プレスリリース ゲノム解析により統合失調症の発症に強く関連する遺伝子変異を発見!

プレスリリース

名古屋大学
日本医療研究開発機構

名古屋大学脳とこころの研究センターの森大輔特任准教授、元医学部学部生の関口真理子、元医学系研究科医療薬学大学院生・現環境医学研究所の祖父江顕特任助教、医学部附属病院ゲノム医療センター・精神医学の久島周病院講師、元医学系研究科精神医学大学院生のWang Chenyao、医学部附属病院先端医療開発部・精神医学の有岡祐子特任講師、医学系研究科医療薬学の山田清文教授、精神医学・親と子どもの心療学の尾崎紀夫教授らの研究グループは、日本人を対象とした大規模な統合失調症ゲノム解析によって見出されたARHGAP10※1遺伝子上のバリアント※2が発症に強く関与する可能性について、ゲノム解析結果に基づくモデル動物及びゲノムバリアントを有する患者から樹立したiPS細胞から作成した神経細胞の解析を包括的に組み合わせることにより病態を明らかにしました。

ARHGAP10タンパク質は、低分子量Gタンパク質※3であるRhoAやCdc42を不活性化する機能を有するGTPase活性化タンパク質です。脳や心筋などを含む生体内に広く分布し、エフェクターであるRhoキナーゼ※4等の活性制御を通して、アクチン細胞骨格制御など様々な生理機能の調節に重要な役割を果たしていることが知られておりますが、統合失調症発症との関連については全く知られていませんでした。

本研究では、統合失調症患者約3000名のゲノム解析によってARHGAP10遺伝子のコピー数バリアント(CNV)の一種である欠失6名、重複1名、計7名同定し、統合失調症の発症に統計学的有意に関連することを示しました。このうち1名は対立遺伝子上のRhoGAP※5ドメイン上にアミノ酸置換(Ser490→Pro)を起こす一塩基バリアント(SNV)を有しており、その後の生化学的解析において基質となる活性型RhoAとの結合能が低下することが分かりました。そしてこの患者からiPS細胞を樹立するとともに、患者のバリアントを模したモデルマウスを作製しました。その結果、脳の発達過程において重要な神経突起伸長の減弱がヒト・マウスの共通の表現型異常として見つかりました。

今後の展開としましては、本研究で開発したバイオリソースをもとに、Rhoシグナル伝達経路※6に焦点をあてた創薬開発を国内外の製薬企業と進めていきたいと考えています。本研究は日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム(発達障害・統合失調症等の克服に関する研究)の支援を受けて実施されました。本研究成果は、2020年7月22日付英国の科学雑誌「Translational Psychiatry」に掲載されました。

ポイント

  • 日本人統合失調症患者を対象としたゲノム解析でARHGAP10バリアントと発症の関連が明確化
  • 統合失調症患者のARHGAP10バリアントを模したモデルマウスを作製し、表現型の異常(神経突起伸長が未熟、スパイン密度の低下、不安様行動の亢進など)が認められ、統合失調症モデル動物として確立した
  • ARHGAP10バリアント患者の同意を得て患者由来のiPS細胞を樹立し、神経細胞に分化したところ、モデルマウスと同様に神経突起伸長の未熟な傾向が再現された
  • ARHGAP10はRhoシグナル伝達経路の重要な調節遺伝子であり、統合失調症治療薬開発の分子標的として期待

背景

統合失調症の発症には遺伝要因の関与が考えられ、これまでに発症に関わるゲノムバリアントが同定されつつありますが、ゲノムバリアントから疾患発症に至る病態は未だ解明されておらず、治療薬開発を可能にする病態モデル動物・細胞の作製は長きにわたり課題でありました。

研究成果

日本人の統合失調症を対象とした大規模なゲノム解析で、RhoGAPファミリーに属するARHGAP10遺伝子バリアントと発症の関連を遺伝統計学的に明らかにしました(図1)。ARHGAP10バリアントを模したモデルマウスを作製し、①神経突起伸長が未熟②スパイン※7密度の低下③不安様行動の亢進などの表現型異常を発見し、統合失調症モデル動物として確立しました。さらにARHGAP10変異患者の同意を得てiPS細胞を樹立し、神経細胞に分化したところ、モデルマウスと同様の神経突起伸長の未熟な傾向が再現されました(図2)。

図1:統合失調症患者で見つかったARHGAP10遺伝子のバリアント
統合失調症のゲノム解析により、同定されたARHGAP10CNVを持つ患者7名の遺伝子マップを示しています。7名のうち1名(患者5)は欠失ともに、ARHGAP10タンパク質内のRhoGAPドメイン内にアミノ酸置換を起こす一塩基バリアントも有していました。この一塩基バリアントは、機能的には極めて重要な意味(活性型RhoAとの結合を強く減弱する効果)を持っていました。
図2:ARHGAP10遺伝子のバリアント保有患者を模倣した統合失調症モデルマウスと患者から樹立したiPS細胞の解析
ARHGAP10のCNVと対立遺伝子にSer490→Proアミノ酸変異を持つ患者のバリアントをモデルとしたマウスをゲノム編集技術によって新規に作製し、そのマウスの表現型異常を調べました。モデルマウスの行動解析の結果、「不安様行動の亢進」を示しました。またモデルマウスの脳組織を採取し、脳を構成する神経細胞を顕微鏡で観察すると樹状突起状の棘状の構造体であるスパインの密度が低下していました。さらにARHGAP10変異を有する患者からiPS細胞を樹立し、神経細胞に分化させて神経突起の長さを調べたところ、健常者から樹立したiPS細胞から分化させた神経細胞よりも神経突起が短くなるという表現型異常が確認されました。この神経突起が短くなるという表現型異常はモデルマウスでも観察されました。今後の研究においては、これらの表現型異常の詳細な分子メカニズムを明らかにするとともに、統合失調症患者の病態とどのように関連するのかを明確にして、創薬・治療に結びつけていきます。

今後の展開

ARHGAP10はRhoシグナル伝達経路の重要な調節遺伝子であり、製薬企業と統合失調症の治療薬開発を進めていきます。

用語説明

※1 ARHGAP10
RhoGTP-アーゼ活性化タンパク質10という名前の遺伝子で、神経細胞の発達と機能の維持に関わっています。
※2 バリアント
同一種の生物集団の中に見られる遺伝子型の違いです。同一種であっても、各個体によりさまざまな遺伝子型の違いが存在し、この違いの総体をバリアント(変異)と呼びます。
※3 低分子量Gタンパク質
分子量20-30kDaのグアノシン三リン酸(GTP)結合タンパク質です。グアノシン二リン酸(GDP)結合型からGTP結合型への転換により活性型となり、特異的な標的分子に結合して細胞内シグナルを伝達する分子スイッチとして機能します。
※4 Rhoキナーゼ
低分子量GTP結合タンパク質の一つであるRhoにより活性化されるタンパク質リン酸化酵素の一つです。多くのタンパク質のリン酸化に関与し、発生・発達期における神経管形成、神経突起伸長制御、シナプス形成に加え、成体でのシナプス可塑性などに重要な役割を果たしています。
※5 RhoGAP
低分子量GTP結合タンパク質の一つであるRhoを不活性化するタンパク質上の領域のことです。
※6 シグナル伝達
細胞は環境から受ける刺激から別の刺激を誘導することで次々と伝達し、定まった経路やシステムを形成します。この情報伝達システムはシグナル伝達システムと称され、刺激を媒介する様々なシグナル分子が担っています。
※7 スパイン
成熟した神経細胞上に存在する棘状の構造体のことです。別の神経細胞から放出された神経伝達物質を受け取って、記憶・学習などの機能に強く関与しています。

発表雑誌

掲雑誌名:
Translational Psychiatry
論文タイトル:
ARHGAP10, which encodes Rho GTPase-activating protein 10, is a novel gene for schizophrenia risk
著者:
森大輔 名古屋大学 脳とこころの研究センター 精神医学
関口真理子 名古屋大学医学部
祖父江顕 名古屋大学 環境医学研究所 医療薬学
久島周 名古屋大学医学部附属病院 ゲノム医療センター 精神医学
Wang Chenyao 名古屋大学大学院医学系研究科 精神医学
有岡祐子 名古屋大学医学部附属病院先端医療開発部 精神医学
山田清文 名古屋大学大学院医学系研究科 医療薬学
尾崎紀夫 名古屋大学大学院医学系研究科 精神医学 親と子どもの心療学

研究支援

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム(発達障害・統合失調症等の克服に関する研究)の支援を受けて実施された研究成果です。

お問い合わせ先

名古屋大学医学部 医学系研究科精神医学 親と子どもの心療学 教授
名古屋大学医学部附属病院ゲノム医療センター長 遺伝カウンセリング部門長
名古屋大学脳とこころの研究センター長
尾崎紀夫
TEL:052-744-2282 FAX:052-744-2293
E-mail:ozaki-n“AT”med.nagoya-u.ac.jp

広報担当

名古屋大学医学部 医学系研究科総務課総務係
TEL:052-744-2228 FAX:052-744-2785
E-mail:iga-sous“AT”adm.nagoya-u.ac.jp

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掲載日 令和2年7月22日

最終更新日 令和2年7月22日