成果情報 睡眠中の脳のリフレッシュ機構を解明

成果情報

筑波大学
京都大学
日本医療研究開発機構

私たちヒトを含む哺乳類の睡眠は、レム睡眠とノンレム睡眠という2つの状態から構成され、レム睡眠中には夢が活発に生じます。これまで、ノンレム睡眠中のホルモン環境は、身体の回復に寄与することが示唆されてきましたが、レム睡眠の脳や体の回復への寄与は謎でした。

脳に必要な血液中の酸素や栄養を送り届け、不要となった二酸化炭素や老廃物を回収する物質交換は、毛細血管を介して行われ、毛細血管の血流は脳の機能維持に重要です。本研究では、特殊な顕微鏡を用いて、マウスの脳内の微小環境を直接観察できる技術を確立し、睡眠中のマウスの脳における毛細血管中の赤血球の流れを観察しました。その結果、レム睡眠中に、大脳皮質の毛細血管への赤血球の流入量が大幅に増加していることが判明しました。このことから、レム睡眠中は大脳皮質で活発な物質交換が行われ、脳がリフレッシュされていると考えられます。成人のレム睡眠の割合には個人差がありますが、これが少ないとアルツハイマー病などの認知症などにかかるリスクが高まります。今回の結果を踏まえると、レム睡眠の不足が、レム睡眠中の大脳皮質での活発な物質交換を損ない、これが認知症の発症に関与している可能性があります。また、本研究では、レム睡眠中の毛細血管の血流上昇には、カフェインの標的物質でもあるアデノシン受容体が重要であることも分かりました。

本研究成果は、認知症の発症に関するメカニズムの理解につながるとともに、レム睡眠を標的とした全く新しい治療法の開発にも貢献できると期待されます。

研究代表者

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)
京都大学大学院医学研究科(兼任)
林 悠 教授

研究の背景

哺乳類の睡眠はノンレム睡眠とレム睡眠注1)から構成されます。これまでの研究から、ノンレム睡眠中に成長ホルモンの分泌が上昇し、逆にストレスホルモンの分泌が抑えられるなど、ノンレム睡眠が作り出すホルモン環境が身体の回復に寄与することが示唆されていましたが、レム睡眠と心身の健康維持との関係は分かっていませんでした。しかし近年、レム睡眠時間の割合が少ない成人は、アルツハイマー病などの認知症発症リスクや死亡リスクが高いという報告が相次いだことから、レム睡眠が認知症発症に何らかの重要な役割を担うことが予想されていました。

本研究では、睡眠中のマウスの脳の血流に着目し、レム睡眠中の脳の状態を解明しました。脳の血流は、心拍出量の15%という高い割合を占め、神経細胞に酸素や栄養を届けるとともに、不要な老廃物を回収する、物質交換の役割を担います。脳の血流の失調は、アルツハイマー病などを含む神経変性疾患の進行と関わっているといわれています。しかしながら、睡眠中の脳の血流動態を解明するために、さまざまなアプローチがとられているものの、レム睡眠中の大脳皮質の血流の変動に関しては、研究方法によって結論が異なっている上、いずれの方法でも、実際の物質交換の場である個々の毛細血管の血流を観測することはできませんでした。

研究内容と成果

本研究では、組織深部の観察ができる二光子励起顕微鏡注2)を利用することで、世界で初めて、睡眠中の動物の脳における毛細血管中の赤血球の流れを直接観測することに成功しました(図1)。この手法で、マウスの大脳皮質のさまざまな領野を観察したところ、いずれの領野においても、毛細血管へと流入する赤血球数は、覚醒して活発に運動している時と深いノンレム睡眠中には差がない一方で、レム睡眠中は2倍近くと大幅に上昇することが判明しました。このことは、レム睡眠中は脳の毛細血管の血流が活発になっていることを意味しており(図1)、大脳皮質の神経細胞は、レム睡眠中に活発に物質交換を行っていることが示唆されました。成人においてレム睡眠の割合が少ないと、このような活発な物質交換が行われず、脳の機能低下や老化が進み、認知症のリスクが高まるものと考えられます。

図1 レム睡眠中の毛細血管の血流の大幅な上昇を発見

また、このようなレム睡眠中の毛細血管の血流上昇には、カフェインの標的物質として知られるアデノシン受容体が重要であることも明らかになりました。アデノシン受容体の一つである化合物A2aRを遺伝的に欠損したマウスでは、覚醒時やノンレム睡眠中の大脳皮質毛細血管の血流には変化がみられなかった一方で、レム睡眠中には血流の上昇はほとんど起こりませんでした。

今後の展開

本研究から、レム睡眠中に脳の毛細血管の血流が上昇することで、栄養供給や老廃物除去などの物質交換が活性化している可能性が示唆されました。レム睡眠の割合が減少すると、認知症発症リスクや死亡リスクが上昇するのも、こうした物質交換が正常に起こらず、脳細胞の機能低下や老廃物の蓄積が起こるためであると考えられることから、今後、レム睡眠時間の割合と脳の老化や認知機能の低下との因果関係を解明していく予定です。

また、レム睡眠の割合を効率的に増やす睡眠薬や行動療法の開発による脳の機能低下や認知症の予防、さらに、アデノシン受容体を標的とする、脳の栄養供給や老廃物除去などの物質交換を人為的に活性化して脳機能を高める新たな認知症の治療法開発につながることが期待されます。

併せて、アデノシン受容体の働きを阻害する物質として知られるカフェインについて、睡眠中の脳での物質交換に及ぼす影響を明らかにすることも、これらの研究を進める上で重要だと考えられます。

用語解説

注1)レム睡眠とノンレム睡眠
急速眼球運動(rapid eye movement, REM)を伴う睡眠をレム睡眠、伴わない睡眠をノンレム(non-REM)睡眠と呼びます。これらの2つの睡眠は、脳波や眼電図によって区別できます。ヒトでは、総睡眠時間の約80%をノンレム睡眠が、約20%をレム睡眠が占めます。両者のバランスの異常はさまざまな病気で観察されており、例えば、認知症の患者では、発症早期からレム睡眠が減少します。
注2)二光子励起顕微鏡
二光子励起顕微鏡は、長い波長のレーザー光を用いることで、生体組織の深部のイメージングを可能とする顕微鏡です。

研究資金

本研究は、日本学術振興会(世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)・科研費・外国人研究者招へい事業)、日本医療研究開発機構(革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域)、科学技術振興機構(戦略的創造研究推進事業、CREST)、細胞科学研究財団、旭硝子財団、アステラス病態代謝研究会、第一三共生命科学研究振興財団、日本応用酵素協会の研究プロジェクトの一環として実施されました。

掲載論文

題名
Cerebral capillary blood flow upsurge during REM sleep is mediated by A2a receptors
(レム睡眠中におこる大脳毛細血管の血流の上昇と、A2a受容体の関与)
著者名
Chia-Jung Tsai, Takeshi Nagata, Chih-Yao Liu, Takaya Suganuma, Takeshi Kanda, Takehiro Miyazaki, Kai Liu, Tsuyoshi Saitoh, Hiroshi Nagase, Michael Lazarus, Kaspar E. Vogt, Masashi Yanagisawa, Yu Hayashi
掲載誌
Cell Reports
掲載日
2021年8月17日
DOI
10.1016/j.celrep.2021.109558

お問合わせ先

研究に関すること

林 悠(はやし ゆう)
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)客員教授
京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 教授(兼任)
TEL:029-853-3778
E-mail:hayashi.yu.fp“AT”u-tsukuba.ac.jp
京都大学 大学院医学研究科 林研究室

取材・報道に関すること

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)広報担当
TEL:029-853-5857
E-mail:wpi-iiis-alliance“AT”ml.cc.tsukuba.ac.jp

京都大学 総務部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729
E-mail:comms“AT”mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課
TEL:03-6870-2224
E-mail:kenkyuk-ask“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和3年9月1日

最終更新日 令和3年9月1日