2019年度 研究事業成果集 世界初、iPS細胞から作製した角膜上皮細胞シートの第1例目の移植の実施

iPS細胞由来角膜上皮細胞シートのfirst-in-human臨床研究

大阪大学の西田幸二教授らのグループは、2019年7月に世界で初めてヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作製した角膜上皮細胞シートを角膜上皮幹細胞疲弊症*1の患者へ移植しました。これは京都大学iPS細胞研究所で作製された他人のiPS細胞(他家iPS細胞)から、独自に開発した方法で角膜上皮細胞を誘導してシート状に形成した角膜上皮組織を用いて行う、移植治療の安全性と有効性の評価を目的とした臨床研究です。

*1 角膜上皮幹細胞疲弊症
角膜上皮の幹細胞が存在する角膜輪部が疾病や外傷により障害され、角膜上皮幹細胞が完全に消失する疾患。角膜内に結膜上皮が侵入し、角膜表面が血管を伴った結膜組織に被覆されるため、高度な角膜混濁を呈し、視力障害、失明に至る。本疾患の原因としては、熱傷やアルカリ腐蝕、酸腐蝕、Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡などがある。

取り組み

本研究が対象とする角膜上皮幹細胞疲弊症は、角膜上皮の幹細胞が消失して角膜が結膜に被覆されることで視力障害が引き起こされる難治性の角結膜疾患です。既存の治療方法としてドナー角膜を用いた角膜移植が行われていますが、移植後の拒絶反応や慢性的なドナー不足といった課題があります。

これらの課題を抜本的に解決するため、研究グループは、これまでヒトiPS細胞を用いた角膜上皮再生治療法の研究開発に取り組んできました。2016年にヒトiPS細胞から角膜上皮細胞を誘導して細胞シートを作製する革新的な手法を確立し、その上で同手法の臨床応用を目指して安全性の評価や原材料の見直し、細胞の品質の確保、製造工程の組み立て等の様々な検討を慎重に重ねました。そして、2019年3月にiPS細胞から角膜上皮細胞シートを作製して角膜疾患患者へ移植を行う臨床研究計画に対して厚生労働省より了承を得て、臨床研究を開始しました。

図 iPS細胞由来角膜上皮細胞シートの臨床研究

成果

本研究は全4例の重症の角膜上皮幹細胞疲弊症患者に対し、他家iPS細胞由来角膜上皮細胞シート移植と評価を行う計画です。前半の2例では、移植するiPS細胞とHLA*2型が不適合の患者に対して免疫抑制剤を用いた移植治療を行います。その後、1例目および2例目の6か月期までの中間評価結果を踏まえて、後半2例におけるHLAの適合/不適合と免疫抑制剤の使用の有/無を決定した上で移植を行います。移植後の経過観察期間は1年間で、その後さらに1年間の追跡調査期間を設けています。本研究の主要評価項目は安全性であり、研究中に生じた有害事象を収集して評価します。

加えて副次評価項目として、角膜上皮幹細胞疲弊症の改善の程度や自覚症状、視力などの項目で有効性を評価します。

2019年7月に1例目のiPS細胞由来角膜上皮シート移植を行い、経過観察を進めております。続いて2019年11月に2例目の移植を行い、1例目と同様に経過観察の段階に入っております。2019年度はこれら前半2例の経過観察を継続し、2020年度に中間評価を経て後半2例の移植を行う予定で進行しています。

*2 HLA
ヒト白血球型抗原(Human Leukocyte Antigen: HLA)。ヒトの主要組織適応遺伝子複合体(MHC)の産物で、自己、非自己を決定する因子。臓器移植時の拒絶反応の発現にHLAの適合度が関係する。

展望

本研究において、ヒトiPS細胞由来の角膜上皮細胞シートを他家移植するFirst-in-Human臨床研究を世界で初めて実施しました。
研究グループでは、臨床研究から治験につなげて標準医療に発展させることを目指して既に開発スキームを組み立てています。

本研究における移植は、既存治療法の問題点、特にドナー不足や拒絶反応などの課題を克服できることから、革新的な治療法として世界中で角膜疾患のため失明状態にある多くの患者の視力回復に貢献することが期待されます。さらに、本研究において得られたiPS細胞の安全性、有効性に関するデータを蓄積共有することは科学的側面において重要なだけでなく、今後の多能性幹細胞を用いた再生医療の発展にも大きく寄与できるものと考えます。

また、本研究による移植では他家iPS細胞を用いることで、自家細胞を用いた治療と比べても非常に均質化された細胞を安定して提供することが可能であり、治療用細胞の製造に要する期間とコストを大幅に短縮可能であることも実用化に向けて大きな利点となります。本研究が、再生医療の実現化と産業化を通して、健康長寿社会の実現と医療産業の推進に繋がる様に努めて参ります。

最終更新日 令和3年8月13日