プレスリリース 長引くかゆみ、何回も引っ掻くと神経で増えるタンパク質が原因!―かゆみ治療薬開発への応用に期待―

プレスリリース

九州大学
岡山大学
日本医療研究開発機構

ポイント

  1. 長引くかゆみの原因のひとつは、かゆい皮膚を何回も繰り返して引っ掻くことで皮膚の炎症が悪化し、さらにかゆみが増すという悪循環。しかし、サイクルを生み出す仕組みは不明。
  2. 本研究では、かゆい皮膚を繰り返し引っ掻くことにより神経でNPTX2(neuronal pentraxin 2)※1というタンパク質が増え、それがかゆみ信号伝達神経の活動を高めてしまうことを世界で初めて発見。
  3. 今後、NPTX2を標的にしたかゆみ治療薬の開発につながることが期待。

概要

かゆみを感じたとき、私たちはかゆいところを引っ掻きます。通常であれば、数回引っ掻くとかゆみは治まりますが、アトピー性皮膚炎や接触皮膚炎などに伴う慢性的な強いかゆみだと、何回も繰り返して引っ掻いてしまいます。それによって皮膚の炎症が悪化し、その結果、かゆみがさらに増すという悪循環となってしまいます。これは、「かゆみと掻破(そうは)※2の悪循環」と呼ばれ、かゆみを長引かせる大きな原因と考えられていますが、そのメカニズムはまだよく分かっていません。

九州大学大学院薬学研究院/高等研究院の津田誠主幹教授、薬学府の兼久賢章大学院生(当時)、岡山大学、ジョンズ・ホプキンス大学(米国)の研究グループ※3は、何回も繰り返し皮膚を引っ掻く、アトピー性皮膚炎や接触皮膚炎モデルマウスで研究を行い、皮膚からのかゆみ信号を脳へ送る脊髄神経(かゆみ伝達神経)の活動が高まっていること、皮膚への引っ掻き刺激を抑えるとそれが起こらないことを見いだしました。さらに、皮膚を繰り返し引っ掻くことで、皮膚と脊髄をつなぐ感覚神経でNPTX2というタンパク質が増え、これが脊髄のかゆみ伝達神経に作用すると、その神経の活動が高まってしまうことを発見しました。実際に、NPTX2を無くしたマウスでは、脊髄のかゆみ信号伝達神経の活動が低下し、かゆみも軽減しました。この研究成果から、皮膚炎モデルマウスで見られる長引くかゆみには、かゆい皮膚を何回も引っ掻くことで作られる神経のタンパク質NPTX2と、それによるかゆみ信号伝達神経の活動の高まりが原因であることが明らかになり、慢性的なかゆみのメカニズムの解明と、かゆみを鎮める治療薬の開発に向けた大きな一歩となると考えられます。

本研究成果は、2022年5月2日(月)午後6時(日本時間)に国際科学誌「Nature Communications」のオンラインサイトに掲載されました。

研究成果の概要図
かゆい皮膚への引っ掻き刺激により、感覚神経でNPTX2というタンパク質が増えてきます。それが脊髄へ運ばれ、かゆみ伝達神経に作用し、その活動を高めてしまいます。結果、強いかゆみが生じ、また皮膚を引っ掻いてしまう。これが「かゆみと掻破の悪循環」を生み、かゆみを慢性化すると考えられます。

研究の背景と経緯

かゆみは、掻きたいという欲望を起こさせる不快な感覚です。通常では、皮膚の異物(ダニなど)を引っ掻くことで除去するという自己防衛反応と考えられています。このようなかゆみは、数回引っ掻くと治まります。しかし、アトピー性皮膚炎や接触皮膚炎などに伴う慢性的な強いかゆみは、何回も繰り返す、過剰な引っ掻き行動を起こし、それによって皮膚の炎症が悪化し、かゆみがさらに増すという悪循環に陥ってしまいます。これは「かゆみと掻破の悪循環」と呼ばれ、かゆみを慢性化させる大きな原因のひとつと考えられています。我が国でのアトピー性皮膚炎の推定患者数は約51万人(2017年厚生労働省データ)で、抗ヒスタミン薬などかゆみを抑える一般的な医薬品では十分に効きません。かゆみがなぜ慢性化するのか、かゆみと掻破の悪循環がどのような仕組みで形成されるのか、それらのメカニズムはよくわかっていませんでした。

研究の内容と成果

かゆみの仕組みに関する基礎研究から、私たちのからだには、かゆみの信号を皮膚から脳まで伝える神経路があることが分かってきました。今回の研究で私たちは、何回も繰り返し皮膚を引っ掻くアトピー性皮膚炎や接触皮膚炎モデルマウスにおいて、皮膚からのかゆみ信号を脳へ送る脊髄神経(かゆみ伝達神経)の活動が高まっていること、マウスの爪を切り揃え皮膚への引っ掻き刺激を抑えるとそれが起こらないことを見いだしました。さらに、そのかゆみ伝達神経の活動の高まりには、かゆい皮膚を繰り返し引っ掻くことによって、皮膚と脊髄をつなぐ感覚神経で増えるNPTX2というタンパク質が原因であることを発見しました。このNPTX2は感覚神経の中を通って脊髄へ運ばれ、かゆみ伝達神経に到達していました。また、NPTX2を無くしたマウスでは、脊髄のかゆみ信号伝達神経の活動の高まりとかゆみが共に抑制されました。すなわち、かゆい皮膚を何回も引っ掻くことにより、感覚神経でNPTX2が増え、それが神経の中を通って脊髄へ運ばれ、かゆみ伝達神経に作用してその神経活動が高まり、さらにかゆみを生むという仕組みが明らかになりました。

今後の展開

かゆみの基礎研究から、かゆみ信号を皮膚から脳まで伝える仕組みが少しずつ分かってきました。今回の研究から、長引くかゆみの原因のひとつとされる「かゆみと掻破の悪循環」に、神経で作られるNPTX2が重要な役割を担っていることが明らかになりました。よって今後、NPTX2が神経で増えるのを抑えるような化合物、あるいはNPTX2の作用を阻害するような化合物が見つかれば、アトピー性皮膚炎や接触皮膚炎などで生じる慢性的なかゆみに有効な治療薬の開発につながることが期待されます。

用語解説

※1 NPTX2(neuronal pentraxin 2)
神経細胞の活動が高まると作られるタンパク質。神経から放出された後、次の神経の細胞膜にあるグルタミン酸受容体をクラスター化し、その神経活動を高める働きがある。
※2 かゆみと掻破(そうは)
皮膚などのかゆいところを掻いてその部分が傷つくこと
※3 研究グループ
本論文著者(全員)
九州大学大学院薬学研究院薬理学分野・高等研究院:津田誠(主幹教授)
九州大学大学院薬学府薬理学分野:兼久賢章(大学院生:当時)、古賀啓祐(大学院生:当時)、白石悠人(大学院生)、浅井こなつ(大学院生)、白鳥美穂(助教)
岡山大学学術研究院自然科学学域(牛窓臨海):坂本浩隆(准教授)、前嶋翔(特任助教)
Johns Hopkins University School of Medicine: Mei-Fang Xiao(研究員)、Paul F. Worley(教授)

謝辞

本研究はJSPS科研費 (挑戦的研究(萌芽)JP19K22500、基盤研究(S)JP19H05658、学術変革領域研究(A)JP20H05900、新学術領域研究(先端バイオイメージング支援プラットフォーム:ABiS)JP16H06280)、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業(免疫アレルギー疾患実用化研究分野)JP18ek0410034、AMED革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)(代表:上口裕之)JP21gm0910006、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)(代表:大戸茂弘)JP21am0101091)、内藤記念財団助成金等からの助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌
Nature Communications
タイトル
Neuronal pentraxin 2 is required for facilitating excitatory synaptic inputs onto spinal neurons involved in pruriceptive transmission in a model of chronic itch
著者名
Kensho Kanehisa, Keisuke Koga, Sho Maejima, Yuto Shiraishi, Konatsu Asai, Miho Shiratori-Hayashi, Mei-Fang Xiao, Hirotaka Sakamoto, Paul F. Worley, Makoto Tsuda
DOI
10.1038/s41467-022-30089-x

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TEL:092-642-6628 FAX:092-642-6566
Mail:tsuda”AT”phar.kyushu-u.ac.jp

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Mail:koho”AT”jimu.kyushu-u.ac.jp

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※Mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和4年5月9日

最終更新日 令和4年5月9日