成果情報 ベトナムに広がる結核の特徴と危険因子をゲノムレベルで解明-外国生まれ結核患者の増加を背景に

令和2年1月16日成果情報

公益財団法人結核予防会 結核研究所
学校法人北海道科学大学
国立大学法人長崎大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

近年、我が国における外国出生者の増加に伴い、アジアから持ち込まれる結核が急増しています。特に、北京型結核菌群は、ヒトへの伝播能が高く、薬剤耐性を獲得しやすく、治療後の再発が多いことが報告され、公衆衛生上、大きな問題になっています。このような病原体の性質に関連した因子を特定することは感染症対策の基盤になります。

結核予防会結核研究所 慶長直人副所長、同生体防御部 土方美奈子部長、北海道科学大学薬学部 薬学科 基礎薬学部門 生命科学分野の前田伸司教授、国立国際医療研究センター・バックマイ病院医学共同研究センターのNguyen Thi Le Hang博士、ハノイ市肺病院のPham Huu Thuong院長らの研究グループは、これまで結核高まん延国であるベトナムで、のべ1,000名以上の患者の研究参加による結核コホート研究を遂行してきました。

本研究では、大量並列シークエンス法※1を用いて、ベトナム、ハノイ市における初回耐性結核菌※2の広がりをつぶさに明らかにするとともに、ゲノムワイド関連解析※3の手法により、一次抗結核薬であるイソニアジドに対する主要耐性変異(katG-S315T)の伝播力と密接に関係する病原体因子を網羅的に探索しました。特に関連解析の結果、再現性があった5つの遺伝子(後述)は、今後、多剤耐性菌の伝播防止の標的として注目されます(図1)。これらの研究成果は、10月25日の「Scientific Reports」誌に掲載されました。

引き続いて、共同研究者とオープンソースのコンピュータ解析ツールを開発して、結核菌の伝播状況把握の基盤となる遺伝型別※4、遺伝系統※5および株の同一性に関して蓄積してきた古典的解析データと、今回得られた全ゲノム解析※6データを用いた双方向的な検討を行いました。この比較分析手法により、ベトナム、ハノイ市に広がる第1、第2、第4系統の結核菌の特徴、特に第2系統である北京型株のまん延、伝播状況を新旧両法で正確に把握することができました(図2)。これらの研究成果は、11月6日に「Infection, Genetics and Evolution」誌のオンライン版に掲載されました。

本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の感染症研究国際展開戦略プログラム(J-GRID)による支援の下、ベトナム長崎大学国際共同研究拠点プロジェクトの委託研究として実施されました。

ポイント

  • 多剤耐性結核への移行段階として重要なイソニアジド耐性(katG-S315T)菌の広がりに関連する病原体因子を複数同定しました。
  • ベトナム、ハノイ市にまん延する第1、第2、第4系統の結核菌の特徴、特に第2系統である北京型株のまん延状況を明らかにしました。
  • 古典的結核菌型別法と全ゲノムシークエンスデータを直接比較して、ハノイ市に広がる結核の過去、現在の姿を明らかにしました。

研究の背景

現在、我が国の20歳代の結核の71%は、外国生まれの患者で占められており、その中でも、ベトナムからの患者数は急増し、国別でフィリピンに次いで2位を占めています(2018年、結核の統計、結核予防会結核研究所疫学情報センター集計)。言語や文化の違いにより、外国生まれの患者の結核診断、治療、まん延防止には常に困難が伴います。特にベトナム結核の特性を知るには、現地でのコホート研究が重要という考えから、J-GRIDプロジェクトを実施してきました。その過程で、ベトナム、ハノイ市の結核患者は、未治療でも4人に1人が代表的抗結核薬であるイソニアジドに対して耐性を示すことを明らかにして、対策の必要性を報告してきました(Hang NTL et al., PLoS One 2013、Maeda S et al., Tuberculosis 2014)。

結核予防会結核研究所では、日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて、アジア各国の結核菌ゲノム情報とメタデータを統合したアジア結核菌ゲノムデータベース-GReAT(オミックス情報に基づく結核感染制御技術の開発研究、代表 御手洗聡)を構築してさまざまな研究を実施しています。

研究の内容

本研究では、大量並列シークエンス法を用いて、ベトナムにおける初回耐性菌の広がりを詳細に明らかにするとともに、ゲノムワイド関連解析の手法により、ゲノム上の変異数の株間の違いによって定義されるクラスター※7を指標に、イソニアジド耐性(katG-S315T)菌の伝播に関係する遺伝子を複数同定しました。我々のコホート研究とともに、SRA(Sequence Read Archive)と呼ばれる公共データベースに登録されている南アフリカコホートの全ゲノムデータを取得して解析を加えた結果、共通に有意であった5つの遺伝子PPE18/19, gid, emrB, Rv1588c, pncAは、多剤耐性菌の伝播を防止するための標的として注目されます。特にPPE18は新規結核ワクチンに使用される候補分子としても期待されています。

図1:結核菌における薬剤耐性変異の蓄積とまん延に関するモデル
薬剤耐性変異は、しばしば菌の生存には不利に働きます(下向き矢印)が、時間の経過とともに、代償性の機序を獲得することにより回復して(上向き矢印)、多くの薬剤に対する耐性を獲得しつつ、広がっていくことになります。

引き続いて、上記研究の基盤となる結核菌の遺伝型別、遺伝系統および株の同一性に関する新旧の型別法の特性を比較検討し、更にオープンソースのpythonツールを開発し、反復配列多型※8の繰り返し数の推定と、繰り返し配列内部の塩基多型解析を実施しました。その結果、ベトナム、ハノイ市に広がる第1、第2、第4系統の結核菌の特徴、特に第2系統である北京型株のまん延状況が新旧両法で明らかになりました。これらの分析手法により、これまで古典的な方法で蓄積された結核菌型別情報と全ゲノム解析データを直接比較、対応づける道が開かれました。

図2:ベトナム、ハノイ市新規結核患者の分子系統解析
ハノイ市では、第2系統(lineage2, L2)の結核菌が半数以上を占めており、治療を始める前からイソニアジド、リファンピシンの両薬剤に対して耐性(MDR_1)を獲得している菌が散見されました。

今後、更に線形混合モデル※9、収れん進化※10の特性を利用したゲノムワイド関連解析にin vitroモデル、動物モデルを併用して、結核の特性となる表現型と宿主の個体差、病原体因子との関連を明らかにしていきます。ベトナム結核コホート研究を継続することにより、治療法の変遷に伴う再発、再感染率の推移、まん延する菌系統、薬剤耐性率の経年変化を明らかにしつつあります。現場で、臨床疫学的に抽出される問題点を、これらの手法を用いて解決し、国内外の結核対策に寄与することを目指しています。

用語解説

※1 大量並列シークエンス法:
旧来のシークエンス法では、一つのサンプルのDNA断片からは一繋がりの塩基配列しか決定できませんでしたが、大量並列(次世代)シークエンス法では、一度に何百万ものDNA断片を同時に配列決定できるため、一回の施行で著しく多くの情報を得ることができます。今回のような大規模解析にはコンピュータ解析技術が必要ですが、検体数が少なければ、ウェブ上での解析も可能です(TGS-TBツールなど)。
※2 初回耐性結核菌:
感染伝播力があり、最初の治療を始める前からすでに薬剤耐性を獲得している結核菌のことを指しています。
※3 ゲノムワイド関連解析:
ゲノム全体の塩基配列の違い、注目している生物の性質や特徴との関連を統計的に調べる方法ですが、何回も検定を繰り返したり、遺伝的に不均一な集団を扱うことによって誤った結果が導かれることのないように、解析の際にいくつかの工夫を施す必要があります。
※4 遺伝型別法:
同種の病原体を遺伝的な違いによって詳細に分類する方法を遺伝型別法と呼んでいます。結核菌ではこれまで、PCR増幅を利用した反複配列多型法、スポリゴタイピング法、大規模配列多型、一塩基多型タイピング法などの手法により、遺伝型が決定されてきました。
※5 遺伝系統:
進化によって規定される生物のグループ分けのことであり、結核菌では、現在、7系統あることが報告されています。第1系統はインド洋沿岸から東南アジアにかけて、第2系統は東アジアを中心に広い範囲に分布し、第3系統は東アフリカ、インドを中心に、第4系統は主にアメリカ大陸、ヨーロッパ、アフリカに広がっています。第5、第6、第7系統はアフリカ大陸に固有と報告されています。わが国の結核菌は第2系統の株が多いのですが、第4系統の亜型も見られます。
※6 全ゲノムデータ:
結核菌のゲノムサイズはおよそ440万塩基対であり、4,000個ほどの遺伝子が認められます。
※7 クラスター:
結核菌の株同士を比較して、ゲノム上に異なる変異がほとんど存在しなければ、それらの株は由来が同じものと考え、クラスターと呼びます。全ゲノム解析では、これまでの研究により、片方の株だけに認められる変異数が5個以下であれば、同一クラスターに属し、二つの菌株の由来は同じとみなされています。
※8 反復配列多型:
結核菌のゲノムには、特定の長さの塩基配列の繰り返しが続く領域がいくつもあり、異なる株を比較すると、しばしば繰り返し配列のコピー数(VNTR)に違いが見られることが知られています。従来、二つの株の由来が同じか違うかを判定するために、PCR法を用いて、12か所以上の多型部位をタイピングしてきましたが、正確に判定できない場合もありました。
※9 線形混合モデル:
統計モデルの一つです。ゲノムワイド関連解析においては、遺伝的に不均一な集団を考慮しないと誤った結果が導かれることがあるため、あらかじめ不均一さを組み込んで統計解析を行う場合に用いられます。
※10 収れん進化:
遺伝系統にかかわらず、環境に応じて特定の分子が機能的に同じ方向に進化してきた減少であり、その共通の遺伝子変異は、菌が系統を越えて環境に適応し、生存する上で重要と考えられます。

謝辞

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の感染症研究国際展開戦略プログラムのサポートを得て研究を実施しました。

論文情報

タイトル
“Whole genome sequencing, analyses of drug resistance-conferring mutations, and correlation with transmission of Mycobacterium tuberculosis carrying katG-S315T in Hanoi, Vietnam”
著者
Hang NTL, Hijikata M, Maeda S, Thuong PH, Ohashi J, Van Huan H, Hoang NP, Miyabayashi A, Cuong VC, Seto S, Van Hung N, Keicho N.
掲載誌
Scientific Reports
DOI
10.1038/s41598-019-51812-7
タイトル
“Genotyping of Mycobacterium tuberculosis spreading in Hanoi, Vietnam using conventional and whole genome sequencing methods”
著者
Maeda S, Hijikata M, Le Hang NT, Thuong PH, Van Huan H, Hoang NP, Van Hung N, Cuong VC, Miyabayashi A, Seto S, Keicho N.
掲載誌
Infection Genetics and Evolution
DOI
10.1016/j.meegid.2019.104107

お問い合わせ先

研究について

結核予防会結核研究所
副所長 慶長 直人
TEL:042-493-5711(代表)
E-mail:nkeicho“AT”jata.or.jp

広報担当

結核予防会結核研究所
事務部研究支援室
室長 吉田 達也
TEL:042-493-5711(代表)
E-mail:tyoshida “AT” jatahq.org

AMEDの事業に関して

日本医療研究開発機構 戦略推進部感染症研究課
TEL:03-6870-2225
E-mail:jgrid“AT”amed.go.jp

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最終更新日 令和2年1月16日