成果情報 スフィンゴミエリン(d35:1)は肺腺癌根治手術後の再発を予測するバイオマーカーの候補である―手術後の適切な抗癌剤投与を目指して―

成果情報

国立大学法人浜松医科大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

概要

浜松医科大学細胞分子解剖学講座・外科学第一講座・腫瘍病理学講座の共同研究グループは、肺腺癌に含まれる脂質―スフィンゴミエリン(d35:1)―が肺腺癌手術後に起こる再発を高い精度で予測するバイオマーカーになり得ることを見出しました。この研究成果は、国際学術誌 「BMC Cancer」に2020年8月24日に掲載されました。

研究の背景

肺癌の根治手術後、再発を予防するために抗癌剤を投与します。しかし術後再発を客観的に予測することは既存の病理学的指標では難しいため、本当に抗癌剤を必要とする再発リスクの高い患者さんを予測し適切な治療を進めるための新しい指標が求められていました。

脂質代謝の変化は癌の悪性度に関係することが知られていたため、再発を来す悪性度の高い肺癌にはその指標となる脂質が存在すると予想しました。本研究では、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)を使用して肺腺癌の手術検体から抽出された脂質プロファイルを調査し、術後再発リスクの指標となる脂質を探索しました。

研究の成果

再発群(10例)と非再発群(10例)において初回手術時に切除された癌組織に含まれる脂質を比較し、再発群では平均総脂質量が1.65倍高い値を示しました。同定された2595種類の脂質量を解析すると、再発群では203種類の脂質が2倍以上の高値を示し、4種類の脂質が1/2以下の低値となっていました(図A)。そのうち、再発群で特異的に高値(平均2.77倍)であったスフィンゴミエリン*(d35:1)が最も高い再発予測能を示しました。病理組織を顕微鏡で観察して客観的な再発予測が難しい症例においても、再発症例ではスフィンゴミエリン(d35:1)が著明に上昇していたため、客観性の高い再発予測を支援し得ることを示しています(図B)。

図A:同定された2595種類の脂質をスクリーニングし、再発群では203種類の脂質が2倍以上の高値を示し、4種類の脂質が1/2以下の低値を示した。再発群の識別能力が高い脂質種(青矢印)の中にスフィンゴミエリン(SM)(d35:1)が含まれていた。
図B:病理組織像(上段)では客観的に再発症例と非再発症例の違いを見出すことは難しい。しかし、SM(d35:1)は再発例で著明に上昇しており(下段)、客観性の高い再発予測を支援し得る。

(注釈)
*スフィンゴミエリンは神経組織に多く含まれる脂質で、細胞膜の主要な構成成分の1つです。これまで行われてきた細胞や動物レベルの研究で癌細胞の増殖に関わっていることが示されていました。今回の研究で初めて、実際にヒトの肺癌症例でも悪性度に関わっていることが示唆されました。再発予測因子として同定されたスフィンゴミエリンは、脂肪酸側鎖の炭素数合計が35、不飽和結合の合計が1であるもの(d35:1)でした。

今後の展開

今回の研究成果から、肺腺癌術後において正確性と客観性の高い再発予測の指標となり得る脂質が存在することが示されました。今後、本研究より大規模なコホートにおいて複数の脂質を組み合わせた予測方法を探索することで、更に確実な予測精度をもった指標の樹立が期待されます。将来的には、樹立した指標を用いて術後の抗癌剤を本当に必要としている患者さんを見つけ出し、肺癌手術後の生存成績を改善する研究へ発展させることが目標です。

論文情報

発表雑誌
BMC Cancer
論文タイトル
Sphingomyelin(d35:1) as a novel predictor for lung adenocarcinoma recurrence after a radical surgery: a case-control study
著者
Yusuke Takanashi, Kazuhito Funai, Shumpei Sato, Akikazu Kawase, Hong Tao, Yutaka Takahashi, Haruhiko Sugimura, Mitsutoshi Setou, Tomoaki Kahyo, Norihiko Shiiya
(高梨裕典、船井和仁、佐藤駿平、川瀬晃和、陶弘、高橋豊、椙村春彦、瀬藤光利、華表友暁、椎谷紀彦)
DOI
10.1186/s12885-020-07306-1

研究グループ

本研究は浜松医科大学細胞分子解剖学講座、同外科学第一講座、同腫瘍病理学講座の研究成果で、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」研究開発領域(研究開発総括:横山信治)における研究開発課題「光による脂質の同定制御観察技術すなわちオプトリピドミクスの創生」(研究開発代表者:瀬藤光利)、文部科学省先端研究基盤共用促進事業「原子・分子の顕微イメージングプラットフォーム」(瀬藤光利分担代表、研究費番号 JPMXS0410300220)の支援により行われました。

お問い合わせ先

本件に関するお問い合わせ先

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掲載日 令和2年10月7日

最終更新日 令和2年10月7日