成果情報 D-セリンに着目した腎機能の迅速かつ正確な評価法の確立―人工透析導入抑制に期待―

成果情報

医薬基盤・健康・栄養研究所
大阪大学
日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント

  • 腎臓の機能は糸球体ろ過量※1を測定することで評価できますが、操作が煩雑なため日常診療で測定することは困難でした。
  • 今回、D-アミノ酸※2の一つであるD-セリンを測定すると、糸球体ろ過量を正確に評価できることを見出しました。
  • 本技術を用いて日常診療において糸球体ろ過量を正確に評価することができれば、腎臓病の早期診断かつ適切な治療が可能となり、人工透析導入の抑制につながることが期待されます。

概要

慢性腎臓病は、日本人の約1割が罹患し、重症化すると人工透析治療が必要となります。現在、わが国の透析患者は30万人以上にのぼり、患者の生活の質(QOL)低下と同時に医療費の大きな負担が深刻な問題となっています。

医薬基盤・健康・栄養研究所 KAGAMIプロジェクト 木村友則プロジェクトリーダー(兼、難治性疾患研究開発・支援センター長)と部坂篤研究調整員、大阪大学大学院医学系研究科泌尿器科学 川村正隆医員(研究当時)、今村亮一准教授、腎臓内科学 猪阪善隆教授らは、操作が煩雑なため日常診療で測定することが困難だった糸球体ろ過量を、血中と尿中のD-セリンを測定することで、迅速かつ正確に評価できることを見出しました。

この技術を用いることによって、腎機能低下の早期診断や適切な治療が可能となり、人工透析導入患者数の大幅な削減につながることが期待されます。

本研究成果は、2021年12月6日(月)(日本時間)に「eCliniclalMedicine」誌のオンライン版で公開されました。

研究の背景

慢性腎臓病は世界的な問題で、人口高齢化とともに頻度が高くなっています。日本においては人口の1割、世界では8.5億人が慢性腎臓病であると推定されています(図1)。

図1.増加を続ける人工透析患者数は社会、医療、経済上の大きな問題となっている。

増加し続けている人工透析患者数を減少させるためには、腎臓病の重症化を抑制することが重要ですが、そのためには、重要な腎機能の指標である糸球体ろ過量を簡便かつ精密に評価する方法の開発が必要でした。

正確な糸球体ろ過量評価にはイヌリンクリアランス※3測定が必要ですが、イヌリンの点滴を要するなど検査が非常に煩雑なため、測定頻度は高くありませんでした。そのため、腎機能マーカーの血清クレアチニンやシスタチンC値と、それらから推定する推定糸球体ろ過量※4が簡便な方法として使用されていますが、精度に課題がありました。特に、加齢に伴う腎機能の低下を評価するのが困難でした。また、クレアチニンのクリアランス※5評価は糸球体ろ過量に近いものの、大きな偏りがあるため実際には使用しづらいという問題がありました。これらの技術的課題により、正確な糸球体ろ過量に基づく腎臓病の早期診断、重症度や治療効果判定に基づく投薬量調整などの適切な医療は十分には提供できていませんでした。

一方、アミノ酸にはL-体とD-体のキラルアミノ酸(鏡像異性体※6のアミノ酸、図2)が存在し、体内にはL体しか存在しないと長い間、考えられていました。木村らのこれまでの研究により、体内にはごく少量のD-アミノ酸が存在し、特にD-セリンは加齢とともに変動すること、さらには、D-セリンの制御を腎臓が行っていることを発見してきました。そこで今回、D-セリンが腎臓の機能をより直接的に反映しているのではないかと考え、D-セリンによって糸球体ろ過量を評価することが可能であるかの検討を進めました。

図2.キラルアミノ酸。アミノ酸には鏡像異性体として、L体(左図)とD体(右図)が存在するが、性質は異なる。生体にはL-アミノ酸しか存在しないと長らく考えられていた。

研究の成果

研究グループは、生体腎移植提供者(ドナー)と受容者(レシピエント)を対象に、イヌリンクリアランス測定による糸球体ろ過量評価時に、同時に体内のD-セリンのクリアランスを評価しました。D-アミノ酸は、世界で最も正確に、かつ感度よく、D-アミノ酸を測定できるシステムである2次元HPLCシステム※7を利用して検討しました。この結果、D-セリンクリアランスは強く糸球体ろ過量と相関し、かつ、従来の腎機能マーカーであるクレアチニンのクリアランスに比して偏りが小さいことが分かりました(図3、図5)。そのため、D-セリンクリアランスを用いると、糸球体ろ過量を偏ることなく正確に評価できることが分かりました。

図3.D-セリンクリアランスとクレアチニンクリアランスの比較。イヌリンクリアランスの値ごとに各クリアランスがどれくらいずれているかの差を示した。これまで糸球体ろ過量を反映するとされていたクレアチニンクリアランスよりD-セリンクリアランスの方が実測の糸球体ろ過量(イヌリンクリアランス)に近いことが分かった。

実際に、D-セリン単独、あるいはクレアチニンと組み合わせてクリアランスを評価することで、糸球体ろ過量を高い精度評価できることが分かりました(図4、図5)。

図4.D-セリンとクレアチニンクリアランスを組み合わせた糸球体ろ過量の評価。右の式により算出される糸球体ろ過量は、実測の糸球体ろ過量(イヌリンクリアランス)に極めて近いことが分かった。
図5.D-セリンとクレアチニンによる糸球体ろ過量の評価の比較。真ん中の円に近づく程、実測の糸球体ろ過量(GFR:glomerular filtration rate)に近いことを示す。
D-セリンとクレアチニンとの評価が異なり、D-セリンクリアランス(左上図)の方がクレアチニンクリアランス(右上図)より実測の糸球体ろ過量に近いことを示した(D-セリンのほうが実測値より低め、クレアチニンのほうが高めに評価される)。
さらに、下図のように、D-セリンとクレアチニンを組み合わせることで、より正確なGFR糸球体ろ過量の評価が可能となった。

本研究により、これまで十分できていなかった腎機能の簡便かつ正確な評価により、腎臓病の早期診断、重症度や治療効果判定、投薬量の調整などが可能になると期待されます。特に困難だった、加齢に伴う腎機能の評価に活用が期待されます。さらには、新規腎臓病治療薬開発においても本技術の活用が期待されます。

研究の意義(社会に与える影響)

慢性腎臓病とその悪化による透析療法導入は、人口高齢化に伴ってさらなる増加が懸念され、世界的に社会、医療、経済上の深刻な問題となっています。本研究成果を利用することによって腎機能を正確に評価することで、腎臓病の早期診断や重症度の正確な判定、腎障害時の投薬量の決定、などが可能となり、腎臓病の治療法改善を通じて人工透析導入の抑制なども期待されます。また、D-セリンをバイオマーカーとして、新規治療薬の開発にもつながることが期待されます。

論文情報

本研究成果は、2021年12月6日(日本時間)に、「eClinicalMedicine」オンライン版に掲載されました。

論文タイトル
Measurement of glomerular filtration rate using endogenous d-serine clearance in living kidney transplant donors and recipients
著者
Masataka Kawamura, Atsushi Hesaka, Ayumu Taniguchi, Shigeaki Nakazawa, Toyofumi Abe, Makoto Hirata, Ryuichi Sakate, Masaru Horio, Shiro Takahara, Norio Nonomura, Yoshitaka Isaka, Ryoichi Imamura, Tomonori Kimura
掲載雑誌情報
eClinicalMedicine
DOI
10.1016/j.eclinm.2021.101223.

研究支援

本研究成果は、日本医療研究開発機構(AMED)の「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」における「老化機構・制御研究拠点(研究開発代表者:原英二)分担研究開発課題:老化におけるオートファジー分泌機構(研究開発分担者:木村友則)」の一環として得られました。また、アミノ酸分析はKAGAMI株式会社の技術支援のもと行なわれました。

用語解説

※1 糸球体ろ過量
重要な腎機能の指標の一つであり、単位時間当たりに腎臓の糸球体でろ過される血液量を指す。腎臓は糸球体において血液をろ過することで血液を浄化しているが、腎臓の機能が低下すると糸球体ろ過量が低下する。
※2 D-アミノ酸
アミノ酸はタンパク質の構成要素であり、ほとんどのアミノ酸には鏡像異性体(キラル体)であるL-アミノ酸、D-アミノ酸が存在する。しかし、自然界に存在するアミノ酸は、ほとんどがL-アミノ酸のみである。最近の技術の進歩により、生体内にD-アミノ酸がごく微量存在し、様々な生理活性を持つことが分かってきた。今回注目しているD-セリンはL-セリンのキラル体である。
※3 イヌリンクリアランス
正確に糸球体ろ過量を測定するためには、クリアランス検査が必要になる。もっとも正確なのはイヌリンのクリアランスであるが、これはイヌリンが一定時間の尿にどれくらい排泄され、どれくらい血中に残っているかを測定することで、糸球体のろ過機能を評価するものである。しかし、この検査にはイヌリンの点滴が必要になるため、臨床においてあまり採用される検査とはなっていない。
※4 推定糸球体ろ過量(estimated glomerular filtration rate, eGFR)
腎臓マーカーである血清クレアチニンやシスタチンC値、年齢、性別を用いた計算により、糸球体ろ過量を推定する方法。簡便に評価できるため腎臓病のスクリーニングには便利だが、実際の糸球体ろ過量と30%程度の誤差範囲内での推定であり、正確性に問題があった。
※5 クレアチニンクリアランス
腎臓マーカーであるクレアチニンのクリアランスを評価することで、糸球体ろ過量を測定する方法。結果の再現性はあるが、値自体が高めになり、糸球体ろ過量を過大評価することが問題だった。
※6 鏡像異性体(キラル体)
3次元の物体などが、その鏡像と重ね合わすことが出来ない性質を持つ物質。例えば、L-アミノ酸は、鏡に映すとD-アミノ酸として見える(鏡像)が、別の物質であり重なり合わない。L-アミノ酸、D-アミノ酸は、お互いがキラル体である。
※7 2次元HPLCシステム
2つの種類の高速液体クロマトグラフィ-(high performance liquid chromatography, HPLC)をつなぎ合わせたシステム。従来のHPLCシステムや質量分析器では十分に分けて検出することのできなかった生体のキラルアミノ酸を、精密に測定することができるシステムである。

お問い合わせ先

研究に関すること

医薬基盤・健康・栄養研究所
KAGAMIプロジェクト プロジェクトリーダー
木村友則
〒567-0085 大阪府茨木市彩都あさぎ7丁目6番8号
TEL:072-641-9811
E-mail:t-kimura“AT”nibiohn.go.jp

大阪大学大学院医学系研究科 腎臓内科学
教授
猪阪善隆
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-2 D11
TEL:06-6879-3857 FAX:06-6879-3230
E-mail:isaka“AT”kid.med.osaka-u.ac.jp

大阪大学大学院医学系研究科 泌尿器科学
准教授
今村亮一
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-2
TEL:06-6879-3531 FAX:06-6879-3539
E-mail:imamura“AT”uro.med.osaka-u.ac.jp

報道に関すること

大阪大学大学院医学系研究科 広報室
TEL:06-6879-3388 FAX:06-6879-3399
E-mail:medpr“AT”office.med.osaka-u.ac.jp

医薬基盤・健康栄養研究所 戦略企画部
TEL:072-641-9832 FAX:072-641-9821
E-mail:kikaku“AT”nibiohn.go.jp

AMED事業に関する事

日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
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E-mail:aging“AT”amed.go.jp

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掲載日 令和4年1月5日

最終更新日 令和4年1月5日