成果情報 将来発生するSARS類縁ウイルスに有効なワクチンへ―多様なウイルスに対抗する抗体を効率的に誘導する方法の開発―

成果情報

大阪大学
日本医療研究開発機構

研究成果のポイント

  • SARS類縁ウイルス間で構造的に保存されているタンパク領域に注目し、この領域に対して優位に抗体が作られるように、ウイルスサイドのスパイクタンパク質レセプター結合領域(RBD)*1を改変した
  • 改変RBDをマウスに免疫することにより、SARS類縁ウイルスに対しても防御効果を発揮した
  • このような改変形式を用いて、将来ヒトにおいて爆発的感染が生じる可能性のある新型コロナSARS類縁ウイルスに対して、有効なワクチン開発につながることが期待される

概要

大阪大学免疫学フロンティア研究センター分子制御研究室の新中須亮特任准教授(常勤)、黒﨑知博特任教授(常勤)、免疫制御研究室の特任准教授榊原修平准教授(常勤)らのグループは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のタンパク質を改変し、免疫することにより、新型コロナウイルスのみではなく、SARS類縁ウイルスである、SARS-CoVやWIV1-CoVウイルス感染に対しても有効なワクチンとして働くことを明らかにしました。

現在使われている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対するワクチンは、変異のない新型コロナウイルスに対しては、十分な防御効果があることは証明されています。一方で、18年前にSARS類縁ウイルスの一つであるSARS-CoVウイルスの流行があったことを考えると、将来に今までヒトが経験してない異なる型のSARS類縁ウイルスの爆発的感染が再度生じることが大変危惧されます。現行新型コロナワクチンはSARS類縁ウイルス感染に対しては無効なので、有効なワクチン開発が待望されていました。

今回、研究グループは、

  1. SARS類縁ウイルス間で構造的に保存されているタンパク領域に注目し、この領域に対して優位に抗体が作られるように、ウイルスサイドのスパイクタンパク質レセプター結合領域(RBD)を改変した。
  2. 改変様式としては、RBDの類縁ウイルスで構造的非保存領域に「グリカンエンジニアリング」*2を行い、この領域に対して抗体を誘導できない構造に変えた。
  3. 改変RBDをマウスに免疫することにより、新型コロナウイルスのみならず、SARS-CoV、WIV1-CoV等のSARS類縁ウイルスに対しても防御効果を持つ抗体を誘導できた。
  4. 予想どおり、これらの抗体は構造的に保存されているRBD領域を認識する抗体であったことを明らかにした。

以上より、このような改変形式を用いてワクチンを作成することにより、将来予測されるSARS類縁ウイルスの爆発的感染に対しても有効なワクチン開発が期待されます。本研究成果は、2021年10月8日(日本時間)に米科学雑誌Journal of Experimental Medicine(JEM)に公開されました。

概略図
類縁SARSウイルス間で構造的に保存されている蛋白領域に対して優位に抗体を誘導することを目的に、構造的非保存領域であるヘッド領域にグリカンエンジニアリングを行い、この領域に対して抗体を誘導できない構造に変えた。この改変RBD抗原をマウスに免疫すると、期待通り、構造的に保存されているコアーRBD領域を認識する抗体が優位に誘導され、新型コロナウイルスのみならず、SARS-CoV、WIV1-CoV等類縁SARSウイルスに対しても高い防御効果を示した。

研究の背景

ワクチンの原理は、感染ウイルス、または、その構成タンパク質をあらかじめ免疫することにより、将来のウイルス感染時にウイルスに結合し、生体への侵入を阻害する有効な抗体を生体内に作っておくことです。感染防御に対するワクチンの有効性は疑いもなく、事実、爆発的新型コロナウイルス感染に有効な予防法として世界中で用いられています。

一方で、現在用いられている新型コロナウイルスに対するワクチンは、当該ウイルスには有効であるが、SARS類縁ウイルス、例えばWIV1-CoVウイルスに対しては無効であることが示されています。そこで、将来起こり得る爆発的SARS類縁ウイルス感染にも有効なワクチン開発が次世代ワクチンとして待望されています。

本研究はSARS類縁ウイルスで共通に有する構造が存在することに注目しました。その共通部位に対する抗体を誘導すれば、たとえSARS類縁ウイルス感染が生じても有効ではないかという仮説を構築し、この仮説をマウス動物モデルで検証しました。

研究内容の詳細

研究グループは新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質RBDのコアー領域(コアーRBD)がSARS類縁ウイルスでも構造的に非常によく類似していることを見出しました。RBDにはもう一つヘッド領域(ヘッドRBD)が存在し、RBD全体を免疫すると、主としてヘッドRBDに対する抗体が誘導されることが既にわかっていました(図1)。

図1:SARS-CoV-2 spike RBD全体を免疫抗原として用いた場合、ヘッドRBDに対する抗体が優位に誘導される
リボンモデルで表しているRBDのうち赤はヘッド領域、青はコアー領域を示す。RBDを認識する抗体のうち赤はヘッド領域認識抗体、青はコアー領域認識抗体を示す。

従って、このコアーRBD領域に結合する抗体を優位に誘導するために、研究グループはヘッドRBD領域をグリカンエンジニアリングし、抗体からマスキングすれば、コアー領域に対して優位に抗体を誘導できるのではと考え、このような改変RBDを作成しました(図2)。

図2:SARS-CoV-2 spike RBD野生株(wt)、GM9変異体およびGM14変異体のグリカンエンジニアリングによる糖鎖付加(グリコシル化)部位の概略図
  1. 黒はRBDで元々グリコシル化されている部位なのに対し、黄色は今回、人工的にグリコシル化を導入した部位を示す。
  2. GM9とGM14のリボンモデル。黄色の球は、今回グリコシル化を導入した部位を示す。

この改変RBDをマウスに免疫すると、予想どおりコアーRBDに対する抗体、なおかつ親和性の高い抗体を誘導できることが判明しました。ウイルスの生体侵入阻害活性を測定したところ、新型コロナウイルスだけではなく、SARS類縁ウイルスである、SARS-CoV、WIV1-CoVウイルスにも阻害活性を有することが判明しました(図3)。また、長期にわたって、このSARS類縁ウイルスに有効な抗体を産生し続ける長期プラズマ細胞も誘導できていることがわかりました。

図3:改変RBD免疫抗原によるSARS-CoV-1およびWIV1-CoVに対する交差反応性*3中和抗体の効率的誘導
  1. 実験方法の概略図。中和試験*4の為の血清は、SARS-CoV-2 RBD wt、GM9、GM14、またはSARS-CoV RBDをプライムブースト法で免疫したBalb/cマウスから回収した。
  2. 回収した各血清とSARS-CoV-2、SARS-CoV-1S、またはWIV1-CoV Spike(S)発現疑似ウイルス*5を1時間反応させ、その混合物について、VeroE6/TMPRESS2細胞と共に一晩インキュベートした。50%中和力価は、細胞中に含まれる疑似ウイルス誘導のルシフェラーゼを測定し算出した。*, p < 0.05; **, p < 0.01; ***, p < 0.001; unpaired Student’s t test

本研究成果が社会に与える影響

以上の結果より、同様な原理を用いたワクチンを開発することにより、将来ヒトにおいて新たなSARS類縁ウイルスの爆発的感染が生じても、有効なワクチンとなることが期待されます。

発表論文

雑誌名
Journal of Experimental Medicine(JEM)
論文タイトル
“Glycan engineering of the SARS-CoV-2 receptor-binding domain elicits cross-neutralizing antibodies for SARS-related viruses”
著者
Ryo Shinnakasu#, Shuhei Sakakibara#, Hiromi Yamamoto, Po-hung Wang, Saya Moriyama, Nicolas Sax,
Chikako Ono, Atsushi Yamanaka, Yu Adachi, Taishi Onodera, Takashi Sato, Masaharu Shinkai, Ryosuke Suzuki, Yoshiharu Matsuura, Noritaka Hashii, Yoshimasa Takahashi, Takeshi Inoue, Kazuo Yamashita, and Tomohiro Kurosaki*; contributed equally, *; corresponding)
DOI
10.1084/jem.20211003

特記事項

本研究は、2021年度日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究Aの一環で行われました。また、AMED新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業:病理学的アプローチによる先天性感染症・原因不明感染症診断法の開発(代表:国立感染症研究所感染病理部 鈴木忠樹部長)および免疫プロファイリングを基盤にしたCOVID-19ワクチンバイオマーカーの探索研究(代表:国立感染症研究所治療薬・ワクチン開発研究センター 高橋宜聖センター長)より支援を受けて実施されました。

本研究に対して東京品川病院(佐藤隆研究センター長、新海正晴治験開発・研究センター長)より貴重な血液検体をご提供いただきました。国立感染症研究所治療薬・ワクチン開発研究センター(高橋宜聖センター長、森山彩野主任研究官、小野寺大志主任研究官、安達悠主任研究官)、同・ウイルス第二部第五室(鈴木亮介室長)、KOTAIバイオテクノロジー株式会社(山下和男博士、Nicolas Sax博士)、大阪大学感染症総合教育拠点ウイルス制御学チーム(松浦善治教授、小野慎子助教)、同・大阪・マヒドン感染症センター(山中敦史助教)、国立医薬品食品衛生研究所生物薬品部第一室(橋井則貴室長)をはじめ、本研究においてご協力いただいた全ての共同研究者と検体を提供していただいた皆様に深く御礼申し上げます。

用語説明

*1 スパイクタンパク質レセプター結合領域(RBD)
Receptor Binding Domain(RBD)は、SARS-CoVやSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)のエンベロープタンパク質であるスパイクタンパク質(Spike)の一部で、細胞に侵入する際の受容体であるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)と直接結合する領域のこと。
*2 グリカンエンジニアリング
タンパク質のアミノ酸配列の中で狙ったアミノ酸に対して、配列特異的に糖鎖付加(グリコシル化)を誘導する技術のこと
*3 交差反応性
交差反応性とは、ある抗体が、その抗体産生を誘導した抗原以外の抗原エピトープに結合することを指します。今回を例に取ると、SARS-CoV-2ベースの改変抗原を免疫したにも関わらず、誘導された抗体がSARS-CoVやWIV1-CoVに対しても広く反応できる性質を持つことを指します。
*4 中和試験
ウイルス表面のエンベロープタンパク質(新型コロナウイルスの場合、スパイクタンパク質)が、細胞株等に発現するヒト細胞受容体(新型コロナウイルスの場合、ACE2受容体)に結合し、感染することを利用して、テストする抗体等が、スパイクタンパク質とヒト細胞受容体の結合に対して、どの程度阻害する能力を持っているかを評価する試験のこと。
*5 疑似ウイルス(シュードタイプウイルス)
水疱性口内炎ウイルス(VSV)やヒト免疫不全ウイルス(HIV)などのウイルス粒子は、外殻にエンベロープ(envelope)という膜状の構造を有しています。疑似ウイルスは、それらのウイルスのエンベロープタンパク質の代わりに、他のウイルス由来のエンベロープタンパク質(SARS-CoV-2のスパイクタンパクやインフルエンザウイルスのHAなど)をウイルス表面に一過的に発現させたウイルスになります。

お問い合わせ先

研究に関すること

大阪大学 免疫学フロンティア研究センター
黒﨑知博(クロサキ トモヒロ)特任教授(常勤)
TEL:06-6879-4457 FAX:06-6879-4460
E-mail:kurosaki“AT”ifrec.osaka-u.ac.jp
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター

AMED事業に関する問い合わせ先

日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 創薬企画・評価課
新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業
TEL:03-6870-2226
E-mail:shinkou-saikou2“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和3年10月12日

最終更新日 令和3年10月12日