成果情報 SARS-CoV-2ラムダ株のウイルス学的・免疫学的性状の解明

成果情報

東京大学医科学研究所
国立感染症研究所
熊本大学
京都大学
東海大学
日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 今夏に南米で発見された新型コロナウイルス「ラムダ株(C.37系統)(注1)」は、南米大陸諸国に伝播し、「注目すべき変異株(VOI:variant of interest)(注2)」に認定されている。
  • ラムダ株のスパイクタンパク質(注3)は、T76IとL452Qというふたつの変異によって、ラムダ株の感染力が増強されていることを明らかにした。
  • ラムダ株のスパイクタンパク質は、N末端領域に存在する変異によって、感染増強抗体(注4)による感染促進効果を受けやすく、かつ、中和抗体(注5)に抵抗性を示すことを明らかにした。

発表概要

東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」(注6)は、新型コロナウイルスの「注目すべき変異株(VOI:variant of interest)」のひとつである「ラムダ株(C.37系統)」が、従来株に比べて感染力が高いこと、そしてその高い感染力は、ラムダ株のスパイクタンパク質特有の、T76IとL452Qというふたつの変異によって規定されていることを明らかにしました。また、ラムダ株のスパイクタンパク質は、N末端領域に存在する変異によって、感染増強抗体による感染促進効果を受けやすく、かつ、中和抗体に抵抗性を示すことを明らかにしました。

本研究成果は2021年12月18日、米国科学雑誌「Cell Reports」オンライン版で公開されました。

発表内容

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2021年12月現在、全世界において2.6億人以上が感染し、500万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでおり、また、出現から2年の月日が経過しましたが、このウイルスについては不明な点がまだ多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、流行動態の関連についてはほとんど明らかになっていません。

昨冬以降、新型コロナウイルスが、その流行の過程において高度に多様化し、さまざまな新たな特性を獲得していることが明らかとなっています。今夏に南米・ペルーで発見された新型コロナウイルス「ラムダ株(C.37系統)」は、出現後、ペルーのみならず、アルゼンチンやチリなどに伝播し、諸国でアウトブレイクを発生させました。また、東京オリンピック期間中に、本邦においてもラムダ株陽性者が空港検疫で発見されたことも、記憶に新しいところです。

本研究では、ラムダ株のウイルス学的特徴を明らかにするために、まず、ラムダ株のスパイクタンパク質を持つ「シュードウイルス(注7)」を作出し、培養細胞を用いた感染実験を行いました。その結果、ラムダ株は、従来株に比べて感染力が高いことを明らかにしました。また、ラムダ株のスパイクタンパク質特有の変異をそれぞれ従来株に挿入し、どの変異がラムダ株の感染力亢進に影響を与えているかを評価したところ、T76IとL452Qというふたつの変異が、感染力の上昇に寄与していることを明らかにしました。また、スパイクタンパク質のL452Qという変異が、HLA-A24(注8)という細胞のタンパク質を介した細胞性免疫(注9)に抵抗性を示すことを明らかにしました。さらに、ラムダ株のスパイクタンパク質は、N末端領域に存在する複数の変異によって、感染増強抗体による感染促進効果を受けやすく、かつ、ワクチン接種によって誘導された中和抗体に対して抵抗性を示すことを明らかにしました。

本研究により、ラムダ株は、従来株よりも高い感染力を示すこと、感染増強抗体による効果を受けやすいこと、そして、中和抗体とある種の細胞性免疫に対して抵抗性を示すことが明らかとなりました。しかしながら、ラムダ株がどのような感染病態を示すのかはまだ明らかとなっておりません。ラムダ株を含めた、出現が続く新型コロナウイルス変異株の特徴をより詳細に理解するためには、さらなる研究が不可欠です。現在、東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究コンソーシアム「G2P-Japan」では、出現が続くさまざまな変異株のウイルス学的・免疫学的性状や、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。

本研究の概要
(図左) 新型コロナウイルスラムダ株のスパイクタンパク質が持つ変異とその機能。RBD(受容体結合部位)に存在するL452Q変異が、HLA-A24を介した細胞性免疫からの逃避と、感染力の亢進を担う。一方、NTD(N末端部位)に存在する複数の変異が、中和抗体に対する抵抗性と、感染増強抗体からの影響を規定する。
(図右)ラムダ株出現から流行拡大までの経緯。昨年7月に出現し、その後、「RSYLTPGD246-253N」という特徴的な変異を昨年11月頃に獲得し、流行拡大した。

本研究への支援

本研究は、佐藤 佳准教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(20fk0108413、20fk0108451)、科学技術振興機構 CREST(JPMJCR20H4)などの支援の下で実施されました。

発表雑誌

雑誌名
Cell Reports」2021年12月18日オンライン版
論文タイトル
The SARS-CoV-2 Lambda variant exhibits enhanced infectivity and immune resistance
著者
木村出海#, 小杉優介#, 呉佳齊#, Jiri Zahradnik, 山岨大智, バトラー田中英里佳, 田中友理, 瓜生慧也, Yafei Liu, 森迫奈菜実, 白川康太郎, 数馬安浩, 野村亮介, 堀澤欣史, 徳永研三, 上野貴將, 高折晃史, Gideon Schreiber, 荒瀬尚, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 本園千尋, 齊藤暁, 中川草*, 佐藤佳*$
(#Equal contribution; *Corresponding authors;$Lead contact)
DOI
10.1016/j.celrep.2021.110218
URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211124721017228

用語解説

(注1)ラムダ株(C.37系統)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「注目すべき変異株(VOI:variant of interest)(注2)」のひとつ。今夏に南米ペルーで出現し、アルゼンチンやペルーなどの近隣諸国に流行拡大した。
(注2)注目すべき変異株(VOI:variant of interest)
新型コロナウイルスの流行拡大のなかで出現した、主に感染性や重篤度・ワクチン効果などに影響を与える可能性が示唆される株のこと。現在はまだひとつの大陸での複数の国々での流行に留まっているが、将来的に他の大陸にも伝播し、パンデミックの要因となる恐れがあると考えられる変異株がここに分類される。2021年12月現在、ラムダ株(C.37系統)とミュー 株(B.1.621系統)がここに分類されている。なお、パンデミックの主流となっている主に感染性や重篤度が増す・ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した可能性のある株は、「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」に分類されている。2021年12月現在、「懸念すべき変異株」には、アルファ株(B.1.1.7系統)、ベータ株(B.1.351系統)、ガンマ株(P.1系統)、デルタ株(B.1.617.2系統)、そして、オミクロン株(B.1.1.529株)が分類されている。
(注3)スパイクタンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、新型コロナウイルスが細胞に結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。
(注4)感染増強抗体
大阪大学の荒瀬尚教授の研究グループによって発見された、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を標的とし、その感染を促進させる機能を持つ抗体のこと。
(注5)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される中和抗体による免疫システムのこと。
(注6)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
(注7)シュードウイルス
新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を被せた、ウイルスを模したレポーターシステムのこと。人体に危険がないため、通常の実験室設備の中で、比較的簡便に使用することができる。
(注8)HLA-A24
ヒト白血球抗原(HLA)の型のひとつ。外来物(今回の場合、新型コロナウイルス)やがんなどの異質な物質をエピトープとして提示し、細胞性免疫を誘導する役割を担う。
(注9)細胞性免疫
獲得免疫応答のひとつ。主に、キラーT細胞とヘルパーT細胞によって担われる。ヒト白血球抗原(HLA)によって提示された外来物(今回の場合、新型コロナウイルス)由来のエピトープを認識し、感染細胞を殺す役割等を担う。

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東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野
准教授 佐藤 佳(さとう けい)
TEL:03-6409-2212
FAX:03-6409-2213
E-mail:keisato”AT”g.ecc.u-tokyo.ac.jp

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東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
E-mail:koho”AT”ims.u-tokyo.ac.jp

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創薬事業部 創薬企画・評価課
新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業
TEL:03-6870-2226
E-mail:shinkou-saikou“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和4年2月3日

最終更新日 令和4年2月3日