プレスリリース テロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)が癌細胞の増殖能や悪性度、分化、および予後不良マーカーであることを発見

プレスリリース

国立がん研究センター
香川大学
金沢大学
滋賀医科大学
東京大学医科学研究所
神奈川県立がんセンター
東北大学
日本医療研究開発機構

ポイント

  • リン酸化による修飾を受けたテロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)注1を認識する新しいモノクローナル抗体注2を作製し、病理組織検体でリン酸化hTERTの発現を調べることに成功しました。
  • 1,523症例の多施設大規模検体を用いて、リン酸化hTERTが癌細胞の増殖能、悪性度、分化に関わること、および肺癌、膵臓癌、肝臓癌の予後不良マーカーであることを世界で初めて明らかにしました。
  • 今後、リン酸化hTERTによる癌の新しい診断法の開発が期待されます。

要旨

香川大学医学部腫瘍病理学・松田陽子教授と国立がん研究センター研究所がん幹細胞研究分野・増富健吉分野長らによるこれまでの研究によって、リン酸化hTERTにはテロメア注3に関わらない新機能を有することが分かっていました (Yasukawa, et al. Nat Comm, 2020)。しかし、これまではhTERTを病理組織検体で正確に調べる方法がなかったため、様々な癌の症例における臨床的な意義は分かっていませんでした。今回の研究では、hTERTに対して免疫染色法注4に用いることのできる新しい抗体を東北大学大学院医学系研究科・加藤幸成教授の研究グループが作製し、香川大学、国立がん研究センター、金沢大学、神奈川県立がんセンター、滋賀医科大学、東京大学医科学研究所など数多くの研究グループとの共同研究により、病理組織検体中でのリン酸化hTERTの発現を調べることに成功しました。さらに、多施設の1,523症例の病理組織検体を用いて免疫染色を行い、リン酸化hTERTの発現が多い癌では、細胞の増殖能や悪性度が高く、分化度の低い癌であることを明らかにしました(図1)。また、肺癌、膵臓癌、肝臓癌では、リン酸化hTERTの発現が多いと手術後の生存期間が短いことを明らかにしました。このことは、リン酸化hTERTの免疫染色法は、悪性度の高い癌を調べるための有用な検査法となる可能性を示唆します。今後、リン酸化hTERTを指標にした癌の新しい診断法の開発が大きく期待されます。本研究は2022年3月23日に英国科学誌「The Journal of Pathology」にオンライン掲載されました。

図1 悪性度の高い癌におけるテロメラーゼの新機能
サイクリン依存性キナーゼ1(CDKl)によるテロメア逆転写酵素(hTERT)のリン酸化がRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)活性化を引き起こし、癌の増殖能、分化度、及び核異型に関与する。テロメラーゼの新機能は、テロメアに関連しない機能であり、新しい治療標的として注目されている。

研究の背景

テロメアの長さは加齢とともに短くなるため、命の回数券と呼ばれています。テロメアの異常は発癌過程において重要な役割を担っています(Matsuda, et al. PLoS ONE, 2015)。テロメラーゼ注1はテロメア長を伸長させる酵素であり、テロメラーゼの主要構成要素であるテロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)の異常は、癌細胞の不死化をもたらします。テロメアやテロメラーゼの異常はほとんどの癌で認められるため、癌の治療標的として有望と考えられています。

本研究班の先行研究によって、リン酸化hTERTにはテロメア伸長に関わらない機能があることを見出してきました。リン酸化hTERTはRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)注5活性を有しており、様々な遺伝子の発現調節を行うことによって癌化に関わることを、培養細胞や動物を用いた実験で明らかにしました(Yasukawa, et al. Nat Comm, 2020)。しかし、これまではhTERTのRdRP活性を簡便に調べる方法がなかったため、様々な癌の症例におけるhTERTの新機能の役割や臨床病理学的な意義は不明でした。そこで本研究では、hTERTの新機能であるRdRP活性を検出するため、リン酸化hTERTを特異的に認識する免疫染色用の抗体を作成し、多施設の様々な癌の病理組織検体におけるリン酸化hTERTの発現を調べることを立案しました。

研究結果

1)リン酸化hTERTに対する新しい抗体を用いた病理組織検体の免疫染色

本研究班は、hTERTの249番目のアミノ酸であるスレオニンのリン酸化が、RdRP活性のスイッチであることを見出してきました(Yasukawa, et al. Nat Comm, 2020)。そこでhTERTの249番のスレオニンのリン酸化を特異的に検出できるモノクローナル抗体を作製したところ、通常の病理組織検体であるホルマリン固定パラフィン切片で、免疫染色法にてリン酸化hTERTの発現を捉えることに成功しました(図2)。長期保存可能なホルマリン固定パラフィン切片を用いて染色できるため、簡便に様々な症例におけるリン酸化hTERTの発現を調べることができます。さらに、市販の自動免疫染色装置を用いて染色できるため、同じ条件で繰り返し染色することが可能です。

図2 テロメア逆転写酵素(hTERT)のアミノ酸249スレオニンのリン酸化抗体による免疫染色像と様々な癌におけるその発現の劃合
リン酸化hTERTは癌細胞の核に発現しており(左図)、様々な癌で発現を認める(右図)。

2)悪性度の高い癌におけるリン酸化hTERTの発現亢進

リン酸化hTERTに対する新しい抗体を用いて、1,523症例の肺癌、大腸癌、胃癌、膵癌、肝臓癌、乳癌、腎臓癌におけるリン酸化hTERTの発現を調べました。今回調べた癌症例は、日本で死亡率や罹患率の高い癌を選びました。また、癌の悪性度の指標である細胞増殖能や、分化度、核異型度注6と、リン酸化hTERTの発現との関係を調べました。その結果、肺癌、大腸癌、胃癌、膵癌、肝臓癌では、リン酸化hTERTの発現が高いほど細胞増殖能が高いことが分かりました(図3A)。また、肺癌、膵癌、肝臓癌では低分化癌や(図3B)、核異型が強い症例で(図3C)リン酸化hTERTの発現が高いことが分かりました。

図3 テロメア逆転写酵素(hTERT)のリン酸化と細胞増殖、分化度、及び核異型度との関連
リン酸化hTERTは、核分裂像が多く(A)、低分化癌や未分化癌(B)、及び核異型度の強い癌で高発現する。

さらに詳細にリン酸化hTERTの発現と臨床病理学的因子との関連を調べたところ、肺や膵臓の腺扁平上皮癌や、浸潤能が高い肺癌、血清αフェトプロテイン値が高い肝臓癌、トリプルネガテイブ乳癌において、リン酸化hTERTの発現が高いことが明らかになりました。これらの結果より、リン酸化hTERTは癌の増殖能や分化、細胞形態に関与し、悪性度の高い癌で高発現することが明らかになりました。

3)リン酸化hTERT高発現は予後不良マーカー 

最後に、全生存期間、無再発生存期間とリン酸化hTERTの発現との関連を調べました。その結果、リン酸化hTERT高発現症例において、肺癌、膵臓癌、肝臓癌では全生存期間が短く(図4A)、膵臓癌、肝臓癌では無再発生存期間が短い(図4B)ことが分かりました。さらに、多変量解析では、リン酸化hTERTの高発現と病期は肺癌、膵臓癌、肝臓癌の独立した予後不良因子であることが分かりました。

図4 テロメア逆転写酵素(hTERT)のリン酸化と予後との関連
リン酸化hTERTの高発現を示す肺癌、膵臓癌、肝臓癌の症例は、全生存期間(A)、及び、無再発生存期間(B)が短い。リン酸化hTERTは高悪性度の癌の予後予測マーカーとなる。

本研究班の先行研究で、細胞周期関連タンパク質であるサイクリン依存性キナーゼ1(CDK1)がhTERTの249番アミノ酸のスレオニンをリン酸化することで、RdRP活性を付与し、様々な遺伝子の発現を直接制御することが明らかとなっています(図1, Yasukawa, et al. Nat Comm, 2020)。今回の研究で、hTERTのRdRP活性が癌の増殖能や分化度、悪性度に関与しており、予後の悪い癌のマーカーとなることが明らかになりました。

まとめ

今回、リン酸化hTERTは予後予測マーカーとして臨床的に有用であることを明らかにしました。用いた病理組織検体や染色方法は一般的に使用されている自動化された方法であり、今後、リン酸化hTERTを指標にした癌の新しい診断法の開発とその臨床応用が期待されます。

論文名と著者

タイトル
Phosphorylation of hTERT at threonine 249 is a novel tumor biomarker of aggressive cancer with poor prognosis in multiple organs.
著者
Yoko Matsuda,1 Taro Yamashita,2 Juanjuan Ye,1 Mami Yasukawa,3 Keiko Yamakawa,1 Yuri Mukai,1 Mitsuhiro Machitani,3 Yataro Daigo,4,5,6 Yohei Miyagi,7 Tomoyuki Yokose,8 Takashi Oshima,9 Hiroyuki Ito,10 Soichiro Morinaga,11 Takeshi Kishida,12 Toshinari Minamoto,13 Shinji Yamada,14 Junko Takei,14 Mika K. Kaneko,14 Motohiro Kojima,15 Shuichi Kaneko,2 Tsutomu Masaki,16 Masahiro Hirata,16 Reiji Haba,17 Keiichi Kontani,18 Nobuhiro Kanaji,19 Nobuyuki Miyatake,20 Keiichi Okano,21 Yukinari Kato,14,22 Kenkichi Masutomi3
掲載誌
The Journal of Pathology (2022年3月23日オンライン掲載)
doi
10.1002/path.5876.
所属
1香川大学医学部 腫瘍病理学
2金沢大学 消化器内科学
3国立がん研究センター研究所 がん幹細胞研究分野
4滋賀医科大学臨床腫瘍学講座・腫瘍内科・腫瘍センター
5滋賀医科大学先端がん研究センター
6東京大学医科学研究所附属病院 抗体・ワクチンセンター
7神奈川県立がんセンター 臨床研究所
8神奈川県立がんセンター 病理診断科
9神奈川県立がんセンター 消化器外科
10神奈川県立がんセンター 呼吸器外科
11神奈川県立がんセンター 消化器外科
12神奈川県立がんセンター 泌尿器科
13金沢大学がん進展制御研究所 腫瘍制御研究分野
14東北大学大学院医学系研究科 抗体創薬研究分野
15国立がん研究センター 先端医療開発センター 臨床腫瘍病理分野
16香川大学医学部 消化器・神経内科学
17香川大学医学部附属病院 病理診断科
18香川大学医学部 呼吸器・乳腺内分泌外科学
19香川大学医学部 血液・免疫・呼吸器内科学
20香川大学医学部 衛生学
21香川大学医学部 消化器外科学
22東北大学大学院医学系研究科 分子薬理学分野

本研究への支援

  • 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業、次世代がん医療創生研究事業、肝炎等克服実用化研究事業(肝炎等克服緊急対策研究事業)、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)
  • 金沢大学がん進展制御研究所共同研究
  • 国立がん研究センター研究開発費
  • 日本学術振興会科学研究費補助金
  • 文部科学省科学研究費新学術領域研究 コホート・生体試料支援プラットフォーム (CoBiA)

用語説明

注1 テロメラーゼ/テロメラーゼ逆転写酵素(human telomerase reverse transcriptase, hTERT)
テロメラーゼは、テロメアの特異的反復配列を伸長させる酵素であり、多くの癌で異常をきたし、癌細胞の不死化をもたらしている。hTERTは、テロメラーゼの主要サブユニットの一つで、染色体末端のテロメアにTTAGGGを付加する機能が広く知られている。近年、テロメアに関連しないhTERTの新機能が報告されており、新しい治療標的として注目されている。
注2 抗体
抗原と特異的に結合し抗原抗体反応を起こすもので、免疫グロブリンに属する。免疫染色に用いる抗体は、抗原の異なる部位に対する複数の抗体のクローンを含有するポリクローナル抗体と単一のクローンから成るモノクローナル抗体がある。
注3 テロメア
真核生物の染色体末端にある構造であり、染色体末端を保護する。哺乳類ではTTAGGGの塩基の繰り返し配列とタンパク質から成る。テロメアの長さは細胞分裂のたびに短くなり、老化および癌化において重要な役割を担う。
注4 免疫染色法
抗体を用いて、抗原を検出、可視化する手法のことである。病理検査法の一つとして、通常の病理組織検体であるホルマリン固定パラフィン切片を用いて、一般的に実施されている。
注5 RNA依存性RNAポリメラーゼ(RNA-dependent RNA polymerase, RdRP)
RNAを鋳型にRNAを複製する酵素であり、RNAウイルスにおいて必須のタンパク質である。真核生物もRdRP活性を有し、small interfering RNAの増幅によるRNA干渉に関与し、RNA発現を調整する。
注6 核異型度
癌細胞の核の大きさや大小不同性の評価方法である。核異型度が高いほど、正常の細胞とのへだたりが大きく、悪性度が高いことを反映する。

お問い合わせ先

研究に関すること

香川大学医学部 腫瘍病理学
松田陽子
TEL:087-891-2109
Email:matsuda.yoko"AT"kagawa-u.ac.jp

金沢大学 消化器内科学
山下太郎
Email:taroy62m"AT"staff.kanazawa-u.ac.jp

国立がん研究センター研究所 がん幹細胞研究分野
増富健吉
Email:kmasutom"AT"ncc.go.jp

滋賀医科大学臨床腫瘍学講座・腫瘍内科・腫瘍センター
滋賀医科大学先端がん研究センター
東京大学医科学研究所附属病院 抗体・ワクチンセンター
醍醐弥太郎
Email:ydaigo"AT"ims.u-tokyo.ac.jp

神奈川県立がんセンター 臨床研究所
宮城洋平
Email:miyagi"AT"gancen.asahi.yokohama.jp

東北大学 大学院医学系研究科 分子薬理学分野
加藤幸成
Email:yukinarikato@med.tohoku.ac.jp
 

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※Emailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和4年3月23日

最終更新日 令和4年3月23日