成果情報 小児胚細胞腫瘍における分子生物学的な特性の解明と治療標的の同定

成果情報

東京大学
京都大学
日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 乳幼児期に発症することが多い胚細胞腫瘍を対象とし、DNAメチル化、遺伝子発現、コピー数、遺伝子変異の解析を行い、胚細胞腫瘍におけるゲノム、エピゲノム異常の全体像を明らかにしました。
  • 本研究における統合的なゲノム解析から分子標的治療の対象となりうる遺伝子を同定しました。
  • 小児胚細胞腫瘍における分子標的治療の発展とそれに伴う治療成績の向上、治療に伴う晩期障害の軽減が期待できます。

発表概要

胚細胞腫瘍(注1)は幼児期の小児と若年成人に発症が多く認められる腫瘍性疾患ですが、未だ発症の原因は明らかではありません。胚細胞腫瘍の全体的な治療成績は7~8割程度と悪性腫瘍の中では比較的良好ですが、既存の治療に抵抗を示す難治性の症例が存在することや、悪性腫瘍の治療に伴って引き起こされる晩期障害(注2)が近年問題となってきています。これらの問題を克服するためには、遺伝的な要因を分子レベルで解明し、病態に即した最適な治療法を見つけ出すことが非常に重要だと考えられています。東京大学医学部附属病院 小児科の久保田泰央医師、京都大学大学院医学研究科 発達小児科学の滝田順子教授らの研究グループは、小児の胚細胞腫瘍51例のDNAメチル化(注3)や遺伝子発現(注4)、コピー数(注5)、遺伝子変異(注6)などのゲノム(注7)、エピゲノム(注8)に認められる異常の全体像を解明し、分子標的治療(注9)の対象となりうる遺伝子を同定しました。本研究によって小児のみならず成人の胚細胞腫瘍に対する治療成績の向上と、治療に伴う晩期障害の軽減が期待できます。

なお、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)」および「革新的がん医療実用化研究事業」の支援により行われ、日本時間令和2年9月30日に英国科学誌Communications Biologyに掲載されました。

発表内容

研究の背景

胚細胞腫瘍は幼児期の小児と若年成人に発症が多く認められる腫瘍性疾患ですが、未だ発症の原因は明らかではありません。胚細胞腫瘍には複数のサブタイプ(注10)が存在し、サブタイプによって多少の差はありますが、全体的な治療成績としては7~8割程度と悪性腫瘍の中では比較的良好です。しかし、がんが別の場所に転移してしまう遠隔転移を伴う例は伴わない例と比較すると治癒率が悪く、既存の治療に抵抗を示す難治性の症例が存在することが知られています。また、悪性腫瘍に対して抗がん剤や放射線で治療を行った小児の中には、後年になって晩期障害を合併することが近年問題となってきています。加えて、胚細胞腫瘍は性線に発症することが多いことから、手術によって性線を摘出した場合は性線機能の低下やそれに伴う将来的な不妊症も懸念されます。成人発症のものはその大部分が成人男性の精巣に発症するものであり、成人例は小児例よりも治癒率が悪いことが知られています。これらの問題を克服するには、予後の悪い群に対する新規治療や治療の層別化に用いることのできるバイオマーカーの開発が重要であり、そのためには胚細胞腫瘍の分子病態の解明が必須だと考えられます。しかし、小児胚細胞腫瘍に関しては、DNAのメチル化や遺伝子の発現などを散発的に行った研究はありますが、統合的なゲノム解析に関する研究はこれまでありませんでした。

研究の内容

本研究グループは、次世代シーケンサー(注11)とマイクロアレイ(注12)を用いてDNAメチル化や遺伝子発現、遺伝子変異、コピー数などのゲノム、エピゲノムに見られる異常の全体像を解明しました。本解析は、小児胚細胞腫瘍の大規模検体を用いた統合的ゲノム・エピゲノム解析としては世界で初めてであり、腫瘍組織51検体からDNA、RNAを抽出して、それぞれの解析を行った結果、主に以下のようなことが明らかとなりました。

  1. 胚細胞腫瘍はサブタイプごとに特徴的なDNAメチル化パターンを有しており、このパターンはそれぞれの分化度に対応していました。胚細胞腫瘍のサブタイプの一つである卵黄嚢腫瘍は年少児と年長児で異なるDNAメチル化パターンを有しており、年少児と年長児では異なる生物学的特徴を有していることが示唆されました。
  2. DNAメチル化と同様に遺伝子発現もサブタイプに応じたパターンを有していましたが、最も未分化なサブタイプであるジャーミノーマと分化が進んだ胎児性癌は同様の発現パターンを有しており、共通の発がんメカニズムを有していると考えられます。
  3. 胚細胞腫瘍のサブタイプであるジャーミノーマ、奇形種、卵黄嚢腫瘍はそれぞれ発症部位、年齢によって異なるコピー数異常を有しており、これらの異常によって更に細分化できると考えられます。
  4. ジャーミノーマはKIT遺伝子、胎児性癌はTNFRSF8遺伝子、卵黄嚢腫瘍はERBB4遺伝子にそれぞれ特徴的な遺伝子変異、発現パターンを有しており、これらの遺伝子は分子標的治療の対象となりえます。

1~4のとおり、これまで明らかではなかった小児胚細胞腫瘍それぞれのサブタイプのプロファイリングを行い、各サブタイプのゲノム、エピゲノム異常の特性を明らかにしたことは、今後の治療を行う上で極めて有用です(図1)。加えて、分子標的治療の対象となる遺伝子を見出したことは、これらのサブタイプに対する治療の最適化を目指す上で非常に重要だと考えられます。なお、成人胚細胞腫瘍のDNAメチル化に関する公開データを用いて同様の解析を行ったところ、成人胚細胞腫瘍においても同様の結果が得られたことから、小児胚細胞腫瘍と成人胚細胞腫瘍はDNAメチル化においては共通の生物学的特徴を有すると考えらます。

図1 胚細胞腫瘍の発生
胚細胞腫瘍は始原生殖細胞からメチル化の変化や遺伝子変異、遺伝子発現変化によって発生し、サブタイプごとに特徴的な遺伝子発現、変異を有する。

社会的意義・今後の予定

本研究は、小児胚細胞腫瘍のゲノム、エピゲノムの全体像を明らかにするものであり、分子病態の理解に大きな進展をもたらすものと考えられます。小児胚細胞腫瘍がそのサブタイプごとに特徴的な分子標的治療の対象となりうる遺伝子を有しているという発見は、分子標的治療の導入によって抗がん剤や放射線の減量、抗がん剤使用に伴う晩期障害の軽減につながるものと期待できます。加えて、本研究では小児胚細胞腫瘍と成人胚細胞腫瘍の一部に共通の特徴を有していることも明らかとなり、小児のみならず成人の胚細胞腫瘍に対する治療成績の向上も期待できます。今後は、今回の研究によって明らかとなった治療標的に対する分子標的治療薬を用い、マウスなどの実験を通じて有効性を検証し、有効性が示されたものに対しては臨床試験での導入を目指していく予定です。

発表雑誌

雑誌名:
Communications Biology(オンライン版:令和2年9月30日)
論文タイトル:
Comprehensive genetic analysis of pediatric germ cell tumors identifies potential drug targets
著者:
Yasuo Kubota, Masafumi Seki, Tomoko Kawai, Tomoya Isobe, Misa Yoshida, Masahiro Sekiguchi, Shunsuke Kimura, Kentaro Watanabe, Aiko Sato-Otsubo, Kenichi Yoshida, Hiromichi Suzuki, Keisuke Kataoka, Yoichi Fujii, Yuichi Shiraishi, Kenichi Chiba, Hiroko Tanaka, Mitsuteru Hiwatari, Akira Oka, Yasuhide Hayashi, Satoru Miyano, Seishi Ogawa, Kenichiro Hata, Yukichi Tanaka, Junko Takita
DOI番号:
10.1038/s42003-020-01267-8

用語解説

注1:胚細胞腫瘍
精子や卵子へと分化する未成熟な細胞である始原生殖細胞から発生した腫瘍の総称。始原生殖細胞が到達する性腺や、遊走路上である頭蓋内、縦隔、仙尾部などで発生することが多い。発症頻度は乳児、若年成人で二峰性のピークを有する。
注2:晩期障害
抗がん剤や放射線によってがん治療が成功しても、これらの治療はさまざまな臓器に障害を及ぼし、後年になってがん生存者の健康障害を引き起こすことがある。これらは晩期障害と呼ばれ、近年小児がん生存者で問題となってきている。
注3:DNAメチル化
DNAの遺伝情報はその塩基配列によって保存されているが、DNAを構成する塩基の一つであるシトシンはメチル化という修飾を受けることがある。シトシンのメチル化は遺伝子転写の開始に関与するプロモーターという領域で認められることが多く、プロモーター領域のシトシンのメチル化によってその遺伝子の発現が制御されている。がん細胞では、がん抑制遺伝子の発現が異常なメチル化によって抑制されていることが多い。
注4:遺伝子発現
遺伝子の情報が細胞における構造および機能に変換される過程であり、具体的には、遺伝情報に基づいてタンパク質が合成されることを示す。
注5:コピー数
ヒトの体細胞には父および母由来の2コピーの染色体が存在するが、がん細胞ではある一定の領域に増加、欠失や高度増幅などが認められることがあり、これはコピー数異常と呼ばれる。がん細胞では、がん抑制遺伝子の領域のコピー数減少、がん遺伝子の領域のコピー数増加が認められることが多い。
注6:遺伝子変異
遺伝子の塩基配列に変化が起き、その遺伝子にコードされるタンパク質の機能低下や亢進が起きること。がん細胞では遺伝子変異によってがん遺伝子の機能亢進、がん抑制遺伝子の機能低下が認められることが多い。
注7:ゲノム
ある生物のもつすべての遺伝情報、あるいはこれを保持するDNAの全塩基配列のこと。
注8:エピゲノム
細胞の有する遺伝情報のうち、DNAの塩基配列以外の要素であり、ゲノム上に付加された化学修飾を指す。DNAのメチル化はその一例であり、遺伝子発現の制御に重要な役割を果たし、生物の発生、細胞の分化、発がんにおいても重要なメカニズムに関与すると考えられている。
注9:分子標的治療
がん細胞の増殖に関わるタンパク質や、免疫に関わるタンパク質など、がん細胞に特異的に作用する薬剤のこと。抗がん剤と違って他の臓器への副作用が少ないため、晩期障害を起こしにくい。
注10:サブタイプ
がんではそれぞれの細胞が有する異常によって細分化ができることが多く、これはサブタイプと呼ばれる。がんでは全ての細胞が同じ性質を有しているわけではなく、症例によって異なる異常を有しているために予後が異なってくると考えられている。多くのがんでは、古典的には病理学的な形態の違いによってサブタイプが分類されていたが、近年では遺伝子変異、遺伝子発現、DNAメチル化など分子生物学的な特徴によってサブタイプが規定されることが多くなってきている。本研究の対象である胚細胞腫瘍のサブタイプには、ジャーミノーマ、奇形腫、卵黄嚢腫瘍、胎児性癌などがある。
注11:次世代シーケンサー
膨大な塩基配列を並列で高速に解析することによって、従来の手法と比較してきわめて高速にDNAの塩基配列を読むこと(シーケンシング)が可能な機器の総称。
注12:マイクロアレイ
ガラスなどの基板上にオリゴヌクレオチドなどのDNAを高密度に整列固定したツールで、検体となるDNAやRNAを作用させることで、遺伝子の発現量、DNAメチル化、SNP解析といった解析を行う機器の総称。

お問い合わせ先

研究内容に関するお問い合わせ先

東京大学医学部附属病院 小児科
医師 久保田 泰央(くぼた やすお)
TEL:03-3815-5411(代表) 内線:37995
E-mail:kubotay-ped"AT"h.u-tokyo.ac.jp

取材に関するお問い合わせ先

東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井
TEL:03-5800-9188(直通)
E-mail:pr"AT"adm.h.u-tokyo.ac.jp

AMEDに関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
革新的がん医療実用化研究事業 事務局
TEL:03-6870-2286
E-mail:cancer"AT"amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和2年11月26日

最終更新日 令和2年11月26日