2019年度 研究事業成果集 痒みをコントロールする治療薬の開発に期待

アトピー性皮膚炎の痒みを脳に伝えるために必要な物質を発見

九州大学生体防御医学研究所の福井宣規主幹教授、坂田大治助教の研究グループは、アトピー性皮膚炎の主要な痒み惹起物質であるIL-31が、脳に「痒みの感覚」を伝える際、ニューロキニンBという物質が必要であることを世界に先駆けて発見しました。研究グループは、IL-31による痒みが、ニューロキニンB受容体であるNK3Rの阻害剤で抑制できることも実証しており、ニューロキニンBとNK3Rの相互作用は新しい治療標的になると期待されます。

取り組み

痒みは、「掻破(そうは)したいという衝動を起こさせる不快な感覚」として定義され、生活の質を著しく損なうことから、その対策は重要です。特に、アトピー性皮膚炎は国民の7~15%が罹患している国民病であり、その痒みをコントロールするための創薬ニーズは極めて高いと言えます。これまで痒み研究はヒスタミン*1を中心に進んできましたが、アトピー性皮膚炎の痒みの多くは抗ヒスタミン剤では抑制されないことから、別の痒み物質の存在が示唆されてきました。

このような中、アトピー性皮膚炎と関連した新しい痒み物質として注目されているのがIL-31です。IL-31は主にヘルパーT細胞*2から産生され、その受容体は感覚を司る脊髄後根神経節に高発現することが報告されていますが、IL-31がどうやって脳に痒みの感覚を伝えているかは不明でした。

研究グループは、IL-31がニューロキニンBを介して、脳に「痒みの感覚」を伝えていることを発見しました。ニューロキニンBはNK3R受容体を介して機能しており、多くのNK3Rの選択的阻害剤が開発されています。これら既存薬剤を活用できれば、痒みをコントロールする新たな治療戦略に繋がることが期待されます。

*1 ヒスタミン
マスト細胞等から放出される化学物質で、アレルギー反応において中心的役割を演じている。
*2 ヘルパーT細胞
リンパ球の一種であり、サイトカインという液性因子を分泌し抗体の産生を促す。

成果

DOCK8という分子を欠損した患者は、重篤なアトピー性皮膚炎を発症します。研究グループは、DOCK8が発現できないように遺伝子操作したマウス(Dock8–/–)では、DOCK8を発現したマウス(Dock8+/–)と異なり、掻破行動を伴う重篤なアトピー様皮膚炎を自然発症し(図1A)、血中のIL-31が異常高値を示すこと(図1B)を明らかにしました(Nature Commun. 8:13946, 2017)。

図1 DOCK8欠損マウスにおける、ニューロキニンBの発現亢進を検証した実験結果

そこで、これらのマウスから痒みの伝達に関わる脊髄後根神経節を単離し、遺伝子発現を解析したところ、ニューロキニンBの発現が非常に高いことが明らかとなりました(図1C)。

興味深いことに、DOCK8欠損マウスであっても、遺伝子操作でIL-31受容体(Osmr)の発現を無くしたり(Osmr–/–)、IL-31の発現を無くしたり(Il31–/–)した場合には、この遺伝子の発現上昇は認められませんでした(図1C)。このことから、ニューロキニンBが、IL-31刺激依存的に、脊髄後根神経節で産生されることが分かりました。次に、ニューロキニンBが機能的に重要なのかを調べるため、ニューロキニンBを発現できないように遺伝子操作したマウスを作製したところ、通常のマウスに比べて、IL-31投与による引っ掻き行動が顕著に低下していました。一方、他の痒み惹起物質(ヒスタミンやクロロキン、PAR2作動薬)への反応性は、両者間で違いを認めませんでした。このことから、ニューロキニンBは、IL-31による痒み感覚の伝達に選択的に関わっていることが分かりました(図2)。さらに、ニューロキニンBからの「痒み」信号を脳に伝える経路を詳細に解析し、NK3R受容体が関わっていることを明らかにしました。これらの成果は、2019年8月にJournal of Allergy and Clinical Immunology誌に掲載されました。

図2 IL-31を介したアトピー性皮膚炎の痒み刺激を脳に伝える仕組み

展望

これまでに開発されたNK3Rの選択的阻害剤の一つオサネタントは、精神疾患の薬として開発され、大きな副作用は報告されていません。オサネタントをマウスに投与しても、ヒスタミンやクロロキン、PAR2作動薬による引っ掻き行動には、全く影響がありませんでした。一方で、オサネタント投与により、IL-31による引っ掻き行動が顕著に抑制されました。同様の結果は、他のNK3R阻害剤を用いた場合にも得られました。

以上より、NK3R阻害剤は、アトピー性皮膚炎の痒みをコントロールするための、新たな選択肢となることが期待されます(図3)。

図3 痒みに対する新しい治療法の提案

最終更新日 令和3年8月13日