精神神経科 科長
兼:国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN) 主任研究者

医学部附属病院 精神神経科
熊倉 陽介 助教

先端科学技術研究センター
熊谷 晋一郎 教授

論文情報

雑誌名
The Lancet(“CASES IN GLOBAL SOCIAL MEDICINE” Perspectivesに掲載)
題名
Medical Compartmentalization: A 22-year-old Woman with 22q11.2 Deletion Syndrome in Japan
著者名
Kiyoto Kasai, Yousuke Kumakura, Junko Kitanaka, Shin-ichiro Kumagaya, Scott Stonington
DOI
10.1016/S0140-6736(25)02267-6
URL
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(25)02267-6/fulltext

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業「学術変革領域研究(A)「当事者化」人間行動科学:相互作用する個体脳と世界の法則性と物語性の理解(課題番号:JP 21H05171, JP21H05174, JP21H05175)」、基盤研究(B)「重複障害を呈する医療的ケア児と家族の移行期における意思決定支援のPPI型研究(課題番号:JP23K27525)」、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「身体・知的・精神3障害を併存する難病モデルとしての22q11.2欠失症候群AYA世代の統合的支援に向けたエビデンス創出」(課題番号:20ek0109369)、AMED研究倫理・社会共創推進プログラム「精神疾患領域の研究における共創プラットフォームの開発研究(課題番号:JP25oa0439005)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)22q11.2欠失症候群(にじゅうにきゅーいちいちてんに けっしつしょうこうぐん)
22対46本ある染色体の22対目の片方の部分(長腕11.2領域)が欠損することによって定義づけられる染色体起因疾患で、国の指定難病とされています。合併症は多岐にわたり、症状に個人差はありますが、心疾患異常、特有の顔貌、胸腺低形成、口蓋裂などを併存します。身体疾患や身体障害に加え、軽度の知的障害や発達障害を併存することが多く、近年の研究から、思春期以降に統合失調症様の精神病症状や不安などの精神症状を発症ことが少なくないということがわかってきました。
参考:東京大学医学部附属病院精神神経科 22q-pedia
(注2)医療の区分化(Medical Compartmentalization)
医療の区分化とは、医学的サービスが身体器官、病理過程、年齢、その他の特性に基づいて細分化されることを指します。複数の特徴を併せ持ち、どのカテゴリーにも当てはまらない患者にとっては、有害となることがあります。
(注3)ピアサポート(Peer Support)
同じ立場や同じ課題に直面している仲間どうしで支えあうことを意味します。精神障害、身体障害、知的障害、難病、高次脳機能障害などを自身として経験することや、それらの障害を持つ本人を支えてきた家族としての経験などを活かして、同じ立場や課題に直面している人を仲間として支えていく、さまざまなピアサポート活動が行われています。

お問い合わせ先

研究内容について

東京大学医学部附属病院
教授 笠井 清登(かさい きよと)

機関窓口

東京大学医学部附属病院 パブリックリレーションセンター
担当:渡部、小岩井
Tel:03-5800-9188 E-mail:pr"AT"adm.h.u-tokyo.ac.jp

東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
広報担当
E-mail:pr.ircn"AT"gs.mail.u-tokyo.ac.jp

東京大学先端科学技術研究センター 広報広聴・情報支援室
Tel:03-5452-5424 E-mail:press"AT"rcast.u-tokyo.ac.jp

AMED事業に関する問い合わせ先

日本医療研究開発機構(AMED)
研究開発戦略推進部 社会共創推進課
Tel:03-6682-5856 E-mail:co-creation"AT"amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和7年11月14日

最終更新日 令和7年11月14日