プレスリリース ベトナムで流行するジカウイルス流行実態調査の成果を活用し、ジカ熱流行地域における対策の提言へ

プレスリリース

長崎大学
日本医療研究開発機構

ジカ熱1.は2015年~2016年に南米で大流行をおこし、多数の小頭症児2.が発生したことから国際的に重要な蚊媒介性の感染症として注目を集めました。アジアにおいても流行が確認されており、小頭症の発生も報告され公衆衛生的に要注意の感染症です。

長崎大学熱帯医学研究所の長谷部太教授、MOI MENG LING(モイ・メンリン)准教授の研究チームとベトナム衛生疫学研究所(NIHE)のLe Thi Quynh Mai博士らの研究グループは、ベトナムでのジカ熱フィールド調査で600名以上の患者に対し抗IgM抗体3.検査法、real-time RT-PCR4.検査法および分子系統解析5.を用いて、ジカウイルスの流行状況を明らかにするとともに、南米で流行したジカウイルスがベトナムに侵入した時期の推定に成功しました。本研究成果によって、ベトナムへのジカウイルスの伝播様式及び世界的な流行動態の一端が明らかとなりました。

本研究では、ベトナムにおけるジカウイルスの流行実態を明らかにするとともに、遺伝子解析により、ジカウイルスの伝播状況の基盤となる遺伝子型別、遺伝系統およびウイルス株の比較解析、ベトナムや世界各地で流行しているジカウイルスの遺伝子配列を用いて行いました。この手法により、ベトナムで流行しているジカウイルスの特徴、特に南米に広がるアジア・アメリカ型およびベトナム、東南アジアでまん延する従来のアジア・太平洋型の流行状況を遺伝系統解析で把握することができました(図)。

図:ベトナムにおけるジカ熱患者の分子系統解析
ベトナムでは、従来からアジア地域で流行していたアジア・太平洋型のウイルスに加えて、2007年のヤップ島で発生し、南米へと流行が拡大したアジア・アメリカ型グループのウイルスが検出されました。

本研究の一環として、ジカウイルスなどの蚊媒介性感染症の実態把握とその解析結果に基づく対策提言の推進に向けて、ベトナム国内を対象に本研究を行いました。本研究では、2016年~2018年にジカ熱がベトナム全国に拡大し、流行が初めて確認された2016年よりも、数年前にウイルスが侵入し流行が始まったことを明らかにしました。ジカ熱の発生している地域では、大規模な蚊の繁殖地があり、ウイルスの侵入および局所的な伝播は大規模な流行につながる可能性があります。今後も、伝搬拡大の対策として早期発見および長期観測によるサーベイランスに取り組む政策が重要です。本研究では、ジカ熱の伝播が拡大する要因および対策における課題を抽出し、研究成果に基づいた感染症対策の提言を考案し、ベトナム保健省やWHOに情報を提供しました。

本研究成果と提言は、英医学誌「Lancet Infectious Diseases」のCorrespondenceに2020年1月29日(水)18時30分(US ET time)(※日本時間1月30日(木)08時30分)に掲載されます。

この研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の感染症研究国際展開戦略プログラム(J-GRID)による支援の下、NIHEに設立した長崎大学熱帯医学研究所アジア-アフリカ研究拠点で行いました。

ポイント

  • ベトナムにおいては二つのジカウイルス遺伝子型(アジア・アメリカ型およびアジア太平洋型)の系統群が存在しており、従来からベトナム国内で流行していたと考えられるアジア・太平洋型に加えて、アジア・アメリカ型は2014年~2018年の間に流行を起こしたことを明らかにしました。
  • ベトナムで流行するジカウイルスは、近隣国フィリピン、タイあるいは南米諸国から、2012年~2014年の間に侵入したことが推測されました。
  • ジカウイルスの全国的な流行はベトナム国内で初めて確認された2016年よりも、数年前にウイルスが侵入し流行が始まったことを明らかにしました。

研究の背景

長崎大学のベトナムにおける「感染症制御研究・開発プロジェクト」では、NIHEとの共同調査研究により、これまでベトナムにおけるジカ熱やそれに関連する小頭症の発生を報告してきました(Lancet Infectious Diseases 2017年8月号掲載)。その後、ベトナム南部のホーチミン市を中心に217症例のジカ熱患者が報告されていますが、近年、ジカ熱患者の多くが軽症であること、その患者数も減少傾向にあることから、サーベイランスが軽視されるような状況にあります。しかし、ジカウイルスは繰り返し流行し、人にとって深刻な脅威となる病原体です。流行地域のジカ熱対策に資する科学的なエビデンスが求められています。また、流行地域での対策は非流行国である日本にとっても、ウイルスの侵入を阻止する上で重要な課題であると言えます。

研究手法・研究成果

今回の調査研究では、後方視的研究6.を実施しています。2014~2015年にベトナムの中部フエ市の病院にデング熱の症状で来院した622名の患者血清についてジカウイルスに対するIgM抗体の測定を行ったところ、158症例が陽性を示し(疑い例)、そのうち51症例がrealtime RT-PCRなどでジカウイルス遺伝子が検出され、ジカ熱患者と診断されました。その遺伝子断片の塩基配列を用いて系統樹解析を行ったところ、従来からアジア地域で流行していたアジア・太平洋型のウイルスに加えて、2007年のヤップ島で発生し、南米へと流行が拡大したアジア・アメリカ型グループのウイルスが検出されました。これらの結果からジカ熱は従来型のウイルスがベトナム中部で局所伝播していたが、アジア・アメリカ型のジカウイルスは2012年から2014年の間に旅行者によって持ち込まれ、感染が始まっていたことが確認されました。

今後の展望

ベトナムへの南米からのジカウイルス(アジア・アメリカ型)の侵入は2012年以降にベトナム中部で起こっていたことが明らかになり、今後も、ベトナムでは二つの型のジカウイルスが繰り返し流行することが想定され、大流行の早期発見と迅速な対応のために、継続的なサーベイランス能力の向上とシステムの構築に引き続き取り組んでゆくことが重要です。本プロジェクトにおける研究成果は、ベトナム保健省のもとよりWHOとも迅速に共有して地域の感染症対策に役立てることが期待されます。

研究プロジェクトについて

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の感染症研究国際展開戦略プログラム(J-GRID)、 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業(e-ASIA共同研究プログラム)の支援により行われました。長崎大学熱帯医学研究所は文部科学省「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」により、2005年にベトナム国立衛生疫学研究所(NIHE)との共同研究拠点をベトナムに開設しました。それ以来15年にわたり日本人研究者を常駐させ、現在は前述のJ-GRIDプログラムの支援により、現地研究者との共同研究を継続しています。

用語解説

1.ジカ熱:
ジカウイルスに感染することで引き起こされる感染症。 症状がないことも多く、発症すると、かゆみを伴う発疹(ほっしん)、関節痛、結膜炎などの症状が出現し、多くの場合は軽症で数日から1週間ほどで治癒する。特に妊婦が感染した場合に胎児が先天性小頭症を発症することがある。
2.小頭症:
小頭症は、赤ちゃんが通常よりも小さい頭で生まれるか、出生後に頭の成長が停止する状態です。環境要因、遺伝学的な要因などを背景として発症することもありますが、風疹ウイルスやサイトメガロウイルスなどの感染症をきっかけとして引き起こされることもあり、近年、ジカウイルス感染によって発症することが報告された。
3.IgM(免疫グロブリンM)抗体:
B細胞に存在する抗体のクラスの一つである。細菌やウイルスに感染したとき最初に作られる抗体で、IgMが作られた後にIgGが作られる。このため、血中のIgM を調べることで今どんな感染症に罹っているかの指標となる。
4.realtime RT-PCR:
逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(reverse transcription PCR; RT-PCR)による遺伝子の増幅量をリアルタイムで蛍光試薬を用いてモニターし解析する方法であり、電気泳動が不要で迅速性と定量性に優れた遺伝子診断法である。
5.分子系統解析:
塩基配列を使って、生物間または遺伝子の進化的道筋(系統)を解明する解析。
6.後方視的研究:
過去の事象について調査する研究。

お問い合わせ先

研究内容について

国立大学法人長崎大学
熱帯医学研究所 病原体解析部門
准教授 Moi Meng Ling(モイ・メンリン)
TEL:095- 819-7806
Mail:sherry"AT"nagasaki-u.ac.jp

国立大学法人長崎大学
熱帯医学研究所 附属アジア・アフリカ感染症研究施設
教授 長谷部 太(はせべ ふとし)
TEL:095- 819-7806
Mail:rainbow"AT"nagasaki-u.ac.jp

報道担当

国立大学法人長崎大学 広報戦略本部
TEL:095-819-2007
Mail:kouhou"AT"ml.nagasaki-u.ac.jp

事業について

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
戦略推進部 感染症研究課
TEL:03-6870-2225
Mail:kansen"AT"amed.go.jp

※Mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和2年1月30日

最終更新日 令和2年1月30日