プレスリリース ヒトT細胞白血病ウイルスがCD4+T細胞のがん化を引き起こすプロセスを解明

プレスリリース

熊本大学
日本医療研究開発機構

ポイント

  • ヒトT細胞※1白血病ウイルス1型(HTLV-1)がCD4+T細胞の活性化機序を利用し、さらに過剰なCD4+T細胞の活性化を誘導して、がん化を引き起こすことを示しました。
  • HTLV-1に感染したCD4+T細胞は、過剰な活性化に伴って、本来T細胞のごく一部でしか発現しないHLAクラスⅡ※2とよばれる分子を発現して、宿主免疫から逃避していることが分かりました。
  • これらの発見は、HTLV-1による感染細胞がん化の本態を理解する上で重要な知見であり、発症メカニズムの解明や治療標的の創出に向け大きく前進する研究成果です。

概要説明

熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター※3の佐藤賢文教授、Benjy Jek Yang Tan研究員、同大学国際先端医学研究機構の小野昌弘客員准教授(インペリアル・カレッジ・ロンドン准教授)らの研究グループは、シングルセル解析※4技術を用いて、HTLV-1感染により起こる成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)※5の発症機序を明らかにしました。本研究結果は令和3年12月15日正午(米国東部標準時)に米科学誌「The Journal of Clinical Investigation」に掲載されました。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「新興・再興感染症研究基盤創生事業 多分野融合研究領域」、「医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)日・英国共同研究」、日本学術振興会科学研究費助成事業、熊本大学みらい研究推進事業「ヒトT細胞白血病ウイルス1型の病原性発現機構解明と新規治療法開発」からの支援を受けて、今村総合病院、くまもと森都総合病院、佐賀大学医学部附属病院、東京大学との共同研究として行われました。

説明

私達の身体は、病原体やがん細胞に対して、免疫応答を誘導しそれらを排除することで病気を未然に防いで健康な状態を保っています。その免疫応答を誘導する際に、白血球の一種であるCD4+T細胞は、病原体やがん細胞の抗原を認識してエフェクターCD4+T細胞として活性化・増殖することにより免疫応答の中心的役割を果たしています。免疫応答活性化の役割を終えたエフェクターCD4+T細胞は、細胞死により消失するか、メモリーCD4+T細胞となって、再度出現する病原体やがん細胞に備えて生体内を循環しています。この一連の流れが「正常なCD4+T細胞の活性化と分化」とされています(図1)。

図1:病原体感染時のCD4+T細胞の役割
CD4+T細胞は病原体感染時に抗原提示細胞から抗原提示を受けると増殖・活性化して、炎症を促進するサイトカインを産生して他の免疫細胞を活性化させます。活性化後、役目を終えたT細胞は細胞死で消失しますが、一部のCD4+T細胞はメモリー細胞に分化して病原体の再感染に備えます。

HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)は、その免疫の中枢を担うCD4+T細胞を主な感染標的細胞とし、CD4+T細胞のがん化により成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)を発症することが知られています。日本ではHTLV-1感染者が多く、現在その数は約82万人と試算され、HTLV-1感染者のうち、ATLを発症するのは10万人あたり年間60~70人とされています。HTLV-1感染者は、感染から50~60年経過した後にATLを発症しますが、そのような長い期間にどのようなプロセスを経て、HTLV-1がCD4+T細胞をがん化するかについては不明な点が多く残されています。

本研究グループは、病気の進行が緩やかなATL患者検体には、様々なステップのがん細胞(前がん状態から進行がん状態)が存在するのではないか、との仮説のもとに、HTLV-1感染者、ATL患者血液細胞を用いてシングルセルデータ取得を行いました(図2)。

図2:健常者とHTLV-1感染者の末梢血細胞を用いたシングルセル解析のワークフロー
血液中の細胞とゲルビーズとを混ぜてマイクロ流路内で液滴を形成させます(1つの液滴に細胞とゲルビーズを1つずつ含む)。そのことで個々の細胞のシングルセル解像度の遺伝子発現解析※6やT細胞受容体※7配列情報を得ることができる研究方法です。

次に、取得したシングルセルデータを先端的なバイオインフォマティクス手法で解析することにより、様々な発がんステップのがん細胞(ATL細胞)を特定することに成功し、がん化の過程で細胞に生じる変化の詳細を明らかにしました。その結果、HTLV-1は宿主のCD4+T細胞が本来持つT細胞活性化の仕組みを利用して、HTLV-1に感染したCD4+T細胞を増殖・生存へと誘導し、その活性化が更に過剰に起こった結果、HTLV-1に感染したCD4+T細胞ががん化(ATL細胞化)していることを明らかにしました(図3)。

図3:HTLV-1によるがん化過程をシングルセルデータ上で再構築
HTLV-1感染者のCD4+T細胞を用いたシングルセルデータに基づき、類似した遺伝子発現パターンを持つ細胞を連続的に配置することで、正常なT細胞活性化プロセスやHTLV-1によるCD4+T細胞のがん化のプロセスをデータ上で再構築しました(概念図)。

さらに、HTLV-1に感染したCD4+T細胞は、過剰な活性化に伴い、本来T細胞のごく一部でしか出てこないHLAクラスⅡといわれる分子を細胞表面に出すことで、抗原提示細胞としての機能を獲得することを発見しました。しかし、ATL細胞はT細胞の活性化刺激に重要な役割を持つ共刺激分子(CD80/CD86)を発現しないため、ATL細胞によりHTLV-1部分ペプチドの抗原刺激を受けたHTLV特異的CD4+T細胞は、免疫寛容に関わる分子(EGRやCBL-Bなど)の発現が増加することで不応答性状態(T細胞アナジー※8)に陥り、宿主の抗HTLV-1免疫を誘導できない可能性が示唆されました(図4)。

図4:HLAクラスⅡ分子を発現するATL細胞は、不完全な抗原提示細胞として機能し宿主免疫を回避する
HTLV特異的CD4+T細胞は、抗原提示細胞からHLA-Ⅱを介するHTLV-1部分ペプチドの刺激とCD80/CD86を介する補助刺激を受けると活性化し、病原体排除のためにサイトカインを産生します。一方でHLA-Ⅱを発現するATL細胞はCD80/CD86を発現しないので補助刺激が起こらず、HTLV特異的CD4+T細胞が不活性化されてしまう可能性があります。

本研究は、ウイルス学、臨床医学、免疫学、情報科学など、日本・英国のそれぞれの分野の専門家が集結し多分野融合研究チームを形成し、実際の感染者症例検体を最先端の研究手法で解析を進めた結果、HTLV-1によるCD4+T細胞のがん化メカニズムの本態を明らかにしたものです。今後、ATLに加え、他のHTLV-1関連疾患の病態解明にも本研究アプローチを活用することで、新たな知見や治療標的を探索していく予定です。

用語解説

※1:T細胞
胸腺から由来する免疫細胞(リンパ球)の1つ。主にCD4+T細胞とCD8+T細胞に分けられる。病原体感染時、ナイーブT細胞は抗原刺激をT細胞受容体に受け成熟(エフェクター化)し、CD4+T細胞によるサイトカイン産生やCD8+T細胞による感染細胞傷害を介して宿主免疫応答を活性化させる。病原体排除後、殆どのエフェクターT細胞はアポトーシスによって細胞死を起こす一方で、一部の細胞がメモリーT細胞の分化することで病原体の再感染に対して備える(免疫記憶)。CD4+T細胞はHTLV-1の標的細胞として知られる。
※2:HLAクラスⅡ
病原体由来の抗原ペプチドと複合体を形成し、CD4+T細胞を活性化させるために抗原提示を行う。HLAクラスⅡの発現はマクロファージや樹状細胞などの貪食細胞、B細胞、一部のT細胞で観察される。
※3:ヒトレトロウイルス学共同研究センター
HTLV-1やヒト免疫不全ウイルスなどの難治性ヒトレトロウイルスの克服を共通目標に、熊本大学と鹿児島大学が大学の枠を越えて2019年4月に新設した研究センター。
※4:シングルセル解析
近年急速に進歩している先端的研究技術で、研究対象の標本についてそれを構成する一つ一つの細胞の状態を調べることにより、従来の細胞集団の平均的な解析と異なり、より精緻に一つ一つの細胞の変化を解析することができる。T細胞を用いたシングルセル解析では個々のT細胞の遺伝子発現(遺伝子(mRNA)の発現量)とT細胞受容体の種類(抗原認識領域配列や数)などの包括的な情報を得ることができる。
※5:成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)
HTLV-1感染に起因する予後不良な白血病。HTLV-1に感染したCD4+T細胞は非常に長い期間を経てがん化するため、60~70歳代の患者が多い。臨床病型として、緩徐進行型(くすぶり型・慢性型)、急速進行型(リンパ腫型、急性型)の4つに分けられる。
※6:遺伝子発現解析
個々の細胞がどのような働きをするかはDNAに書き込まれた遺伝情報がどのように読まれるかで決定される。つまり細胞内にどのようなRNAが存在するかを調べる事で細胞の機能を解析することができる。
※7:T細胞受容体
T細胞受容体は、T細胞がウイルス等の抗原を認識する細胞の仕組みであり、ヒトには様々な抗原を認識するために多種多様なT細胞受容体が備わっている。
※8:T細胞アナジー
本来はT細胞の自己抗原に対して異常な免疫反応が起きないように免疫応答を負に制御する仕組みの一つ。抗原提示細胞によりT細胞受容体刺激を受けてもT細胞の活性化が起こらないだけでなく、むしろ抑制的に作用する。

論文情報

論文名
HTLV-1 infection promotes excessive T-cell activation and malignant transformation into adult T-cell leukemia/lymphoma
著者
Benjy Jek Yang Tan, Kenji Sugata, Omnia Reda, Misaki Matsuo, Kyosuke Uchiyama, Paola Miyazato, Vincent Hahaut, Makoto Yamagishi, Kaoru Uchimaru, Yutaka Suzuki, Takamasa Ueno, Hitoshi Suzushima, Hiroo Katsuya, Masahito Tokunaga, Yoshikazu Uchiyama, Hideaki Nakamura, Eisaburo Sueoka, Atae Utsunomiya, Masahiro Ono and Yorifumi Satou
掲載誌
Journal of Clinical Investigation
DOI
10.1172/JCI150472
URL
https://www.jci.org/articles/view/150472

お問い合わせ先

研究に関すること

ヒトレトロウイルス学共同研究センター
熊本大学キャンパス
ゲノミクス・トランスクリプトミクス分野
教授 佐藤賢文(さとう よりふみ)
Tel:096-373-6830
E-mail:y-satou“AT”kumamoto-u.ac.jp

報道に関すること

熊本大学総務部総務課広報戦略室
Tel:096-342-3269 Fax:096-342-3110
E-mail:sos-koho“AT”jimu.kumamoto-u.ac.jp

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
Tel:03-6870-2225 Fax:03-6870-2243
E-mail:jprogram“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和3年12月16日

最終更新日 令和3年12月16日