プレスリリース 老化細胞除去は膀胱癌治療の新たな戦略―癌内部の老化がん関連線維芽細胞は膀胱癌の進行を助長することを発見―

プレスリリース

東京大学医科学研究所
金沢大学がん進展制御研究所
福島県立医科大学
日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 膀胱組織内に存在するp16陽性老化線維芽細胞は、膀胱腫瘍形成後に腫瘍内でがん関連線維芽細胞(注1)してケモカインであるCXCL12(注2)を分泌し、膀胱癌の進行を助長することを発見しました。
  • p16陽性細胞除去を可能とする遺伝子改変マウスを使用したp16陽性細胞除去や、既存の老化細胞除去薬の投与により、マウスに移植した膀胱癌の進行が抑制されることを見出しました。
  • 今後、膀胱癌内部の老化がん関連線維芽細胞を標的とする新たな膀胱癌の治療薬の開発が期待されます。
図1:膀胱内の老化がん関連線維芽細胞は膀胱癌の進行を助長する
マウスやヒトにおいて、加齢で増加する膀胱内の老化がん関連線維芽細胞はCXCL12を分泌し膀胱癌の進行を助長する。また、老化細胞の除去により癌の進行は抑制される。

概要

東京大学医科学研究所癌防御シグナル分野の目黒了客員研究員、中西真教授、城村由和助教(研究当時、現:金沢大学教授)らの研究グループは、p16陽性細胞を一細胞単位で単離が可能となる遺伝子改変マウスにおいて老齢個体を作成し、シングルセルRNA-seq(注3)を行うことで膀胱組織内のp16陽性老化細胞の遺伝子発現の特徴を解析しました。その結果、膀胱組織内のp16陽性老化細胞の主集団となる細胞種は線維芽細胞であり、そのp16陽性老化線維芽細胞においてケモカイン遺伝子であるCxcl12の発現が上昇していることを同定しました。

また、マウスに膀胱癌細胞を同所移植した際には腫瘍内部に間質細胞としてp16陽性老化細胞を認め、p16陽性老化細胞を細胞死に導くことを可能とする遺伝子改変マウスを使用したp16陽性老化細胞除去や既存の老化細胞除去薬の投与により、p16陽性老化細胞を除去した際には膀胱癌の進行が抑制されることも明らかにしました。

加えて、シングルセルRNA-seqで同定したマウスの膀胱のp16陽性老化線維芽細胞で発現が上昇していた遺伝子群を「老化がん関連線維芽細胞遺伝子セット」とし、400サンプル以上となるヒトRNA seqデータセットに照合したところ、この遺伝子セットは年齢や膀胱癌の予後と相関があることも発見しました。

本研究成果により、膀胱癌間質内のp16陽性老化がん線維芽細胞を治療標的とした、膀胱癌の新たな治療薬の開発が期待されます。

本研究成果は令和6年9月9日、国際科学誌「Nature Aging」に掲載されました。

発表内容

これまで膀胱癌は加齢とともに発症率の上昇や生存率の低下を認める加齢関連疾患のひとつであるとされてきましたが、なぜ加齢が膀胱癌に関連するか、分子生物学的な機序は解明されていませんでした。

本研究グループはまず、タモキシフェンの投与によりp16陽性老化細胞を一細胞レベルで標識することが可能となるマウス、p16-CreERT2-tdTomatoマウス(注4)において自然加齢による老齢モデルマウスを作成し、老化個体における膀胱組織を使用してシングルセルRNA-seqを施行しました。その結果、マウス膀胱においてはp16陽性老化線維芽細胞がp16陽性老化細胞の主集団であり、またそのp16陽性老化線維芽細胞においてケモカインのひとつであるCxcl12遺伝子の発現が上昇していることが分かりました。

次に膀胱のp16陽性老化細胞が膀胱癌の発育に与える影響を確認するために、タモキシフェンおよびジフテリア毒素の投与によりp16陽性老化細胞の除去が可能となるp16-CreERT2-DTR-tdTomatoマウス(注5)を使用し、膀胱癌を移植したのちにp16陽性老化細胞を除去し膀胱癌の発育の変化を確認しました。その結果、p16陽性老化細胞を除去したマウスでは膀胱癌の発育は抑制されることが分かりました(図2)。また、膀胱癌の移植前または移植後にp16陽性老化細胞を標識し膀胱癌内部の老化細胞の数を比較したところ両者の数はほぼ同じであり、膀胱癌内部のp16陽性老化細胞は癌の移植後に出現したものではなく、移植前から膀胱組織内に存在していたp16陽性老化細胞が移植後に間質細胞となり、癌の発育に関連していたことが分かりました。この結果を裏付けるように、p16陽性老化細胞を除去したのちに移植した場合でも癌の発育が抑制されることが分かりました。また既存の老化細胞除去薬であるABT‐263(注6)を膀胱癌を移植したマウスに投与したところ、同様に膀胱癌の発育が抑制されることを確認しました。

図2:p16陽性老化細胞の除去は膀胱癌の進行を抑制する
膀胱癌細胞を移植後にp16陽性老化細胞を除去すると、膀胱癌の重量は減少する(A、B)。また移植後の生存率も改善する(C)。

加えて、CXCL12は癌の発育を促進することが知られていますが、p16陽性老化細胞を除去したマウスにおいては膀胱癌内部のCXCL12の発現が低下しており、CXCL12下流経路の一つであるAKT(注7)の活性化も抑制されていることを確認しました。また膀胱癌内部においてp16陽性老化線維芽細胞は老化がん関連線維芽細胞としてCXCL12の主要な産生源となっていることを確認しました。したがって、膀胱癌間質の老化がん関連線維芽細胞がCXCL12を分泌し、膀胱癌の発育に関与していることが示唆されました。

最後に、マウスの膀胱組織を使用したシングルセルRNA-seqの結果より、p16陽性老化線維芽細胞集団にて上昇していた上位6つの遺伝子を「老化がん線維芽細胞遺伝子セット」とし、400サンプル以上となるヒト膀胱癌組織のRNA seqデータセットと比較しました。その結果、この遺伝子セットは年齢や膀胱癌の予後と相関しており、またこの遺伝子セットのハザード比を解析したところ、膀胱癌の病理学的病期分類と同等の予後予測能があることが分かりました(図3)。

図3:老化がん関連線維芽細胞遺伝子セットはヒト膀胱癌患者の年齢・予後に関連する
マウスの実験結果より作成した老化がん線維芽細胞遺伝子セットは、ヒト膀胱癌患者の年齢(A)や予後(B-C)と相関する。また、ハザード比は病理学的病期分類と同等である(D)。

膀胱癌は全身療法である化学療法にはしばしば治療抵抗性を示し、分子標的薬もすべての膀胱癌に著効するわけではなく、比較的予後の悪い癌とされています。特にマウス実験の結果がヒトの膀胱癌においても一部確認できていることから、今回の研究は膀胱癌内部のp16陽性老化がん関連線維芽細胞を標的とした新たな膀胱癌治療薬の開発の可能性が期待できます。

なお本研究は、金沢大学がん進展制御研究所の城村由和教授、東京大学医科学研究所の山﨑聡教授、井元清哉教授、古川洋一教授、および福島県立医科大学の小島祥敬教授の研究グループとの共同研究により実施されました。

発表者・研究者等情報

東京大学医科学研究所 癌防御シグナル分野
中西 真教授
城村 由和 研究当時:助教
現:金沢大学 がん進展制御研究所 がん・老化生物学研究分野 教授
目黒 了 研究当時:客員研究員
現:Memorial Sloan Kettering Cancer Center SKI-Radiation Oncology Visiting Investigator

福島県立医科大学 泌尿器科学講座
小島 祥敬教授

論文情報

雑誌名
「Nature Aging」(9月9日 オンライン版)
題名
Preexisting senescent fibroblasts in the aged bladder create a tumor-permissive niche through CXCL12 secretion
著者名
Satoru Meguro, Yoshikazu Johmura#, Teh-Wei Wang, Satoshi Kawakami, Shota Tanimoto, Satotaka Omori, Yuki T. Okamura, Seiji Hoshi, Emina Kayama, Kiyoshi Yamaguchi, Seira Hatakeyama, Satoshi Yamazaki, Eigo Shimizu, Seiya Imoto, Yoichi Furukawa, Yoshiyuki Kojima# and Makoto Nakanishi#(#共同責任著者)
DOI
10.1038/s43587-024-00704-1
URL
https://www.nature.com/articles/s43587-024-00704-1

研究助成

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)ムーンショット型研究開発事業「炎症誘発細胞除去による100歳を目指した健康寿命延伸医療の実現」、革新的先端研究開発支援事業「神経細胞におけるミスフォールドタンパク質分解機構と神経変性疾患における役割の解明」、老化メカニズムの解明・制御プロジェクト「老化機構・制御研究拠点」、老化機構・制御研究拠点「老化細胞除去による高齢者発がん抑制療法の開発」、革新的先端研究開発支援事業「加齢に伴うプロテオスタシス破綻のメカニズム解明に基づく老化制御法の開発」)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP20H00514, JP20K21497, JP19H05740, JP19H03431, and JP20H04940)、高松宮妃癌研究基金の研究助成により実施されました。

AMEDでは、ムーンショット型研究開発事業の目標7「2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムの実現」の達成にむけて研究開発を推進しています。

用語解説

(注1)がん関連線維芽細胞
 がん微小環境中においてがん細胞と相互作用し、がん進展に関与する線維芽細胞。
(注2)CXCL12
CXCL12(C-X-C motif chemokine ligand 12)またはSDF-1(stromal cell-derived factor 1)と呼ばれ、免疫細胞の誘導やがんの進展に関与するとされるケモカインのひとつ。
(注3)シングルセルRNA-seq
一細胞ごとにmRNAの発現量を検出する手法。
(注4)p16-CreERT2-tdTomatoマウス
本研究室で開発した、老化細胞のマーカー遺伝子であるp16遺伝子プロモーターの下流にCreERT2リコンビナーゼ遺伝子を挿入したp16 -CreERT2マウスと、CreERT2リコンビナーゼ活性依存的に赤色の蛍光タンパク質であるtdTomatoを発現するRosa26-CAG-lsl-tdTomatoマウスを交配し作成したマウス。
(注5)p16-CreERT2-DTR-tdTomatoマウス
本研究室で開発した、p16 -CreERT2マウスとCreERT2リコンビナーゼ活性依存的にジフテリア毒素受容体(DTR)を発現するRosa26-CAG-lsl-DTR-tdTomatoマウスを交配し作成したマウス。
(注6)ABT‐263
抗アポトーシスタンパク質BCL-2およびBCL-xLの特異的阻害剤。
(注7)AKT
プロテインキナーゼBとも呼ばれ、PI3K/AKT/mTORシグナル伝達経路の一因子。

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ

東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 癌防御シグナル分野
教授 中西 真(なかにし まこと)
Tel:03-5449-5341
E-mail:mkt-naka"AT"g.ecc.u-tokyo.ac.jp

金沢大学 がん進展制御研究所 がん・老化生物学研究分野
教授 城村 由和(じょうむら よしかず)
Tel:076-264-6735
E-mail:johmuray"AT"staff.kanazawa-u.ac.jp

報道に関するお問い合わせ

東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
Tel:090-9832-9760
E-mail:koho"AT"ims.u-tokyo.ac.jp

金沢大学医薬保健系事務部薬学・がん研支援課企画総務係
Tel:076-234-6858
E-mail:y-somu"AT"adm.kanazawa-u.ac.jp

福島県立医科大学 広報コミュニケーション室
Tel:024-547-1016
E-mail:pr-str"AT"fmu.ac.jp

AMED事業に関するお問い合わせ

日本医療研究開発機構(AMED)研究開発統括推進室基金事業課
Tel:03-6865-5495
E-mail:moonshot"AT"amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和6年9月10日

最終更新日 令和6年9月10日