プレスリリース 脳を覆う特殊な免疫細胞の成り立ちと特性を解明―認知症や自閉スペクトラム症など脳の病気に関与する新たなプレイヤーの可能性―

プレスリリース

九州大学
日本医療研究開発機構

ポイント

  1. 脳は、単なる神経細胞の塊ではなく、多種多様な細胞によって、その重要な機能が維持されていますが、脳を構成する細胞の種類や特性の全容解明には至っていません。
  2. 本研究では、髄膜などにおける脳境界マクロファージ(※1、2)という特殊な免疫細胞の存在を突き止め、その成り立ちや機能的な特性を世界で初めて明らかにしました。
  3. 今後、脳境界マクロファージが担う役割を詳細に解析することで、脳の形成メカニズムや様々な脳疾患の発症メカニズムの解明につながることが期待されます。

概要

全身機能の司令塔として知られる脳は、神経細胞のみならず多種多様な細胞の相互作用によって、その高度な機能が維持されています。そのため、脳がどのような細胞によって構成され、各細胞がどういった特性を有しているのか理解することは、脳の機能を正確に理解するために必要不可欠であり、また脳疾患の発症メカニズムの解明へ向け、重要かつ喫緊の課題であると考えられます。

本研究では、これまで全く研究が進んでいなかった脳境界マクロファージ(※1、2)という特殊な免疫細胞の動向を正確に捉え、その成り立ちや細胞特性を解明することに成功し、それに加えて脳の形成に関わる新たな仕組みを見出しました。

九州大学大学院薬学研究院の増田隆博 准教授およびドイツ・フライブルク大学のMarco Prinz教授らを中心とした国際共同研究チームは、単一細胞解析法やFate-mapping法という最新研究技術ならびに独自開発した遺伝子改変ツールを駆使して、胎児から成体に至る幅広いライフステージにおいて脳境界マクロファージを詳細に解析し、それらが脳境界領域(※3)に定着する仕組み、さらにはそれら細胞が持つ遺伝子的また機能的特性を世界で初めて明らかにしました。

今回の発見は、脳の形成メカニズムに新たな概念を付加すると同時に、認知症や自閉スペクトラム症といった多くの脳疾患の発症メカニズム解明に大きく貢献することが期待され、将来的には脳内免疫細胞を標的とした新たな治療法・新薬の開発に役立つことが期待されます。

本研究成果は英国の国際誌「Nature」に2022年4月21日(木)(日本時間)に掲載されました。

本研究で詳細な解析をした脳境界マクロファージ(オレンジ)(※1)は、髄膜や血管周囲スペースといった脳境界領域(※3)に存在しており、脳の実質内に分布するミクログリア(緑)(※4)とは、全く異なる機能を有した特殊な免疫細胞であると考えられます。

研究の背景と経緯

脳は、単なる神経細胞の塊ではなく、多種多様な細胞によってその高度な機能を維持しています。そのため、脳がどのような細胞によって構成され、各細胞がどういった特性を有しているのか理解することは、脳の機能を正確に理解するために必要不可欠であり、また脳疾患の発症メカニズムの解明への近道であると考えられます。しかし、その全容解明には至っておらず、脳疾患に対する新規治療法・治療薬の創出を進めるために、その解明が急務の課題となっています。

全身ほぼすべての組織・臓器には、マクロファージ(※1)という免疫細胞が存在します。脳も例外ではなく、主要な脳内免疫細胞としてミクログリア(※4)がよく知られており、その機能的な重要性が次々に明らかになってきています。一方、脳を覆っている髄膜や血管周囲スペース、脈絡叢といった脳境界領域(※3)には、脳境界マクロファージという特殊な免疫細胞が存在することが分かってきましたが、その詳細はほとんど分かっていませんでした。

研究の内容と成果

本研究では、単一細胞解析法やFate-mapping法(※5)などの最新研究技術ならびに独自開発した遺伝子改変ツールを駆使して、①実は脳境界マクロファージとミクログリアは同一の前駆細胞から作り出される姉妹細胞であること、また②脳境界マクロファージは脳の中でミクログリアと異なる遺伝子的また機能的特性を獲得すること、さらには③脳境界マクロファージが非常に複雑かつメカニズムを介して脳境界領域に定着し、④胎児から成体に至る幅広いライフステージにおいて脳境界領域に存在し続けることを世界で初めて明らかにしました(参考図)。

参考図
同一の前駆細胞に由来するミクログリアと脳境界マクロファージは、脳内でそれぞれ、遺伝的また機能的に異なる特性を持った細胞へと分化・成熟する。また、出生後、髄膜マクロファージは、血管周囲空間スペースへと移行するが、その際にはTalin1やIrf8、Mafbという遺伝子が重要な役割を果たす。また、動脈の血管平滑筋細胞(SMC)の存在も必要不可欠である。

一方、これまでミクログリアと脳境界マクロファージの機能を正確に分けて解析するツールが存在しませんでした。そのような中、我々はまず、脳境界マクロファージには影響を及ぼさず、ミクログリア特異的に細胞機能を操作するツールの開発に着手し、最近その成果を報告しました(Masuda et al., Nature Immunology, 2020)。本研究では、脳境界マクロファージのみを標的として細胞機能を操作するツールの開発にも成功しており、それらを用いたミクログリアおよび脳境界マクロファージ特異的な細胞機能の解析にも着手しています。

今後の展開

今回の発見は、脳の形成メカニズムに新たな概念を付加すると共に、いまだ完全な理解には至っていない脳の形成・維持メカニズムの解明に向け大きく前進することが期待されます。さらに、認知症や自閉スペクトラム症といった多くの脳関連疾患の発症メカニズムの解明に貢献し、将来的には脳内免疫細胞を標的とした新たな治療法・新薬の開発に役立つことが期待されます。

用語解説

(※1)マクロファージ
全身の各組織・臓器に存在し、細菌や死細胞を貪食して除去する能力を持ち、その一方で組織の恒常性維持に重要な役割を果たしている免疫細胞。
(※2)脳境界マクロファージ
脳境界領域(※3)に存在するマクロファージの一種。
(※3)脳境界領域
脳の周囲を覆っている髄膜(軟膜・くも膜・硬膜)や、脳内血管の周囲に存在し脳脊髄液に満たされている空間、さらには脳脊髄液の産生組織として知られる脈絡叢といった脳実質とは区別される脳内領域のこと。
(※4)ミクログリア
脳内の主要免疫細胞で、マクロファージの一種。
(※5)Fate-mapping法
特定の時期・状態にある細胞において、GFP等の蛍光タンパク質などを恒常的に発現誘導させ追跡することで、その細胞の起源や生体内動態を明らかにすることができる技術。

謝辞

本研究はJSPS科研費 (JP20K22687, JP21H02752, JP21H00204)、AMED革新的先端研究開発支援事業PRIME(JP20gm6310016)、AMED脳とこころの研究推進プログラム(精神・神経疾患メカニズム解明プロジェクト: JP21wm0425001)、かなえ医薬振興財団、稲盛財団、内藤記念科学財団、武田科学振興財団の助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌
Nature
タイトル
Specification of CNS macrophage subsets occurs postnatally in defined niches
著者名
Takahiro Masuda*, Lukas Amann, Gianni Monaco, Roman Sankowski, Ori Staszewski, Martin Krueger, Francesca Del Gaudio, Liqun He, Neil Paterson, Elisa Nent, Francisco Fernández-Klett, Ayato Yamasaki, Maximilian Frosch, Maximilian Fliegauf, Lance Fredrick Pahutan Bosch, Hatice Ulupinar, Nora Hagemeyer, Dietmar Schreiner, Cayce Dorrier, Makoto Tsuda, Claudia Grothe, Anne Joutel, Richard Daneman, Christer Betsholtz, Urban Lendahl, Klaus-Peter Knobeloch, Tim Lämmermann, Josef Priller, Katrin Kierdorf, Marco Prinz*  (*責任著者)
DOI
10.1038/s41586-022-04596-2

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TEL:092-642-6666 FAX:092-642-6566
Mail:masuda”AT”phar.kyushu-u.ac.jp

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シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課
TEL:03-6870-2224
Mail:kenkyuk-ask"AT"amed.go.jp

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疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
TEL:03-6870-2286
Mail:brain-pnd"AT"amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和4年4月21日

最終更新日 令和4年4月21日