成果情報 SARS-CoV-2ミュー株(B.1.621系統)はワクチン接種者が保有する中和抗体に対してきわめて高い抵抗性を示す

成果情報

東京大学医科学研究所
京都大学
千葉大学
東海大学
日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 2021年8月30日に、コロンビアを中心とした南米諸国で流行拡大する「ミュー株(B.1.621系統)」が、世界保健機関(WHO)によって「注目すべき変異株(VOI:variant of interest)」(注1)のひとつに認定された。
  • ミュー株(B.1.621系統)が、新型コロナウイルスに感染した人、および、ワクチンを接種した人の血清に含まれる中和抗体(注2)に対して、きわめて高い抵抗性を示した。
  • しかし、これは「ワクチンが効かない」ことを短絡的に意味するものではないことに留意すべきである。

※ワクチンは、血液中への中和抗体の産生だけではなく、細胞性免疫や免疫の記憶を構築することにより、複合的に免疫力を獲得するために接種するものである。中和抗体が充分な効果を発揮できないとしても、ワクチン接種による感染予防効果・重症化を防ぐ効果は、ミュー株に対しても充分に発揮されるものと思われる。

発表概要

東京大学医科学研究所附属感染症国際研究センターシステムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」(注3)は、新型コロナウイルスの「注目すべき変異株」のひとつである「ミュー株(B.1.621系統)」が、新型コロナウイルスに感染した人、および、ワクチンを接種した人の血清に含まれる中和抗体に対して、きわめて高い抵抗性を示すことを明らかにしました。

本研究成果は2021年11月3日(米国東部夏時間)、米国科学雑誌「New England Journal of Medicine」(オンライン版)に公開されました。

発表内容

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2021年9月現在、全世界において2億人以上が感染し、450万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、免疫逃避と流行動態の関連についてはほとんど明らかになっていません。

新型コロナウイルスによる感染や新型コロナウイルスに対するワクチン接種の後、体内では、「中和抗体」が誘導されます。ベータ株(B.1.351系統、南アフリカ由来)やガンマ株(P.1系統、ブラジル由来)などの新型コロナウイルスの「懸念される変異株(VOC:variant of concern)」(注4)については、中和抗体が働かない可能性が懸念され、世界中で研究が進められています。

本研究では、コロンビアを中心とした南米諸国で流行拡大する「ミュー株(B.1.621系統)」が、8月30日に世界保健機関(WHO)によって「注目すべき変異株」に認定されたことを受け、ミュー株のスパイクタンパク質(注5)を有する「シュードウイルス」(注6)と、従来株の新型コロナウイルスに感染した人の回復後の血清(13人分)、および、ファイザー・ビオンテック社製のワクチンを2度接種した人の血清(14人分)を用いた中和試験(注7)を行いました。その結果、ミュー株は、従来株に比して、感染者が持つ中和抗体に対して10.6倍、ワクチン(ファイザー・ビオンテック社製)接種者が持つ中和抗体に対して9.1倍というきわめて高い抵抗性を示しました。これまでの研究から、「懸念される変異株」のひとつであるベータ株がもっとも中和抗体に対する抵抗性が高い変異株として知られていましたが、本研究によって、ミュー株はベータ株よりも高い抵抗性を有する、既存の変異株の中でもっとも抵抗性の高い変異株であることが明らかとなりました。

本研究により、ミュー株は、感染者およびワクチン接種者が保有する中和抗体に高い抵抗性を示すことが明らかとなりました。しかし、これは「ワクチンが効かない」ことを短絡的に意味するものではないことにご留意ください。ワクチン接種の効果は、血液中に中和抗体を産生させることだけが目的ではありません。ワクチンは、血液中への中和抗体の産生だけではなく、細胞性免疫(注8)や免疫の記憶(注9)を構築することにより、複合的に免疫力を獲得するために接種するものです。中和抗体が充分な効果を発揮できないとしても、ワクチン接種による感染予防効果、重症化を防ぐ効果は、ミュー株に対しても充分に発揮されるものと思われます。

現在、G2P-Japanでは、出現が続くさまざまな変異株の中和抗体への感受性や病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。

本研究への支援

本研究は、佐藤佳准教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(20fk0108413、20fk0108451)、科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR20H4)などの支援の下で実施されました。

発表雑誌

雑誌名
「New England Journal of Medicine」2021年11月3日オンライン版
論文タイトル
Neutralization of the SARS-CoV-2 Mu Variant by Convalescent and Vaccine Serum
著者
瓜生慧也#、木村出海#、白川康太郎、高折晃史、中田孝明、金田篤志、中川草、佐藤佳*、The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)Consortium.
(#Equal contribution;*Corresponding author)
DOI
10.1056/NEJMc2114706

用語解説

(注1)注目すべき変異株(VOI:variant of interest)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のこと。"Variant of interest"の和訳。2021年9月現在、ラムダ株(C.37系統)とミュー株(B.1.621系統)が、「注目すべき変異株」として世界保健機関によって認定されている。複数の国々で流行拡大の兆しが確認された株が主に分類される。
(注2)中和抗体
ウイルス感染、またはワクチンの接種によって獲得された免疫応答のひとつ。ウイルス表面のスパイクタンパク質に結合し、ウイルスの感染を阻害する機能を持つ。
(注3)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
(注4)懸念される変異株(VOC:variant of concern)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のこと。"Variant of concern"の和訳。現在まで、アルファ株(B.1.1.7系統)、ベータ株(B.1.351系統)、ガンマ株(P.1系統)、デルタ株(B.1.617.2系統)が、「懸念される変異株」として認定されている。伝播力の向上や、免疫からの逃避能力の獲得などが報告されている。多数の国々で流行拡大していることが確認された株が分類される。
(注5)スパイクタンパク質
ウイルスが細胞に感染する際に、細胞に結合するためのタンパク質。現在使用されている新型コロナウイルスワクチンの標的となっている。
(注6)シュードウイルス
新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を被り、レポーター遺伝子を保有する擬似ウイルス。複製能力、伝播能力を欠損しているため、人体に対する危険性はない。
(注7)中和試験
新型コロナウイルスに感染したひとの血清、または、ワクチンを接種したひとの血清には、新型コロナウイルスに対する抗体が産生されている。この抗体が、新型コロナウイルスの感染を阻害する活性を調べるための試験。通常、新型コロナウイルス、または、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を被った「シュードウイルス」と、提供者の血清(抗体が含まれていると考えられる)を試験管内で混合し、培養細胞に添加することで、提供者の血清中に含まれる中和抗体の量を定量する。
(注8)細胞性免疫
ヒトの免疫は自然免疫と獲得免疫に分類され、細胞性免疫は獲得免疫応答のひとつ。主に、キラーT細胞とヘルパーT細胞によって担われる。ヒト白血球抗原によって提示された外来物(今回の場合、新型コロナウイルス)由来のエピトープを認識し、感染細胞を殺す役割等を担う。
(注9)免疫の記憶
病原体の感染、または、ワクチンの接種によって作られ、長期的に維持されるもの。2度目に同じ病原体に感染・暴露した際に、迅速かつ効率的に免疫力を発揮するためのもの。通常、ワクチンの接種は、1度目の病原体の感染を模倣することで、この免疫の記憶を構築することを目的として行われる。

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E-mail:keisato“AT”g.ecc.u-tokyo.ac.jp

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E-mail:shinkou-saikou“AT”amed.go.jp

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掲載日 令和3年11月4日

最終更新日 令和3年11月4日