成果情報 未診断疾患イニシアチブ(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases: IRUD)の2期6年間の成果を報告

成果情報

国立精神・神経医療研究センター
日本医療研究開発機構

研究の背景

医学が進歩した現代にあっても、依然として原因が不明である疾患は少なくありません。遺伝性疾患のデータベースであるOMIMによると、登録されている9,000あまりの疾患の実に1/3が原因不明です。また、原因が分かっていたとしても、非常に希少だったり、病気の症状が複雑であることから、あちこちの病院を巡って様々な検査を行ったとしても、診断がつかない患者さんが世の中にはたくさんいらっしゃいます。

日本では1972年に難病対策要綱が策定され、世界に先駆けて希少・難治性疾患の克服に取り組んでおり、着実な成果を挙げてきています。しかし、2015年に行われた日本医療研究開発機構(AMED)の調査では、全国で37,000人以上の患者さんが、診断がついていない、いわゆる「未診断疾患」であるというデータも得られています。

このような「未診断疾患」の解決は世界的に求められており、各国が協力して研究を推進する体制が構築されつつあります。日本でも、2015年にAMEDの基幹プロジェクトとして未診断疾患イニシアチブ(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases:IRUD)が発足しました。IRUDの目標は、[A]全国どこにいても・誰であってもIRUDに参加できる体制を作る、[B]網羅的ゲノム解析に代表される革新的な技術を活用して診断を確定する、[C]国内外でデータを共有(データシェアリング)して利活用する、ことにより、未診断疾患の解明・克服を目指すことです。そして、IRUDはこれらの目標を達成し大きな成果を挙げることができましたので、その6年間の活動と成果をまとめた論文を発表いたしました。

研究成果の概要

2021年3月終了時点で、全国37の拠点病院、15の高度協力病院、398の協力病院の計450施設がIRUD診断連携に参加しました。また、5施設の解析センター、1施設のデータセンターが設置されました。全体を統括するコーディネーティングセンターは、国立精神・神経医療研究センターが担当しました(図1)。また21専門分野において臨床専門分科会が構成され、524名の専門家が参加しました(図2)。このようにして、希少・未診断疾患の「全国どこにいても・誰でも」診断できる体制を確立しました。

図1 IRUDの体制
IRUDは中央倫理審査体制が確立しており、①IRUD診断連携、②IRUD解析センター、③IRUDデータセンターを3つの柱とし、④IRUDコーディネーティングセンターが全体のマネージメントを行うことが特徴です。
図2 IRUD拠点体制図と臨床専門分科会

6年間のIRUDの活動により、6,301家系18,136名がIRUDに参加し、5,136家系の遺伝学的解析が完了し、2,247家系で診断が確定しました。診断率は43.8%で、諸外国の同様のプロジェクトを超える高い診断率が得られました。また657遺伝子で1,718種類の変異が同定され、日本の希少・未診断疾患の遺伝学的背景が初めて明らかとなりました。

この中で1,113種類(64.8%)が新規の変異でした。これまで疾患との関連が知られていなかった24遺伝子が新たな原因遺伝子として同定されました。また、新たな疾患概念として4疾患が発見され、12疾患において新たな臨床像が確認されました(図3)。

図3 IRUDの解析実績

さらに、人材育成においても大きな成果を達成しました。2018年度から2020年度にかけて、189名が施設内、60名が他の施設で昇進し、156名が臨床遺伝専門医、79名が認定遺伝カウンセラーの資格を取得しました(表1)。

表1 IRUDにおける人材育成

研究成果の意義と展望

  1. IRUDの最大の意義は、これまであちこちの病院を巡って様々な検査を行ったとしても、診断がつかなかった2,247家系もの患者さんの診断を確定したことです。同定した原因遺伝子は657種類にのぼり、そのうち約半数は1家系のみに認められた極めて希な疾患です。さらに、新しい原因遺伝子や新しい疾患を多数発見したことも顕著な業績です。これらは、日本の希少・未診断疾患の遺伝学的背景を初めて多数例で明らかにしたものであり、遺伝学的検査の診療実装など、将来のゲノム診療の発展に大きく貢献することが期待されます。
  2. 診断の確定は最適な診療の第一歩であり、診断がつくことで治療にむすびつき、著明な治療効果が得られた例も報告されています。さらにIRUDの成果を発展させるプロジェクト「IRUD Beyond」によって、疾患モデル動物、ゲノム編集技術などを活用した病態解明・治療法開発の研究が進んでいます。
  3. IRUDのデータは国際標準の「IRUD Exchange」により、国内外の研究者とデータシェアリングされ診断の確定などの成果が出ています。得られたゲノム情報やリソースも公的データベースで登録・保管され、広く活用できるようになっています。
  4. 希少・未診断疾患とゲノムについての医療や研究に関わる、非常に多くの人材育成に貢献しました。
  5. 全国どこにいても、誰であっても未診断に苦しむ患者さんが参加できる体制が構築され、地域医師会も参加して小児から成人に至るまでの対応(transition medicine)が実現しています。
  6. 海外の類似のプロジェクトと比べても、効率よく大きな成果を上げています。
  7. 希少・未診断疾患の原因遺伝子変異の同定は、類似の症状を呈する非常に頻度の高い他疾患の病態の解明や治療法の開発に役立っています。さらに正常な人体の機能の解明にも重要です。

IRUDは、全国を網羅する希少・未診断疾患の診療・研究体制を確立し、当初の目標を大きく超える成果を達成して、希少・未診断疾患の診療・研究・教育に大きく貢献しました。しかし、まだまだ未診断に苦しむ多くの方々がおられるため、IRUDのさらなる発展が期待されます。

おわりに

IRUDには、医師・ゲノム研究者・遺伝カウンセラー・コーディネーター・データサイエンティスト・研究補助員・事務局担当者など多様な職種が携わっており、第1期IRUDには330名、第2期IRUDには実に750名のメンバーが名を連ね、定期的に班会議、ワークショップを開催して密に連携しています。今回の研究成果は、すべてのIRUDメンバーとAMEDや厚生労働省、IRUDに参加された2万人近い患者さん・ご家族、かかりつけ医等、多くの方々の協働作業があって、初めて達成しえたものです (マイクロアトリビューション※1)。ここに深く感謝の意を表し、今後のご協力をお願い申し上げます。

研究費

本研究は、日本医療研究開発機構の難治性疾患実用化研究事業「未診断疾患イニシアチブ(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases: IRUD):希少未診断疾患に対する診断プログラムの開発に関する研究」(研究代表者:水澤英洋)の支援により実施されました。

論文情報

本研究成果は日本時間2022年3月23日に、雑誌「Journal of Human Genetics」オンライン版に掲載されました。

タイトル
Six years’ accomplishment of the Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases: Nationwide project in Japan to discover causes, mechanisms, and cures
著者
Yuji Takahashi1・Hidetoshi Date1・Hideki Oi2・Takeya Adachi3,4,5・Noriaki Imanishi5,6・ En Kimura1,5,7・Hotake Takizawa1,5・Shinji Kosugi8・Naomichi Matsumoto9・Kenjiro Kosaki10・Yoichi Matsubara11・IRUD Consortium*・Hidehiro Mizusawa1
所属
1 Department of Neurology, National Center Hospital, National Center of Neurology and Psychiatry
2 Department of Clinical Data Science, Clinical Research and Education Promotion Division, National Center of Neurology and Psychiatry
3 Keio Frontier Research & Education Collaborative Square (K-FRECS) at Tonomachi, Keio University
4 Department of Medical Regulatory Science, Kyoto Prefectural University of Medicine, Graduate School of Medical Science
5 Japan Agency for Medical Research and Development (AMED)
6 Department of Research Promotion and Management, National Cerebral and Cardiovascular Center
7 Hamayu Ryoikuen
8 Department of Medical Ethics/Medical Genetics, Kyoto University School of Public Health
9 Department of Human Genetics, Yokohama City University Graduate School of Medicine
10 Center for Medical Genetics, Keio University School of Medicine
11 National Center for Child Health and Development
* IRUD Consortium
Yukio Ando, Toshihisa Anzai, Tadashi Ariga, Yoshimitsu Fukushima, Yoshihiko Furusawa, Akira Ganaha, Yuichi Goto, Kenichiro Hata, Masataka Honda, Kazumoto Iijima, Tsunakuni Ikka, Issei Imoto, Tadashi Kaname, Masao Kobayashi, Seiji Kojima, Hiroki Kurahashi, Shigeo Kure, Kenji Kurosawa, Yoshihiro Maegaki, Yoshio Makita, Tomohiro Morio, Ichiei Narita, Fumio Nomura, Tsutomu Ogata, Keiichi Ozono, Akira Oka, Nobuhiko Okamoto, Shinji Saitoh, Akihiro Sakurai, Fumio Takada, Tsutomu Takahashi, Akira Tamaoka, Akihiro Umezawa, Akihiro Yachie, Kouichiro Yoshiwara, Yasutsugu Chinen, Mariko Eguchi, Keishi Fujio, Kiminori Hosoda, Tomohiko Ichikawa, Toshitaka Kawarai, Tomoki Kosho, Mitsuo Masuno, Akie Nakamura, Takaya Nakane, Tomoo Ogi, Satoshi Okada, Yasushi Sakata, Toshiyuki Seto, Yoshiyuki Takahashi, Tadao Takano, Mitsuharu Ueda, Hideaki Yagasaki, Toshiyuki Yamamoto, Atsushi Watanabe, Yoshihiro Hotta, Akiharu Kubo, Hirofumi Maruyama, Keiji Moriyama, Eiji Nanba, Norio Sakai, Yoshiki Sekijima, Toru Shimosegawa, Tsutomu Takeuchi, Shinichi Usami, Kazuhiko Yamamoto
DOI
https://doi.org/10.1038/s10038-022-01025-0

用語説明

※1 マイクロアトリビューション
研究を進めるにあたって、患者さん、ご家族、かかりつけ医や大学病院等の医師、看護師、研究者、遺伝カウンセラー等の診療スタッフや研究支援者等、その研究に参加する全ての方がそれぞれ不可欠な貢献を行っていることに着目して、その貢献を重要視し、敬意を表する考え方です。IRUDの成功には、参加される全ての関係者の協力が必要不可欠であると考えています。

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ

国立精神・神経医療研究センター 
IRUDコーディネーティングセンター事務局
〒187-8502 東京都小平市小川東町4-1-1
TEL:042-341-2711(代表)
E-mail:irud “AT”ncnp.go.jp

AMED事業に関するお問い合わせ

日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部医療技術研究開発課
難治性疾患実用化研究事業
E-mail:nambyo-r“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

 

掲載日 令和4年4月25日

最終更新日 令和4年4月25日